独白 3 前

 夜間高校を卒業した城谷直樹は、本人の希望通り上京する。同居していた叔父夫婦やその娘、彼の兄弟を預かっていた祖父母も、誰一人としてその選択に反対はしなかった。

 学費や引越しの費用、その他すべては上限で借り受ける事のできた奨学金で賄っていた。進学先は第一希望の美大ではなく、第二希望だった都内の某私立大学、そこは所謂二流、三流と呼ばれる無名の大学で、彼はその人文学部に籍を置いていた。手記によれば、美大でなければ彼は何処でもよかったようだ。彼にとっては東京の大学に入学し上京する事が目的であって、その先の将来にはこれといって希望も目的もなかったのだ。人文学部を選んだのは、ただ自分でも卒業できるだろうという安易な考えだ。ただ、上京すれば自分の何かが変わるのだ、と彼は頑なに信じて疑わなかった。

 そして、親戚の家を出るまであんなにも夢中だった絵画は、上京した途端にまるで関心が失せてしまい、筆を手に取る事も、キャンバスやデッサンノートに向き合う事も無くなってしまった。それは美大への進学に失敗した時点で、彼の中ではもう既に終わった事であり、興味を抱く対象ではなかったのだ。

 城谷直樹に人生で初めて友人らしい友人が出来たのは、大学に入学してしばらくしての事だった。同じ学科や同じゼミによる親睦会、気乗りしない集まりで、顔だけ出してすぐに去ろうと彼は思っていた。その日彼の隣りの席では、片方が欠席で、もう片方隣りには年上の端整な顔立ちをした男が座っていたという。男はこの日の親睦会が初対面だというのに、彼に親しげに話しかけてきたのだそうだ。すぐに打ち解けたというわけではなかったようだが、城谷直樹は珍しく自分以外の他人に興味を抱いた。それもこの日出会ったこの男は、それまでの彼の人生においてまるで覚えのないタイプだったのだという。不思議な魅力を持つ年上の男は、城谷直樹の好奇心を掻き立て、彼に何かしらの期待を抱かせたのに違いない。

 この人物こそが、後に城谷直樹の友人となり、そして事件の共犯となった人物である。また彼こそが、城谷直樹を犯罪に利用した張本人、すべての首謀者であると目されていた。事実、彼との出会いが城谷直樹の人生を変える起因となったのは云うまでもない。彼の名は佐伯隆司という。城谷直樹が世間で一連の騒動を起こしている最中、彼は事件の裏で暗躍していたようだが、その存在は一般的にはあまり認知されてはいない。

 城谷直樹が親睦会で連絡先を交換しあった中には、もちろん佐伯隆司も含まれていた。佐伯から城谷直樹への接触があったのは、それからというものほぼ毎日で、彼等が互いに連絡を取り合わない日は一日としてなかった。城谷直樹は佐伯隆司に対して、佐伯隆司は城谷直樹に対して興味を抱き、互いは相手に対して自分に無いものを模索し、また自分と共通している部分を模索した。そんな探り合いの日々の中で、彼等はいつしかただの大学の知り合いではなく、互いに友人として認め合うようになったのだ。

『いつしか彼が私の理解者となり、私という存在を肯定してくれた事に、私は深く感謝しています。私は彼の存在によって、本来の自分を手に入れる事ができたのです。そして、自分が誰かにとって必要とされる人間であるという事を教えてくれたのは、他ならぬ彼だったのです(誰もが孤独という名の空箱を抱えている)』

独白 3 前

独白 3 前

凶悪犯罪者の遺書を読み、真実を明らかにしようとする記者は何を思うのか。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted