光闇鼠

鼠色の世界を、無数の矢が切り裂いていた。
激しく大地を刺すその轟音を破るように、走り抜けた。


すべての矢が、この身めがけて放たれているように感じた。
滅多刺しにされた身体は、透明な血を流していた。




―嗚呼、面白いくらい惨めだ。


君はこの姿を見て何を言うだろう。
不安げな表情を浮かべるんだろうか。
心配そうに手を差しのべるんだろうか。


否、違うね。
君はもう、この身を映す鏡は持ち合わせていないんだった。


君の鏡には、もう光しか映らない。
遥か彼方で強烈に光る、あの光しか映らない。
君はその光を追い求め、真っ直ぐに走り出すんだ。



僕はその背中を、見つめることしかできない。
光に照らされ、眩しく輝く君の背中を。


濡れ鼠になりながら、見つめることしか。


―嗚呼、面白いくらい惨めだ。



鼠色の世界は、無数の矢で濁って見えた。



もっと、もっと。
滴る血潮が、静かな叫び声を上げた。

もっと、もっと。
声にならない叫び声を上げた。


世界はどす黒く姿を変え始めた。
透明な血が、この身体を更に汚した。



汚せ。汚せ。僕の体を。
もう輝けなくなるくらいに。
君からもっと遠ざかるように。



もう、君を、羨めなくなるくらいに。




ぐん、と両の脚に力を込めた。
車輪が血しぶきと共に悲鳴を上げた。

それでも僕は止めなかった。



ぎぃっ、ぎぃっ。
叫べ、叫べ。



ぎぃっ、ぎぃっ。
もっと、もっと。


僕の代わりに、叫んでくれ。



ふと、どす黒い世界に、小さな息吹の音がした。
車輪の叫びと、耳を劈く矢の響き。
かき消されそうな息吹は、次第に自らの声を聞かせた。



違う、違う。

消え入るようだった声は、少しずつ大きくなった。



僕だって、僕だって。


声はついに、叫びへと変わった。


輝きたい、輝きたい。


汚せ、汚せ。
血まみれ鼠がそれを制す。
息吹を消そうと邪魔をする。


輝きたい、輝きたい。
それでも息吹は叫ぶのをやめない。
己の声を上げ続ける。



汚せ。汚せ。
輝きたい。輝きたい。

汚せ。汚せ。
輝きたい。輝きたい。




二つの叫び声が、ぶつかった。
互いを砕き、潰し、削り合い。
やがてそれは、一つの巨大な塊となって、

僕の心を、破った。




慟哭が、響いた。




それは降りしきる矢の群勢を吹き飛ばし、
天高く世界を割いた。



天の裂け目から、光が漏れ出た。
光はゆっくりと世界を包み込んだ。


そしてすべてを繋ぐように、大きな大きな橋をかけた。



空を仰ぐ僕の頬を、透明な血液が伝った。
それは、心なしか少ししょっぱかった。



血まみれ鼠は、もういない。
僕は、ただの小さな小さな僕だ。




明日も、晴れますように。


最後の一滴は、風がさらっていってくれた。

光闇鼠

珍しく、最後の2文を書きたいがためだけに作ったこの作品。
要は何が言いたかったか、自分でも途中から迷走し始めたんでよくわかっていません←
主人公の必死にもがく姿(?)が伝わればな、と。

光闇鼠

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-23

Copyrighted
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