お題小説『背に残る猫の爪痕』
Twitterの診断メーカーからのお題を使って書いた短編の習作です。
夏、真っ盛り。陽射しは日に日に強くなって、セミがそこらじゅうで鳴きわめいている。ただでさえ高い気温が余計に暑く感じるから、いい加減彼らには静かにプロポーズしてもらいたいものだ。
うだうだとそんなことを考えながら机に肘をついて、ぼーっとしていたら吹き込んできたそよ風に惹かれて窓に目を向ける。夏休みだからか、外からは小学生たちのさわぎ声がセミの鳴き声と混じって聞こえてくる。
なんとものどかで爽やかな窓の外と比べて、室内は陰気くさいことこの上ない。それもそのはず、ただ今この中では夏休みを返上して夏期講習の真っ最中だ。もちろん自分だって講習を受ける生徒の一人である。好きでもない勉強をするために貴重な夏休みを消費していると考えてしまえば、なんとなく気だるい空気を出してしまうのも仕方ないだろう。予備校と違ってクーラーがついていないあたり、こもった空気の蒸し暑さでだるさは倍以上だ。
教師の話を半分以上聞き流しながら窓の外を眺めれば、にごりのない空に真っ白な雲が小さく浮かんでいた。よく綿あめに形容されるようにふわふわして見える雲を見つめていると、ふとあの手触りのいいおなかを思い出す。
(……ああ、帰りたい)
そしてあのおなかをもふもふしたい、そこまで考えたところで講習終了の合図のチャイムが鳴った。途端に室内はざわざわとした騒ぎ声で満たされる。
「おつかれーい!」
「痛っ!」
机に広げていたテキストや筆記用具を片付けていると、機嫌のいい声とともに背中を勢いをつけてはたかれた。じんじんとしびれるような痛みにうめきながら振り返ると、いたずら成功とばかりに楽しげな顔の亮太が立っていた。
「お前、いきなり何すんだよ」
「えー、なんで怒ってんの。ちょっとしたあいさつじゃん」
「加減の問題だ、ばか」
仕返しに軽く頭を小突いて、痛いと騒ぐ声を無視して鞄に物をつめていく。椅子を引いて立ち上がったところで、復活した亮太に肩に腕を回されて引っ張られた。
「暑い。くっつくなよ」
「ホント今日あっちいよなー」
「だからくっつくなって言ってんだろ」
「どっかで涼みたい気分だよな」
「なんなんだよさっきから」
離れろと言ったにもかかわらずくっついてくる亮太をジト目で睨んでやるが、本人はそんなものお構いなしという様子でにかりと笑っている。はあ、と一つため息をつくと亮太は俺の肩をつかんで揺さぶりながら言った。
「なあ、プール行こうぜ」
「わり、今日はパス」
「えー! なんでだよ!」
至ってさらりと言い放つと、亮太はぎゃんぎゃんとわめき始めた。まるで子犬のように耳のそばで大声で騒ぐから、やかましいことこの上ない。
「なあ、なんでダメなん」
「塩素しみるから」
「しみるって、怪我でもしたのか」
「姫さんに背中やられた」
「ああ、なるほど」
しつこい詮索に理由を答えてやると、亮太はようやく納得して大人しくなった。ちなみに会話に出てきた“姫さん”とは我が家で飼っている雑種の猫のことだ。二歳になったばかりでまだまだやんちゃ盛りなため、家の中から家族に至るまで広範囲に彼女の被害が及んでいるのが現状である。
「相変わらずのじゃじゃ馬だなあ」
「ほんと、背中に飛び乗るのは勘弁してほしいよ」
「ご愁傷様」
他人事だとけらけら笑っている亮太の足を軽く蹴っ飛ばして教室を出る。玄関で靴を履き、歩きながら亮太に尋ねる。
「結局プール行くのか」
「うーん、一人で行くってのはさすがになあ」
「なら家に来いよ。お前もついでに姫さんの相手していけ」
「別にいいけど、痛いのはかんべんな」
「それは後で姫さんに頼め」
姫さんに引っかかれた前科のある亮太を引っ張りながら、家を目指して歩いていく。荒れているだろう部屋を片付けたら存分に腹を撫でてやろうと思いながら見上げた青空には、相変わらずやわらかそうな雲が一つふわりと浮かんでいた。
お題小説『背に残る猫の爪痕』
約2時間半ほどで書き上げたSS。地の文で一人称を使わないということに挑戦しています。横書きの投稿に慣れてないので行間の取り方は様子見です。