宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第三話

まえがきに代えた登場人物紹介
金子あづみ…本作の語り手で、はるばる東京からやってきた教育実習生。居候先の神社に住まう「巫女」である真耶の正体にビックリ。自分が今まで経験してきたさまざまな常識がひっくり返る日々にふりまわされつつも楽しんでいるようす。
嬬恋真耶…あづみが居候している天狼神社に住まう、神様のお遣い=神使。フランス人の血が入っているので金髪碧眼。勉強は得意だが運動は大の苦手。一見清楚で可憐、おしゃれと料理が大好きな女の子だが、実はその身体には大きな秘密が…。
御代田苗…スポーツが得意でボーイッシュな言動が目立つ。でも部活が家庭科部なのは真耶の親友だから。クラスも真耶たちと同じ。
霧積優香…ニックネームは「ゆゆちゃん」。ふんわりヘアーのメガネっ娘で真耶の親友。農園の娘。真耶と同じクラスで部活も同じ家庭科部に所属。
嬬恋花耶…真耶の妹。スポーツが大好きだし頭も良く、小三にして自分の意見をハッキリ伝えられる賢さもある。いつも元気いっぱい。
嬬恋希和子…真耶と花耶のおばにあたるが、若いので皆「希和子さん」と呼ぶ。女性でありながら宮司として天狼神社を守るしっかり者だがドジなところも。
渡辺史菜…以前あづみの通う女子校で教育実習を行ったのが縁で、今度は教育実習の指導役としてあづみと関わることになった。真耶たちの担任および部活の顧問(家庭科部)。担当科目は社会。サバサバした性格に見えて熱血な面もあり、自分の教え子が傷つけられることは絶対に許さない。
高原聖…真耶たちのクラスの副担任。ふりふりファッションを好み、ゆっくりふわふわな喋り方をするが、なんと担当科目は体育。

 未明から降るという予報は正解だったらしく、ザアザアという音で目が覚めた。
 教育実習生である私は早めに家を出なければならない。普段は自転車で学校まで行くのだがこの天気なので予定を変えた。幸い最寄りのバス停で時刻は調べてある。ただ早朝は便数が少なくていつもより早く家を出なければいけなかったし、バスが通れる道は遠回りであるらしく、トータルで見ると余計に時間がかかってしまった。
 「えー何、わざわざバスで来たん?」
学校でその話をしたら、渡辺先生にびっくりされた。家からバスで学校まで来るのはかえって不便だという事情は分かっていたようだ。ここは校門。この学校では毎朝先生が校門に立って生徒を迎える。学校によってはここで服装検査をしたり、遅刻した生徒を締め出したりするらしいが、ここではそんなことはナシ。あくまでも生徒と教師が気持ちよく挨拶をして気持ちよく一日を始めるために行われている。私が毎日混ぜてもらっているのは実習の一環としてだが、渡辺先生は自主的にほぼ毎日立っている。何とも頭が下がる。
 「いえ、雨の日に自転車に乗るという発想がなかったものですから…」
先生の疑問にはそう答えた。実際その通りで、実家にいた頃は雨の日はバスか電車か歩きと決まっていた。自転車に乗るなら傘はさせないし、かといって雨がっぱを持っていない。渡辺先生は私の答えに一瞬キョトンとしたが、思い直したようにこう言った。
「ああ、確かに東京で生まれ育つとそうかもしれんな。私の学生時代も皆そうだったからな。レインブーツすら珍しかったよ」
今でこそおしゃれなレインブーツがどんどん出てきているし、私の同級生とかでは大学に履いてくる子もいるが、おしゃれに無頓着なほうである私はやはり革靴メインだった。
 渡辺先生はと言えば、バイクに関係するところはものすごくおしゃれだ。今日もハッキリした色合いのレインウェアのまま校門に立っている。
「これなら立ちんぼやっても濡れずに済むしな。東京じゃすぐ脱ぐものなんだろうが、これは雨の日を楽しくする工夫でもあるのだよ。ま、生徒たちがいかにしてそうしているか、今に分かるさ」

 その渡辺先生の言葉通り、ほどなく色とりどりのレインコートに身を包んだ生徒たちが登校してきた。この学校では家が遠い生徒は自転車での通学が認められている。彼ら彼女らは当然レインコートやレインウェアを着用し、昇降口脇の自転車置き場に雪崩れ込むとそこに雨具を掛けて、そこから続くひさしを辿って玄関に消えてゆく。またそれだけでなく、徒歩の生徒にもレインコートを制服の上に着ている子が結構いる。特に女の子たちのレインコートは赤やピンクや黄色やといった具合にカラフルで、雨雲でモノトーンに沈んだ風景がパッと明るくなる。レインブーツや長靴に至っては男女問わずほぼすべての子が履いてきている。
 「な? 雨の日こそおしゃれのチャンスってわけだよ。まー自転車組は大体機能性重視に落ち着くけどな、って言ってるそばから。おはよう。それはおニューのレインコートだな?」
今時おニューは言わないですよー、でもありがとうございますー、と笑う女生徒。
「やっぱマチ付きじゃないとダメなんですよー」
「でもセンスいいよな、可愛いの選んだじゃん」
「あ、ありがとうございますー」
と言って去っていった彼女のレインコートは白黒のギンガムチェック。
「マチ付きであの柄はなかなか無いのよね~」
当然後ろから声がした。高原先生の声だ、おはようございます、って、その格好は!
 「ごめん~遅れて~」
高原先生も毎日校門に立っているのだが、今日はちょっと遅れての登場。
「今日どれ着てくるか迷っちゃって~」
その迷った成果が、先生の今着ているレインコートなのだが、これがレインボーカラーというか、原色を散りばめたド派手な一品。先生のファッションバリエーションに、ふりふりだけではなくこんな引き出しもあったとは。ただいずれにしろ体育の先生とは思えない女の子趣味。
「それはそうと、マチって何ですか?」
さっきから当たり前のように交わされている言葉の意味がちょっと分からなかったので聞くと、渡辺先生がちょうど登校してきた女生徒を呼び止め、コートの裾をひらひらさせながら解説してくれた。
「こういうベンチコートみたいなやつは、歩くときにはいいんだよ、軽いし。ただこれで自転車乗るとここがめくれるんだな。スカートを濡れないようにするには布を足す必要があるわけだ。ありがとう、気をつけて」
彼女はすぐに解放された。もっとも嫌がってる素振りは無かったが。ともかくここで言うマチというのはコートの裾に三角の布を縫い合わせたもののことで、裾が開いてもマチが水の侵入をガードするのだそうだ。
「あと小学生の子が着るレインコートには背中にマチが付いてるのよ~。ランドセルの上からも着られるようになるの~」
ああ、背中の部分がふくらんでる感じのやつか。一口にレインコートと言っても、色々なものがあるんだね。
 「おっ、その裾三角マチ付きレインコートのトリオが来たぞ、おはよー」
「おはようございまーす!」
元気な、そしてよく聴き慣れた声で挨拶が帰ってきたので、私も元気に挨拶を返した。
「おはよーっ! 嬬恋さん、御代田さん、霧積さんー!」

 「これはいわゆるスクールレインコートってやつだな。当然マチ付きだ」
嬬恋さんは私が居候している家の住人で、遠方なので自転車通学。レインコートは紺色。で、隣にいる御代田さんのレインコートは同じデザインで色違いのベージュ。
「これね、お気に入りなんですよ。今苗ちゃんが着ているベージュのは元々真奈美ちゃんっていう、こないだまでうちに住んでたあたしのいとこが着てたんだけど、苗ちゃんが自転車通学になったからあげたんです」
「嬉しいけど、本当にいいの? つか真耶こっちの色も似合うからたまには取替えっこしようよ?」
「いいのっ。苗ちゃんに着て欲しいの」
二人でやり取りが続く。仲いいよねー二人とも、と呆れたようにこぼす霧積さんだが、ちゃっかり同じデザインのレインコートを着ている。そこを突っ込もうとまじまじと見ていたら、
「あーこれ? 三色あるから真耶ちゃんが買っておそろいにしようよ、って。お小遣い下ろして出すからとまで言うんですよ? 結局うちの親が買ってくれたけど。あたし歩き通学なんだけどな」
と言いつつまんざらでもない様子。色はちょっと赤みが強いピンクといった感じ。色見本名称はローズって言うんだそうだ。
「しかしファスナーとかボタンとか全部閉めてるのが嬬恋らしいな」
という渡辺先生のセリフ通り、嬬恋さんについては着崩した感じが一切ない。すべてのファスナーからホックからしっかりはめていて、顎のところに布がかかって半分マスクをしているような顔になっているし、腰の紐もしっかり締めている。ほかの二人も合わせて同じようにしている。
「その紐はしたがらない者も結構いるんだがな。こうして見るとちゃんと締めたほうが見栄えがいいな」
たしかにそうだ。まあ三人ともスタイルが良いというのもあるのかもしれないが。
 「ちなみに大抵の学校では、この手のレインコートを学校指定にしているんだ。校則で決めるにはこういう単色系で飾り気のないのがいいんだろうな。でもうちでは特に指定してないのにあえてこれを選ぶあたり、変に真面目な嬬恋の性格が出てるだろ?」
渡辺先生が嬬恋さんのレインコートに手をかけながら言う。先生の手がある背中にはスリットがついていてムレ防止を図っているのだとか。嬬恋さんは照れながら、
「えー真面目とかそんなのじゃないですよー? これが制服には一番似合うと思うんから選んだんです」
「レインコート着たら制服見えないじゃん」
「あ…」
御代田さんのツッコミでうまくオチがついたようだ。

 「おかえりなさーい! ごはん? お風呂? それとも…あ・た・し?」
帰宅するなり花耶ちゃんのおませなお出迎え。うーんなんというか、気分がハイなのかしら。
「花耶は今日はゴキゲンなのだー! なぜって? よろしい聞かせてしんぜよう。今日は、これを着られたからなのでしたー!」
と言いながら花耶ちゃんはくるりと一回転。彼女が来ているのは黄色のレインコート。ゴム素材だろうか? 表はツルツルで、いかにもヴィンテージな感じがする。
「あ、あずみさんお帰り」
真耶ちゃんも出迎えに来てくれた。最近は学校の外では「あずみさん」「真耶ちゃん」と呼び合うことで合意している。ひとつ屋根の下で住んでるのによそよそしいのはやめようという理由だ。
「花耶ちゃん、レインコート着てくるくる回ると水が飛ぶよ?」
すかさず花耶ちゃんのほうに向き直って真耶ちゃんが言う。ごめーん、へへへ、と言いながら花耶ちゃんが舌を出す。というか脱ぎなよ、と真耶ちゃんに促されて渋々前のホックを外す。その下のファスナーを下ろすとチェックの裏地が出てきた。かなりしっかりした布だ。結構厚手で重いんじゃないかと思う。
「あ、そうそう、これが今朝渡辺先生の言ってたランドセル用のマチ。ここを開け閉めするとレインコートの中に余裕ができて、中でランドセルが背負えるの」
家ではお互い敬語もやめようと言っている。解説に感心しながら花耶ちゃんの背中を見る私、ってまさか花耶ちゃんランドセル背負ったままなの?
「えー、それはいくらなんでも無いよー。今日は合気道あったから道具を入れたリュックだよー」
ああそうか、って下ろせばいいじゃない! と笑いながら突っ込んでしまった。それにしても二人ともレインコート好きだなぁ…。
「レインコートというか、雨が好きなの。雨は作物をよく育ててくれるし、ありがたいものだってこの村では言われてるから」
ああなるほど、そういう伝統があるからみんな雨の日のファッションに気合が入るってのもあるかもしれない。
 しかし花耶ちゃんのレインコート、結構使い込んでる感じはするのだけど、もしかして真耶ちゃんのお古とか?
「あ、あたしも使ってたけど、これはもともと母さんが子どもの頃に着てたの」
えええっ? なんという物持ちの良さ! まぁ確かにしっかりした作りで丈夫そうだし、長持ちしそうではある。昔の服って手抜きせずにしっかり作ってあるんだなぁ。
「でも花耶ちゃんの身体にもそろそろ小さくなってきたでしょ? 今シーズンくらいまでかなぁ…って。だからってまだどこも破れたりしてないし捨てるの勿体無いでしょ? デザインも可愛いし」
「いや絶対捨てないほうがいい! これはもうプレミアものだと思う!」
思わずアツくなって力説してしまった。こういうデザインは今あまりないので希少価値があると思う。
「あ、捨てないよ? また親戚内で子どもが産まれたら着せてあげようと思ってるから、ただ…」
真耶ちゃんと花耶ちゃんが示し合わせたような目をしてから家の奥を見やる。やはり帰宅した私を出迎えに来たその人は手に「ぬさ」を持っている。棒の先にジグザグに切った紙をくっつけた、神主さんの仕事道具だ。真耶ちゃんと花耶ちゃんはそれを持ってこちらに歩いてくる彼女めがけて曰く、
「一番子ども産めそうな年齢の希和子さんが独身だからねー」

 翌日。私が出かけるときにはまだ雨が降っていたので、希和子さんがレインコートを貸してくれると言ってくれた。
「まー独身ネタは私が自虐で言ってることだからいいんだけどねー。でも結婚したいなー」
希和子さんの愚痴には苦笑するしかなかったが。希和子さんが早起きなのは雨の日だけの仕事があるんだそうだ。昨日同様「ぬさ」持参で。
「雨は作物にとって欠かせないものでしょ? そんなこともあってうちの神社では雨が降ると神様に感謝を捧げるの。村の人達も雨は悪い天気とは思ってないのよ?」
昨日真耶ちゃんが言ってたのと似た説明を希和子さんもしてくれた。なるほど、雨が好きっていうのは、伝統というか信仰でもあるんだ。さすがは女神様に見初められた村。
 借りたのはやはり自転車に乗る用で、色はワインレッド。ちょっと鮮やかな感じがする。神社の石段を降りた鳥居の脇に自転車置き場があってそこまでは徒歩。レインコートは軽く羽織る感じで傘をさして石段を降りる。自転車置き場の屋根の下で傘を閉じていよいよ本格的に着ようと思うのだが、前を閉じるホックの内側、股のあたりにそれとは別でファスナーがある。ああなるほど、マチってこうなってるのか。ファスナーを閉じるとスカートの上にスカートを被せたような感じになる。裏地がゴム引きなのでツルツルした感じがあまり体験したことのない感触。ホックをひと通り止めたらフードを被る。おでこの前に透明なひさしが伸びている。あとは真耶ちゃんに倣って、顎のホックをしっかり閉めて、腰の紐もしっかり結ぶ。レインブーツも似た色のを貸してもらった。カバンはポリのゴミ袋で厳重に包んだ。さあこれで準備はOK!

 まだ雨脚は結構強くて、雨粒が身体に当たってはしたたり落ちる。ああ雨が降っているんだと肌で実感するというか、新鮮な感覚だ。眼前のひさしのおかげで顔もあまり濡れない。なんだか気持ちが良いのは雨が当たる感触もそうだが、普段傘をさしているときみたく斜めや横からの雨で身体が濡れないよう気にする必要がないのが嬉しい。全身が水からガードされているので雨の中を何の気兼ねもなく進んでいけるのがなんだか痛快に感じる。私は自転車のペダルをどんどん踏み込んでいった。おかげで結構早く学校に着いた。授業の準備をしていると次第に外が明るくなってきて、どうやら雨が止んできたようだ。自分が外にいる時は雨が降っていたのに着いたら止んだ、ってのは以前だったら運が悪いと思ったのだろうが、今日はそれも悪くないと思った。
 というわけで校門で生徒をお出迎えする頃にはすっかり雨が止んでいた。遠方の子こそ家を出るときにはレインコートを着ていたのだろうけど、皆脱いだり前をはだけたりしている。

 だが。

 一人だけ、レインウェアを完全装備で登校してきた子がいる。
 しかも、自転車置き場で脱がないどころか、教室にまでそのままの格好でやってきている。

 …あの…。

 「嬬恋さん、何そのカッコ…」

 というかそもそも、いつものスクールレインコートではないのだ。男子用というかパンツタイプ。どちらかと言うと作業着といった感じで、工事現場で誘導してる人が着てるみたいなやつだ。紺のフードをしっかり被り、口のところまでしっかり閉じている。
 それどころか、足には長靴を履き、手には分厚いミトンのような手袋。しかも腰を見ると、ぐるりと一周何かが付いている。校門で出迎えた渡辺先生は、あー今日その日かー、と言っていたがタイミングが悪くてどういうことか聞けなかった。怪訝そうに見ている私に気づいたのか、
「…あ、えっと…これは…」
嬬恋さんが説明してくれようとしたが、なんだかすごく辛そうだ。代わりに霧積さんが説明してくれた。
「ええとね、真耶ちゃんは月に一回このカッコで一日過ごすんです。ほら、真耶ちゃんって女の子として生きてるじゃないですか。でも実際は男の子の身体だから、これを月一度体験することによってより女の子らしく、っていうか」
月一度……?

ああ。

 「だってあたし、女の子やらせてもらって毎日楽しいけど、本当の女の子って月に一度大変なことがあるじゃないですか。あたし、女の子のイイトコばっか体験させてもらえるのってずるいと思うんです。だからこうやって大変なところもキチンと経験しないとダメだと思うんです」
確かにオシャレできたり、女の子で得するって場面もあると思う。まして真耶ちゃんは女の子としての日々を楽しんでいるように見えていた。でも当然男には男の、女には女の大変なところがあるから、両方の性にまたがっているような存在である嬬恋さんは、双方のイイトコどりが出来る立場ではある。男の子の大変なところ、女の子の大変なところ、そういうのは避けて通れるならそうすればいいのに、と私なんかは思ってしまう。でも彼女はそうしない。というか、そうしないようなしきたりを受け入れている。大変なことをあえて引き受けなければいけないなんて、神使様って大変なんだな、と思う。
 よく見ると、レインウェアは二重に着ている。その中にもジャージとかトレーナーとかかなり着込んでいるようだ。でも着ぶくれ気味な中で腰の周りだけはくびれが出来ており、ウェイトを入れるベルトがかなりキツめに締められているようだ。
「生理って痛いでしょ? だから中でコルセットを締め付けて痛いようにしているの」
霧積さんが優しく嬬恋さんの腰をなでる。おそらく肌にグイグイ食い込んでいるはずだ。そこまでするのか、と思ったが次のセリフはもっと衝撃的だった。
「それから、これ。点滴のパックみたいなやつ。管がズボンの中に伸びてますよね? ここにゼリーが入ってて少しずつ入れてるんです」
なんで? と私が聞くと、
「生理って、ベトベトして気持ち悪いですよね? それを再現するんです」
うわ…。そこまでするのかそこまでするのかそこまでするのか。やめてあげてよ、と言いたくなったが、本人も周囲もつらそうではあるが普通にそれを受け入れているので言えなかった。
 午前の授業が終わって給食。厚手の手袋のために嬬恋さんは自力で食事ができない。なので御代田さんや霧積さんが食べさせてあげている。
「大丈夫? 熱くない?」
「真耶ついてるよタレが鼻に。ああ拭くから動かないで」
渡辺先生が横から助言してくれた。
「な? 美しい光景だろ?」
うん、確かに。みんなが嬬恋さんを助けてあげている。
「こうやってみんな思いやりを学ぶわけだな。嬬恋自身も女子の辛さを疑似体験して少しでもわかろうとしているだろうが、周囲のみんなは大変な人を手助けする大切さを知るっていう。嬬恋自身も生理中の女子に優しいしな。なかなかできないことだよ」
なるほど。いち神社の神事かとおもいきや、そういう教育的意義もあるのか。みんな貴重な体験だ。私もだけど。嬬恋さんの言葉が身にしみる。
「こんなことで女の人の苦しみがわかるはずもないです。多分この百万倍も苦しいんだと思います。でも少しでもいいから知りたいし、少しでも経験することでおいしいとこだけってふうにはなりたくないんです」
 ちなみに、しきたり上でもここまで過酷にやる必要はないそうだ。それでも嬬恋さんはあえて少しでも大変になるように心がけているのだという。女の子に具体的な症状を聞きながらどんどん装備が大変になってきたのだとかで、なんとも頭が下がる思いだ。

 夜。ようやく真耶ちゃんが儀式から解放された。一応日の出から日没までが期間とされているが、朝は初めて外出するときでも構わない。代わりに終わる方は厳格で、新聞に載っている日の入り時刻を待ってすべての装備を脱ぎ去り、お風呂へ。
 本当にお疲れさまでした、って思う。ちいさな身体にいろんな使命を背負っているのはいくつも知ったけど、今日のは一層大変だったと思う。でもお風呂上がりの表情が晴れやかなのを見るとなんだか安心する。
 のだが。
 リビングの床、クッションの上に座っている姿がなんだか窮屈に見える。何をしているのかと聞いたら、
「女の子すわりの練習」
と返ってきた。正座の体型から両脚を広げた形。これはわれわれ女子にとってはたやすいが、男子でやっている人はあまり見ない。
「ほらよく女の子がビックリしたり体の力が抜けたときに、へなへな~って地面にへたり込むみたいな場面マンガとかであるでしょ? あれやってみたいの。でもなかなか難しくて」
でも希和子さんは呆れたように言う。
「それ男の子は骨盤の構造が違うから無理だって言ってるんだけどなー。まぁ止めても聞かないんだけど。痛めないように気をつけてよ?」
ああそうなんだ。あれは女子の身体でないと無理がある座り方なんだ。しかし身体の構造的に男の子には無理なことでも、それが女の子らしいことだったら何がなんでも実行しようとする。その根性に脱帽するほか無かった。

宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第三話

 男子の間でも女子になりたい願望ってのは結構根強いものがありまして、SNSなどで「女の子になりたい」といったトピックも立ったりするのですね。ところが、そこの書き込みに実際の女性から「生理も我慢できますか?って質問があって、考えこんでしまったのです。「もしかして女の子になりたいと思うってことは、異性のイイトコどりをしたいということで、それは当の異性にとっては不快なのではないか?」と。
 だから真耶というキャラクターを作った時には、酷ではあるけど異性のつらいところも経験させようと思ったのです。そうすれば男女ともに好かれる男の娘になるんじゃないかと。物語の中でも外でも愛されるキャラにしたかったので。
 ちなみに前半と後半は元々別のストーリーでしたが、雨具つながりでくっつけてみました。レインコートに執着する作者の萌え属性がお分かりいただけたかとかと思います(笑)。本当は絵が描ければ彼女たちがどんなレインコートを着ているか分かるんですけどね。

宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第三話

村のはずれの神社に住まう嬬恋真耶は一見清楚で可憐な美少女。しかし居候の金子あづみは彼女の正体を知ってビックリ! 木花村の子どもは雨でも元気。濡れちゃヤダ濡れちゃヤダと縮こまることもなく、おしゃれなレインファッションで外に繰り出す。梅雨の季節だからこんなお話もいいかなってことで、いろんなレインコートを想像しながらお読みくださいまし。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-15

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