独房ガール
独房ガール
僕は醜い顔だ。産まれた時から酷い顔だ。その所為かそれとも僕の性格なのか絶対的な判断はできないが、僕はこれまで一度も愛された事は無かった。僕が幼い頃母親は他界し、父親はその後に遠い何処かへと去って行った。だから僕は祖父の家で育てられ学校を出て五年前に刑務官になったのだ。理由は特にない、ただこの僕の醜い容姿を今いる刑務所を囲っている分厚い擁壁がまるで僕を閉じ込めている様で何故かそれに対して安心してしまうのだ。その様な日常を過ごしている時、僕は彼女を見かけた。身体が細く身長も低いが色素が薄く長い髪の毛はつま先まで伸びていた。また彼女の大きな瞳はそのぶっきらぼうな白い壁をジッと見詰めていた。
そう彼女はとても美しかった。
名前はムネモシュネー。222人の首の骨を折った殺人鬼。ムネモシュネーは死刑を宣告されていた。
僕は彼女が独房に入れられた時から彼女の監視を行う監督の役目を行っていた。彼女の前を日に三度通り今日の体調や様子を聞くのだがムネモシュネーは何時も静かに頷くだけであった。
僕はそんな彼女に興味を持ち始めていた。
そんなある日、僕は上司から今日の17:00に彼女の刑を執行すると言われた。僕はその内容を伝えに彼女が座っている独房へと向かった。内心、心は非常にざわついていた…
僕はムネモシュネーの独房の前に立った。
「ムネモシュネー!何か食べたい物はあるかね?」
その言葉は今日、刑を執行するとの意味であった。その言葉を聞いてムネモシュネーは視線を僕へと移して薄い唇を動かした。
「梨が食べたい…」
僕は最後に味わって食べる物がそれか、それでいいのか?と考えて悲しくなってしまい、ついつい口を開けてしまった。
「どうして、それほど美しい貴女が罪を犯したのですか?」
僕の声は檻の向こうにいるムネモシュネーのもとにいとも容易に届いた。その僕の言葉に彼女は僕を見て意外にも、返答をしたのだ。
「美しいでしょうか?美しいとは何ですか?」
彼女は一枚の布で作られた服をシワを伸ばして言った。
「僕には思えないのです。貴女が222人の人の命を奪ったという事が貴女の目を見ればなんとなくですが分かるんです。他の囚人とは違うからです」
僕は刑務官らしくない事を述べた。
ムネモシュネーは無表情で僕を見た後、裸足の指を触り話し始めた。
「私は一人ぼっちでした。教室で一人ぼっち。」
「そんな時でした。私の手を取ってくれた人がいたんです。名前はアイリス。雪の様に白くオレンジ色の瞳をしていました」
「アイリスと私はお互い一人ぼっちでした。臆病で口が重い私たち。そんな所が似ていた所為かすぐに仲良くなりました。私とアイリスは友達になったのです」
僕は黙って聞いていた。檻いるムネモシュネーはまるでおとぎの国の住人の様で別の世界に入り込んだ少女であったからだ。
ムネモシュネーは時たま目を閉じながら話す。
「けれども私に声をかけてくれる別の人が現れました。その人は教室でも人気がある女の子で友達もいっぱいいました。」
「私はアイリスに悪いと思いながらも、アイリスと遊ぶ時間を減らしてその人気がある女の子と遊ぶ時間を増やしました」
「その時に見たアイリスの寂しそうな顔は今でも忘れられません。彼女の顔はモノクロの灰でした」
それからしばらくの事です。私の住む街に老若男女を問わず首の骨を折られて死んだ者が次々と発見され始めたのです。警察はその同じ手口から同一人物だと思って操作していましたが中々犯人を捕まえる事が出来ませんでした。理由は被害者の年齢層が広くて犯人を絞り込むのが難しかったからです。
そうした事件が起きている時、私は見てしまいました。私の教室で一番の人気がある女の子が校舎の裏に行く所をです。誰かを待っていました。すると奥からアイリスが現れました。アイリスは無言で立ち、人気がある女の子はアイリスに向かって何かを話していました。と、その瞬間でした。アイリスは隠し持っていたバールで人気がある女の子の首を打ちました。ガゴンッ!と鈍い音が聞こえ人気がある女の子はその場で倒れました。
アイリスが、アイリスが連続殺人鬼だったのです。私は思い悔やみました。このアイリスをこの様にしてしまったのはこの私だと…
しかし此れで終わらなかったです。
街ではまだまだ首の骨を折られ殺される者は後が立ちません。私はアイリスを説得しようと思いアイリスを教室に呼びつけました。
「アイリス。アイリス。どうして、どうして…憎いなら私だけを殺せば良かったじゃない!」
私の言葉にアイリスは答えました。
「ムネモシュネー…貴女は世界で一番優しい人、そして一番、弱い人。でもそれはワタシにも言える。きっと立場が逆だったらワタシもムネモシュネーを裏切ったと思う。でもね、ワタシは今、本当に強くなったって思う」
アイリスはそう言って私の首の骨を折ろうとして首を絞めた。私も彼女になら殺されてもいいかなぁって思ったから、そのままにされようと思ったの…でも…
アイリスの手には力が入らなかった。そして私の頬に涙が落ちた。アイリスは泣いていた。
そして言いました。
「ムネモシュネー。お願い。ワタシを殺してよ。ワタシはただ何時もの様に貴女と会話を…たわいのない会話をしたかっただけなのに…」
その声は私の心を折りました。
だからでしょうか?机の上に放置されたカッターを私は握ったのです。
私はもう一人のワタシの首を斬首しました。
夕焼けが窓ガラスを刺した具合に扉が開いて数人の教師が私の手に持つカッターに目をやりました。
きっとその時の私は途方もなく無力な表情でアイリスにさよならを伝えたと思う。
「222人目だけが斬首の理由はそれか。殺したとはいえ君が殺人鬼じゃない!死刑にされる程の罪はないじゃないか!今からでも…」
そう僕が言い終わる前にムネモシュネーは口を挟んだ。
「221人でも1人でも殺したのは殺したのです。看守さん。私は思うのです。この221人の命を奪ったのは確かにアイリスです。しかしそれには私も関わっている、そう感じてはなりません」
「ですから、このまま私を殺させて下さい。そして梨を一個だけ持ってきて下さい。アイリスは梨が好きでした。最後に梨を食べてアイリスを身近に感じたいのです」
酷い顔の僕にはその美しい彼女を理解でき無かった。それは多分、僕が醜い顔で心も汚れているからだろうか?
16:40になる。
ムネモシュネーは独房から出され高いコンクリート壁で囲まれた場所に連れ出された。そこには幾つもの樹木が生い茂り実をつけていた。この樹木は死刑囚の身体から生えた樹木だ。
時刻は17:00となった。
ムネモシュネーは土の上に立たされ額に栗程の大きさの種を金槌で打ち込まれた。彼女は倒れそうになるが、目と耳から太い枝が伸びて地面に突き刺し根になった。それから彼女の身体からはパキパキと音を鳴らし幹が現れ、見事な一本の木に成長した。ムネモシュネーの身体は徐々に樹木に取り込まれていき最後には見えなくなった。
すると枝の先に花が咲き始め枯れた。枯れた粒から実が膨らんで育った。その実を見た看守に一人が大声を上げた。
「おい!見ろ!ムネモシュネーの実は赤い実だぞ!赤い実は無実だ!」
看守たちはその声と実を見てざわめき始めた。
「ムネモシュネーは真犯人ではなかったのだ…」
「なんたる失態だ!」
「無実の人間を処刑してしまったというのか?」
僕の周りでうるさい声を出しいる同僚を横目に地面に落ちたムネモシュネーの実を僕は拾い上げた。赤くて反射し、僕の醜い顔を映した。
僕はその実におもいっきり噛り付いた。梨に似た食感は私とワタシで二人ぼっちだった。
醜さの種を口から吐いて僕は再びその青々と葉をシゲさせる樹木を見上げてクシャミをする。
今回の実は非常に旨かった
独房ガール