旅は道ずれ、世は情け
子供の頃、祖母の権力が強く、家族はそれに従いテレビは時代劇と決まっていた。
その影響か、私は股旅ものが好きで、虚無僧か鳥追い女、渡世人になって諸国を旅したい、が夢だった。
「おひかえなすって」が口癖になり、家族からよく叱られていた。
そんな私は、やっぱり旅が好き。
春、夏、冬と青春18きっぷの旅を楽しむ。
好んで行く場所は、宿場町、門前町、昔の街道。それにローカル線のひなびた駅に無人駅、
さびれた商店街や観光地。冬の智頭急行もいい。車窓からの雪景色はいとおかし。
ある夏の昼下がり、私は高松から観音寺行の予讃線に乗っていた。
坂出を過ぎた頃には、車内の乗客も少なくなり、向かいの席の上品なあばあさんと二人きりになってしまった。
これはチャンスとばかりに、おばあさんは私の隣に飛んで来て「今日は嬉しい事があったのです」と切り出し延々と喋り始めた。
要約すると、がん検診の検査結果を聞きに、高松の大きな病院に行った帰りで、結果良好と聞いてひと安心,といった内容。
それで、はしゃいでいたのかと納得。
話終えるとやっと余裕が出来たのか「どちらに行かれるの?」と聞いてきた。
私は観音寺まで行くつもりだったが、つい「行く当てもない、旅のもので「ご・ざ・ん・す」と渡世人気取りで言ってしまった。
それなら好都合と、無理やり多度津の駅で降ろされ、タクシーに乗せられ娘の嫁ぎ先という立派な寺まで連れて行かれた。
そこで、見ず知らずの私にまで、豪華なご馳走、それに住職さんからお土産まで頂き最高のおもてなしを受けた。
旅先で受けた親切はいつまでも心に残り忘れない。
いつか私も、どこかの寂れた宿場町で、滅多に来ない旅人を、猫を抱いて茶店の店先で待つ、
無口で無愛想、だけど最高のおもてなしで客人を迎える女あるじ…が夢となった。
旅は道ずれ、世は情け