Cuore

第一部

あるところに町がありました。
そこは、未来かもしれないし、過去かもしれない。
この世界かもしれないし、違う世界かもしれない。
その町では、工芸品としてロボットを作っていました。
ロボットとは言っても、今私達のいる世界のロボットとはだいぶ違います。
まず、電気で動いているわけではありません。
彼らは、空中に漂うエネルギーを集めて動いています。なので、動力切れになることもありません。
その町で、彼らロボットたちは人間と共に、人間と変わらない生活を送っています。
そんなロボットたちの最も重要な部品。それがクオーレと呼ばれる、彼らの胸にある部品です。
その部品によってロボットの性格が決まりますし、記憶や思い出を留めておいたり、ロボットが動くためのエネルギーを集めているのもこの部品です。
しかし、クオーレは作るのがとても難しく高い技術が必要とされるので、ロボット職人のたくさんいるこの町でもごく少ない職人しかこのクオーレを作ることは出来ませんでした。
そんな高い技術を持った職人の中でも、一際高い技術を持っていたのが、町の外れに住むハンベックという職人でした。
彼はまだ若い職人でしたが、彼の作るクオーレはとても精巧で美しく、見るものは皆言葉もなく見入ってしまう程でした。
そんな彼の家には、一人のロボットが居ました。ラジィというそのロボットは、ハンベックが森にクオーレの素材を集めに行った時に壊れて動けなくなっていたのを見つけられたのでした。
ハンベックはそんなラジィを家に連れて帰り、修理してやりました。
修理が終わった時、彼はラジィに元のところに帰れと言いました。
しかしラジィは帰りませんでした。
ハンベックは帰り方がわからないのか。と尋ねましたが、ラジィは首を振り、帰り方はわかります。でも私はここに居たい。と答えました。
そんなやり取りが何十回も繰り返された頃、ついにハンベックは折れ、そんなに言うなら好きにしろ。と彼の家に住まわせてやりました。
それからというもの、家の家事はほとんどラジィがやるようになりました。
ハンベックは家事ができないわけではありませんでしたが、彼がやろうとするときには完璧にラジィがこなしてしまっているのでした。
買い物もほとんど彼女が行くようになりました。
明るくよく笑うラジィは、いつの間にか町の人気者になっていました。

第二部

そんなある日、ラジィが出かけたまま帰ってこなくなりました。
外は雨が降りしきっていましたが、ハンベックはラジィを探しに行きました。
しかし町をひと通り探してもラジィは見つかりませんでした。
彼は町を探し、次は町の周辺。といった具合に、探す範囲を広げて行きました。
そしてついに、町からしばらく行ったところにある崖の下でラジィを見つけました。
崖の上には道が通っていますから、不注意でそこから落ちてしまったのでしょう。
ラジィの胸には――おそらく落ちた時運が悪かったのでしょう――下に生えていた木が突き刺さってしまっていました。
ハンベックはラジィに駆け寄り、すぐに木から下ろしてやりました。
彼はラジィを揺すり、名前を呼びかけます。すると、ラジィはうっすらと目を開けました。
そして弱々しい声で、ああ。来てくれたんですね。と呟きました。
しゃべるな、今すぐ戻って直してやるから。とハンベックは言いますが、ラジィは首を振ります。ダメなんです。と。
それを無視してハンベックが彼女を背負おうとすると、ラジィはぎこちない動きで腕を上げました。その時初めて、ハンベックはラジィが何かを握りしめていたことに気づきました。
ラジィの差し出したそれは、小さなルーペがついたネックレスでした。
町の人から今日はあなたの誕生日だと聞いて。ラジィはそのために少し遠くの店までそのネックレスを買いに行っていたのでした。
それからラジィは、ゆっくりと、途切れ途切れに語り始めました。
彼女がハンベックのところに行くまで、彼女がどんなところで、どんな生活をしていたのかを――

彼女はもともと少し遠くの街で優しい夫婦と幸せに暮らしていました。その夫婦には子供が居なく、ラジィは本当の子供のようにかわいがってもらっていました。
しかし、3人で山に出かけた時、ラジィは夫婦とはぐれてしまいました。
そして山をさまよううちにボロボロになって動けなくなってしまったところを、ハンベックに助けられた。というのです。
職人のいる町は知っている町で、その気になれば帰ることも出来ました。
しかし、彼女はハンベックと一緒にいたいと思いました。
何も連絡しないと夫婦が心配するので、ラジィは二人に手紙を出しました。返事には、夫婦が彼女が無事で喜んでいること、そしてラジィがそう思ったのならそこに居させてもらいなさい。と書いてありました。

――そんなことをラジィが語っている間にも、彼女を背負ったハンベックは必死に家への道を走っていました。
そしてついに彼の家に着き、彼女をベッドに寝かせました。
すると、ラジィは彼の目を見つめ、彼の頬に手を伸ばします。
あなたに出会えて、短かったけれど、一緒に暮らせて、私は本当に幸せだった。
あなたはぶっきらぼうなところもあって、だけど私を住まわせてくれるくらいお人好しで、それで、それで……
私は、あなたに会えて、本当に、良かった。
そして彼女は目を閉じました。
ラジィの顔には、びしょ濡れなハンベックの髪から垂れた水が一定のリズムで滴り落ちています。
しかしそのリズムを狂わす水滴が二筋、彼女の顔に滴ります。
その二筋の水滴はラジィの目に落ち、目尻に溜まった水滴はまるでラジィの涙のように下に滑り落ちます。
ハンベックはわかっていました。
彼女は助からないと。
彼女の胸には大きな穴が開いています。
それは明らかにクオーレを傷つけています。
クオーレは非常に繊細な部品で、少しかけただけですぐに壊れてしまいます。
ハンベックにそれが分からない訳がありません。
それでも、認めたくなかったのかもしれないし、もしかしたら動揺のあまり本当に見間違えてしまったのかもしれません。
どちらにしろ、彼はひとつの現実をつきつけられてしまいました。
彼は叫びました。
喉をつぶさんばかりに、声の限りに叫びました。
その叫びは町にまで響き、雨の落ちる空を震わせました。
すべてを吐き出そうとするかのような叫びは、しばらくの間続いていました。

第三部

それからハンベックは、ひとつのクオーレを作り始めました。
ロボットの性格は、クオーレによって決まります。
彼は、ラジィのクオーレを再現しようとしたのです。
それからというもの、彼は仕事をすべて断り作業に没頭します。
そしてハンベックは、職人としての自分の技術をすべて注ぎ込み、ひとつのクオーレを完成させました。
そのクオーレはとても美しく、それまでの彼の作品が霞んでしまうほどの渾身のできでした。
それを前に、ハンベックは立ち尽くします。
しばらく時が止まったかのようにじっと立っていた彼は、おもむろに作業に使った金槌を手に取るとそれを先ほど完成したばかりのクオーレに振り下ろしました。
一度だけでなく、何度も何度も、金槌はクオーレに振り下ろされます。
そうするうちに、先ほどまでとても美しかったクオーレは、ただの木くずの集まりになってしまいました。
クオーレが完成した時、彼は気づいてしまったのです。
いえ、元から気づいていても、作らずには居られなかったのかもしれません。
クオーレはとても繊細です。
本当に少しの違いで、それを使ったロボットは全く別の性格になってしまいます。
そう。人間に全く同じ人が二人は居ないように、ロボットも全く同じ物を作り出すことは不可能なのです。
それに、万に一つ全く同じクオーレが作れたとして、それにラジィの記憶は戻りません。
彼との思い出も、何も持っては居ないのです。
そんなものを作ってどうするのか。そんな思いに苛まれ、彼はその場にうずくまります。
そして、最期に彼女から受け取ったネックレスを握りしめます。
洒落っ気も何もないルーペのネックレス。そんな変わったものを贈ってくる彼女が、ハンベックはどうしようもなく愛おしかったのです。
そのネックレスを握りしめた時、彼女との思い出が激流のように次々と思い出されました。

ああ。そうか。
彼は気づきました。
彼女をもう一度創りだそうとする必要なんてなかったんだ。
彼女は、今もこうして自分の胸に思い出として生きているのだから。
自分が彼女のことを忘れ去らない限り、自分の中の彼女は死んだりはしないんだから――

Epilogue

あるところに町がありました。
その町では、工芸品としてロボットを作っていました。
しかし、クオーレというロボットの中で最も大切な部品は作るのがとても難しく、職人のたくさんいるこの町でもごく少ない職人しかこのクオーレを作ることは出来ませんでした。
その高い技術を持った職人の中でも、一際高い技術を持っていたのが、町の外れに住むハンベックという職人でした。
彼はまだ若い職人でしたが、彼の作るクオーレはとても精巧で美しく、見るものは皆言葉もなく見入ってしまう程でした。
近頃はまた一段と腕を上げたと言われています。
そんな彼のところには、たくさんの仕事が入ります。
それらをこなすちょっとぶっきらぼうな彼の首には、

今日も小さなルーペが踊っています。

fin.

Cuore

普段とは違う書き方で書いてみた。
ちょっと童話風に。
まあ気分転換。
ここまで短いのは久々に書いたなっていう。
まあ特にテーマとかはなかったわけだけど…
ちょっとロボットに関するものが書きたかった。
とか言いつつ初投稿。
どうすんだこの書き方が標準だとか思われたら。

よかったら感想等聞かせていただけると嬉しいです。

追記――
なんか外観はどうなんだって質問があったのでそれに関して。
実はこの作品意識してロボットの外観は書いてない。
正直自分も読む人それぞれの想像した外観でいいと思ってる。
自分の中ではフランス人形みたいなのを思い浮かべてたけど、
機械!って感じの外観でもいいし
人と見分けがつかないような見た目でもいいし
むしろ人型なんかじゃなくて本体にキャタピラとアームが付いてるだけ。みたいな外観でもいいと思ってる。
別に何か特別に伝えたいことがあって書いたわけでもないしね。
このハンベックって若き天才職人がラジィってロボットにあって気づいたこと。
それは、別に見た目が変わったからって変化するわけじゃないんだから。

Cuore

こことは少し…いやかなり違う世界。 そこで起きる、ちいさな出会い。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-14

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 第一部
  2. 第二部
  3. 第三部
  4. Epilogue