紅葉の木の下で(あらすじ)
人称について、まだ統一されてません。
紅葉の木の下で(あらすじ)
あなたに最後に触れたのは、もう半世紀ほど前の中学の卒業式の後。
3月だからあり得ないが、私の記憶の中では図書館横の紅葉が芽吹いていた。
あなたとは、その紅葉の下のベンチで最後に言葉を交わしたね。
珍しく澄み切った3月の青空の下で、あなたが差し出した華奢な白い手に初め
て触れた。
あなたは頬を少し赤くして
「さようなら。」
と笑顔で言って、うつむいた。
それは、別れの挨拶だと思った。
中学で付き合ったわけではなかった。
熱烈に恋したわけでもなく、密かにいいなと思ったぐらいだった。
瞳が大きくいつもうつむきがちなのは、控え目なあなたの性格を表していた。
何よりも恋にならなかったのは、あなたが小学生の時から恋していた僕の親友
のことがあったからだ。そいつは勉強もできたが、なんと言ってもかっこよか
った。何をやっても一番で、しかも、色男だった。高校時代はきざなやつと言
われていたようだが、私にはいつも最高な、雲の上の友だった。
それを人づてに聞いていたから、恋の対象とはならなかった。
あまりにも自分と親友とはレベルが違いすぎた。
しかし、君の親友への思いが届いていないことも知っていた。
君はそういうことを自分から話せない。
じっと心に秘めている。
私もそれを感じていたから、ただ君を見つめていた。
でも、あなたにはそこはかとなく思いを伝えようとしていたのかも知れない。
あなたに初めて年賀状を出した中学校三年生の時。
末筆に、「バレンタインデーよろしく」と書いておいたら、返信に「期待して
ね」と書いてくれた。それは冗談でも何でもなく、2月のバレンタインの日に
は誰もいない廊下で、こっそりと手作りチョコを渡してくれたね。「も、もし
かして、僕に気がある?」なんて、思ったけれど、所詮高嶺の花。それ以来、
話すことは増えたけど、あなたはいつも控え目な笑顔で、それ以上の好意は感
じられなかった。あなたは違った高校に進学することになり、このまま何もな
く終わることに、少しの哀愁を感じていた。
あなたに最後に触れたあの後、春休み中に小学校以来の女友達から突然電話が
かかってきた。
それは、君の家に遊びに行くことの誘いだった。
考えてみると、君と僕はその一回しかいっしょに遊んだことはなかったよね。
僕は君の弾くエレクトーンに耳を澄ませ、習っていない僕が弾くメロディーに
大げさに「すごい!」と誉めてくれた。付き合ってくださいも、付き合おうと
も言わなかったけれど、きっと僕らは、互いの思いを確かめ合ったんだよね。
高校に入ってからは、結局会う機会もなく高校生初めての夏休みが来た。
一度だけ僕が満身の勇気を振り絞って、君の家に訪れたとき、君はブラスバン
ドの練習でいなかった。
そのまま月日が流れて、学祭の練習が始まろうとする9月。再びあの同級生の
女子から連絡が来た。久しぶりと市立図書館に行くと、あなたの半年ぶりの姿
そこにあった。いつも以上にうつむき加減のあなたの代わりに、同級生の彼女
が言った。別の人から付き合って欲しいと言われている。僕の気持ちはどうか
と。
僕は嫌いになったわけではなかった。けれども、そういうことを尋ねると言う
ことは、つまり僕の気持ちの確認ではなく、私はその人に惹かれていますとい
うメッセージだと受け取った。
僕はそのとき、「別に付き合っていた訳じゃないから」と強がって言ったと思
う。
今までもいなかったあなたがいなくてもと、自分に納得させていたと思う。
あなたがそれを選択したのなら、あなたのためにしょうがないと。
今から考えると、そうではなかったのかもしれない。
君は僕の愛を強く求めていたのかも知れない。
確たるものがない。
その不安感にうちひしがれていたのかも知れない。
「別に付き合っていた訳じゃないから」に一番傷ついたのは君だったのかも知
れない。
高校を卒業した春。
僕は君をデートに誘ったよね。
それは、君への思いが消えていない証拠でもあった。
そして、もしかすると君はずっと一人だったかも知れないという何かの思い違
いのような感情があったのかもしれない。
何か映画を見に行ったのだったろうか。
何を見たかは全く覚えていないけれど、そのとき僕は実に人生で一番饒舌だっ
た気がする。
電車の中でも、町を歩いているときも話は絶えなかった。君は全くうつむきも
せずに僕を見つめてくれた。
夕方の帰り道、君の家に近くなったとき、君はもう少し話したいと言った。
近くの公園で話しませんかと。
その言葉がうれしくて僕は舞い上がった。
僕は、「今日だけじゃないだろうから」と言うと、君はうれしそうに納得した
よね。
その夜、彼女といっしょな高校だった同級生の家に遊びに行った。
小学校からのアルバムを見て、昔話に花を咲かせた。
そのとき、あなたの話題も上がった。
小学校の時から可愛かったよね。
そう、瞳が大きくて、くりくりしていたよね。
でも、中学でも誰とも付き合っていなかったしな。
高校になって始めて付き合ったみたいだよ。
僕と君がつきあっていたことは誰も知らないはずだったが、同級生は僕と君と
のことを知っているのかと思って、鎌をかけてみた。
「まさか、お前が付き合っていたんじゃないんだろうね。」
「違う違う、バスケットボールのやつと付き合っていてね。いつも仲良く寄り
添うように二人いっしょにいたよ。でも、彼、大阪の大学に進学したからな。
離ればなれになっちゃったみたいだからチャンスだよ。それでな・・・」
途中から僕は話が聞こえなくなっていた。
高校一年のことは妄想ではなく事実であった。
そして、付き合っていた彼は今はここにいない。
僕は、ほんの数時間前までの浮ついていた気持ちが一度に消え去った。
それは僕にとっては裏切りに等しい行為にしか、そのときは思えなかった。
その後、僕から連絡することもなく、彼女からの連絡もなかった。
大学二年の時、同窓会で会った君はやはりうつむいていた。
大学三年の時、同窓会で会った君は、小さな赤ちゃんを抱いていた。
僕も大学を卒業して、25の時に結婚した。周りの中では一番早い結婚だっ
た。
結婚相手を愛していたかと聞かれたら、愛そうと思ったと答えるだろう。
それから、また十数年が過ぎて、再び同窓会であった君は、変わっていなかっ
た。
僕らが恋した季節に、自分たちの子どもがなった頃だ。
僕はいつまでも君の幸せを願っている。
男とはそういう生き物だ。
思いはいつまでも続いている。
あなたと別れた年齢の3倍の歳月が過ぎた。本当に久しぶりにあった君は相変
わらず可愛かった。
しかし、そこで聞いた話に僕は衝撃を受けた。
君は、結婚してしばらくしてDVで離婚をしていた。
それからは、一人で娘二人を育て上げた。
好きなエレクトーンも止めて、介護福祉士としてその華奢な体で精一杯働いて
生きてきた。
人生に二度目はないが、僕は君を支えられなかったことを後悔する。
それから再び10年が過ぎた。
還暦を迎え、私は、35年間連れ添った激しい気性の妻と離婚した。
子どもたちはとうに独立し、離婚に理解を示してくれた。
「私たちを育ててくれてありがとう」
「後はお父さんの時間を大切にしてね。」
妻には申し訳なかったが、35年間誠意は通したつもりである。
妻も何となくは分かっていたようで、
「あなたの好きなようにしてください」
と、まるで45年前にあなたに言った言葉のように達観したように語った。
卒業した中学に訪れてみると、卒業した木造校舎はなく、新しい鉄筋の校舎が
そびえていた。
図書館もすでになく紅葉の木はどこにあったかさえ探すすべがない。
秋になれば分かるかなと、あのときと同じように3月にしては珍しい青空を見
上げた。
そのとき芽吹いてはいなかったけれど、臙脂色の紅葉の枝が目についた。昨年
伸びたであろう、一冬終えたばかりの若い枝が、再び春に備えて蕾を膨らませ
ていた。
その若い枝に手を伸ばし、まだ冷たい枝の感触と君と初めて、そして最後につ
ないだ手を思い出していた。
「こんにちは。」
目を閉じた私のすぐ横に、明るい瞳で立っていたのは、君だった。
「残りの人生を君といっしょに歩んでもいいかい?」
腐った映画の台詞のようにしか言えなかったが、それが真実、自分の心からの
声だった。
君は今までに見せた中で一番の笑顔を僕にプレゼントしてくれた。
「初めて打ち明けてくれたね。」
私は、一層美しくなったあなたに手を差し出した。
「これも、初めて。」
「あのとき、私から握手したのどんなに恥ずかしかったと思って。」
「精一杯の勇気だったのよ。」
あなたは、もううつむきはしなかった。
私も思いを素直に語ろう。
失うものはもう何もないのだから。
紅葉の木の下で(あらすじ)