河原の向こうとこちら側

賽の河原。石を積み、鬼に崩され、けれども石を積む。お父さんやお母さんの供養になりますようにと願を掛けて、けれども無残に鬼に崩される。
ここから見えるだけで、何人の子供たちが石を積み上げているのだろうか。真っ赤な彼岸花が所々に咲き乱れ、風もないのに花弁を揺らし、私を誘う。
そうか、私は死んだのか。幼いながらも、そう思った。

なぜ私は死んだのだろう。疑問に思いながら座り込み、一つ、石を積む。妹は元気にしているのだろうか。
そう思いながら、二つ、石を積む。そう言えば、妹はどこにいるのだろう。疑問に思って、顔を上げた。
川の向こうに人影はなく、赤黒い霧のおかげで、それほど遠くを見ることはできない。この川を渡ることはできないだろうか。
もしもここが賽の河原ならば、きっとこれは三途の川。渡れば戻れず、けれども私たちは渡ることさえもできず、こうして石を積む。
四つ、石を積んだところで大きな足音が聞こえた。どうしてかわからないけれど怖くなって、その辺りの岩陰に身を隠した。

どのぐらい時間が経ったのだろう、気がつけばまた石を積んでいた。
母のことを思いながら一つ、父のことを思いながら二つ、妹のことを思いながら……三つ目を積もうとして、左右に首を振る。違う、妹は死んでいない。
死んでいるはずがない。死んでいるだなんて、あまりにも可哀相だ。

顔を上げる。真っ赤な着物が来た少女が、少し遠くで私を見ていた。
その着物に、私は見覚えがある。
確か、あの祭りの時、妹と手を離してしまって、二人とも迷子になって、お狐様に連れて行かれそうになったあの時に着ていたあの着物。
真っ赤な着物に、黒い花が咲く。間違いない。でも、その子は三途の川の向こうにいた。既に死んでいた、のかも知れない。不思議と絶望はしなかった。

「―――……」

その子が、何かを言ったのだろう。私に手を差し出して、口を開けた。何も聞こえない。聞こえる訳がない。
あの子はそんなに大きな声で話す子じゃなかったし、間に川があって、二人の距離はすごく離れているのだから。

いつだったっけ、こうして川を挟んで、あの子が私に手を差し出して、袂を風に揺らしながら、同じように口を開いていたっけ。
あとで聞いたら、何も話していないって言ってた。でも、その口は言ってた。こっちにおいでよ、って。そして今も、こっちにおいでと向こうでその子が言っている。
彼岸花の花弁のように、真っ赤な袂を揺らしながら、誘っている。

「―――……」

妹の名を言おうとして、やっぱり言わずに口を閉ざす。言えば、なんだか、ダメなような気がした。
妹の名を呼ぶのがなぜダメなのか、よくわからないけれど、とにかくダメな気がした。戻って来れないって、そんな気がした。

「―――……」

その子が私の名を呼び、手招く。直立不動で、川の向こうのその子の姿を見つめる。赤い花弁が揺れる、私を誘うように。

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突然、手を引かれた。そちらを見る。いつもの学生服を着た、元気の良い妹の姿があった。

「そっちはダメ!」

手を引かれ、彼岸花を踏みしめて、振り向く。川の向こうのその子は、私と妹を見ていた。真っ赤な手はずっと伸ばしたまま、私たちを誘うように。

「死んじゃダメ!」

私の手を引き、赤黒い霧を掻き分けるように、彼岸花を踏みしめて、走るその子に目線を戻す。黒くて長くて、綺麗な髪。いつだって笑っている、その顔。良い匂い。
確かに、この子は妹で間違いない。

「ここは、どこ?」

初めて、私も口を開く。

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「起きた!」

病室に一人分の歓声が響いた。妹の声だった。

「やっと起きた! お姉ちゃん!」

歓声と言っても、それほど大きな声ではない。せいぜい、普通に話す程度。妹の声はいつもボソボソと喋るように、聞き取りづらい。
いつもこのぐらいで喋ってくれたらな、と思う。

「……助けてくれたんだね」

妹の大きな目を見る。嬉しそうに笑うその顔がいつも通りで、どこか安心した。

「ううん、お姉ちゃん」

声が大きい。

「こっちは、川の向こうだよ」

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結局、お姉ちゃんは川の向こうから帰ってこなかった。
私がもう少し大きな声が出たならば、私が怖がらずにこの川を渡っていたら、私が頑張ってお姉ちゃんの名前を叫べたら、お姉ちゃんは帰って来れたのだろうか。

「お姉ちゃん……」

夢の中で、お姉ちゃんは川の向こうに連れて行かれた。私の姿をした、誰かに。今、お姉ちゃんは病院の一室で目を閉じて、眠っている。
目を覚ますことはないと言うことは、私だけが知っている。父も母もいない、お医者様はいつか目を覚ますから、もう少しの辛抱だって私を励ました。
けれども、私は知っている。お姉ちゃんは、もう二度と目を覚ますことはない。

「……ゴメンなさい、お姉ちゃん」

きっと私のせいなのだろう。大きな声も出せない、臆病で意気地無しの、私のせいなのだろう。

「私もすぐに、そっちに行くから……」

目を閉じる。すぐに、眠りに落ちた。

河原の向こうとこちら側

河原の向こうとこちら側

川の向こうで振るわれる袂。紅い彼岸花を踏みしめて、黒い着物を着た妹は、私を誘うように手招いた。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-19

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