ボーイフレンド(仮)版権小説「今日、失ってもよいもの」(全年齢対象・無料)
最終更新日:2016年6月6日
放課後の西崎綾乃(にしざきあやの)は、西園寺蓮(さいおんじれん)生徒会長の作業を手伝うのがすっかり日課となっていた。
アンティーク調の窓から、薄いカーテンを通して夕日がやさしく差し込んでくる。半袖の制服へと衣替えは終わったが、今日は比較的涼しい。書類に次々と目を通していく西園寺の顔を見ているだけで、その空間だけ涼やかな風が流れている気にもなれた。
「そんなに見つめないでくださいね」
言われてしまい、うっかり手を止めて西園寺の姿に見入っていた自分に気が付いてしまう。慌てて自分の手元にある紙の束に目を落とすが、顔が赤らんでしまうのが分かった。
「私の顔は見つめても減るものではないのですが、作業は減りませんよ」
西園寺が笑顔で自分を見つめている視線は感じるが、見つめているのがばれてしまうのは居心地悪い。紙に目を通すふりをしても、紙の内容が頭に入ってくるはずもない。
「すみません、つい」
「フフ、つい、であなたに鑑賞されるのも悪くはないのですが。そろそろ疲れたでしょうから、お茶の時間にしましょうか?」
「いえ、まだ大丈夫ですよ」
「いいからいいから。私のほうがそろそろ休憩を取ろうと思っていたところですから」
「ありがとうございます。ではいただきます」
西園寺は手元の紙をとんとんと揃えて脇に寄せ、すっと立ち上がる。白くて細長い指、優雅な所作にまたつい見とれているのに気が付き、綾乃は慌ててまた紙に視線を戻した。
綾乃が整理しているのは、次の生徒会主催イベント「恋人にしたい彼No.1決定戦」表彰式で、「彼に聞きたいことは?」アンケートだ。恋人は居ますか、好きなタイプは、といった恋愛絡みの同じような回答が並んでおり、そろそろ飽きてきたところだ。
また二枚、同じような質問が続き、リストの「正」のかたまりに棒を追加していく。
次の一枚で、ふと綾乃は手を止めた。
「――今日失ってもよいものは何ですか?」
思わず声に出してしまう。これまでのリストにはなかった質問だ。
「どうかしましたか?」
西園寺が、湯呑み二つと急須、そして大福が二つ並んだ小皿をお盆に乗せて、奥の給湯スペースから出てきた。
「珍しい質問があったのです」
綾乃は、お盆を机の上に置いた西園寺に、紙を見せる。
「確かに面白い質問ですね。失ってもよいもの、ですか」
西園寺は紙を持ったまま綾乃のすぐ隣に座って、綾乃がまとめているリストも手に取り、ふんふんと頷く。
「これは、事前に考えていないと答えを出すのは難しいですね。綾乃さんは何か思いつきますか?」
「いえ、私もすぐには……」
「そうですねぇ。失ってはいけないものなら沢山思いつくのですが……」
「失ってはいけないもの?」
西園寺はリストとアンケートを綾乃に戻し、湯呑みを一つ、綾乃の前に置いた。
「たとえば、このようにあなたとお茶をいただく時間とか。譲れませんね」
少しぬるめに入れられた上質なお茶。家で母が入れるものとは随分と味が異なる。
西園寺先輩からいろいろと教えられたことがあるが、お茶の味はその一つだと綾乃は思う。
「あと、こうしてあなたと大福をいただく時間とか。あ。おひとつどうぞ」
いつの間にか一つ減っていた大福の皿を差し出される。今日のは豆大福だろうか。黒い大きな粒が見え隠れしている。
「あと、こうしてあなたと……」
さっそく大福を口にした姿を間近で見つめられると、少し落ち着かない。一口かじりついて前を見ると、にこにこと頬杖をついている西園寺としっかりと目が合ってしまう。
「先輩、ちょっと食べにくいです……」
「大丈夫ですよ。ただ見ているだけですから。取って食おうとは思いませんよ」
「でも……」
綾乃は一口減った大福を持ったまま少し左を向き、また一口含むが、味より視線が気になって、どうも食が進まない。
「私のことは全く気にしないでくださいね。あ。おかわりもありますから。それともまだおなかすいていませんか?」
「いえ、実はちょっとおなかは……」
「フフ、あなたの柔らかそうな唇が噛みついて良いのは私の唇だけでよいかと思っていたのですが、こうして唇が大福と出逢う様を見ているのも素晴らしいですね。私の前では遠慮せず大きく口を開けても良いですよ。ほら、少し粉が唇に」
できればその視線は遠慮してほしい、と思いつつ、綾乃はなんとか窓から見える曇の流れる速さを確認するのに集中し、また一口含む。ふわっとした餅の感触に、少し硬い黒大豆が口の中で主張する。先輩から出されるものはどうしてこんなにおいしいのだろう。
「やはりおかわりを取ってきますね。そんなにおいしそうな顔をされると、私ももう一ついただきましょう」
西園寺はすっと立ち上がり、給湯スペースをちらりと見やる。
それにしても生徒会室に湯沸しポットと冷蔵庫、小さな流し台があるだけでも最初は驚いたものだ。綾乃は懐かしく思い出しつつ、先輩が戻ってくるまでに食べ終えてしまおう、と、大福の最後の一口を含む。
手拭を取ろうと机に手を伸ばした綾乃の右手がすっと掴まれる。
「もうお終いですか? そんなに急いで召し上がらなくとも」
「あ、先輩。どうもご馳走様でした。おいしかったです」
「フフ、いい笑顔が何よりの礼ですよ。ですが、私はもう一ついただきましょう」
少し引き寄せられた手を慌てて引こうとしたが、すでに西園寺の口元に持って行かれた指先が、ちらっと舐められる。
「このまま……食べてしまいましょうかね。あなたごと、もう一つ」
ぐいっと近づいてきた西園寺の胸板を、綾乃はなんとか左手で押し返しつつ首を振る。キスなんかされてしまったらまたもや先輩のペースだ。
「先輩、今日はダメですって。作業が」
「まだ日が暮れるまでにはもう少し時間がありますよ」
「えっと、あれ、あの質問。先輩も答え考えておいたほうが」
「今日失ってもよいもの、でしたかね」
西園寺は綾乃の顎をくいっとつかんだまま、机の上の紙に目をやった。
「難しい質問とはいえ……やはりこうしてあなたと過ごす時間は、失えないですね」
「でも先輩なら、生徒会とか花とか、もっと大事なものがあるのではないですか? 私のことは後でいいですよ」
「もう既に、私の中で一番はあなたですから。あなたを失わないためなら、ほかのものを一つと言わず、いくつか失っても私は平気ですよ」
「そんな……」
「顔を曇らせなくとも大丈夫です。私は割とよくばりですから。すべていただきます。まずはもちろん、今日のあなたから。大福の粉ごと」
あっと思った瞬間に、上唇の横に唇が当たる。そのまま上唇をなぞるように軽く出された舌が通る。このまま深い口づけをされるのかと思いきや、すっと西園寺は綾乃から体を離し、綾乃の両肩をがっつりと掴んだ。
「そんなことより綾乃さん。私はあなたに聞かねばならないことがあったのですよ」
「え?」
「今回のイベント。決定戦はどなたに投票されるのです?」
「えっと、恋人にしたい彼……でしたっけ。えー、もちろん……」
わざわざ言わせなくとも、と思うが、いつもと少し異なる距離感で見つめてくる西園寺の真剣な瞳に捉えられ、口ごもってしまう。
「綾乃さん。私のことをちらちら見るのは可愛らしくて良いのですが、私は残念ながら予選落ちでした。ベスト10位は難関ですね」
「え? あ、そうでしたっけ」
「ですから、私以外の誰に投票するのです?」
「えっと……」
これは、「今日失ってもよいもの」よりよほど難問だと思う。えっと、決勝戦は10位以上で、そのメンバーは……誰だったかなぁ……。斗真は確か選ばれていたような……。
「フフ、ダメですよ。私の目の前で、私以外の男を思い浮かべるなんて」
肩に置かれていた先輩の両手が離れたかと思うと、すぐに背中に回され、体がすっぽりとくるまれてしまう。
「あなたの中で、私は何番目、ですか?」
「えー……」
「あなたが投票権を握りしめて誰かを思う姿は見たくないですね。やはりあなたからは投票券を取り上げてしまいましょうか」
ぎゅっと抱かれる力が強くなり、耳元で囁かれる。
「このまま、私以外のすべてを捨て去ってくれませんか……?」
耳たぶを甘噛みされ、吐息で体に何かが通り抜けたようにぞくぞくする。柔らかな唇が首元に降りてきて、ついばむように口づけされる。ボタンが二つ外され、いつもの場所を強めに吸われる。
――最初につけたキスマークは、一生消させませんからね――
キスマークの意味も良く分からないまま胸元につけられた跡は、あれから確かにまだ一度も消えたことがない。
「まずは、今日も理性から捨てていただきましょう」
三度目の深い口づけをされるころには、今日も何とか少しでも残そうとした理性が自分から離れていく足音が聞こえたような気がした。
ボーイフレンド(仮)版権小説「今日、失ってもよいもの」(全年齢対象・無料)
ボーイフレンド(仮)の魅惑の生徒会長、西園寺蓮×赤主人公。ネタはAmebaのブログお題より。ボーイフレンド(仮)人気投票で西園寺先輩が14位だったことと絡めて。
実際、この高校で人気投票した場合、西園寺先輩はどのくらいの順位なんだろうなぁ。四天王と呼ばれるくらいなら四位以内なのかなぁ……。少なくとも10位以内には入ってくれないとなぁ、とか。ゲームの人気投票では、実際に人気投票すると上位に来なさそうな人がかなり混じっている気がするし。
まぁそんな呟きはさておき、初夏に生徒会室で西園寺先輩の作業を手伝いつつまったりする話で。