ウルトラマンボ
某ホテルの大理石のロビー。夜も遅い時間なので客は少なく、閑散としている。
その奥まった一角に作られた、ロープを張ったポールに囲まれた数メートル四方のスペースの中に、二人の男が立っていた。手に三十センチぐらいの円盤状の機械を持った作業服の男が、ホテルの制服を着たやや年配の男に頭を下げた。
「支配人、進化型お掃除ロボット、ウルトラマンボのデモンストレーションをお許しいただき、ありがとうございます」
支配人は不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「いいかね。商品デモはこのロープパテーションの内側だけでやってくれ。万が一、少しでもお客さまのいらっしゃる方へ出たら、即、中止だ」
「どうぞ、ご心配なく。従来のマンボと違い、ウルトラマンボには最新のAIが搭載されています。設定されたエリアから出ないのはもちろんのこと、例えば、このエリア内に不意にお子様が入って来られたとしても、安全確実に回避します」
「ふん、まあ、最低限そのくらいの能力がなければ話にならん。で、肝心の清掃の方はどうなのだ?」
「お任せください。通常の除塵は言うまでもなく、スプレーバフ(洗剤などを塗布して表面の汚れを落とす作業)や、ダイヤモンドポリッシャー(表面に人工ダイヤを埋めたパッドを装着した回転式研磨機)を使用した大理石の鏡面仕上げまでいたします」
支配人は再び眉を寄せた。
「専門用語を並べられても、わしにはわからん。いいから、とりあえず、やってみてくれ」
「かしこまりました」
作業服の男は慎重にウルトラマンボを点検し、そっと床に降ろした。だが、その場に静止している。
「どうした、動かんじゃないか」
「周囲の状況を確認しているのです。すぐに動き出します」
その言葉どおり、滑るように動き出した。かなりのスピードである。エリア内をジグザグに動いたり、波を描くように動いたりしている。
「支配人、この中を横切ってみてください」
怪訝な顔で支配人が歩き出すと、ウルトラマンボはぶつからないよう、見事によけて動く。
「ほう」
大理石の床面はみるみるピカピカになっていった。
と、その時、ロビーの入口の方から、「お客さま、困ります!」という声がした。
見ると、上下白のスーツを着た、ちょっとガラの悪そうな客が咥えタバコのままロビーに入って来たのを、若いベルガールが注意していた。
「申し訳ありませんが、ロビーは禁煙でございます」
「ほう。じゃあ、おれはどうすりゃいいんだ」
「ロビーの奥に喫煙ブースがございます。そちらをご利用ください」
「わかった。今度から、そうしよう」
見ていた支配人は、これは自分が出なければという顔になり、ロープの外に出た。
だが、そのまま立ち去ろうとする白スーツの男に、ベルガールが尚も食い下がった。
「お客さま、吸殻を」
「なんだと、こら」
そう言いながら、男が吸殻を床に投げつけようとした、次の瞬間。
ジュバッという音がして、吸殻が消滅した。
「な、なんだ、このホテルは。も、もう二度と来るかよ」
白スーツの男が捨て台詞を残して立ち去った後、支配人は作業服の男を振り返った。
「今のは、もしかして」
「はい。ウルトラマンボには、火災予防のための装備がいくつかありまして、特に、投げ捨てられた吸殻などは緊急を要するため、0コンマ2秒のレーザービーム照射で処理いたします」
支配人の眉が、初めて開いた。
「わかった。すぐに購入しよう」
(おわり)
ウルトラマンボ