青春の色はまだ知らない
青春の色はまだ知らない
ミステリー小説いわゆる推理小説、それは主として殺人・盗難・誘拐・詐欺など、なんらかの事件・犯罪の発生と、その合理的な解決へ向けての経過を描くもの。
その中でも推理小説には分類があり、俺は特に本格ミステリが好きだ。
理由としては、解決の論理性だけではなく手がかりが全て示されること、地の文に虚偽を書かないこと。
これを兼ね備えてあるからだ。
そんな事を考えながら放課後の教室、窓側の一番後ろの自分の席で小説を読む準備をしていると、同じクラスの五十嵐 由紀が歩いてくるのがわかった。
「瀬川君いっつも放課後に小説読んでるよね」
俺に話しかけてくるなんて事は大体予想がつく。
なにか頼み事だろう、頼み事といっても雑用だ。
どうせ暇で小説を読んでいる俺に仕事を押し付けようという魂胆だろう。
とりあえず受け答えぐらいはしておかないと。
「帰ってもする事ないからな、帰って小説読んでるより風通しのいい教室で小説を読んでるのが好きなんだ」
そう言うと今度は奥から勇逸よく喋る友達――親友の神木公彦が歩いてくる。
「めずらしいね、真実が話してるなんて」
「恰も俺がいつも話していない言い方はちょっと傷つくな」
「ごめんごめん悪気はあったよ」
あるのかよ。
なんて会話を交わしていると空気になりかけてた五十嵐が話に入ってくる。
「ところで話をしに来たのは頼み事があるからなんだけど聞いてもらえる?」
ああ。
聞きますとも。
放課後の掃除当番の交換?それとも委員会出席代行?それぐらいならやってもいいがそれ以上にエネルギーを消費する事だったら話に横やりを入れた奴にでも押し付けよう。
「承諾するかは別だが話ぐらいなら大丈夫だ」
そう答えると五十嵐は少し嬉しそうに話を始めた。この嬉しがり方はきっと雑用だな。
パターンAの掃除当番……それともパターンBの委員会出席代行……?
「ありがとうね。いつも瀬川君が読んでる小説ってミステリー小説だよね?私もミステリー小説が好きなんだ。あ、それでウチの頼み事ってのは事件とまではいかないんだけど、十三歳の妹の貯金箱の中から先週ぐらいから毎日不思議と少しずつお金が消えてるんだよね。ミステリー小説は好きだけど探偵視点から考えるのはどうにも苦手だから犯人探しを手伝って欲しいの。いい?」
パターンAでもパターンBでもないのか……というか何故俺が家庭の事情に頭を突っ込まなければならないんだ。
しかも事件という事件がショボイ。これは明らかにエネルギー消費がすごいことになりそうだ。
選択は断るの一択だな、五十嵐には申し訳ないが断らさせてもらうとしよう。
「すまんがその頼み事は了承できない。そいつにでも頼んでくれ」
この選択が正しいな、俺は探偵なんて向いてない。
読者側の方が向いている。
公彦快く承諾してくれるだろし、クラスのムードメーカーだ。
男女両方から好かれている五十嵐も俺と話すより公彦との方が話しやすいだろう。
「真実、意地悪しないで手伝ってあげなよ。どうせいつもすることなくて暇だろ?僕も行くからさ」
暇……には違いないが生憎今日は動いたり頭を使ったりしたくないんだ。
いつもしたくないけど。
とはいえ公彦が行くとなればどうせ行く羽目になる。
さっさと事を済ませて帰るとするか。
今日の読書は御預けだな。
「ああ。分かったよ、具体的にはどうするんだ?五十嵐」
結局は付き合う事になっちまった。
「うん、実際にウチの家に来て妹の部屋とかみてもらいたいんだけど今から時間大丈夫?ここから電車で四十分くらいなんだけど」
案外遠いな。
了承したからには今更遠いから面倒くさいし行きたくないなんて言えないし……。
「おお!女子の家に上げてもらえるなんて光栄だね。ね、真実」
「ああ、光栄だな。」
適当な返事する。
「帰りの準備してないから先に五十嵐さんと真実は下駄箱で待っててくれないかい?」
「じゃあ先いってるからな」
そう言うと俺と五十嵐は教室を後にする
「ごめんね瀬川君。面倒くさいよね」
よくわかってるな五十嵐。
俺は重度の面倒くさがり屋だ。
「いいや、たまには動かなきゃだしな。いつもは体育の授業と登下校ぐらいしか動いてないからな。ちょうどいい運動になる」
ちょうどいい運動……とまではいかないが、俺は本当に体育の授業と登下校ぐらいしか動かない。
「ならいいんだけど。あっ、神木君きたよ」
「それじゃあ行こうか」
公彦が言い、駅まで向かい電車に乗車する。
「うわあ、五十嵐さんの家、話には聞いてたけどこんなに大きいとは。何坪ぐらいあるんだい?五十嵐さん」
「うーん、よくは聞いてないけど昔におばあちゃんが大体一一〇〇坪あるって言ってたような」
デカ過ぎる。
五十嵐はお嬢様で有名だがここまでとは……。
このお屋敷に何人住んでるんだ?三十人住んでるって言われても信じるな。
掃除は滅茶苦茶大変そう、やっぱり誰か雇ってるのか?金持ちの世界はよくわからないな。
「じゃあ、入ろうか」
五十嵐はそういい、門とも言えるデカさの敷居を跨ぎ玄関まで行く。
家が広いといっても玄関は昔ながらの引き戸で少し安心する。
五十嵐の妹の部屋に向かうまでに長い廊下を歩く途中に壁に大きな穴があるのに気が付いた公彦が言う。
「五十嵐さんこの穴はなに?」
「それは最近妹と弟が遊んでた時、壁にぶつかって穴空いちゃったんだよね、家古いから子供達がちょっと強くぶつかっただけで穴空いちゃって」
「そうなんだ」
まぁ古い家にはよくある話なんだろうな。
よくテレビでやってる貧乏な人が住んでる家に行く番組でも壁に穴空いてたりするし。
だけどここ以外は穴が空いてないなんて綺麗に使ってるんだな。
関心していると妹の部屋の前に着く。
「ここが妹の部屋なんだけど、好きに見ていいよ」
さっさと解決して帰るとしよう。
貯金箱は長方形でダイヤル南京錠か、当然番号知ってるのは五十嵐の妹だけとすると開けるのは難しいな。
「五十嵐さん、隣の部屋は誰か使ってたりするの?」
いい質問だ、気になってたけど聞けなかった。
「玄関側が弟の部屋で反対側は物置だよ」
「なるほど」
なるほど。この流れで俺も聞いてみるとしよう。
「五十嵐、ちなみに弟は何歳なんだ?」
「妹の二つ下で十一歳だよ」
てことは小学五年生で妹と弟はそこまで離れてないな、どうでもいいことだけど。
考えれるとしたら何らかの理由で隣の部屋にいる弟がダイヤル解除の番号を知ったとしか考えられないが、方法が分からないからどうしようもないな。
――そうだ、見落としてた。方法ならあるじゃないか。
「調べてみないと分からないが、とりあえず方法はわかった」
「聞かせて!」
「是非聞かせて欲しいな、真実の推理を」
「まず最初にどうしてダイヤル南京錠が付いてる貯金箱の中から金が消えてるってことだが、多分隣の部屋にいる弟が番号を知って妹がいない間に抜いてる」
「いや真実、それじゃあどうして弟君はダイヤルの番号を知っているんだ?」
「そうだな、多分壁に穴を開けて覗いてたんだ。ここまで来る途中に廊下の壁に穴があいてるところがあっただろ?この家は見た感じ築百年ぐらいだ。昔の壁っていうのは、現代の家の造りとは違って壁が凄く薄いんだ。画鋲で数回刺しただけで穴があいて隣の部屋を除くことができる」
「ていうことは穴が空いてるってことだよね?瀬川君」
「そういう事になるな」
そうして三人で部屋の壁に穴があいてないか探す。
「あったよ五十嵐さん真実。多分これじゃないかな?」
公彦が見つけた穴の様な所にはティッシュペーパーが詰まっていてカモフラージュされていた。
大きさはビー玉ぐらい。多分最近壁に穴を開けたって言ってたから弟がこの方法を思いついて実行したんだろう。
「弟が犯人ってことは分かったね。だけどどこに隠したんだろう?」
五十嵐が明らかに場所も見つけて欲しいと言わんばかりにこちらの様子を伺ってくる。
「わかったよ……弟の部屋に行って探してみるか」
そう言うと五十嵐と公彦は、早速弟の部屋へ行く。
弟の部屋に移動して二十分ほど三人で探したが、全く金がどこからも出てこなかった。
もう時間は十八時を回ろうとしていた。
「結局金は見つからなかったから断定することはできないな、やり遂げられなくてすまんな五十嵐」
とりあえず帰る雰囲気になったから謝っといた。
これで帰れるな、思ったより長いことこの家にいた。
「弟がやったって事が分かっただけでも良かったよ。瀬川君に神木君ありがとうね」
「いやいや礼には及ばないよ、謎解きなんて滅多にしないから楽しかったよ。な、真実」
「ああ、そうだな」
そう言い玄関へと向かう。
「じゃあ、また学校で。バイバイ」
「じゃあねー五十嵐さん」
「またな」
挨拶を済ませて公彦と駅まで向かおうとすると、門から自転車に乗った五十嵐の弟らしき奴が玄関目掛けて走ってくる。
自転車のライトが光っていない、変だと思い弟に聞いてみることにする。
「その自転車のライトって壊れてるんだ?」
「先週ぐらいに壊れちゃったんだ」
先週ぐらいに壊れた……か。
そう言えば五十嵐が先週あたりから貯金箱から金が消え始めたって言ってたな。
弟が玄関に入っていったのを見送ると、俺は五十嵐に聞く。
「五十嵐、自転車のライト触ってもいいか?」
「え、いいけど、どうするの?」
「ちょっとな」
そう言うと俺はライトに手を伸ばす。
ネジをする場所が三つあるのに一つしか止まってない。
一つ付いているネジを外して開いてみると。
「え!お金入ってるじゃん!」
「本当だ。真実気付いてたの?」
「いや、なんとなく五十嵐が言ってた金が消えた時期とライトが壊れてた時期が重なってたから調べてみただけだ。入れるには丁度いい大きさだしな」
中から金を抜き、五十嵐に渡してライトのネジを元の通りに直す。
「すごいね瀬川君!」
「たまたまだ」
「真実にこんな才能があったとは」
「伊達にミステリー小説を読み漁ってないからな」
「違いない。じゃあ五十嵐さん僕らは帰るね」
「今日はありがとうね、また明日」
五十嵐が俺らを見送ると俺と公彦は駅に向かい歩き出す。
「真実の日常は面白い物になりそうだね」
「ならんくていい、平坦な道が一番楽だ」
「真実らしいや」
そう、平坦な道が一番楽。
平凡が一番。
「真実、ひとつ聞きたいんだけどいい?」
俺は頭を縦に振る。
「真実の青春は《《何色》》?」
もう日は落ちて真っ暗だ。
あの、金持ちそうな家の子がどんな気持ちで金を盗んだかを歩きながら考えるが、俺には分からない。
――青春の色も分からなかった。
青春の色はまだ知らない