おでん侍 VS 浣腸侍

おでん! おでん! ウヒョヒョヒョヒョ

ここは、ニョロニョロ王国。
文明は江戸時代よりちょっと前ぐらいで止まりっぱなしの変な王国である。
首都の中心にはニョロニョロ城がそびえ立ち、異臭を放っていた。
城の正門から一直線に伸びる大ニョロニョロ大通りには人が行き交い、様々な店が軒を連ねている。
大ニョロニョロ大通り。
通称、大ニョロ。だいにょろに非ず、おおにょろとルビ振るその名前は語呂が悪いと評判であり、人々はニョロニョロ目安箱に改名の便りを募らせた。
ところで、ニョロニョロ目安箱とは、ニョロニョロした目安が入っている箱ではない。
ニョロニョロ城正門前に設置しているからそう名付けられたのだ。
それにつけて以前、
「ニョロニョロ王国にある目安箱なんですから、どこにあってもニョロニョロ目安箱ではないんですか?」
という投書がニョロニョロ箱に投ぜらせた。
何故かこれに激昂した王は、その者を国中より探し出せと命ずるもニョロ箱の匿名性によりそれは叶わなかった。
このことを受けてニョロ箱には王政権を罵倒する便りで溢れたが、その次に多い便りが決闘罪の成立を願う便りであった。
ニョロニョロ王国には殺人罪やそれに連なる暴行に対しての罪が規律が存在したが、未だに戦国の夢が覚めぬニョロニョロ王国には物事や争い事を決する時に決闘の場を設けるという風習が根強く残っていた。
と言っても王城近辺の比較的栄えている通りでは兵士が警備に当たっている為、あまり目立ったことはできない。
しかし首都を遠く離れ、田舎の集落と集落が摩擦を生み、その行く末が決闘に至ることはしばしばあった。

......そんな決闘の気配遠い大ニョロニョロ大通りで、それは起こった。
「貴様ァ! 武士を愚弄するかァ!!」
幅30メートルはあろう大ニョロのこちら側にも向こう側にも驚かせるような胴間声が正午の退屈に響いた。
なんだなんだ、と往来は声の発生地点にアリのように集まる。
その渦中に、左手におでんを持った男がしりもちをついた男を見下ろしている。
しりもちをついた男はあざけるような笑いを浮かべ、じっとおでんを握りしめた男を見据えていた。
その側ではおでんの鍋がゴトゴトと煮え、燃えすぎた火が鍋を噴きこぼれる寸前まで煮えくり返らせているのは、おでん屋の主人でありたった今激昂している男の心の炎を比喩しているようにも見えた。
「貴様ァ。今何と言ったァ!」
先ほどとは少しトーンを落として、うすら笑いを恫喝するようにおでん屋の主人は言った。
しりもちをついた男はそれを受けて再び嘲笑する。
「お前んとこのおでんなんてなァ、浣腸にも使えねェっつたんだよ!」
ーー男が最後の「よ」を言い切るか言い切らないかぐらいのタイミングで、おでん屋の主人は側にあった煮え滾る鍋を素手て持ち上げ、中身ごと男に投げつけた!
しかしその次の瞬間に、しりもちをついた男は素早くローリングして避ける。
そのあまりに素早い身のこなしに野次馬はおお、と感嘆の声を出した。
「おのれェ!」
おでん屋の主人は懐から竹串を取り出し、それぞれの指の間に装着して、ウルヴァリンっぽくなった。
それを見て野次馬は更に盛り上がり、決闘、決闘、と口々に呟いた。
それは普段鬱屈している彼らの闘争本能を端的に満足させられるものがそこにあり、今こそその決闘が行われようとしているのに興奮しているのだ。
さて聴衆が次に気になるのは、素早くおでんの雪崩を避けたこの男が決闘に応じるかについてだ。
その場にいたおでん屋の主人を含め全員が固唾を飲んで見つめる中、男はゆっくりと立ち上がって言う。
「おでんも幸せだァ。 来世は美味いおでん屋に生まれてェってよ」


彼の家は、武家であった。
家紋には三角と四角の模様があしらわれ、彼が父にこれは何と尋ねると、父は少し悲しい目をして、おでんだ、と言った。
彼はそんな父の表情を見て、言うに言われぬ虚しさを父と共有した。
ある日、彼は父に尋ねる。
「父上、我が家の始まりはおでんで儲けたことと聞き及びました。しかるに現在は家業とも言えるそれを放棄している。何故か」
彼の父は、何も言わなかった。
言えまい、自分の家の家業が浣腸によって滅ぼされたなんて、我が息子には口が裂けても言えまい。
そう強く思った父の顔は、口が裂けまいと必死に眉を歪めて歯を食いしばっていた。
それを知らない彼は、父や祖父の屈辱と無念がわからないまま、大人になっていった。

彼の家もまた、武家であった。
家紋にはうちわを逆さまにしたような紋様がデカデカと誇示され、彼もまた、子供心にこれは何と尋ねた。
彼の父親はそれを聞くと難しい顔をして、うーんとうなった後にこう言った。
「浣腸......だよなァ。 なァんで浣腸なのかなァ......」
そう語る父の極めて何とも言えぬ表情に、彼もまた、虚しさを覚えた。
そしてその時座っていた箱の中には在庫の浣腸が詰まっており、それにもまた、何で我が家の家業は浣腸なのだ、と子供心に不可思議な気持ちになった。

「命乞いはいいのか。 ならば斬るッ!」
おでん屋の前で大男が叫ぶ。
それに応答する声は完全に小馬鹿にした声で、
「やってみろよォ。へたくそ」
と言った。
その声に青筋がはち切れん馬鹿に隆起したおでん屋は、渾身の力を込めて竹串を男に投げる。
男はそれを素早く交わすと、懐から浣腸を取り出し、指と指の間に挟めたが、何っぽくもなかった。
ただ都合8本の浣腸を指にはめている変な奴だった。
当然、男の滑稽な姿に野次馬共は若干の失笑を見せたが、それ以上に自分のことを自嘲しているのは男自身であった。
おでん屋は素早く次の竹串を懐からリロードし、驚愕の脚力で宙に飛んだ!
そのまま両腕を背中に回し、重力加速を得た協力な竹串が両腕から放たれる。
しかしそれは全然違うことに突き刺さり、これまた野次馬の失笑をかった。
おでん屋の放った技はインパクトこそ強烈なものの、全く効果が得られなかった為、本人は少しだけ恥ずかしくなった。
しかしその心の動きを誰よりも見逃さないのは彼だった。
「おいおい。 味のコントロール並に壊滅的だなァ」
そうせせら笑いを浮かべて、すごくムカつく顔で聴衆の面前で言った。
これには流石に怒りを通り越して若干心が折れそうになるおでん屋だったが、屈辱を力に変えて彼は戦うべく再び竹串をリロードする。
しかし、男の腐りきった根性は、その竹串にすら及ぶ。
「っていうかお前おでん屋なのに何で竹串で戦うんだよ。 竹串屋かお前は! あっ、そうか!だからおでんが不味いのかァ! なるほどォ!」
この言葉には、聴衆の失笑はおでん屋に対する嘲笑に変わってしまった。
おでん屋は男の煽りと野次馬共も笑い声に本当に心が折れそうになった。
しかし、その時彼の脳裏に浮かんだのは家紋を見据える父の悲しい表情だった。
彼はここで負けるわけにはいかない。
彼は折れそうな心奮い立たせ、肉体の限界を超えた究極のおでん奥義を放つことを決意した。
「見ておけェ......! これが究極のおでん奥義! おでん雪崩じゃァ!!」
おでん屋は覚悟を決め、煮え滾るもう一つの鍋を両手で抱きかかえた!
「死ねェー!」
これには流石に男もたじろいだが、おでん屋の目が完全にイカれていた為、ちょっと引いた。
嘲笑も、ちょっと引いた。
さてもう引き際を掴めないのはおでん野次馬である。
煮え滾る鍋を高らかに掲げ、今こそ男に投げ付けようとしている。
しかし、おでん屋はそれを振り下ろす直前で、自身の手のひらに熱が伝わってないことに気付く。
おかしい、火がかかっていなかったのか、と動転するおでん屋に、男はみたびあざけるように言った。
「そいつはなァ! ただの浣腸鍋だァ!!」
おでん屋ははっ、として鍋の中身を見てみると、そこには浣腸が並々と盛られていた。
「ま、まさかお前」
おでん屋が浣腸と男交互に見る。
「そう、俺はお前に浣腸攻撃をすると見せかけて、おでんと浣腸を少しずつ入れ替えていたのさ!」

おでん屋は、店を畳んだ。
その場所には浣腸の直売所が新たに創設された。
でも浣腸しか売ってないからそこもまた潰れた。

おでん侍 VS 浣腸侍

おでん侍 VS 浣腸侍

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-17

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