蛇口
お題蛇口で。
彼女の使った後の蛇口。
ある少女が、蛇口で水を飲んでいた。
それを僕は見ていた。
僕はその子が好きだった。
吹奏楽部で、いつもトランペットを吹く練習をしている彼女。
爽やかな風が通り抜けて、彼女の茶色がかった髪を揺らした。
彼女が去ったあと、僕は蛇口に口を付けた。
野球部の僕。汗が流れて、額から滴った。
焼けた右腕に、皮のはがれた跡がある。
僕は知らなかった。
僕が去ったあと、相撲部の男子が、それを陰で見ていたことを。
そして、僕の使った後の蛇口に、そっと口をつけたことを。
「あー、あっちー」
そう言ってごくごくと水を飲み、仲間と「ごっつぁんです!」とぱちんと手を叩き合ったことを。
蛇口。
それは、名もなき者たちを結びつける秘密の扉なのだ。
特に夏はそれが多い。
たとえ予期していなかったことだとしても。
蛇口
あー、すっきりした。