乳首

「乳首を噛んでもらいたい、かも」
 その声が聞こえたとき、私は思わず田中くんの方を見てしまった。
 クラスの隅の方には相変わらず、バカみたいに女の話をする男子連中がいて、そのなかに一番童顔な男子が恥ずかしそうに顔を赤らめていた。どうやら初めてのセックスでどんなことをしてみたいかという話らしい。私はユカたちの話に参加しながら、なんとなくその男子の会話を聞いてて、バカだなあ、と思ってたのだけど、まさか田中くんからそんな言葉が出てくるとは思わなかったから、驚いて見てしまった。
 おまえマジじゃん、きもー、と男子がからかって、田中くんの頭を軽く小突いてる。田中くんは自分の発言を恥じていたのか、ちょっとだけ顔を赤らめて、うそうそ、冗談だって、と必死に否定している。
 田中勇也くんはクラスで一番身長が低い。おまけに童顔だから、中三には見えなくて、クラスの男子にもよく弄られている。ミコやユカも田中くんがかわいいって言ってよくちょっかいかけてる。よくわかる。私もよく、いじめたくなっちゃうから。
「リコ、聞いてる?」
 ユカに声をかけられて、私はユカ達の話に戻った。けれどずっと、田中くんの言葉が頭から離れなかった。

 気になったらどうしようもない。私は田中くんを放課後の教室に呼び出した。こういうとき、クラスラインがあるから楽。連絡先なんて、いちいち聞かなくてもいつでも連絡できる。
 田中くんと二人きりの教室。他の教室にも人はもう誰もいないみたいで、廊下も閑散としている。
「ねえ、田中くんって、乳首を噛まれるのが好きなんでしょ?」
 私は両手を後ろに結んで、田中くんの顔をのぞき込むようにして聞いた。田中くんはパッと顔を上げて、恥ずかしそうに赤らめた。夕日に照らされている田中くんの顔が、さらに赤くなった。
「い、いやあれは、中村くんが言えって言うから、」
「じゃあ、嘘なの?」
 私は田中くんに近づいた。田中くんは、えっとぉ、と困惑したような声を出して、
「嘘、……じゃないけど」
「噛まれたいんだ、やっぱり」
 ぎゅっと口をつぐんで、うつむく田中くん。クスッと私は笑った。うん、やっぱりいじめがいがある。
 私は、にっこりと笑った。私は自分の笑顔がかわいいって知ってるから、この顔で頼めば男は誰でもお願いを聞いてくれる。
「じゃあさ、私が噛んであげる」
「え?」
「田中くんの乳首。私に噛ませて」
 もっと狼狽えるかなって思ったけど、田中くんは口をつぐんだままだった。だけど、瞬きの回数は、異常に増えていた。
 やがて、こくり、と頷いた。
 私は田中くんの頭をなでた。ワックスも何も付いていない、さらりとした髪。やっぱり、チワワみたいな愛くるしさが、田中くんにはある。

 窓の外に校庭が見えて、野球部のかけ声と、陸上部のホイッスルの音が聞こえていた。
 田中くんの乳首を見たとき、私はちょっとがっかりした。雪が積もって誰も踏み入れていない校庭のようなつるりとした肌。もっと傷だらけだったり、きったない乳首を想像していたのに、私よりもきれい。腹立つ。
 でもまあ、傷だらけの肌が出てきても、それはそれでちょっと気持ち悪いから、まあ良いかと思う。別に初めてが好きってわけでもないけど、まあ、同級生の初めてをもらうのも、まあ悪くはない。
「お、お願い」
 上半身だけ裸になった田中くんが、不自然なほど胸を張って言う。その様子がおかしくて、私は「とりゃっ」と田中くんのおなかを軽く叩いた。そんなに緊張してると、こっちにも感染してしまいそうだ。一応私だって、乳首を噛むなんて初めてなんだから。
「じゃあ、いくね」
 田中くんの耳元でささやくように言うと、田中くんは鼻息を荒くして頷いた。
 まずは様子見で、舌で優しくなめる。私の舌は、結構すごいらしい。何がすごいのかよく分からないけど、男子にはそう言われるから、多分すごいんだろう。他人と比べたことがないから、よく分からない。でも、舌先で鼻の頭を触ると皆が驚くから、多分一般的な長さよりも長いのかもしれない。
 舌先を丸めて、田中くんの乳首を掴む。右へ左へ回す。しばらくそうして遊んでいたら、田中くんが切なそうな声で、噛んで、と言うので、私は口を大きく開けて、歯を立てた。
 がり、と噛む。
 田中くんが、びくりと体を震わした。
 わあ、すごい。
 頭の中で、何かが外れる音がした。私はさっきよりも強めに歯を立てる。がり、がり、がり、
「——う、ぐ、」
 田中くんが声を出す。私はそれに応えるように、徐々にあごに力を入れる。ぐぐぐと、力を加えると、田中くんがさらに身をよじる。それを追いかけるようにして、私は乳首を責める。不意打ちでぺろりと乳首をなめると、「うわっ」と田中くんが声を漏らす。ちょっとだけ塩っぱい。上目遣いで田中くんの顔を見ると、田中くんは目をぎゅっと閉じて、歯を食いしばっている。その隙間から、熱い吐息とあえぎ声が漏れている。犬歯で乳首を噛んで、ぐいっと引っ張ると、痛い痛いと田中くんが悲鳴を上げる。
 やばい、かわいい。
 田中くんの股間は大きく膨らんでいる。私が学生服のチャックに手をかけると、田中くんは困惑したように「え、え?」と言うので、ガリッと乳首を噛んで黙らせる。
 ホントは、そんなつもりじゃなかったけど。
 かわいいから、もう止まんない。ごめんねユカ。田中くんの初めては私がもらうことにするね。だって仕方ないじゃん。こんなにかわいい田中くんが悪いんだもん。


 事を済ますと、空はもう真っ暗だった。
 駅まで一緒に田中くんと歩いた。なにが一番気持ちよかったかを聞くと、田中くんはしばらく考えるようにして、
「でも、やっぱり最初の乳首が良かったかも」
 あんだけ口に出しておいて、よくもまあそんなことが言えるなあ、と思いながら、でもまあ確かにあのときの田中くんが一番盛り上がってたもんなぁと半ば納得する。
「じゃあ、明日も放課後ってことで」
 くすくす、と田中くんが笑った。お、なんだその笑い方。えらそうに。嫌いになっちゃうぞ。
「ちがう、ちがうよ。ごめんね、明日は僕がリコちゃんを気持ちよくさせられるようにがんばるから」
 なんだかしゃくに障る。つい二時間前よりもちょっとだけ余裕のある受け答え。むかつくなぁ。男っていつもそう。セックスの後になると、生まれ変わったかのような対応をする。たった一回で勘違いするなよ。
「もういい。明日はユカが行くから。ユカを楽しませて上げて」
 私はそれだけ言い残して、駅の改札を通った。なんだか今回も裏切られた気分。

 あーあ、どっかにかわいい男の子、おちていないかな。

 
 

乳首

乳首

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-07-16

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