世界終末ライブ in Tokyo
終わりは突然やってくる
「皆さん盛り上がってますか!」
日本語でも英語でも、みんなステージに上がるとこぞってその言葉を口にした。世界を代表するミュージシャンから誰も知らないインディーズまで、最近の日本は音楽で溢れている。ここ2ヶ月くらいかな?街の隅々まで音楽で溢れている。
『申し訳ございませんが、10月7日の午後7時32分に、巨大隕石によって地球はぶち壊れます…………。大変無念にはなりますが、これにて、人類は終わりです…。残りの2ヶ月をみなさん、有意義な日々を…』
突如中継されたこのニュースは、3日もしないうちに世界に広がった。最初は誰も信じてなかった。しかしそれからさらに3日後、世界的に有名な某宇宙について調べていらっしゃるお偉いさんも、テレビ中継された。
『この前のニュースは本当だ…。残念だが、我々人類に為す術はない。これは神が定めたことなんだろう。皆さんごきげんよう』
その中継をきっかけに世界は大混乱。これまた3日で世界は完璧に狂った。
それからは随分と楽な世の中になった。自由を求めて旅に出るやつが大半で、中にはなんでもできるバーチャルの世界と勘違いしているのか殺人や、動物を殺す奴もいた。でもそういう奴らも10日ぐらいで飽きるんだろうな。みんな旅に出る。かといって自由に旅ができるわけじゃない。日本にいるやつは大概日本から出れない。飛行機も船も出てないからね。
「おい」
後ろから声をかけられ、振り返ると、ボロボロの服にナイフを持った男がいた。
「なんだ?」
「なんだじゃねぇよ…。殺させろ!いいだろ?」
「…あんた優しいな。ちゃんと許可とってからやるんだな。ちなみに答えはNOだ。痛いのは嫌いでね」
「どうせ死ぬんだぞ?!いてぇのもいたくねぇのもかわらねぇだろ!」
「それを決めるのはあんたじゃない。そうだろ?」
「う、うるせぇ!なんだよなんだよ!死んだ魚の眼みてぇな目で俺を見やがって…!」
そこまではギリギリ聞こえたが、そのあとは聞こえなかった。ブツブツと何かを言いながら男は去っていった。
さて、次の街だ。
軽トラックで山道を飛ばす。この辺は唯一何も聞こえない。微かながらに聞こえてくるが、心地の悪い軽トラ独特のエンジン音で大半はかき消される。
道脇に軽トラを止め、荷台に寝そべって空を見た。こうするといろんな音がよく聞こえる。昔を思い出すな。ボケかかってるじいちゃんとよくこんなことしてたな。軽トラで田んぼ道を回って、虫網でトンボを捕まえて、汚い川で鯉を釣って。軽トラで寝そべって昼寝して。俺もじいちゃんも夏は真っ黒だったな。
隣町に着くと、ショッピングモールの入り口の前でギターを弾いている男がいた。
「こんちわ」声をかける。「調子どうですか?」
「いいように見えますか?最悪ですよ」
「それにしては力強く歌ってたじゃないですか」
「そりゃそうでしょ。世界が終わるのに恥ずかしがってボソボソ歌えるわけないじゃないですか」
「確かに。とても素晴らしい歌でした。ありがとうございました」
「こちらこそ」男は頭を下げた。「あんまり見ない顔ですが、どこからこられたんですか?」
「ちょっと遠くから。あそこの軽トラで7時間走りました」
「旅人でしたか。それはそれはお疲れ様です」
「旅人とは…ちょっと違いますがね。もう少し早く君に会っていれば、世界はもっと輝いたかもしれないな」
「どういう意味ですか?」
「ついて来ればわかるよ。ほら。せっかくだし行こうよ」
「…?」
急に何を言っているんだこの男はと思われてしまっているみたいだが、ギターくんはちゃんとついてきてくれた。
「乗りなよ。長旅になるが、後8時間も走れば目的地さ」
「8時間も?!それはいくらなんでも長すぎる。せっかくですが、遠慮させいていただきます」
「まぁまぁ、そんなつれないこと言うなよ。どうせ後2日で世界は終わるんだ。気楽にいこうぜ」
「あと2日しかないんです!貴重な48時間なのに、8時間も消費できません」
ギターくんが離れていく。
「おいギター」
足が止まることはない。
「誰の曲が弾ける」
ギターくんの足が止まる。
「…楽譜があれば、誰の曲でも弾けます」
「そうか。これは弾けるか?」
ギターくんに向かって五線譜を投げる。
「…!これは…。え、あなた…もしかして…」
「乗れ」
ギターくんは数秒間、俺の目を見つめて、何かを決めたかのように頷いて、助手席に乗った。
「world songsは、随分と前に解散されたんじゃないんですか?」
「なんだ。知ってんのか」
「知らないわけないじゃないですか!各部門を総なめにした圧倒的歌唱力。それを支えるバンドの演奏、表現力。どれを取っても同じ人間とは思えないほど力を持ったバンドでしたよ」
「ばかやろう盛りすぎだ。大したことねぇよ」
「…なんで解散しちゃったんですか?」
なんで解散したか、か。そりゃいろんなことがあったわけよ。でもそれを話すにはまだ早いな。
「向こうに着いたら話してやるさ」
「むこうとは?」
「東京にあるライブ会場だ。そこが俺たちの終点になる」
そう言うと、ギターくんは大きくガッツポーズをして、よっしゃと嬉しそうだった。希望に満ちたその目からは、明後日世界が終わるなんて馬鹿げた話は微塵も感じられなかった。
さっきの街を出て4時間が経った。途中、廃れたガソスタで補給と一服を済ませた。助手席のギターくんは寝ていた。随分と寝てなかったのだろう。世界終わりという避けようのない現実から、寝る時間さえ削って生きようとしてるんだ。すげぇよな。とてもじゃないが真似できない。
prrrr。
携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「おい、今どこにいる」
「今は隣町のガソスタだ。あと3時間くらいでそっちに着くよ」
「3時間?!…まったく。お前という男は打ち合わせの大切さを全然分かってない」
「わりぃな。俺だって急いだんだ。でも間に合わなかった。すまねぇ」
「すまねぇじゃねぇよ。まったくよ」
今も昔も変わりゃしねぇ。電話口の向こうで小さく聞こえて、切れた。
「しかたねぇだろ。俺はそういうやつなんだ」
呟いて、またトラックを走らせた。
このなんとも言えない風景を眺めながら走るのもいいが、それだけだと味気ないのでラジオをつけてみた。しかしどれも砂嵐。こんな状況でやってるラジオ番組なんてねぇのか。
『せかいがーもしっ、おわーるならっ、きみにーすきと、いいたいんだっ』
939.62Hzに合わせた途端、懐かしい曲が聞こえてきた。
『世界の終わりに愛を叫んだ』
ロックシンガーも、アーティストも、音楽に乗せて愛を歌うのが流行ってた頃のヒットソングだ。俺はこの歌があんまり好きになれなかった。だって世界の終わりが来て、やっと好きって言うんだぜ?世界の終わりの日に愛が叶うとは到底思わないんだ。そんな臆病な愛なんて、伝える前に消えそうだよな。
車を走らせて2時間45分が経過した。ここは日本の音楽都市。2XXX年に、何もかも統合したライブ会場を作ろうと、音楽に支配された総理大臣が狂ったように金を注ぎ込んで作った街だ。ここは何もかも自由。常に音楽で溢れており、日々音と愛で街は活気付いていた。近隣都市への影響を考えて防音加工のされた壁で周りを囲んだが、ギネス記録に設定された馬鹿でかいスピーカーのせいで、外まで音が漏れちまってる。
「おい、おきろ。着いたぞ」
ギターくんの頬を叩きながら声をかけた。寝起きのギターくんは不機嫌そうだった。起こし方を間違えたのか、元からこういうやつなのかは定かではないが。
「…おぉ…ここが音楽都市…」
「そうだ。お前らバンドマン達の夢の舞台だ。行こうぜ」
ギターくんはキョトンとした。
「なにを今更。もう後戻りは出来ねぇだろ?来いよ」
「え…まさか…あそこで演奏するんですか?」
「そのまさかだ。すでにドラム、ベース、ギターの音が聞こえるだろ?音合わせが始まってる」
「え!?遅刻ですか?!」
「おう。毎回そうだった。俺はぶっつけ本番しか居合わせたことはねぇ」
ギターくんはそれを聞いて、言葉を失いながらもついてきた。
キックベースが心臓に響く。ドンドン、ドンドンと、懐かしい音が身体中に染み渡っていく。11年前のあの日。突如音楽恐怖症にかかっちまったせいで俺はバンドを逃げ出した。この11年間、みんなはずっと俺のそばにいてくれた。意味不明のこの病と真剣に向き合ってくれた。音楽はやらないけど、メシを食ったし、作詞はしねぇけど、一緒に旅行行ったり、作曲はしねぇけど、俺に少しずつ音を聞かせてくれた。完治まであと一歩のところまできたある日、世界が終わっちまうなんてニュースが世界中を流れた。そんなの最初は信じられなかった。でも信じるしかなかった。いろんな学者達が口を揃えて行ったんだ。
「アダムが落ちる」と。
アダムっていうのは隕石に元からこの隕石についていた名前だ。太陽の19倍の大きさを誇るこの隕石は、元からこの地球の周りをぐるぐる回っていた。いつかやってくるだろうが、何千年も後の話とされて、2000年代の嘘に消えたはずだった。しかし彼はやってきた。突如として未来を奪いにきた。
「…みんな。今までありがとう。こんな俺のそばにいてくれて」
家に集合したみんなに心からこの言葉を言った。
「そして…もうひとつだけ、最後のわがままを聞いてほしい」
“音楽都市で世界終末ライブをやろう”
こうしてできた舞台だった。
ルート奏法なのに、恐ろしくおしゃれなフレーズを弾けるベーシスト。
雨粒凛花。
生まれた瞬間、ドラムを親だと思った男。
猿番真。
喜怒哀楽をギターだけで完璧に表現できるギタリスト。
美代晃彦。
お前らが俺と同時期に生まれてきたこの世界は、かけがえのない宝もんだぜ。
舞台裏の幕が開ける。
激しく打ち鳴らされるドラム。高速で音を刻むギター。そこにうまく寄り添うベース。湧き上がる歓声。これで完成。
「…おまたせ」
世界一のスピーカーから、俺の声が発せられる。それと同時に静まる会場。
「ここに来ているみんなと、バンドのメンバーに言いました…」
振り返ると、みんなは笑顔で俺を見ていた。よかった。遅刻したけど怒られることはなさそうだ。
『待ちくたびれたぞー!』
静まり返った会場に、観客の嬉しい野次がとぶ。
「えぇ…あまり最初の方は喋らなかった俺ですが、今日はたくさん話させていたただきます」
息を吐いて、一呼吸置く。
「世界最後の日にもかかわらず、このライブに来てくれた皆さん。ありがとう。まずは心からの感謝を。そして、11年間ずっとそばにいてくれたメンバーのみんな。ありがとう。そして、11年ずっと、そばにいてくれたファンの皆さん。ありがとう」
自然と涙が溢れていた。いろんな意味が詰まった涙だ。
「じゃあ、最初の曲、聞いてください」
───“明日世界が終わったら”───
世界終末ライブ in Tokyo