雨の中で拾ったもの
その方と出会ったのは、静かな秋の雨が降る昼下がりでした。
家から出たときも、いつも薬草を採っている場所についていたときも気持ち良く晴れていた空は、いつの間にか薄暗く沈んだ鉛色の雲が広がっていて、
それに気づかず薬草を摘んでいた僕は遠くから聞こえた雷の音でようやく気づき、帰らなきゃと思って荷物をまとめていたら雨が降り出し、
仕方なくこうして雨に濡れながら歩いていたときでした。
家まではもう少し。雨に煙る道はほとんど舗装されておらず、両脇には森が広がるぬかるんだ道を歩くたびに泥が跳ね、ズボンを汚します。
いつものことだと思い、しかし静かに降る秋の雨には鬱陶しいなと思って、向かう先は小さな僕の村。
その村の近くには大きなお屋敷があり、そこには英雄が住んでいるらしいのですが、僕はその顔を見たことがありません。
単なる村人である僕には、英雄などが気をかけてくれるはずもないのでしょう。ともかく、僕の村に向かっている最中のことでした。
「……あれ?」
道の半ばに人が倒れていました。見慣れぬ、機能性を重視した質素な鎧。
左手に固く握りしめられている剣の刃は不気味に黒紫色の草紋が浮かび上がり、何者かを斬った後なのでしょう、まだ新しい血液が付着していました。
髪は金色で長く、それほど大きくはない身体。一目で、この人は噂になっていた英雄さまだってわかりました。
「ど、どうなさいましたか!」
声を掛けても返事はありません。急いで治療しなければ、その一心で僕は英雄さまを担ぎ上げました。
微かな吐息が首筋に触れ、まだ存命であることを知らせてくれます。
英雄さまは僕よりも小柄だったからなのでしょうか、背負うように持ち上げた英雄さまの身体は僕が思っていた以上に軽く、
その質素で機能的な鎧も鉄製とは思えないほどでした。剣は手からこぼれ落ち、しかし僕もそれを拾う余裕はなく、放って置いてしまいました。
僕の家は小さなもので、しかし薬剤師を営んでいるために、村の中では比較的裕福な方でした。
人を運んでいては取っ手が重く、思うように扉を開けることができません。その間にも吐息は弱くなるようでした。
らちがあかないと英雄さまを泥の中に降ろし、木製の扉を開けます。さあこれで入れるぞ、と振り向けば英雄さまが立ち上がり、うつろな目で僕を見ていました。
背は僕よりも低く、そしてまだ幼さの残る女性でした。
「あ、の……」
そう声を掛けるのが早いか、英雄さまが倒れ込んでくるのが早いか。そのまま押し倒されるように、扉の開かれた家の中に転がり込みました。
床は石造りで背中に強い衝撃を感じました、が、それよりも今は僕の身体の上で静かな寝息を立てている英雄さまをどうしようか迷っているのに精一杯で、
それ以外のことはなにも考えることはできず、途方に暮れてしまいました。
雨の中で拾ったもの