最後に欲しかったもの ――AVでもパンティでもないもの――
小説は、頭の中にある範囲の事しか書けないことに気づきました
四方に壁が張る、宇宙船のごとく俺の部屋。それは、俺もろとも俗世から隔離している。
八方にヒモが巡る、蜘蛛の巣のごとく女子の下着をぶら下げる。それは、俺を閉じ込め身動きを取らせない。
俺は悟りを開き、醜き世界から脱出を果たした。――この世界に神がいるとすれば、それは俺のことだろう。
神が持つ三種の神器のうちの一つ、パソコンをぼんやり眺めている。液晶には、裸の女が愚かに股を広げている映像が流れる。
神に衣類は必要ない、幾戦を潜り抜けた俺にとって、衣類を纏わぬほうが身軽だからだ。
俺は無敵。戦いの神。画面のこの女を支配し、嬲っている。
「フフフ、ハハハ」
俺は高揚感昂り、いよいよ有頂天になる。
意気揚々、股間の一物に右手を伸ばす。
ゆっくり……優しく……時に厳しく、撫で、摩る。
心が落ち着く……アア、俺は今喘いでいる。
じきに勃起をするだろう俺の一物に期待を込める。そうだ、いいぞ。頑張れ。
このまま五分が経過した。自慰の途中は時間の流れが早いな。
なおも俺は股間を擦る。というより、ちっとも膨らみださない今の一物は、こねくり回すと言ったほうが正しかったかもしれない。
部屋の隅、ポツンと、何も主張することなくオナホが置かれている。俺はそれにチラリと目をやった。そろそろこれを使いたい。少しは立ちあがってくれないか?
自慰を始めて十五分が経過する。――いよいよオカシイ。
水に飢えた花のようにフ抜けた一物。
パソコンに映る女がヘラヘラとマヌケ面を晒している。文字通りの恥部をホジくり回され凌辱されている。この姿に俺は興奮しているはずなのに……
――どうして俺の一物は貧弱なまま?
意識が遠のく。自らが惨めな者であるとさえ思えてきた。
ダイタイ、なんでこの女は犯されているのだろうか? どのような罪を背負ったらこんな目に遭う? 男はどうだ? こんなことして何になるっていうんだ……仮に何かあったとしても、今俺の一物は使い物にならない……
俺は絶叫した。
「アア! アァァァアアアアア!」
パソコンに正拳突きでぶん殴り、画面で喘ぐ女もろとも粉々にした。オナホに駆け寄り、両手で鷲掴みにして捻り、千切った。
勃起ができない! アアアアア、こんな惨めな事があっていいのか。
部屋中にあるパンティの一つを手に取る。あんなに楽しかったアレコレが今の俺の心を揺さぶらない。
俺の体はどうしてしまったのか?
恐怖と絶望に駆られた俺は、階段を、踏み抜く勢いで駆け下り、玄関まで突っ走り、ドアをぶち抜く。
スパーン――ドアを超えたらスタートのピストルが鳴り響いたような気がした。
俺は全速力。裸のままで。
一向にそそり立たない一物を振り回し、全身に露出された無駄毛が風を切る。
車道は俺の道と化し、俺はそのド真ん中を突っ走る。
久しぶりの下界はやはり醜い。人通りも少なく寂れている。
正面から走ってきた車が俺にクラクションを浴びせる。しかし俺はそれを無視し駆け抜ける。
電柱に鎮座する烏も、ブロック塀にくつろぐ猫も仰天し跳び上がった。
バタバタと天地を揺らす俺はなおも叫ぶ。
あいにくそれ以外に何も遭遇しなかったが、とうとう目的地にたどり着く。
俺は裸足の裏で急ブレーキをかける。皮膚を擦り剥き、大いにめくれた。
――ここは青砥駅。登下校、出勤に利用する学生や会社員が多く利用する。そういう時間帯でもあった。
そこには若い女子が多かった。
俺はおもむろに声をあげる。
「アア! オォイ! 俺を見ろ!」
その場の数十人が俺のスバらしき裸体に注目した。具体的に言えば、当然のごとく、下半身の一物に。
わずか三秒の静寂、俺にはそれが何時間にも感じられた。
――俺は「フッ」とほくそ笑んだ。
この静寂をビリビリにぶち破ったのはセーラー服の女。文字通りキャアという悲鳴を上げ、狂いだした。それから場は騒然とする。
「アアアアア、アハハ! アハハハ!」
そうだ! 俺が求めていたのはこれだ! なんて痛快きわまりない! キモチイイ!
じきに警官がやってきた、俺は取り押さえられるだろう。これからの事はあまり覚えていない。
警官が俺の背後に寄り、羽交い絞めにした。その衝撃で下を向く。
「アハハハ、俺はこのために生まれてきた」
――俺の一物はギンギンに膨み、立派にそそり立っていた。
――HAPPY END――
最後に欲しかったもの ――AVでもパンティでもないもの――