本物の機械じゃない

 長身の男と幼い娘は剥き出しのコンクリートをガラス板で囲むという近代的な外観の大きな工場へと足を踏み入れた。中も外観と同様コンクリートとガラスでデザインされており、入り口正面にある総合受付もまたコンクリートにガラスの天板という見た目には脆そうな作りになっている。
「予約した萩(はぎ)だが」
 萩と名乗った男は受け付けに立つ二人の女性のどちらにとなく声をかける。一人は笑い、もう一人は男からは何もないように見える机のガラス面を眺めて口を開いた。
「工場見学のご予約をいただいた萩正人(まさと)様ですね、お待ちしておりました。担当の者を呼びますので、腰掛けてお待ちください」
 口を開いた女性は白いビロードのソファへ視線を送る。意図を察した正人は足をソファへ向けるが、幼い娘が受け付けの前を動かないことに気付きすぐ足を止めた。
「暁(あけみ)、どうした」
 暁と呼ばれた少女は受け付けに立つ二人の女性を交互に見ていたが、父親に呼ばれ振り向いた。
「ねえ、このおねえさんもロボットなの?」
 暁の言葉に、その場に居た三人の大人は三様の反応を見せた。父親はわずかに後ずさり、終始笑顔のまま口を開かない女性の表情には陰りが見え、真顔で担当を呼び出していた女性は微笑んで少女の顔を覗く。
「お嬢ちゃんは……暁ちゃんね。何歳?」
「女の人に年を聞くのは失礼なのよ!」
 声を張り上げる少女を見て、父親が慌てて訂正する。
「九歳です、すみません生意気で」
 しかし暁の言葉に女性が気を悪くした様子はない。
「大丈夫ですよ、こういう年頃はあるものです」
 明るい女性はそのまま隣の同僚の肩を抱き、再び暁に笑いかけた。
「さあ暁ちゃん、どっちが人型ロボットでしょう?」
 二人は同じ制服を着ており、化粧も仕事用の清楚なもののため外見の印象はとても似ている。
「んー、こっち!」
 暁が指さしたのは先ほどから緊張気味に微笑んだまま黙っている女性だ。
「は~ずれ! ごめんね、ちょっとずるい問題だったかな。本当は二人とも違うのよ。ロボット、まあ会社じゃアンドロイドの名前で売ってるんだけど、この子がアンドロイドみたいに見えるのは入ったばっかりでまだ慣れてないからなの。暁ちゃんだって、小学校に入ったばっかりのときは緊張しなかった?」
「ううん、しなかったわ。でも残念だわ、ここが本場だって聞いたのに」
 残念そうにうなだれる暁に対して、女性の反応は楽しげだ。
「あはは、本場かぁ。そうねぇ、そう言えばそうかもしれないなぁ……暁ちゃん、この先は本場だから気をつけるのよ」
「そう? なら、気をつけて期待させてもらうわ」
 暁は父親に連れられたままソファに向かう。肩を組んだ女性二人は暁とのちぐはぐなやりとりをかわいいと思ったのか、男性担当者が現れ、親子を奥へ案内するまで暁と顔を合わせるごとに手を振ったり笑ったりして愛想を振りまいていた。

 親子が通された部屋には工場の機器というより医療機器に見える子供の背丈ほどの機械が複数と、ホテルのような大型で綺麗なシーツを敷かれた二つのベッドが並んでいた。
「思ったより地味な機械だな」
 正人の感想に、案内の男性はドライに、しかし愛想良く言葉を返す。
「市販する機器ではありませんからね。凝ると改良のとき邪魔ですし、デザイナーに頼むと高いので結局は最低限のものになりますよ」
 なるほど、と正人は納得し男性から手順の説明を受けていると、退屈だったのか暁がベッドの上で遊び始めた。気付いた正人が注意しようとするが、案内の男性はそれを制止した。
「まあまあ萩さん、今日は大目に見てあげましょうよ。シーツはクリーニングで元に戻せるんですから」
 正人と男は暁がひとしきり遊び終えるまで待ち、大人しくなったことを確認してからベッドに横たわらせた。続いて、正人も暁の隣のベッドに横たわる。すると係員らしき数名の男女が集まってきて、親子の頭や首に軟膏を塗りその上に電極を貼り付けていった。
「では、体験コースの目玉、ロボット遠隔操作に移りたいと思います。操縦中は神経をそのままロボットの操縦に使うので、まるでロボットそのものになったように感じることが出来ます。ただし体は眠った状態になりますので、目を覚ますとき少し疲れた感じがするかもしれません。準備はいいですか」
「いつでもいいよー!」
 体にぺたぺたとくっつける電極が珍しいのか、体験を期待しているのか、暁ははしゃぎながら答える。
「わたしもかまいません、よろしくお願いします」
 正人の返事を聞き、案内した男を含む作業員たちが一斉に機械の操作に移る。そして次第に、暁の意識は眠りの中へと落ちていった。

「……圧を上げ……少しずつ……」
 暁がうっすらと目を覚ますと、視界に違和感を感じた。元々視力は悪くなかったが、今は部屋の壁のコンクリートの模様までくっきり見える。その目で上を見ると先ほどの作業員たちと、暁が見てもロボットと分かるスーツ姿の男性型アンドロイドが立っていた。
「やっと気がついたか、暁」
 声をかけてきたのは、意外にもアンドロイドだった。事態が飲み込めずただぼんやり見上げ続ける暁を見て、アンドロイドが再び口を開く。
「これは今パパが操縦してるんだよ、暁。自分の体を見てごらん」
 言われて起き上がり、暁は自分の体をまじまじと見つめる。まず胸が目に入り、続いていつもより高い視線、そしてあちこちに継ぎ目こそあるが人間のような長い手足を見て、ようやく自分が何をしていたのかを思いだした。
「これ、わたしが操作してるの?」
 声も耳慣れたものではなく、機械音声そのものだった。いよいよ確信を深める暁に、アンドロイド越しに正人が語りかける。
「そうだよ、わたしたちは今アンドロイドの中に居るんだ」
「すごーい! 大人の体だ!」
 嬉しそうに自身の体をべたべたと触る暁に、正人はやさしく叱るように肩を押さえる。
「こらこら、お前は今裸なんだぞ? そこに服があるから着替えなさい」
「いいじゃない、ロボットに服なんていらないわ!」
 暁は勢いよく立ち上がったが、高い重心に慣れずバランスを崩し倒れてしまった。そこで初めて、彼女は自分が寝ていたのが普通のベッドではなく、アンドロイド用の台座であったことに気がついた。
「あいたたた、頭がクラクラする」
 受け身も取らず、床に頭をぶつけた暁は意識全体にノイズが走るのを感じた。
「なにやってんだお前は、壊したら高いんだぞ」
 顔や音声こそ違うも、口調から正人の怒気を感じ取った暁は少し元気を無くしゆっくりと立ち上がり先ほど落ちた台座に腰掛ける。
「ごめん、ちょっと大人げなかった……あ、あれ? パパ、なんか目の前が水色になっちゃったよ?」
 暁の言葉を聞き、正人の操るアンドロイドと職員が暁に近づく。職員が暁の顔を持ち上げ瞳を覗くと、内部から液体が漏れ出てアイセンサー内部に貯まっているようだった。
「保護液が漏れてます、急ぎ修理にかからないと」
 慌てる職員に、スピーカー越しに正人がくってかかる。
「待ってくれ、娘が感づくだろう」
「脳が死んだら感づくもなにもなくなりますよ!」
 事態が飲み込めないまま、暁は意識をそのままに体の電源を落とされ別の部屋へと運ばれた。周囲で大人たちが慌ただしく走り回り、一緒にアンドロイドの中に入っているはずの正人もいつの間にかその大人の中に加わっていた。
「なに、何が起きてるの? どうしてパパだけ先に人間に戻ったの? 暁は?」
 暁の問いに、正人はただ心配ない、すぐ終わるとだけ答え送り出した。しかし暁の疑問はどんどん大きくなる。
 今までとは雰囲気の違う部屋に連れてこられた。壁材は白一色で凹凸はなく、置かれている工具や機材は先の細い精密作業用のものばかり。照明は大きく、暁は自分が置かれたベッドが硬いことを除けば、歯医者の治療室のようだと思った。その光景は彼女にある不安を抱かせるのに十分だった、このアンドロイドは自分の意識があるまま修理されてしまうのではないだろうか、と。
 頭からねじが外され、目のレンズを取り外して中に貯まった保護液が抜き取られた当たりで暁は自分の懸念が的中したと思った。次いで、頭を眠らせるようでいて、しびれさせるような刺激が全身の隅々にまで走った。
「あああああ!」
 意識は眠ろうとする、なのに全身を強い電気でけいれんさせられているようでとても眠れない。苦しい、つらい、そう思っても考えたことは全部眠気の中に飛んでしまう。何でこんなことになったのか、とか、自分はなぜしびれているのか、といったことは考えようとするだけで頭がぼんやりして深くは考えられない。ただ、苦しい、つらいということは分かる。それは強くなったり、時折体の一部分がなくなったりするような感覚を伴って、時間と共に次第に収まっていった。
(あ、あ……)
 気がつくと、目の前には部屋が広がっていた。不思議なことに、暁は部屋の全体を見下ろしていた。この部屋には見覚えがある、連れてこられた歯医者の部屋だ。固いベッドの上にはもう何もなく、その横に彼女が水色と称したエメラルドグリーンの液体で満たされた容器と、その中に浮かぶ電極やチューブの繋がれた人間の脳髄。暁は夢の中にいるような感覚だった、室内でキーボードを叩いている男の独り言がマイク越しに聞こえてくる。
「やっと落ち着いたか。まったく、体を改造してる間に脳だけ機械の体に移して慣らし運転させようだなんて、ひどい納期短縮方法を思いつくもんだ。実の娘で試すことじゃないよなぁ……結局改造が終わる前に脳が戻ってくるんだから世話ないよ。っといかん、工場のシステムとリンクしちまってる、切断っと」
 暁の視界と音声はそこで途切れ、同時に意識も闇に落ちていった。

「あけみ……暁、起きなさい!」
 暁が目を覚ますと、目の前には正人の姿があった。見慣れた顔を見て、今までのことが夢だったのだろうと暁は深くため息をつく。
「パパ……ああ、よかった」
 しかし奇妙なことに、吐いた息を吸うことが出来ない。
「あれ、息が吸えない? パパ、パパ……くるしい……」
「酸素吸入器を使わせましょう、補助酸素供給装置の機能が十分ではないようですからね」
 父親以外の声、口元に当てられる酸素吸入器。暁は自分の口元を触ろうとするが、手が動かない。不思議に思い、彼女は視線を下にさげる。
「え、え?」
 見下ろすと、暁の小さな体のどこに押し込むのだというほどの大量の機械が剥き出しになっていた。胸は切り開かれているが断面の血は緑色をしており、よく見ると細かい電線のようなものが見える。
 肺は完全に切り取られたらしく、あるはずの場所にはラジエーターのような機械がチューブと配線で取り付けられており、暁が呼吸をするたびに小さな排気音を立てている。小さな心臓は生身の暁のものが使われているようだが、流れるのは緑の血液であり所々が合成繊維と人工のチューブに置き換えられ、機械の体と合うよう作り直されている。胃などの内蔵部分はすべて切り取られた後ひとつなぎにされ、システムを維持するための動力炉と各機関の調整システムに分けられている。暁の小さい体では動力炉だけで大きなスペースになってしまい、調整システムを一体化するほかなかった。
 他、手足と子宮は取り外されたままで暁の視界に確認することは出来ない。
「こ、これ本物の機械じゃないの? 元に戻ってないじゃない!」
 暁は声高に叫ぶが、体を動かすことは出来ない。しかし叫ぶことで呼吸が促され、肺の部分に当たる補助酸素供給装置から酸素を吸収、吸収を確認した供給装置は暁の脳に呼吸は楽だという信号を送る。
「あ、息が……」
「楽になったかい、暁」
 パニック寸前の暁の顔を正人がやさしく撫でる。
「うん、なった……」
「パパはね、暁にずっとかわいいままでいて欲しい、お人形でいてほしいんだ。ただでさえかわいい暁が本物の人形になったら、どれほどかわいくなるだろうといつも考えていたよ」
 正人は暁の腹から剥き出しになっている動力炉に手を当てた。
「パパ?」
「だからね、お前をサイボーグに改造することにしたんだ。ああ、かわいい……もう我慢しなくてもいいよな」
 そのまま、組み立てかけの動力炉をガチャガチャといじくり回した。
「ああああああ!」
 第二の脳髄とも言える調整システムと一体化した影響で、暁の動力炉は彼女にとって致命的な弱点と言える部品になってしまった。ただでさえ動力炉はロボットにとって必要不可欠な部品であるのに、彼女はその部品に全身のコントロールを預けてしまっているのだ。そこを直接いじられるのは、脳に直接電極を突き刺されるに等しい。
「パパ、やめて……ああああ!」
「いいや、改造されるお前を見ていたらもう無理だ、見ているだけで射精したほどのかわいらしさだったからな。だから我慢はやめて、万が一壊れたら部品をすべて機械化するってことでオーケーにしたんだ、暁なら許してくれるだろう? サイボーグの暁だって、ロボットの暁だって、かわいいのには変わりないんだから!」
「そんな、わからないよパパ、あああ!」
 暁が全身をけいれんさせるのを見て、組み立てていたスタッフたちは目を背けた。彼らにとって、暁を破壊するのは本意ではない。しかし、会社の方針は彼らにとって絶対である。
「い、や……」
「あははははははは! 最高にかわいらしいぞ、暁ぃ!」
 高笑いする正人の声に隠れて、暁の声が聞こえてくる。
「こわれる? こわれるの……暁……」
 スタッフの手元にあるモニターは暁の体に異常があることを表している。暁の目からは、緑色の涙がこぼれている。
「こわれ、たら……きかいに……なっちゃう、の?」
 暁は自分の問いに、黙ってうなずくスタッフの後ろ姿が見えた。
「なりたく、ない、よぉ……とめてよ、おねがい……」
 暁は動力炉の中で何かが弾け、その火花が全身に達するのを感じた。そして恐怖と共に理解した。自分は、壊れたのだと。

「いやああああ! 痛い、パパ、やめてぇ!」
 暁の体から生身の痕跡は完全に消えていた。脳髄もすべて機械化され、記憶もバックアップされいつでも自由に元の状態に戻せる。
「お前はもう機械人形なんだ、パパとセックスするのもただの機能なんだから、なにも心配することはないぞ」
 脳の維持が不要になったため、肺と心臓の部分には動作安定用のユニットが増設された。完成されている動力炉を機械的にコントロールするための制御装置的な色が強く、胸の部分から全身にケーブルが張り巡り電気信号と光信号によって安定を図っている。
「違う! 暁は本物の機械じゃない、やめてぇ!」
 空いた空間を贅沢に使い、動力炉兼制御システムには冷却装置が取り付けられた。専用の冷却液は古くなると尿道から排出され、新しい分は口から補充する。
「ふふふ、認めないのならそれでもいい。そんな暁もかわいいからね。だがお前の扱い方をパパはよぉく知ってるぞ、機械のお前は動力炉を刺激されると、システムの基部に書き込まれた記憶がアラートを出すんだよなぁ!」
 取り付けられた手足は新しい動作安定ユニットと連動し取り外し困難になったため、設計を見直し全身のフレームを連動させ強度を上げた。
「あああああ! こ、壊れる? こわれるのはいやぁ! パパやめて! 何でも言うこと聞くからぁ!」
 生殖器も生身主体のものから性行為を主目的としたものに交換された。完全に機械化する際整備の手間を減らすよう方針が転換されたためで、取り出した子宮や卵子は萩正人氏に返還されることになっている。
「ははははは、何度やっても楽しいなあ! やっぱり暁が一番かわいいぞ、暁だってそう思うだろう!」
 こうして完成した暁は、壊れそうなほど激しく抱かれてようとも、行為の後では父親に甘えるそぶりすら見せる。父親への恐怖心よりも、設定された好感度と記憶の巻き戻しのほうが強力に働くのだ。彼女は自分がさっきまで何をされていたのかだけでなく、何をされたのかさえ思い出すことが出来ない。自分が機械であるのか、人間であるのかすら理解できるかどうかは正人の手にゆだねられている。
「いい仕事ぶりでしたね、さすがアンドロイド……いやサイボーグといったところか」
 正人は工場の担当者と満足げに会話している。暁が最後に黙ってうなずくのを見たスタッフその人だ。
「ええ、人間に出来ない仕事をするのがわたしたちの役目ですから」
「機械の体に馴染めば動きは自然になっていくのだったね?」
 担当者は静かにうなずく。
「はい。もっとも、暁ちゃんは脳まで完全に機械化されてしまったので、馴染むというより学習するといったほうが正しいですが」
 担当者の言葉に少しむっとした表情を見せるも、すぐ暁の方を見て正人は機嫌を直す。
「ふん、暁は生まれ変わりこそすれ変わったりするものか。暁は今の自分を気に入ってるよな?」
「え? わたしはいつでも自分を気に入ってるわよ」
 暁の子供っぽいすまし顔を見て、正人はしたり顔で担当者を見る。
「どうです、生意気でしょう、ウチの娘は」
「いえ、かわいらしいお子さんだと思いますよ」
 担当者はその後一言も語らず工場を後にする親子を見送った。 

本物の機械じゃない

本物の機械じゃない

父親の偏愛で幼い少女の心と体が機械化されたり壊されたり記憶を上書きされたり巻き戻されたりします

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-07-13

Copyrighted
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