「かみつきっ!」「第一話:楽しみの始まり♪」
「ねぇねぇ、知ってる?」
「なぁに?」
「都市伝説の話よ。こわーい悪魔を悪魔が退治するお話ぃ」
「え~、何それ怖い~」
「こわーい悪魔が天使さんを食べようとするんだって。
でもね、どこからか別の悪魔が助けに来るんだってさ。
その食べられそうな天使さんを助けに来るんだって」
「え、え?じゃ、その悪魔さんは正義のヒーローなのかな?」
「んーん、ここからが怖いんだけどね……。
その正義の悪魔さんの方がもっともっと不気味なんだって」
「えー、なにそれ~」
「真っ赤な目を暗闇に光らせてニヤリと笑った口元はまるで三日月。
さらに右手には一つ目の頭を持ち……」
「……ゴクリ」
「その右手の頭でその悪魔をバリッボキッムシャムシャと……!」
「きゃーーーーーーっ」
それはどこにでもありふれた都市伝説。
そう……都市伝説。
早朝。まだ雀が元気にさえずり、太陽も登り始めた時間。
快晴とまではいかないが心地よい空模様だ。雲に隠れた日差しが木々を照らす。
静かな土地だ。車の音もなく、周りには建造物もなくあるのは緑が色づいてきた木々ばかり。
自然が満ち溢れ爽やかな風は透き通るようだ。
そんな土地を一人の少年が自転車をこぐ。マイペースに真新しいチェーンを回しスムーズにこいでいる。
まだその若々しい体力は息を切らせることなく足に力を送り前へと進ませる。
息は切れることはないが代わりに大きな口を開けアクビをする。同時に体のあちこちを伸ばす。
目的地はこの先の学校だろうか。その真新しい自転車を見るに新入生であろう。
ならば15、6歳といったところだろうが……それより少し幼い印象を受ける。
清潔に短くした髪とその幼い顔立ちのせいで着ている洒落た白い制服も少し不釣合な印象を受ける。
目は眠気のせいか細く、その先の瞳は余りよく見えない。
そんな細い目に自動販売機が視界に入った。喉が渇いたのだろう。立ち寄り右ポケットをさぐる。
小銭がジャラジャラと音を立てる。そのジャラジャラという音に声が混じる。少年とは別の方向から。
『まったく、小銭ばっかだなお前の服ん中はよー』
そうゲラゲラと下品に笑う声がどこからか聞こえる。だが、少年の周りには誰もいない。
街から数キロ離れた土地だ。この少年が向かう目的地の学校に行く人ぐらいしか立ち寄らない辺鄙な土地。
さらにまだ早すぎるこの時間では少年以外に通行する人は全くいなかった。
不思議な姿無き声。だが、そんなことは日常かのように少年はつぶやくように小さく言い放つ。
「いちいちコンビニで10円1円だすのが面倒なんだよ……」
『かっ、出た。面倒くさがりめ』
はたから見るとただの独り言である。だが、そこには確かに誰かがいて少年はその彼と会話している。
ガラっと出てきた清涼飲料水をカゴに入れ少年は自転車のペダルに足をかける。
目的地は見えてきた坂の上にある建造物。
[県立神憑(かみつき)養成第五学校-東館]。はぁ、と一つ少年はため息をつく。
「なんでおれが学校なんか行かなきゃいけないんだか」
『あ゛?なんだ、また俺が言った目的忘れたのか?』
「ん、目的って何かあったっけ」
今度は姿のない声がため息をつく。それを気にすることもなく少年はペダルをこぎだした。
自動販売機の先には長く急な坂があった。登り切るのはたとえ青春の扉を開けようとする少年でも骨が折れるだろう。
だが、この坂を上りきった先で始まるのだ。この少年の物語のひとページ目が……。
校舎裏にある自転車小屋。鉄パイプで強固にしっかりと作られている。これなら雨が降っても濡れることはなさそうだ。
下には砂利が敷き詰められている。歩くたびにザッザッと音が鳴る。
自転車に鍵をかけ、校舎に向かう少年。だが、砂利が自分以外の足音を鳴らすのに気づく。ザザッザザッと。
「オウ、新入生か?」
背後に気配を感じた少年は気だるそうに振り返る。そこには身長180センチを軽く超える男が5人ほど立っていた。
160センチにも満たない少年と比べるとまるで大人と子供である。
口々に後ろで罵声を飛ばす男たち。その罵声を簡単にまとめるとここの卒業生らしい。
お礼参りに行く肩慣らしにと、一番早く登校してきた少年に目をつけたと。
少年も状況を察したようだ。が……またため息をつく。この少年、なんともため息をつく数が多い。
あとはアクビか。こんな状況でも平然と大きな口を開けてアクビをする。
激昂する男たち。当然の反応である。
「ワレェ……ナめとんのかっ!」
「え、舐めたくないよ。なんかしょっぱそうだし」
気だるそうに眠そうに口を動かす少年。汗臭いと遠まわしに言ったようだが……。どちらにしろ男の怒りにとってこの態度は火に油だ。
首根っこを掴まれる少年。男は少年を軽々と持ち上げる。だがこんな状況にも平然とした顔の少年。
平然と言うか……眠そうである。またあくびをひとつ。状況はますます悪くなるばかりである。
しびれを切らしたのか男の一人が言う。
「やっちまいましょうぜ。どの道お礼参りに来たんだ、[力]使って派手にやっちましょうぜ!」
[力]。その言葉を聞いたとたん少年の目がぱっちりと開いた。
同時にニヤリと両の口元が不気味にあがる。首根っこを掴んでいた男はその顔を見て思わず手を放す。
「そうだったそうだった。思い出したよ。ここには同類がいっぱいいるんだった。
そして、ここにはアタリがいるんだった」
ニヤリとつり上がった口元。開かれた目は真っ赤な色をしているが……その色は濁っていた。
まるで赤の絵の具に黒の絵の具を乱暴にかき混ぜたような、そんなドロドロした色の目だ。
そんな不気味な目を男達に向け、曲がった口元から声が溢れる。
「お前らにアタリがいることはないけど、どう?一回喧嘩してみる?」
怯んでいた男たちは一気に本来の調子を取り戻す。ゲラゲラと笑い出す男たち。
それもそのはずだ。状況を簡単に見ても大男5人と少年1人。この勝負既についているようなものだ。
さらに男達には余裕があった。なにせ新入生は自分達と違い[力]を思い通りに使えない。
勝った。と男たちは思っていた。どこからともなく聞こえる声を聞くまでは。
新入生では発せるはずのない声。いや装置無しではこの学校でも三年の優等生ぐらいしか発せない声。
『かっかっかっか!!三下共が!!俺様と渡り合おうって根性は褒めてやる!!』
瞬間男たちは少年の姿を見失った……。そしてここの卒業生だからこそ理解していた。
相手をしてはいけないやつを相手にしたのだと……。
数分後……。
「う……うう……」
砂埃が舞う校舎裏。そこには唸る大男たちが地面に転がっていた。全員苦悶の表情をしている。
幸い軽傷ばかりだったが……辺りは散々な有様であった。
ひしゃげた鉄製の自転車小屋。散弾銃でも撃ったかのような弾痕のような跡。ボコボコにへこんだ地面。
砂埃が晴れるにつれてその惨状が露になっていく。
この学校では珍しい光景ではない。そのため状況を確認しにきた教師もさほど驚いてはいなかった。
「あらあら……、とりあえず手当しましょうか~」
「おーい、生きてるかー。傷は浅いぞー」
そんな軽い教師の声に男たちは反応する余裕もないようだ。口々に何かをブツブツと呟くだけ……。
ザザッザザッ……。そこにもうひとつの足音が加わる。その足音の主は綺麗な長く白い足をしていた。
どこか砂利の音も綺麗な砂浜を歩くような音にも感じられるから不思議なものだ。
男たちが口々に言う言葉を綺麗な足の女性は聞き漏らさなかった。
「悪魔が……悪魔が……アレは俺達の[仲間]じゃねぇ……あれは……あれは……」
ギリッと音がなりそうなほど女性は奥歯を噛み締めた。
顔を見ると般若のような怒りの形相になっている。
「あんの馬鹿野郎[共]がっっっっっ!!」
そう叫ぶと女性はすぐさま校舎の方へ走っていった。
その悪魔とやらは彼女の知っている人物を形容するにふさわしい言葉だから。
校舎内は綺麗な作りであった。外観も綺麗な白であったが内装も綺麗な白で塗られている。
所々の柱や格子は金色で、形容するとしたら学校でなく教会と言ったほうがしっくりくるだろう。
鏡のように反射するほど綺麗な廊下。その廊下に響く一つ足音。先ほど登校し、校舎裏をめちゃくちゃにした少年だ。
どうやら少年以外に生徒はいないようだ。廊下には彼以外の足音はまだ聞こえない。
それもそのはず、今日は入学式である。今日この校舎にいるのは少年のような新入生と教師だけである。
あとは玄関で会った警備員ぐらいなもので、先ほどのような部外者を除いては今日はガランと寂しいものだ。
と、廊下に響いていた少年の足音が立ち止まる。少年はまた眠そうな顔でアクビをひとつした。
校舎裏では見開かれていた目はまた細く閉ざされている。
先ほどの鬼気とした表情や雰囲気はどこへいったのか。今はまるで無邪気な子供のような雰囲気である。
校舎裏での少年が夢の産物だったようにも思える雰囲気の差だ。
だが、夢ではないのだろう。制服についた土や泥がそれを物語っている。
『ったく。入学早々泥だらけなんてみっともねぇな』
「大丈夫。破れてはないから適当に綺麗にするさ」
また独り言のように誰かと会話する少年。キョロキョロと探すのは自分のこれから先の教室でもあり控え室でもある部屋だ。
[1-B]という表札を探しているのだがずっと彷徨っている。初めての場所だ。少年はどうやら迷ってしまったようだ。
少年がただ方向音痴だというわけではなく、この学校では慣れてなければ誰でも迷うだろう。そのくらいの広さである。
作りは五階建て、一つ一つの教室の広さも大きく並みの学校とは比べ物にならない広さだ。
キョロキョロしながら教室を探していると一つの人影を見つける。長身の白衣を羽織っている綺麗な脚を覗かせる女性。
案内してもらおうと彼女に駆け寄ったその時だった。目視できるまでに近寄った少年の動きが固まった。
その彼女の顔に覚えがあったのもそうだが、その表情が怒りに満ち溢れているということもあってだ。
なるべく平静を装って声をかける少年。平静を装わなくてはならない。その怒っている理由に心当たりがあるからなおさらだ。
「や、やぁドクター。今日もお日柄が良く」
「そうだな~。いい入学式日和……。
……はぁ。
とでも言うと思ったかこの馬鹿野郎共!!」
綺麗な、だが怒気がこもった声が静かな廊下にこだまする。鉄拳制裁。
少年は頭にゲンコツをもらう。さらに、[右手にも]しっぺをもらった。
漫画のように頭と右手から湯気を出す少年。むぎゅ~という悲鳴とその細い目と童顔でどこか愛嬌のある泣き顔である。
少年が[ドクター]と呼んだ女性はまさに医者そのものの格好であった。
白いワイシャツにネクタイをしっかりと締め、黒いタイトで短いスカートが彼女のスマートなスタイルを引き立たせている。
顔は北欧の白人のモデルを彷彿とさせる細い顔だち。そして青い瞳と銀色のショートカットが彼女のスッキリとしたモデルのような顔立ちを際立たせている。
そのドクターの案内で教室へと向かう少年。いまだに頭から煙を出しているが無事に教室へとたどり着けるようで少年はひと安心していた。
大人しく少年は静かな廊下をドクターと一緒に歩いて行く。
ふと、少年の目が少し開く。ドクターの服の裾をちょいちょいと引っ張る。なんとも可愛らしい仕草である。
「なぁドクター。おれらの担任って知ってる?どんな人か聞いときたい」
少年が興味を持ったのは自分の担任のことだ。これから先自分が教えを請い頼らなければいけない担任。
そんな質問にドクターは、にやーと嫌な笑みを浮かべる。
「当然、わたしさっ!」
案の定といった様子で少年は肩を落とす。ドクターもそんな姿を見て楽しそうに笑う。
そんな二人の楽しそうな姿にどこからか別の声も聞こえる。
『かっかっか。お前がセンコーなら面白そうだ!』
少年と話していた正体不明の声だ。その声にも動じずドクターは続ける。
「面白い学校生活にしてやるつもりさ。ま、契約をきちんと守るかの監視も含めてだがな」
ドクターは振り返って少年と向き合う。さらに右手をとって、少年の細い目を見つめ先ほどまでのおどけた声でなく真面目な声色で話し出す。
「お前らのやりたいことをやらせてやる。だが、契約はしっかり守ってもらうぞ?
それがお前らをここに受け入れた理由だということを忘れるな」
まっすぐな目。そんな目に少年は目を半分開け微笑んで返した。
おそらく短くはない仲なのであろう。ドクターもそれで良しと厳しい顔を解いて廊下を歩き出した。
そして軽い口調で厳しいことを話し出す。
「もし契約破ったら即牢屋送りだからな~」
おそらくはそうならないだろうという口調だ。少年や正体不明の声も鼻で笑っている。
[契約]それはまだわからないままではあるが、この三人の絆であることがわかる。
不思議な連帯感をもった三人は1-Bの教室を目指し歩いて行った。
‐キーンコーンカーンコーン‐
学校特有のチャイムが鳴る。集合時間ともありギリギリで入室するものこそあれだいたいの人数は揃っていた。
教室の席順は名前順であった。少年は窓際の最後尾から二番目に座っていた。
どうやら早朝のことでお灸を据えられたらしく、頭に二つほどタンコブを作っている。そして右手も赤く腫れているのが見て伺える。
どちらの傷も痛そうである。
ほとんどの生徒は全員登校してきた様子だ。だが、チャイムが鳴っても少年の後ろ、最後尾生徒は最後までこなかった。空席なのだろうか。
後ろの席のことは気にせず、少年は窓の外を見てなにやら楽しそうに微笑んでいる。
じっと、どこかに焦点を合わせ楽しそうな笑顔を浮かべている。外を眺めることが好きなのだろうか。
この学校はどうやら4つの区画に分けられているらしい。ここが東館というからには他三つの名称もわかるというところ。
位置的、方角的に少年から見て左の窓から見える区画は北館となるのだろう。窓から聞こえる騒ぎ声……どこもここと同じように賑わっているのだろう。
この1-Bの教室も未だ騒がしく各々中学からの知り合いや友人と語らっている。もっぱら話題は校舎裏の惨状だ。
「ねぇねぇ、私たちも[力]のコントロールできればあんな感じになるのかなっ!」
「ふっふっふ、俺ならあの三倍の大穴を作ってやるぜ!!」
そんな未だに自分の未知なる[力]を知らない無邪気な言葉を耳にしてか少年は苦笑する。
二、三回右手を握ったり開いたりしてみる……。が、早朝のことを思い出すのか少し落胆した表情になる。
(期待はずれもいいとこだったなー)
細い目をさらに細めてさらに大きなため息をつく。何に期待していたのかはわからないが、相当な期待はずれだったのであろう。
騒がしい声とは別に静かな生徒たちもいた。地方から来たのか机にひとり突っ伏していたり、緊張からかそわそわと落ち着かない子もいる。
新たな生活、新たな関わり。ここには様々な希望が詰まっていた。
「お前らー、席につけー!」
時間になりそれぞれの教室には先生が入ってくる。この教室に来たのは当然彼女、ドクターである。
ドクターの綺麗な声が教室を包む。その綺麗な容姿に男性陣は釘付けに、女性陣も惚れ惚れとした表情をしている。
十人いれば十人振り返る美女。それが彼女だ。だがこの教室で一人だけ彼女をそんな目で見ていない人物がいた。
そう、彼女とは旧知の仲である少年である。少年の目にはその光景はどうしても笑いがこみ上げてしまうものであった。
どこか呆れたような顔でドクターに見えないようにせせら笑う。少年と同じようにどこかから姿の見えない声も声を押し殺して笑っている。
少年の様子に気づいたドクターは咳払いを一つし生徒たちにもう一度席に着くように命じた。
どこかその白い肌の顔が赤いように見えるのはさすがに照れたのかといったところか。
「さて、本当は入学式終わってからホームルームというところだったんだけどね。
少しトラブルが発生したので予定変更でホームルームから先にやるわよー」
トラブル、という言葉が少し教室をざわめかせたがドクターは続けた。
少年もトラブルという言葉に少し興味をもったようだ。
じっと半開きにした目をドクターの方に向けていたが……その視線をドクターは必死に受け流していた。
「この1年B組を担当することになった[ドクター・A・レピオス]だ。
長いからドクターちゃんとでも呼んでくれ。みんなよろしくっ!」
その綺麗な風貌にもかかわらず性格は気さく。そんな風にドクターの姿は生徒たちに見えたのだろう。
全員見事に見とれている。その光景にまんざらでもなく、嬉しそうな表情をするドクター。
「ふっ、何がドクターちゃんだ……」
全員が恍惚とした表情でドクターに魅せられている中、少年だけがお腹をかかえて必死に笑いをこらえていた。
その笑いをこらえている少年にさすがのドクターも我慢できなかったのか机の中からある物を取り出す。
シュッと全員に見えない動きでチョークを投げるドクター。
その白色の固形物は見事に少年の脳天に直撃し、今度は笑いではなく痛さに悶絶し始めた少年であった。
まずドクターが話したのはこの学校に入学した生徒たちの[力]についての説明だ。彼らにとって常識の範囲内ではあったが再確認の意味で物語を語るように話し始めた。
それは約16年前、神憑(かみがか)った力を持つ人間が次々に現れた。
ある者は何もないところから炎をだし、ある者は獣のような怪力を見せつけた。
ある者は怪我した人をあっという間に治し、ある者は人を乗せ空を飛んだ。
人と全く変わらぬその姿。だが確実に人にはできないことを平然としてしまう彼らに全世界が驚愕した。
驚愕はするが、最初はマジックの類と信じない人たちばかり……。
だがそういった[力]を持つ人間たちが集まり10年前戦争が起き、人々の認識は変わっていった……。
その[力]を持つ人たちを差別し、誰彼構わず非難し始めたのだ。人の心変わりというものは早いものだ。
[力]を持つものを隔離しようという案が出たこともあった。残虐な兵器とし、無理やり味方につけようという案も秘密裏に画策されていたが……。
それは全て企画段階で頓挫した。そう……人の認識は悪い方にも早かったが、良い方にも早かったのだ。
早い段階でとある一団が味方につき、たったひと月足らずで戦争は収束していったからだ。
その一団とはそう、その戦争の中で人に味方する[力]を持つ人たちだ。
この戦争は全ての[力]持つもの達の仕業でなく、ごく一部の[力]を持つ人たちが起こした戦争だったのだ。
戦争から人々を助けた側の[力]を持つ彼らは口々に彼らは言った。
『私たちは決して人を不幸にするためにこの力を授かったわけではない。
そして、不幸にするためには[力]は使えないはずだ!どうして使える!どうして戦争をする!』
そう口々に彼らは戦争を起こした[力]持つ者に問いかけた。戦いながら必死に訴えかけた。戦争を起こした彼らに、そして[力]を持たない人たちにも……。
彼らは[力]を持っているが、[力]を持つ私たちと何かが違うと。この戦争で人々は知った。
[力]を持つ人々、その存在を。その[ただの人]となんら変わらないただ[力]に翻弄される人だということを。
「そうして人々に幸福をもたらす存在を神憑った存在[神憑き(かみつき)]、不幸をもたらす存在を[神砕き(かみくだき)]と呼んだ。
まぁ、ここまでは常識の範囲内だしもう一度の再確認ってわけだ」
不思議な力を持つ人たち。彼らは[神憑き]と呼ばれている。そう、あながち神が憑くという表現は間違っていなかった。
見えない物を実体化させる神憑きによりその力の正体の実体化が可能となった。それを見た人は口々にこう表現したのだった。
天使、と。
そう、それは手のひらに収まるぐらいの小さな天使であったのだ。容姿は様々あったが皆に言えることは白い羽が生え、神と対話し人に能力を授けているということ。
それ以上は力の源である天使の姿をした彼らにも何もわからないとのことだった。
そして、その際わかったこともある。神砕きたちは白い羽ではなく黒い羽の生えた存在だということ。神憑きとは似て非なる存在ということだ。
まだまだわからないことばかりの存在ではある。今現在では人に仇なす神砕きから人々を守り、人に幸福を与える神憑きを育てるということだけ。
ただそれだけが人々の共通の考えとなっている。
一通りのことを言い終わったドクターはひと呼吸置きこう言った。優しく、まるで母親のように。
「今までその神憑きの力に翻弄され続けたろう。辛かったこともあるはずだ。
ここはその力からいろんな意味で守ってあげる家だ。大丈夫、安心して楽しく毎日を送ればいい。
よろしくな、皆!」
まだ16年たらずの常識だ。決していい思い出ばかりではないはずの生徒たち。
能力のあるなしでの格差からくる差別。友人との別れ……様々あっただろう。
思うところがあるのか生徒たちの目尻には涙が浮かんでいた。
少し湿っぽい雰囲気になってしまったが悪い雰囲気ではない。ここから全て始まるのだ。神憑きの力を持ち、世界に幸福をもたらす生徒たちの未来が。
だが、そんな雰囲気にそぐわない人が一人いる。そう、少年だけは我関せずとまだ外を見ていたのだ。
そんな姿にドクターは怪訝な顔をする。旧知の間柄とはいえ今は先生と生徒。
公私の区別は付けようと少年に駆け寄ったその時だった。
「ジャミング型1名に強襲打撃型1名、あとは複数の短剣……かな。軽武装型が1名。
……決着、つかないみたいだね」
少年は淡々と、だが目を見開き少し楽しそうに語りだした。
彼の目線の先にあったものは……北館の1F、その[戦闘]であった。
そう、入学式が先延ばしになっていたのは侵入者が入ったからだ。
「……っく!?連絡がないから変だとは思ったが……!」
そう、いつもなら撤退させたさせないに関わらず連絡が入るはず。だが、少年の言葉でドクターの思考が噛み合う。
[ジャミング型]。その言葉を思い出し腰に下げた無線に手をかけた。
案の定聞こえるのは砂嵐ばかりで交信ができない状態だ。
「どうするのー?行ったほうがいい?朝の借り返すけど~?」
どこか試すように、だが楽しげに目を見開き少年は言う。
生徒たちはどよめいて席をたとうとするが、すぐさま窓は見れないように鏡のようになった。
ドクターが無線近くにあった対策用のボタンを押したからだ。まだ生徒たちには血生臭い戦闘は見せないということだろう。
すこし躊躇うドクター。だが、答えを聞かずに少年は席を立っていた。
右手を上げヒラヒラと振る。そして、[二つの声]が教室に向かってこう言った。
「ま、あんな楽しそうなパーティいかないのもったいないけどね~。んじゃ」
『かっかっか。ガキ共、興味本位でついて来るならビニール袋用意して来たほうがいいぜ~』
そんな声が教室に響いたかと思うとすぐさま少年は駆け出す。
生徒たちは少しどよめいたが、ドクターの一声で止められた。
「お前らを危険には晒せない。大人しくここで待ってなさい。今、隣の先生連れてくるから彼の指示に従って」
ドクターは隣の教室に迅速に事情を話したあと少年を追いかける。
生徒たちは全員まだ習っていない緊急非難をせざるをえなかった。
下の騒ぎを見たかった生徒たちは当然残念がっていたが……彼らが気にしていた物は少年がヒラヒラと振った右手だった。
神憑きとはいえ、いくら人外じみた能力を持っていたとしてもその容姿は人と変わらないはず。生徒たちはざわざわと少年のことを話す。
「あの子の手の甲……。大きな目あったよね?」
北館1F階段前。
この学校では1Fはほとんどが空室になっている。その理由はいつ神砕きが侵入しても1Fでできるだけ時間稼ぎをするといものだ。
だが、今回はそれがアダとなっていた。ジャミングされ、生徒を逃すことも増援を呼ぶこともできないからだ。
警備員と教師は必死に食い止めていたが……どうやら手ごわい連中を侵入させてしまったようだ。
「ふ、いつも通りまだ未熟なうちにさらおうって魂胆か……神砕きめっ!」
どこか熱血風味の先生が神砕きに向かって叫ぶ。まだ入学したての神憑きは力の使い方がわかっていない。
さらに理由は不明だがまだ未熟な神憑きは神砕きのかっこうの的である。今まで何度襲われただろう。その積年の怒気が彼の声にはこもっている。
そんな熱気を受け流すように涼しい声でジャミング波を放つ神砕きは笑いながら答える。
「再三の要求に答えませんからね~、あなたたちは。
私の能力結構消耗激しくてね~。さぁ有能な子供およこしなさい!」
言葉が終わると同時に怒号を上げて2mはある大男が群衆に向かう。腕は鉄のように堅く重そうな重量感をはらんでいる。
同じく小柄な女性が飛び跳ね、ナイフを躊躇なく攻撃対象の首元に向ける……。どこから出したか不明なその鋭利なナイフは先ほど怒気を放っていた教師の頚動脈を見事に狙っていた。
一瞬の出来事だった。大きな神砕きの踏み込みで教室の床は割れ、ホコリが廊下を覆う。
既に疲労困憊の警備員や教師だ。もう出せる力は残っていない。抵抗した様子は伺えなかった。
噛み砕きたちの目にはホコリが晴れた後の惨状は目に見えていた。
「ほっほっほ、これでゆっくり品定めができますね~……ん?」
ジャミング型の力を持つ神砕きの顔に満面の笑みが浮かんだ……が、一瞬にして消えた。
ホコリが晴れた。だが、それは予想していたものではなかったのだ。神砕きの目には信じられない光景が広がっていたのだから。
大男の拳は右手で受け止められ、首をはねていたはずのナイフはいとも簡単に左指二本で受け止められ……ヒビを入れられていた。
中央でその芸当をしたのはたった一人。しかも小柄な人影だった。
後方に驚愕する神砕きを見つけるとその人影は不気味な笑みをホコリの中から浮かべた。
「う~れしいね~。そんなに喜ばれると登場したかいがあるってもんで~」
「そういうことを言うなら迷わずここまで来いっての、アホ」
ホコリの中から現れたのは目を見開き、なんとも気味の悪い笑みを浮かべる少年であった。
どうやら迷っていたようでドクターの言葉に少しバツの悪い少年。
そんなドクターの言葉に同調するように大きな拳を受け止めた右手の甲にギョロリと一つの目玉が浮かぶ。
『かっかっか。どこでも方向音痴だからな、てめぇは』
どうやら最初学校を迷っていたのはただこの学校が広いだけではなかったようだ。ゲラゲラと下品に笑う声は少年の方向音痴ぶりに笑っていた。
嬉しそうな、楽しそうな声がその目から聞こえる。心なしかその目も嬉しそうに弓のような形になっている。
まるでこの殺伐とした場所を宴の場のように楽しそうにする奴らの登場に神砕きたちは困惑する。
と、同時にしめたという笑みを浮かべる三人の敵。
「これはこれはいい素材ですね~。それに人とは違ったその特徴の神憑き。
いいね~いいですよ~。堕とすには涎が出そうな素材だこと。大人しく私たちの仲間におなりなさいっ!」
どこか恍惚に満ちた表情のジャミング型の神砕き。彼らの目的はここの生徒を誘拐すること。
神砕き三人に対して、味方である教師たちは満身創痍。
動けるのは少年と共に駆けつけたドクターだけだが……。見るからに攻撃戦力でないことは目に見えている。助けにはなりそうにはない。
救援を呼ぼうにもこの場にいない他の階の先生たちは生徒たちの避難にまだまだ時間がかかるだろう。
だが、そんな状況孤立無援な状況にも少年は楽しそうな笑顔を絶やさなかった。なんとも嬉しそうな笑顔だ。
神砕き二人を掴んでいた手に力を込める。
‐ミシっ‐
そんな音が聞こえると同時に掴まれていた二人は後ろに下がる。
危機感。
そんな言葉が似合うだろう。
動物本来の直感に従い二人は退いた。
そんな反応にも少年は嬉しそうに楽しそうな顔をする。
「やっぱりそこらへんの敵さんとはわけが違うね~ここを襲うやつらは。
ドクター、やっぱあんたと契約してよかったわ~」
神砕きに目線をやりつつ、せめてもの目線と右手の甲の目をドクターに向ける少年。
教師たちはそんな右手を恐れたが、ドクターはいつものこととヘラヘラと手を振って返した。
右手の目はそれを確認した旨を少年に伝える。少年は鼻を鳴らし今度は神砕きへ話しかける。
「やぁやぁ敵さん。残念だけど、おれはさらえないよ~。いや、さらったところで無意味かな」
神砕きたちは首をひねる……。おかしなことを言う少年だと。
だが、どこか見覚えある特徴であると神砕きは思考する。
(小柄な少年……右手には大きな目を持つ神憑き……?
いや……違う、あのガキはまさか!)
そう、神砕きたちは少なからず知っていた。いや、知らないのがおかしい話だった。
戦うのに命の危険が伴う神砕きを好き好んで討伐するのは警察や自衛隊ぐらいなものであった。
だが……個人で討伐に狩りでる者も少なくない。大概は身の程を知りすぐに去っていくのだが……。
どこにでもいるのだ。天敵と言ってもいいほどに絶対的に神砕きが勝てない存在が……。
三人の神砕きたちは冷や汗を流し始めた。
「その顔その顔~。やっぱり結構名が広まってきたみたいだね~。」
深呼吸を一つし、その見開かれた両目を改めて神砕きに向けつり上がった笑顔の口をさらに嬉しそうにつり上げる。
右の手で頭を作るように、親指を下顎に中指薬指を上顎に見立て残りを角のように曲げた。
その右手の姿は甲の目も相まって……それはまるで悪魔の頭のようであった。
少年は不気味な顔をとその頭に見立てた右手を敵に向け、口上を述べた。
その不気味な顔、不気味な右手。
少年は三日月のようなニヤリとした口を、右手の顎に見立てた指を動かす。不気味に……それはまるで悪魔のように。
その出で立ちはこの界隈に広まる都市伝説。出会った神砕きは全て姿を消すという都市伝説の中心人物。
「名乗ろう、そしておれを思う存分楽しませろ。
異端の[神砕き]、八咫 焔(やた ほむら)だ。楽しいパーティにしようぜ?」
『ノワール・ルシフェリアだ!
てめえらにアタリを食わせるわけにはいかないんでな!ここで送られなっ!!』
少年の名は焔、右手に巣くう悪魔の名はノワール。
彼は神憑きに寝返った神砕き……。
神憑きを護る神砕き同士の戦いが今始まる……!
「かみつきっ!」「第一話:楽しみの始まり♪」