牛若丸の紅茶
第五部 名のない大名及び有能なハウスキーパーと、
「いろは殿!何故?最近、生徒会室に来ないのだ!余は寂しいぞ!」
カウンターの前に座り眉毛は太く黒い学ランを身に付けた、身長の低い男の子は縁が金色のカップを置いて言った。また学ランの袖がダランと垂れカップを持っていた手は良く見えない。
「バイトが忙しいってこの前、学院でも教えたでしょ!」
その身長の低い男の子に向かって髪の毛が赤く眼鏡をかけたショートカットの少女は白いエプロンに小豆色の制服のスカートをヒラヒラとなびかせながら空になったカップにオレンジ色のキーモンを注ぎながら言う。
「し、しかし!副会長の新林に任せりきではないか?余は会長である、いろは殿に指揮を取って貰いたいのだが…」
その言葉に髪の毛が黒く、学ランを身に付けた目の大きい少年は言った。
「そんなこと言ってますけど魂胆がみえみえですよ!本当はいろは会長に会いたいだけ、そうですね?いろは会長には僕がいますので毛利先輩は学院に帰って下さい」
「広坂?変な冗談はやめてよね!っていうか!あんたが帰りなさいよ!」眼鏡をかけた少女は声を張り上げて言う。
「では!いろは殿!いったい何時まで此処にいるというのだ?」小柄な男の子は少し悲しそうな表情で言うが、此処で冷えた氷砂糖のような声が回答する。
「毛利様、この翡翠の情報によりますと、この喫茶店の倉庫はいろは様が火をつけて炎上させたの事です」
「それによって、ここでタダ働きという名のバイトをしていると言う訳です」
襟には青色のリボンを締め、紺のブレザーの制服を身にまとっている。少女は身長の低い男の子の背後に立ち品のある顔立ちで軽く会釈する。黒と白の ホワイトブリムの頭飾りを色素の薄い頭に乗せていた。
「それはまことか?噂に聞いた事もあったが…ヒスイの情報となると確かだ。では!焼き芋をした際に燃やしたと言われる倉庫くらい余が払ってやるぞ!いろは殿!」
いろは会長は気まずそうな表情になり話す。
「う〜…ヒスイ…どうして知ってるのよ…」
「いろは様、毛利様の周囲の環境と親しく交流されている方々の事については熟知しております」
ヒスイは優しく微笑ん言う。
「それは本当ですか!ヒスイさん!では昨日、いろは会長が帰宅して眠る前に着替えたパジャマの柄はなんです?」
広坂の質問に翡翠は言った。
「青いパジャマの色にクマとウサギがデフォルメされた絵をお腹と背中に描かれています。また寝る際にさつま芋ふうの抱き枕に抱きついて寝ています」
「くっ!いろは会長…可愛すぎる…僕の妄想では裸でしたが、まぁクマとウサギなら良しとしましょうか」
そのヒスイの口からでた内容にいろは会長は大声を出した。
「ちょっと待ってよ!どうしてヒスイが私のパジャマの事と抱き枕のさつま芋の事を知ってるの!これ、犯罪でしょ!」
「まぁまぁ、いろは会長、女の子同士ですから、こんなの当たり前の事ですよ〜」
「何を持って女の子同士かしら?しかも私のパジャマの趣味を上から目線で評価すんな!広坂のクセに!」
いろは会長はそう言うと広坂のダージリンの入ったコップを取った。
「あ〜、僕、まだ全部飲んでないんですよ!返して下さい〜」
いろは会長の持ち上げたコップに両手を広げている時に身長の低い男の子は話し始める。
「いろは殿!先ほどの話しの続きなのだが余に倉庫代を払わせないかね?そうすればいろは殿も此処でバイトなどせずに生徒会の仕事も出来るだろう?」
いろは会長はコップを広坂に戻し、提案する毛利に向かって言う。
「気持ちは嬉しいけどそれはダメよ」
「それは何故だ?」毛利は椅子から立ち上がっていろは会長を見た。
「私の責任は自分で返すし、それに友達からお金なんて貰えないわ」
「しかしな!余は…」
身長の低い男の子の声にヒスイは言う。
「毛利様、いろは様らしいお言葉ではないでしょうか?毛利様の気持ちは嬉しいと思っている反面、毛利様をご友人だと思っているからこそお金を受け取りにならないのです」
ヒスイはニッコリと笑い目の前に座る男の子に言った。
「そんな事は分かっているが…やはり、いろは殿は生徒会室にいて欲しいのだ」
「毛利先輩、諦めて下さい!そして副会長の新林をいろは会長と思って接して下さい!」
広坂はニヤリと笑い毛利の肩を叩いた。
「くっ!広坂!貴様は生徒会室から逃げて来て何時もいろは殿と紅茶を飲んでいるではないか!卑怯だぞ!」
「仕方ないです。これがいろは会長と愛を育む事を許された男の宿命と言うものです」
「許してないわよ!っていうか!あんたも生徒会室に戻りなさいよ!バカタレ広坂!」
いろは会長はそう言うと広坂の頭を叩いた。
バコん!
「んふう!」広坂は気持ちの悪い声を出した。
「毛利様?このように広坂様もおられるのですから翡翠たちは生徒会室にて仕事に参りましょう」
ヒスイは毛利に言った。
「ん?ヒスイ先輩?まだ七色喫茶に来て1時間たってませんよ?まだ良いじゃないですか?」
広坂は茶色い大きな瞳を凛と輝かせたヒスイに言った。
「いえいえ広坂様、毛利様は生徒会室の仕事が終わった後、毛利邸にて稽古の方もあるのです。今日は此処までにして、また後日という事に…」
だがヒスイの言葉に毛利は嫌がる。
「余は嫌じゃ!前々からこのいろは殿がいる喫茶店に顔を出したいと言っていたのだ!ようやくヒスイの了解を得て参ったというのに、このような短い時間で去るのは余は嫌じゃ!」
毛利はヒスイに向かって言うと広坂の背中にサッと隠れた。
「ヒスイ先輩?それって本当ですか?別に良いじゃないですか?ヒスイ先輩は喫茶店に来たくなかったんですか?」
広坂は良く要点が分からないと言った声でヒスイに話す。
「そうよ、ヒスイちゃん。そんなに慌てて帰ることはないじゃない?」
いろは会長も不思議な顔つきで言う。けれどもヒスイだけはにこやかな笑顔を曇らせて言う。
「いろは様が喫茶店で働いている事は存じておりました。それはそれで良いのです。しかし…」
ヒスイの悲しそうな声に広坂は尋ねた。
「しかし?どうしたんですか?」
ヒスイは続ける。
「翡翠は毛利様の直属のメイド長。毛利様のお世話をする事にかけては誰にも負けたくはないと思っています」
「そうね、ヒスイちゃんは学院でも泉と同等で席次は何時も一位だし、運動も抜群だし他に関しても良くやっているわね。毛利くんはもう少しヒスイちゃんを見習った方が良いと思うけど…」
毛利はいろは会長の言葉を聞いて「精進いたす…」と小さく言った。
「けれどもこの翡翠。初めて敗北を致しました」
ヒスイはそう言うと床に視線を逸らした。その言葉にいろは会長と広坂は驚いて叫ぶ。
「ヒスイ先輩が負けたんですか!そいつは人間ですか!人の類いなんですか!」
「宇宙人か化け物?ヒスイちゃんが敗北をしたと言わせる程の人物って誰よ!」
二人の声に毛利は話す。
「少し前からヒスイの様子がおかしいのだ。毎晩、毎晩、カップに紅茶を注いでは味見をして作り直すのだ。その時程であろうか?余がいろは殿がいる喫茶店に行くのをヒスイが許してくれないのだ」
毛利の言葉にいろは会長は考える様にしてヒスイに言った。
「どうしたの?ヒスイちゃん?ヒスイちゃんはもしかして紅茶で負けたの?」
いろは会長の質問にヒスイは頷いて声を出した。
「実はこのまえ、この喫茶店に入り一つ紅茶を頼みました。するとその紅茶は翡翠が今まで飲んだ中で一番美味しかったのです。翡翠は驚きその紅茶を一瞬にして飲み干した後、毛利邸に帰り幾度もあの紅茶の味の再現をしようと試みたのですが…」
「それは不可能でした…」
ヒスイはうなだれて言った。
「いろは会長の紅茶、そんなに美味しいですか?いたって普通ですよ?」
広坂は困った様にして言う。
「うっさいわね!私の入れる紅茶は普通よ!普通!」
いろは会長は広坂に向かって文句を言った後にヒスイに語る。
「ヒスイちゃん、多分その入れた紅茶、ウチの店長が入れた紅茶よ。あいつ紅茶を注ぐ腕だけは確かに凄いから…ムカつくけど…そうね、今度ヒスイちゃんに作り方を教えてあげる様に頼むわよ」
いろは会長の言葉にヒスイはパァっと顔を輝かせていろは会長の手を取り言った。
「いろは様!それは本当ですか?翡翠はとても嬉しいです!」
その光景を見て広坂は言う。
「いや〜可愛い女の子がくっつくと素晴らしく、美しいねぇ。ところで毛利先輩!良い加減んに僕とくっつくの辞めてくれませんか!」
広坂の横に隠れていた毛利は話す。
「これでようやく余は、ヒスイの作る大量の紅茶を飲む行為は終わるのか…」
その毛利の囁きを知らずにヒスイは小さな声で言った。
「これで毛利様に翡翠が堪能した紅茶を出せます」ヒスイは優しく微笑んだ。
チャリーン、チャリーン…
入り口のドアに付いている鈴が揺れる。優しそうな母親と手を繋ぐ幼い子供が戸をゆっくり押して喫茶店に入って来た。
ここは七色喫茶、学院と商店街の間にある、小さな喫茶店。落ち着いた雰囲気と古ぼけた家具と大きな古時計が置いてあるだけのお店、だけども紅茶の味には自信があります。また一度、ご来店の方を御待ちしております。
牛若丸の紅茶
ご来店の方、誠にありがとうございます。ではまた第六部の方でお会い出来るよう心待ちにしております。