紡の後継者

「んんっ………ふぁぁ、」
朝の日差しを浴びて、銀色の髪がキラキラを輝く。
男はいつもの時間に起きて、一緒に住んでいるまだ寝ているだろう小さな同居人たちの為に朝食を作り始めた。
甘い香りと美味しそうな匂いにつられて、2人の小さな同居人たちは起きてきた。
「おはよ、紡(つむぐ)。ご飯。」
「おはよう!何か手伝うことある?」
対象的な2人である。
2人の少年は、11、12歳くらいで、生意気な方が黒髪黒目の東洋人、穏やかな方が茶髪碧眼の西洋人という見た目だ。
「おはよ。結(ゆい)、紅茶を淹れてくれるか?葵(あおい)は座っとけ。」
葵と呼ばれた生意気な方の少年は、ムスッとむくれると、
「何をすればいいわけ?」
と聞いてくる。
紡は、クスクスと笑いながら、葵の頭を撫でまわし、可愛いなぁと微笑む。
「やめろ!撫でまわすな!!!………で、何するの?」
「そうだな、皿を並べてくれ。あと、適当に庭から花摘んできて。」
葵にそう頼むと、紡はまた料理に戻った。
朝は基本的にはいつも洋食で、フレンチトーストだったりサンドイッチだったりするのだが、今日はその両方を作っているらしい。
結が紅茶を淹れ終わる頃に、葵は花瓶に花を活け、お皿を出していた。お皿を並べるのを結も手伝い、紡が料理を作り終わって、盛り付けると、朝食が始まった。
「いただきまーす」
3人が手を合わせる。
いつもと変わらない朝の風景だった。少し違うところを言えば、今日は休日で、葵と結の学校がないことと紡に予定があることだ。
「紡、今日はどこに行くの?」
「葵………さん付けようよ。歳上だよ………。」
葵をこうやって注意するのもいつものことだ。
「んー、墓参り。」
「墓参り?」
2人がキョトンと首をかしげる。
「そー、娘の命日なんだよ。今日。」
紡の事情や過去は知らないが、初めて聞く事実に少なからず2人は驚いた。
「娘ぇ!!?ええ!?紡、こどもいたの!!?」
葵が驚いて声を上げる。結もびっくりしたのか目をパチパチと瞬かせている。
「ま、昔の話だけどな。もう随分、昔の話だ。」
そういう紡は少し寂しそうだった。
そんな紡を見てもお構いなしといった感じで葵は疑問を口にした。
「昔って………紡、まだ若いじゃん。すごい昔って口ぶりだけど、いつの時の子どもなの?」
「ちょっ、葵!無神経だよ!」
「ええ、でも、結も気になるだろ?」
そう問われて結はおし黙る。気になることは気になるのだ。
「娘が亡くなったのは8歳くらいの時だったから、俺が18歳の時の子どもだな。」
「18!!!?」
「すごい…………」
素直に感心している2人に紡は柔らかい笑みを送る。
「可愛かったぞー。我が娘ながら、美人だったからなぁ。母さんに似たのかな」
いや、紡も十分整った顔をしてるよ。と葵は心の中でつっこんだ。
「じゃぁ、僕たちを引き取ったのも娘さん代わり?」
そういった結の言葉で、葵と紡は黙る。けれど、紡はゆったりとした口調で話し始めた。それは、結を諭す親のように。
「代わりなんていねーよ。結は結で、俺の娘………アザレアとは違うんだ。俺は娘を亡くしてるからよく分かる。結も葵も、血は繋がっていないけど、俺の大事な息子たちだよ。それだけじゃ、不満か?」
結はふるふると首を振る。ポタポタと涙が落ちているのをみて、紡は優しく結の頭を撫でる。
「俺は、沢山の人を傷つけたんだ。娘が亡くなったのが信じられなくて、認めたくなくて。でも、傷つけても娘が帰ってくるわけじゃなかった。」
初めて聞く昔話に2人とも耳を傾ける。あまり自分の話をしたがらない紡にしては珍しいことだった。
「そんで、無茶やらかして死にそうになった時にアザレアが来たんだ。私のために自分を大切にしてってな。道を誤った父親を案じて。」
それだけで嬉しくって、ああ、もう少し頑張ってみようと思ったんだ。と紡は言う。
コクコクと頷きながら結は聞いている。けれど、葵は疑問に思ったことを口にできないでいた。
だから、結局、紡はいつから生きてるんだよ?
あまり楽しい内容とは言えないが、それでも紡が自分のことを話してくれて嬉しかった。でも、紡の口調は、随分前のことように娘のことを語る。普通に年齢から計算すると、2年ほど前の話のはずだ。なのに、紡は娘がいないことを受け入れているようだった。
………時間が合わないんだよなーと葵は思う。それは今日だけに限らず、普段の生活の中でも感じることだ。まるで、紡は長い時の中を生きているような………もう何十年、何百年前から生きているように感じる。
きっと、結は知らない。多分、違和感を感じてるのは俺だけ。
そう思いながら、紡を見ると、彼は葵を見ていた。まだ泣いている結の頭を撫でながら、葵の考えていることを見透かしているように。
ピンポーンと丁度良くインターホンが鳴る。
紡の視線から逃げるように、玄関に向かいドアを開ける。
「弥(あまね)!!?」
「やっ、元気にしてる?少年。」
紡の家に葵と結を預けた張本人で、孤児で施設で虐められていた俺たちを助けてくれた恩人でもある。
いつも袴姿で、小豆色の髪と赤色の瞳が特徴的な飄々とした女性だった。
慣れた様子で家の中に上がって、紡を見つけると軽く手を振った。
「弥?」
紡も驚いたらしい。目を瞬かせて弥を見ている。
「いやー、近くを寄ったからさー。それで、今日はアザレアちゃんの命日だってこと思い出して」
そこで一旦区切って、葵と結を見ると、
「こいつらの面倒みてから、次のところにいってもいいなーってさ」
といった。
弥なりの優しさというか気遣いなんだろうと思った。ついでに言えば、チャンスだなと葵は考えた。
「ええ、?いいのに。」
そう言って笑う紡は、まるで来ることを知っていたようだ。
「嘘つけ。私が来るって思ったくせに。」
どうやら見透かされたらしい。
「あの、紡さん………」
「ん?」
「僕も、行きたい。お墓参り。」
おずおずと口にして、遠慮がちに紡を見る。紡は、少し考えた後に、葵に声をかけた。
「葵は?」
「俺はいい。家で留守番しとく。」
そういうと、また考える様子でしばらく黙っていたが、いいよと結にいった。
結は、ぱぁぁと顔が明るくなり、支度してくる!と言うとバタバタと自分の部屋に駆けていった。
結の支度が終わると、2人はお墓参りに出かけた。
静かになった部屋で、弥は紅茶を飲みながら、葵に問うた。
「で?何が聞きたいのかな?」
「あれ?ばれてたの?」
弥は呆れた顔をして、当たり前でしょーがと言った。
一息つくと、俺は今まで思っていた疑問を言葉にする。
「紡ってどれくらい生きてるの?」
そういうと、弥の表情が変わった。それは、子ども相手に見せる顔ではなく、1人の人間に対して見せる顔だった。
「どれくらいだと思う?」
「教えてくれるの?」
「なんで?確信してて、分かっていながら聞いてるんでしょう?」
いつもとは違う口調。普段の弥はこんな感じなのかと感心した。
「んー、ざっと数百年くらい?」
「どうしてそう思うの?」
「まず、時間が合わないって思う。娘の話を聞いて、おかしいと思った。まだ若い外見なのに、娘が亡くなったのは遠い昔のように語るし、もう亡くなったことを受け入れてるようだった。沢山の人を傷付けたって、亡くなったのを認められなかったって言ってたのに?そんなに早く受け入れられないんじゃないかなって。」
「なるほど。」
「だから、たくさんの時間をかけたんだと思った。どうしてか分からないけど、体の時間は止まったまま、永遠に等しい時間を生きてるんじゃないかって。そう考えたら、今までの言動にも辻褄合うから。」
自分の考えたことをしゃべり終えてから少しの間、沈黙があった。
「お前は会った頃から、頭の回転が速かった。見えなくても良いところまで見える。」
「ごめん、」
弥は、首を振る。責めてるわけではないと微笑んだ。
「だから、紡もお前を後継者に選んだんだろう。」
…………?
「まだ知らなくていい。自ずと知ることになる。私たちのことも、そして紡の力もことも。」
弥が何を言っているか分からなくて、首を傾げるばかりだ。その様子がおかしかったのか、弥は声を立てて笑い始める。葵はムスッとした。分からないまま笑われるのは癪にさわる。
「悪い、悪い。では、教えておこう。私は紡よりも更に長生きだ。」
「は?」
ちょっとまて。そういうカミングアウトを突然していくな。
「紡はまた百年程度だからな。」
じゃぁ、あんたは、?と聞き返すと、ニヤッと笑って、秘密だと言われる。
ますますむくれる、小さな後継者に弥は意地悪な笑みを返しながら、本当に末恐ろしい子どもだなと感心していた。
普通の子どもでは、その違和感さえ感じることができないだろう。それを感じ取り、最も簡単に答えへと結びつける。どんなに突拍子もない事柄でもだ。何より、見えなくて良いところを見ても、精神を蝕まれない強い精神力の持ち主でもある。
「なんだよ、ここまで来たら、少しくらい教えてくれてもいいだろ!」
そうやってムキになってくるところはまだまだ子どもだが。
どうやら、紡は上手く彼らを育てているようだ。
「まぁ、そうだな。少しくらいなら、」
「え?」
「私は、紡とは別の組織に所属しててな。組織というか自警団というべきか。」
葵の顔がどんどん渋くなる。
「普段は旅人をやってるんだが、有事の際には自警団として任務につくんだ。」
「それで、?」
「そいつらのことをまとめて、旅行者という。みな、それぞれの目的で、時空も時間も空間を超えて旅にでている。」
まて。話が何か壮大なこと、に………。
弥は意地の悪い顔をした後に、旅行者としての顔を覗かせた。
「我は、13番目。綴りの旅行者。普段は物書きしながら旅しているしがない小説家です。」
葵は弥の凜とした雰囲気にのまれかけたが、次に頭を抱えた。
ぜっんぜんわかんねぇぇぇえ!!!
それもそうだろう。いきなり何を言い出すかと思えば、旅人だの自警団だの言われた上に、空間を超えるなんて想像もつかないことを言われれば尚更、頭は混乱するだろう。
どうやら、弥はそれが分かっていた上で自分の素性を明かしたようだ。
葵が頭を抱えてるのを見ながら、弥はゲラゲラと笑っていた。そうしている内に墓参りから紡たちが帰ってきた。
2人の様子をみて、紡は何か察したようで、弥に、呆れていた。
弥はまだ笑いながら、紡が帰ってきたので、次の場所へ移動するべく家を出ようとする。
「期待してるよ。紡の力を持つ魔女の後継者。」
その言葉を聞いて、紡は驚いたように言葉を口にしようとするが、その前に葵はニッと笑った。
「任せとけ!すぐそこまで追いついてやるからな!紡も弥にも!!!」
「楽しみにしてる」


弥はその後、紡にめちゃくちゃ怒られるハメになるのだが、それは数日後の話。
そして、葵が紡から力を受け継ぎ、弥とギャァギャァと言い合いを始めるのが日常になるのも近い未来の話。

紡の後継者

「アザレア」にでてくる主人公のその後の話になります。
彼は紡という魔女の力を持っています。旅行者とは別の組織、これは殺し屋集団なのですが、そこに身をおいて、葵と結と静かに暮らしています。
後書きで設定を言っちゃってますが、結は幼くして亡くなります。そもそも強い体ではなかったので。それから、葵はメキメキと頭角を現し、力を受け継ぎ、弥と喧嘩するところまで成長します。
弥と葵の話も書きたいですね。

紡の後継者

いつも少し違う休日。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-10

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