迷ヒ祭ル真夜中ニ

 君と出逢って、僕は変わったんだ。
 君といて、僕は嬉しかったんだ。

 たくさんの謝罪と感謝を、伝えさせてくれないか?

迷ヒ祭ル真夜中ニ(1)

 僕の名前は冴木(さえき)。冴えている木、で冴木。
 二十代前半で、嫁がいる。
 そこそこの一般企業で、会社員として働く普通の男だ。

「はあ」

 今日も、少しの残業で仕事が終わり、まっすぐ家に帰る。

 いつもなら、家の前で嫁が「おかえりっ」と買い物袋を持って、笑うのに。
 今日は、なぜだろう。
 嫁がいないのだ。

 もしかしたら、先に家にいて支度をしているのかもしれない。

 僕は、そう思って「ただいま」と言いながら、部屋に入る。

「!?」

 そこは、真っ暗で、人のいる気配がしなかった。

「おーい」

 と、呼び掛けても返事がない。

――最近、ここら辺で通り魔がいるんだよな。

 僕はそう思い、嫁を探しに部屋を出た。

迷ヒ祭ル真夜中ニ(2)

 家の周辺を走り回って、探しても彼女の姿がなくて。
 僕は、ゾッとした。

 もしかして、もう殺されてしまっているのかもしれない。

 そんな気持ちが心を支配する。

 その時。
 どこか、遠くで救急車の音がした。

「っ」

 また、僕のところから大切な人が死んでしまう。

――御霊(みたま)……。

 幼なじみで、優しくて、僕よりも少しお姉さんな女性。
 先日、病気で死んでしまった。
 脳死と判断され、彼女の臓器は誰かに移植された。
 その時まで、ちょうど僕は入院をしていたけど。
 僕の身体に会うような臓器が見つかり、手術で何とかなった。
 あとで、看護師に訊いたら。
 僕の命を助けたのは、御霊だという。

 お礼も何も言えないまま、ずるずると彼女の臓器で生きている。

「くっそ……」

 そう呟いて、走っている途中。
 ふと、神社が目に入った。

――こうなったら、神頼みじゃ!

 そう思い、僕は神社に行って、祈った。

 祈り終えて、さて、探そうと思ったら。
 突然、目の前が明るくなり、眩しくて僕は目を閉じた。

 次の瞬間、周りは明るく、騒がしかった。

 目を開けると、そこは何かの祭をしているようだった。

 何の祭か、気になって、行こうとしたら。

「待って!」

 と、手を引かれた。

 驚いて、見ると。
 そこには、御霊がいた。

「み、御霊っ」

 そう言うと御霊は「あれ?」と言う。

「さ、冴木くん?」

迷ヒ祭ル真夜中ニ(3)

「吃驚したわ、冴木くん」

「いや、僕の方こそ吃驚したよ」

「……冴木くん、どうしてここに?」

 御霊は心配そうに僕を見る。

「ここは、あなたが来て良いところじゃないわ」

「ん?」

「いいから、さっさと帰って」

「いや、帰り道がわからないんだよ。それに、来たくて来たんじゃあない」

「わからない? それに、来たくて来たんじゃないって……」

「嫁が、どこかに行ってしまってね。最近、通り魔がいるから。どうか、無事で、て神社で祈っていたら、ここに来てしまった」

「……嫁? 結婚したの?」

「え? あ、ああ」

 と、僕は頷く。
 御霊は、少し嬉しそうに笑っている。
 僕が「どうした?」と訊くと「ううん」と言う。

「てか、結婚てどゆことよ」

「え? いや、死んだ人間って星になって見守ってくれるとかじゃあないんだな」

「は?」

「よく言うじゃん」

 死んだら、星になるって。
 空から見守ってくれるって。

「違うんだね」

「違うよ」

 御霊は言う。

「死んだ人間が星になって、空から見守ってくれるなんてのは、遺された人間の勝手な思い込みよ。だって、死んでしまった私はあなたがどんなことをしているか、わからないんだもん。だから、あれは嘘よ」

「…………」

「とりあえず、帰り道案内するから、付いてきて」

 ニコッと御霊は笑った。
 その笑顔が、とても懐かしくて。
 僕は、ふと泣きそうになってしまったのは、秘密である。

迷ヒ祭ル真夜中ニ(4)

 なんだか、不思議な祭である。
 提灯は、風が吹いていないのに前後上下左右に動くし、露店の店員は影のようにぼぅっとしている。
 店の文字はすべて、右から左に読む感じで、旧字体を使っていたりする。

「なんか、腹減ったな」

 と、僕が言うと御霊は「我慢よ」と言う。

「ここにあるのを食べたら、もう戻れないんだから」

「え?」

 それは、どういうこと?

 そう訊こうとしたら、御霊はニコッと笑い「ねえ」と言う。

「今、何をしているのか、聞かしてよ」

「? ああ、いいよ。あのね、僕は会社で働いて、子供はまだなんだけど、嫁がいる。この前、結婚したんだよ。御霊も、招待したかったけど、その時は生死を彷徨っていると聞いてね……」

「そうだったんだ……。冴木くんは、優しいね。ただ病院が同じだっただけの私を、そんな大切な式に呼ぼうなんて」

「御霊?」

「なんでもない。さっさと帰ろう。たぶん、奥さんは待っているわ」

「うん」

 御霊は、僕の手を引いてくれる。
 いつだって、そうだった。

 御霊は、僕に優しくて。我慢しすぎて、泣いちゃう。
 普通の女の子だ。

 あの日だって、そうだった。

 僕の手を引いて、一緒に帰ってくれた。

迷ヒ祭ル真夜中ニ(5)

――冴木くん、帰ろ?――

――帰り道は、こっちだから――

 幼い僕を、御霊は連れていってくれた。

 祭で、迷子になってしまった僕を連れていってくれた。

 ちゃんと、家に帰してくれたんだ。

「冴木くん? 大丈夫?」

「え? あ、ああ。うん。ちょっと昔を思い出していたんだよ」

「昔? ああ、そういえば……」

 御霊は、ぼんやりと空を見る。

「昔さ、私が無理言って、冴木くんを祭に連れ出したよね」

「いや、あれは、僕が――!」

「ううん。違うよ」

 私が悪いんだ、と御霊は笑う。

「私が、花火大会のことを言わなければ、冴木くんは祭に行かなかったでしょ? だから、私が悪いの。ごめんね、あのときは」

「ううん。謝らないでよ、御霊」

「冴木くん……」

「御霊は、悪くない」

 それに、と僕は言う。

「御霊が、こうやって連れて帰ってくれたじゃないか」

「冴木くん――」

「だから、良いんだ。僕こそごめんね」

 御霊をそんな風に思わせてしまって、申し訳ないと思う。
 僕は、ただ単純に御霊に――

「冴木くん、あとはこの鳥居をくぐれば帰れるよ」

「え?」

「帰りなさいな、冴木くん」

「御霊、僕は――」

 まだ、帰りたくないんだ。
 君と、まだここにいたいんだ。

 そう伝えたら、君はどんな表情(かお)をするだろう。

 怒るだろうか。悲しむだろうか。

 そう思うと、言葉が詰まる。

「早く、帰りなさいな。なんで、立ち止まっているの?」

「僕は、謝りたいことがある」

 もう、今しかないから。
 ずっと言えなかった。

 あの日、君に伝えられなかった話をしよう。

迷ヒ祭ル真夜中ニ(6)

「御霊、ごめんね。僕が、君を殺したようなもんだよ」

 君の死に目にあえなかった。
 君が死んだ原因なのにね。

「僕が、もっと……。気をつけておけばよかったんだ」

「冴木くん、何か勘違いをしているよ?」

「え? だって――!」

「私が死んだのは、元々病気だったから。もし、それでもって言うならば、私は君にこう伝えよう」

 御霊は、ずいっと僕に近づく。

「人が死ぬのは、その個人のせいであり、他人は関係ない」

「…………」

「だから、シャキッとしてよ。冴木くん」

「御霊……」

「冴木くんは、生きているんだから。私の一部も、あなたの中で生きているんだから」

 だから、と御霊は俯きながら僕を鳥居の方へ押す。

「明日があるまでは、生きてよ」

「御霊――」

「じゃあね」

 顔を上げた、御霊は涙を流していた。
 そんな彼女を置いて、いけるかよ。

 僕は、そんな人間じゃあない。

 たんっと音を立てて、彼女を抱きしめる。

「そんなのずりぃよ、御霊っ」

「冴木く――」

「僕、絶対に、忘れないからっ!! 死んだ後も、来世も、君のことを忘れないからっ!!」

 だから。

 だからさ。

「まだまだ時間は、かかるけども――待っていてくれ!!」

「冴木くん……」

 御霊は、きっと我慢をしていたのだろう。
 栓が抜けたように、ぶわっと泣き出す。

「待ってる。待ってるから、ちゃんと死ぬまで生きてください」

「うん。約束」

 そう言って、僕たちは指切りをした。

迷ヒ祭ル真夜中ニ(7)

 鳥居をくぐろうとしたら、御霊が僕に何かを渡した。

「はい、これ、私の家の神社のやつ」

「そういえば、御霊の家は神社だったな」

「うん」

「で、これは?」

「お守り。そのお守りは、私特製だから、きっと何かから守ってくれるわ」

「あ、ありがとう」

「嬉しくないの?」

「嬉しいよ。とっても」

「そう、それなら良かった」

 御霊は、涙を拭いて笑う。

「じゃあね、冴木くん」

「じゃあな! 御霊!!」

 僕は、大きく手を振って鳥居をくぐった。

――御霊、またね。

迷ヒ祭ル真夜中ニ(8)

「ん……ん?」

 と、目を開けると、家にいた。
 そばには、嫁が心配そうに僕を見る。

「大丈夫?」

「え? ああ」

「……家の前で、寝るなんて。あなたらしくないわね」

「ははは、疲れていたみたいだ」

「そのようね」

 嫁は、ニコッと笑う。

「あ、そうだ。あなた」

「ん?」

「夕べはごめんなさいね」

「あ、うん。どこに行ってたの? 通り魔とか、平気だった?」

「うん。あのね」

 嫁は、恥ずかしそうに笑う。

「子供、出来たのよ」

「え――」

 たしかに、ここ最近、調子が悪そうではあった。
 まさか。
 まさか、悪阻だったとは。

「子供、出来たんだ……」

「うん。3ヶ月だって」

「3ヶ月、か」

「まだ、男の子とかわかんないけど。大切にしようね」

「ああ、もちろん」

 僕のせいで、病を抱えて生まれてきてしまうかもしれない。
 それでも、僕は大切にするよ。

「ありがとう」

 僕は、嫁のお腹をさすりながら言うと。
 嫁は「どういたしまして」と笑った。

 こうして、僕が普通の幸せを感じて生きられるのは、きっと御霊のお陰だ。
 彼女の臓器で、僕は今日も生きている。
 だから、彼女の分まで。

 これから生まれる命と、嫁と共に幸せになろうと思った。

迷ヒ祭ル真夜中ニ

 初めまして、ゆのこといいます。
 普段は、ピクシブやツイッターなどやっていますが、こちらには主に短編集の中のものを置いておこうと思っています。
 なんというか、今、これを書いているときは夏が始まったばかりで、祭がちょくちょく行われています。地元の祭は、まだなのですが。少し遠出をすると、やっています。

 この作品に、祭が出てきていますが、あの祭は「黄泉祭」という名前の架空の祭です。読んで字のごとく、黄泉の祭です。あそこのものは、食べたら黄泉の人間になってしまいます。
 黄泉祭はいつもやっています。
 死んだ人間(主に子供)を慰めるために、あります。
 冴木は、たまたま迷い込んでしまった。
 そこに、たまたま案内役で御霊がいた。
 で、なんとか帰れたよ!ていう感じの話です。

 全くのフィクションで、実在するものとは一切関係ありません。

 また、次回で。

迷ヒ祭ル真夜中ニ

冴木は、一般企業に働く会社員。 真夏のある日、仕事終わりに、帰宅をすると妻が見当たらなくて、家の外を探し、走り回る。そこで、ふと、目に入ったのは近所の神社。 冴木は、その神社に妻の無事を祈る。 その次の瞬間、目の前が急に明るくなり、祭りのような所に冴木はいた。 驚いて立ち止まっていると、幼なじみで先日病気で死んでしまった御霊がいた。 御霊は、冴木に「早く帰りなさい」と言って、帰り道を示すが、冴木は中々帰らない。 なぜか、と御霊が冴木に訊くと、冴木は「謝りたいことがある」と話した。 "あの日、君に伝えられなかった話をしよう" これは、真夏の真夜中のたった数時間の、小さな青春物語。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-10

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND
  1. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(1)
  2. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(2)
  3. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(3)
  4. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(4)
  5. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(5)
  6. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(6)
  7. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(7)
  8. 迷ヒ祭ル真夜中ニ(8)