この世で一番怖いモノは…

猛暑日が続く7月頭。
梅雨も明けるのか明けないのか、ハッキリしないジメジメした毎日。
その日は、何となく体が重ダルくて異様に眠かったような気がする。
しかし、こう暑いと幾ら冷房をつけていても何だか寝付けない。
昼間にうたた寝をしてしまったせいだろうか、翌日は早朝から仕事だというのになかなか眠りに落ちる気配がない。
寝苦しさから、布団から手足は放り出していて辛うじて上半身に布団が掛かっているような非常にだらしない寝方。
その夜は夫は夜勤でいなかったので、一人でベッドを存分に占領していた。
仰向けに落ち着き、布団を抱き締めるような格好で寝付こうとした時。
ピーッ!とやけに甲高く大きな耳鳴り。耳がおかしくなったのかと疑うほど、それは続いた。
何だか異様な気配がする。体が自然と強張っていく。
私の勘は的中し、ソレはゆっくりと現れた。
電気を消した真っ暗な部屋の天井の隅に、ユラユラ浮かぶ赤黒く丸い塊。
目は閉じたままなのに、鮮明に浮かぶその光景。
血塗れの若い女の生首だ。
蝋人形のように白い肌も、ツヤのない乱れた黒髪も血にまみれている。
血走った目をカッと見開き、濁った瞳でこちらを見つめている。
声に出したかは分からない、でもソレを見た瞬間「うわ!」と、目を逸らそうとしたが何せ目は閉じているのに見えるので逸らしようがない。
私が自分の存在に気付いた事を知ったソレは、ニタリと顔を歪めて笑った。歯はなく、口からは夥しい量の血がゴボゴボと流れている。
普通であれば、老若男女問わず戦慄し恐怖に震えるだろう。
しかし、その日の私はいつもと違った。
寝る直前まで監察医の司法解剖の本を読んでいて、水死体から惨殺死体、轢死体などの「グロい」死体のオンパレードを見ていたのだ。それに比べれば血にまみれた生首など屁でもない。
何よりも私は翌日の早朝出勤に睡眠不足で差し障りがある事の方が嫌だった。
よって、突如現れたソレは私にとって非常に邪魔で腹立だしい存在。私は翌日の為に寝たいのだ。
相変わらずニタニタ笑うソレに私は「邪魔だ!消えろ!」と恐らく物凄い形相で念を送った。
一瞬、ハッと気付いたように笑うのを止めたソレは「何故怖がらないんだ!?」とでもいうような表情を浮かべて困惑していた。
更に「とっとと帰れ!」と追い打ちをかけると、怒りとも悲しみとも取れる表情を浮かべ、ソレはこちらへ向かってきた。
生首のくせにやけに移動速度が速い。
でも、私はそんな事では怯まない。血塗れだからって簡単に怖がると思わないで頂きたい。
私は血なんて見たって全く怖くない。
最早、相手が幽霊だということも忘れ「かかってこいやコラァ!」と構えた所で私は意識を失った。

気付けば大音量のアラームが鳴り響いていた。
朝だ。朝と言うより夜明けだ。
どうやらあのまま眠りに落ちていたようだ。
アイツの居た天井を見上げても、そこにはもう何もいない。
ただ体がいつもよりも重く、何となくダルい目覚めだった。
幽霊は確かに怖いモノだろう。しかし、もっと怖いのは人間だ。
それを知っていたからこそ、私はあの血塗れの生首に臆することなく立ち向かえたのかもしれない。
ただ、あまり気持ちの良いものではないので二度と現れない事を願って今夜は眠りに就こうと思う。

この世で一番怖いモノは…

この世で一番怖いモノは…

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-09

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