引鉄

私は、彼女の引鉄を引いた。


「私ね、昔から頭が良い子だったのよ。そのかわり、運動はからっきしだったのだけど。外で遊ぶのがあんまり好きじゃなくて、家に引きこもって読書ばっかりしてたわ。そのせいか、明るくて元気な子達の輪にはどうしても入れなくて、みんなから暗くて大人しい子だと思われてた。それが嫌だったわけじゃないのよ。実際、私自身そういう子達はあんまり好きじゃなかったし、自分のほうが賢くてすごいんだって思ってたから。……ええ、そうね。今も昔も、私は自尊心の塊だわ。私以外の他人をみんな見下して、自分がいちばんすごいって思ってる。学校の成績なんてもちろんだけど、そうじゃなくて、考え方とか、生き方とか、みんな幼く未熟に見えるの。数年前まではそれにいちいち苛ついてたけど、最近はなんだか微笑ましくすら思うわ。まあ、周りを見下してる、という点では、ずっと変わっていないのだけれど。……あら、何の話だったかしら。……そうそう、私は頭が良い子だった、という話ね。小学生の時から今まで、私はいわゆる優等生だったと思うわ。特に大きな問題も起こさず、良い成績をキープして、そこそこの高校に入って。つまらない、と言ってしまえばそれまでなのだけれど、まあ、教師にとってはいちばん楽な生徒でしょう。私が今の学校を選んだのは、ひとえに私の自尊心を守るためね。レベルの高い学校へ行って、私より『幼く未熟な』はずの人たちの中で、そのまま埋もれてしまうのは嫌じゃない。かと言って、あまりにレベルの低い学校へ行くのも私のプライドが許さなかった。これくらいの学校なら、自分の貪欲な自尊心を保てると思ったのよ。……果たしてそれは正解だったわ。模試でも定期考査でも、私は常に首位に立ってる。ダントツではないけれど、それくらいが丁度いいでしょう?……ええ、そうね。成績がいいのは才能だと思うわ。勉強にはセンスと理解力がいるもの。それは生まれつき備わったものだわ。私には優れた理解力があって、他の人にはなかった。それだけかもね。でも、だからと言って努力が無駄だなんて言うつもりは微塵もないわ。かくいう私も努力してるのよ、天才だ、なんて言われるけどね。……そう、私も努力してるのよ。『天才』って、ね。酷い言葉だと思わない?馬鹿、はまだ許せるわ、才能を否定してるだけだもの。でも天才という言葉は努力を否定するじゃない。私がどれだけ努力して良い成績を取ったって、天才だから、の一言でそれらはすべて消えてなくなってしまうのよ。同級生からも親からも、天才だと罵られる私の気持ち、あなたにわかるかしら?……たった一言でいいのよ。すごい、頑張ったねって、ほんの少しでも褒めてくれるだけで、私は救われるのに。私はただ褒められたいだけなのよ。どれだけ高い自尊心を持って、どれだけ自己承認したって、他人から認められなければ満たされないの。……だから、ね。いいでしょう?これで私は優等生じゃなくなるし、天才でもなくなるの。そうすれば、誰かに純粋に、褒めてもらえるようになるかしら?」


そうして彼女は、彼女の引鉄を引いた。

ぱん。

引鉄

すごい、頑張ったね。

引鉄

頭が良い女の子のはなし。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-08

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