遙かに見える上空都市
霞んだ青空に浮かぶ上空の都市は、今日も私を誘うようにそこにあった。
今日の空も、蒸気で霞んで見える。はるか上にあるあの町へは、きっと私の自慢の翼を持ってしても、たどり着くことはできないだろう。
何度かあそこを目指して、翼を広げ、上昇気流を捕まえて、飛んだことはある。でも、ある程度まで近づくと、いつも風が途切れてしまう。
風がなければ、私のこの翼も意味は成さない。その場所から見えるのは、緑で溢れた公園の、木々の先端と噴水のてっぺんだけ。
あと、子どもたちが不思議そうな顔をして、銀色の柵から身を乗り出して、私を見下げていたこともある。
手を振りながら何か言ってるみたいだったけれど、私がなんとかたどり着けたその場所までは、声が届かなかった。
ここは蒸気と歯車の町。むき出しの歯車はこの町を形成し、漏れ出ている蒸気は機関を動かせる。その歯車は止まることはなく、その蒸気は途切れることはない。
騒がしい町だと、私は思う。
この町よりずっと上空、地上から見ると両手ぐらいにしか見えないぐらい高い場所に、もう一つ町がある。
私たちのような地上の人たちは、その町を上空都市って読んでいる。当たり障りもない、そのままの名前。交流はない。
そこに人が住んでいることは知ってるけれど、話すこともない。誰かがやってくることもなければ、そこに行くこともできない。ただ一人の例外が、私だった。
私は、背中に大きな翼を生やしている。四枚の、純白の、巨大な翼で、自慢にしている。風さえあればどこへだって飛んで行くことができるから、旅が好きだ。
でも、故郷はこの町。生まれは知らないけれど、育ちはこの蒸気の町。三つぐらいから、この町で育てられた。いつもはこの町で運び屋をしている。
誰よりも早くその場所へ、文字通り飛んで行くことができるから、それなりの稼ぎになる。おかげで友達も多いし。
でも、この町の歯車の音は、嫌いだった。ウルサイし、危なっかしい。もしもそのむき出しの大きの歯車に触ってしまったら、ケガをしてしまうかも知れない。
巻き込まれて死んでしまったって事件も後を絶たない。
それでも止めるわけにはいかず、止めることはできないからカバーを付けることもできず、安全のためにしたことと言えば柵を付けるだけ。
それも小さいから、すぐ乗り越えることができる。勢いよく吹き出す熱い蒸気のおかげですぐにダメになるし、その蒸気も危ないし。
そんなこんなで危険が多くて、あまり好きではない。でもその場所に住んでいるのは、この場所しか知らない人たちがいるから。そして、私のその人たちが好きだから。
「無理なんだよな」
特に仲の良い友達が、この口の悪い男の子。茶色い帽子で隠れた、綺麗な金色で短い髪。
薄汚れた白い長袖のシャツに、動きやすそうで汚れの目立ちにくい、茶色のズボン。背丈は、普通の人よりも低い私よりも、さらに低い。
だからって子供扱いすると、すぐに拗ねてしまう。そんな、綺麗な青い瞳の男の子。
「無理だよ、あんな高いところまで」
自分の指先を口に含み、少し湿らせてから口の外に出し、その町を指差す。今日も風は、良い感じ。でも、この風ではあの場所へとたどり着くことはできない。
せいぜい、また前のように公園の端っこが見える程度か。
「嵐の時だったら行けると思うか?」
騒がしい歯車の音を背負って、その男の子は空を、その上空都市を見上げた。いつかあの場所にたどり着くことが、今のところの目標らしい。
その為に飛行艇を作っているって聞いた。私よりも高く飛ばすことができるらしい。
「嵐の時は危ないよ」
笑って答える。冗談だってことはわかっている。嵐の時になんか飛んでしまうと、すぐにバランスを崩して岩壁に叩き付けられるか、地面に落っこちてしまうか。
どちらにせよ、大ケガをしてしまうか、もしくは命がない。
「お仕事はどうしたの?」
その子の横顔が見えるように、視線を向ける。その子は、この町の工房で働いている。日用雑貨や、もう少し大きなもの。
例えば蒸気と歯車で動く乗り物なんかを作っている。もっと正確に言えば、作るお手伝いをしている。アシスタント、と言うのが正しいだろうか。
「休みを貰った」
綺麗な青い瞳で、茶色の帽子を片手で押さえ、私の方を見た。その目が、私は好きだ。
「私と話すために?」
少しの笑みを浮かべて、茶化す。
「そんなわけじゃない」
するとすぐに、その子はそっぽを向いてしまった。
「わかってるわかってる。この公園が、歯車の音からも遠くて、蒸気も薄いから、いちばんハッキリとアレが見えるもんね」
空を見上げる。あの町は相変わらず、その場所にある。
「……それに、静かに話ができるのは、ここしかないからな」
その子も風に飛ばされないように帽子を押さえて、また空を見上げた。
遙かに見える上空都市