ワルツなんて知らない
はぁ…と白雪姫は小さな悩ましい溜息を零した。プリス王子との婚礼を間近に控える白雪姫は憂鬱な気持ちになっていた。プリス王子との結婚が嫌な訳では決してなく、白雪姫は婚礼の儀式の後に開かれる舞踏会が憂鬱で堪らなかったのだ。
死んだ事にされ、七人の小人達とひっそりと森で暮らしていた白雪姫が今迄にダンスを踊った事など勿論無いのだから、舞踏会に憂鬱な気持ちになるのは至極当たり前の事である。
白雪姫の親友であるシンデレラは、白雪姫が憂鬱な気持ちになっている事に気が付いた。
「白雪姫どうしたの?もしかしたらプリス王子との結婚が嫌になった?」
「プリス王子との結婚が嫌だなんて!そんな事ある訳ないじゃない…だけど…だけど私ダンスなんて踊った事が無いから…だから婚礼の儀式の後の舞踏会が心配で心配で仕方が無いの」
「そうだったのね…可哀想な白雪姫」
「こんな事を相談できる友達は貴女だけよシンデレラ。ね、貴女は初めてチャーミング王子と舞踏会で踊った時どうだった?貴女もお姉さん達に奴隷の様に扱われて、ダンスなんて踊った事なかったんでしょう?」
「私は…」
シンデレラはチャーミング王子と初めてダンスを踊った時の事を思い出していた。白雪姫の言う通りにシンデレラ自身も、舞踏会やダンスなどという煌びやかなものとは無縁だったけれど、魔女の魔法で綺麗なドレスを着せられたシンデレラは、自分の想像以上に上手くダンスを踊る事が出来た。
「白雪姫、私と一緒にダンスを練習しましょう。舞踏会はワルツが定番だから、良い?私の手にあなたの手を合わせて、足はそうねリズムに乗せてクルクル回るの。やってみましょう」
シンデレラはヨハンシュトラウス二世の春の声を口ずさみながら、白雪姫の手を取った。
「リズムに乗るのよ、白雪姫」
シンデレラのアドバイス通りに白雪姫は春の声のリズムに乗ろうとするのだけれど、脚がもたついて白雪姫の脚を踏みまくり、遂には二人共倒れそうなってしまった。
「やっぱりダメだわ…私にはダンスなんて無理よ。こんなんじゃ舞踏会でプリス王子に恥を掻かせてしまうわ…」
「白雪姫…」
シクシクと泣き崩れる白雪姫をシンデレラは優しく抱きしめた。ダンスにも才能が必要なのだと白雪姫は感じていた。天性のリズム感がシンデレラにはあった。自分にはその才能が哀しい事に無い。白雪姫が得意なのは七人の小人達に読み聞かせていた詩の朗読くらいなのだから。
「白雪姫、この事をプリス王子に話して、舞踏会を中止にしてもらうしかないわね。婚礼の儀式だけにしてもらって…」
「そんな事出来ないわ。プリス王子はとても楽しみにしてるのよ。舞踏会で皆んなに私の事を紹介出来るのを」
「だけど…」
「ううん、舞踏会を中止にするのではなくて、婚礼を中止にするべきなのかもしれないわね…私はプリス王子に不釣り合いなんだわ」
「白雪姫、絶対にダメよ!婚礼を中止するだなんて!」
お互いに辛い思いをして今迄生きてきて、既にチャーミング王子との婚礼の儀式を終えて幸せになったシンデレラは、白雪姫にも絶対に自分と同じ様に幸せになって欲しかったのだ。
「白雪姫、私に良い考えがあるから、だから安心して。ね?」
不安を抱えたまま、けれどシンデレラの言葉を信じて白雪姫はプリス王子との婚礼の儀式の日を迎える事になった。華々しい婚礼の儀式を無事に終えた白雪姫は、プリス王子と共に舞踏会の会場へと移動する馬車の中で胸が張り裂けそうだった。ダンスを踊らなければならなくなったらどうしよう…皆んなに笑われてしまう。プリス王子に恥を掻かせてしまう…そんな白雪姫の手をそっとプリス王子が握ってくれた。
「白雪姫、安心して。今日これから執り行われるのは舞踏会では無く、君の詩の朗読会だ。君の魅力を皆んなに知ってもらうのにはこれが一番だとシンデレラから言われたんだ。本当にそうだと思ったよ。君の想いに気付く事が出来なくて、辛い想いをさせてしまって本当に済まなかったね」
それを聞いた白雪姫はどの詩を朗読しようかと胸が踊った。
ワルツなんて知らない