星空の追憶
星空の追憶 プロローグです。高校生の青春を書いていきたいと思ってます。
眠
「はぁ…はぁ…はぁ…」
いつもなら何てこともない自転車のペダルがなぜだか今日だけは、重く黒光りする鉛の塊を、いくつもぶら下げられているかのような、異様なほどの重量を擁していた。
ガシャ―ガシャ―ガシャ―ガシャ―
風を切る音と、ペダルを勢いよく踏みこむ音だけが聞こえてくる。田舎の夏の一本道。太陽が照らしだす新緑の大地と、細い畦道の続く田圃は美しい碧の色に染まりきっていた。
だが、青年は前だけ見ていた。そんなものに気を取られている余裕は、今の彼には微塵にもなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ようやく家の前までたどり着く。
乗っていた自転車を放り投げるように降り立つと、制服姿の青年はすぐに、自分が住む家の向かいに面した一軒家に振りむいた。
家の前に、邪魔をするかのように何台も止まっている黒い車の脇を、もつれた足が転ばぬように、しかし今までにないほど早急に駆け抜けていき、玄関の扉を開ける。
軒先と同じように、何足も並べられ、地面を黒く覆い尽くしている黒い靴の玄関の隅に、蒼いスニーカーを脱ぎ置いて、青年はその家のなかに入っていく。
歩を進めるたび、心臓の鼓動が速くなっていくのが怖いほどに分かった。
青年は、『仏間』に続く、ガラス張りの戸を開けた―
シャー
そこには数人の人間がいた。ほとんどどの人も見慣れる顔ぶれだったが、皆一様に黒い装束―『喪服』を着つけていた。
そんな真っ黒い空間のなかで、奥の部屋の中央に、汚れひとつない、時計草のような純白の『棺』が、横向きに置かれてあった。
「…っ!」
その棺に、青年は近づこうとする。
しかし、忽然と、頑強な鉄鎖に巻き付かれたかのように、半身に繋がった二つの足は、途端に言うことを聞かなくなった。代わりに、こげ茶の瞳孔の縁より、透明のものばかりがぼろぼろとこぼれ落ちてきた。
「そんな…!」
畳の上に四つん這いになる。手足は、いまだ動かない。だが、動かねば、ならなかった。
それが、俺の、最後の懺悔に、なるのだろうか。
みっともなく足を引きずった。獣のように両手を伸ばした。だけど、それで彼女に近づけるのなら、傍目など、もはやどうでもよかった。
永遠とも思える長かったような時間が過ぎ、ようやく青年は、彼女の横たわる、白い聖櫃へと、その手をかざすことができた。
「月風…ルカぁ…。どうして…どうして…!」
彼女は、血の気の引いた雪のように白い顔をして、すやすやと眠っているように見えた。
薄いこげ茶の、少し釣りめの瞳。小さく整ったきれいな小鼻。咲き始めの薔薇の花を思わせる桃色の唇。そして、星空のような漆黒色のツインテール。その顔を見た瞬間、最後に見た彼女の顔が、一瞬にして思い返された。
「俺は…何にもできなかった…ごめんな…」
その時、ふいに全身の力が抜けてきた。自重に流され青年の身体は、仰向けに倒れる。
―なんだ…どうした
俺も…死ぬのか?だが、もしそうだったとしても、本望だった。それで彼女が浮かばれるんだったら、そして彼女のもとへ行けるんだったら、今すぐにでも死んでしまいたい気分だった。
周りからの音も遮断され、目の前は黒い暗夜のみが残った。
そこで、何かが光り輝いた。
―星、か?
流星群のようなその光たちを見ていると、彼女とともに過ごした日々の記憶が、鮮明に蘇ってきた。
―あの時も、こんな星空だったな…
走馬燈のような煌きのなかで、青年は、あの一年の思い出を、静かに追憶した。
星空の追憶