「無限の旅人」「世界の旅行者 一つの旅行記」
長い長い一歩を踏み出すまでのエピローグ。
一人の男の一つの旅……。
○第一話一歩目 ~旅の道中は自室にて~
一つの世界がある。
そこは人間が日常生活を送る普通の世界。
否、普通の世界というのは間違いか。普通というのは世界の分だけある。
巨大な人型ロボで戦争している世界。獣型の機械生命体と人が共に生活する世界。
悪の組織とヒーローが戦いを繰り広げる世界。または悪とヒーローがぐだぐだ生活する世界。
一匹の小動物が少女を伝説の戦士にする世界。少女達が弾幕を打ち合いごっこ遊びをする世界。
さまざまな世界があり、様々な常識がある。
その世界にいる者にとって、それは当たり前であり否定できるものではない。
世界が違えばそこに住む者たちの生活も違う。
戦闘に備え常に心身を鍛えているも者。優雅にのんびりと日常を送る者。
特に何をするわけでもなく、ただ自堕落に生活を送るのもいいだろう。
そう、その世界は百あれば百、億あれば億の世界と登場人物があり、物語は語られるのだから。
ならば、その百や億の無限に広がる物語を旅できる者が居れば……。
その人物は様々な世界で何を見て何を考えるのだろう。
面白いと考えるのか、はたまた疲れてしまうのか。
それはその者しかわからないだろう。
その無限の旅人にしか。
それを知りたい誰かが居る。その答えを知りたい誰かが。
誰かが知りたいからこそ彼は…無限の旅人は永遠に物語を彷徨い続ける。
疲れたら音を上げればいい。もうこの物語を綴じたいと。
だが、その時誰かは大変残念がるだろう。君の物語を誰かは楽しみにしているから。
「ははは、そんな怖い顔するな。
君がそんなこというはずがないのはこちらが知っている。
興味がある限り旅を続けるのであろう?
さぁ、答えを見つけてきたまえ。
次の旅先はあちらだ。
その世界でその世界の答えを私に、おれに、自分に、わっちに、俺に、我に見せてくれ。
なぁ、[影城ぎあ]よ!」
○第一話一歩目 ~旅の道中は自室にて~
夢を見ていたような気がする。
いつも私は同じ夢を見る。誰かが語りかける夢。そのあとは決まって外の世界は歪み、変わっていく。
また、次の新しい世界へ移動するのだ。見知った世界か、それとも見知らぬ世界か。
どうやらパソコンのキーボードに突っ伏して寝てしまっていたようだ。
額や目がヒリヒリする。おそらく型がついていることであろう。
体を起こし、窓の外を見ると世界はいつも通りの歪んだ鉛色の世界になっていた。
銀紙をクシャクシャに丸めて伸ばしたような幾何学模様の風景。
「またか…。次はどこだろ」
ぼそりとつぶやく。楽しそうな声を出したつもりだが寝起きのかすれた声がでた。
立ち上がり寝ぼけた目をこすり酷い顔を鏡に映した。
決して美形と言える顔立ちではないのは知っているが、寝起きは最悪だ。
寝癖と寝ぼけた顔のコンボで十人が十人笑う顔になっている。まるで実験に失敗した博士である。
霧吹きで水を拭きかけ櫛で髪をとかす。肩まで伸ばした黒髪を丁寧にすいていく。
硬くクセの強い髪質は櫛と頭髪の天敵だ。絡まり、プチっと綺麗な音を出し数本抜ける。
「ふぐっ……。」
この痛みは慣れることはない。数瞬顔をしかめ手が止まる……。
次に眉を整え、ヒゲを剃り……だいたいの身だしなみは完了だ。
最後に引き出しから目薬を取り出し……目に当てる。
目をしばたかせながら両の目を鏡に写し確認する。うん、綺麗な赤い目である。
自分自慢のチャームポイントであるこの赤い瞳。そして、誇り高き私の自慢の目である。
目も潤ったところで先ほど座っていたクッションに座る。そこで周りを見渡してみた。
部屋はいつも通りの殺風景な部屋であった。景色は歪んでもこの部屋だけはいつも変わらない。
座っている場所はいつも通りだ。目の前にパソコンがあり、座るクッションもいつもの座り心地である。
左横にはずらりと棚が並んでいる。積み重なった棚には様々な場所で拾ってきた大切なものを収めている。
他の人から見ればガラクタのように見える品もある。小瓶に入った目に見えないものもある。
だが、それはどれも命と同等に大切な品だ。私はこれらの重要性を全て覚えている。
しかし覚えのない棚がひとつ目に入る。布のかかったメタルラック…。
あんなものあっただろうか。
「にゃーん」
そんな考えは上から降ってきた可愛い鳴き声にかき消された。
右にある棚の上から飼い猫が見下ろしている。
綺麗な黒い毛を毛づくろいしながらこちらに向けて鳴いている。
今日は一段と眠そうにこちらを見る。どうしたのだろうか。いや、答えは簡単である。
おそらく寝ぼけているのであろう。薄目をこちらに向けながら一つあくびをし、こちらに語りかける。
「うにゃーん」
「ははは、そう言うなっての。眠いならもうちょっと寝てろ」
やはり猫もヒマだそうだ。かれこれ半日この昼なのか夜なのかわからない世界に閉じ込められている。
後ろにある時計は0時を指して動かない。まったく、仕事をしてほしいものである。
時を刻んでこその時計なのだから。
おもむろにパソコンの電源を入れてみる。
うん、動く。
この状況でも働いてくれるこいつは偉い。私と違って働き者だ。
「あら?ぎーくん、起きたの?」
左にあった謎の布のかかったラックから声が聞こえた。私はまだ寝ぼけているのだろうか…。
可愛いらしい声でラックが語りかける。
「ねぇ、ぎーくん?起きたの?」
メタルラックから同居人の猫よりも可愛い声がした。透き通るような男なら思わずドキリとするような声。
私はそちらの方に向かい合い大仰な素振りで返した。
「ん、私はまだ家具が話す世界には行ったことがないんだが…。どこの家具さんでしょう?」
「あらあらお寝坊さん♪夫婦になろうって言ってくれたのは嘘なのかしら?」
布のラックがひらひらと扉を開けるように開いていく。
その開かれた中はまるで一つの部屋のようになっていた。
それを見て思い出す。そのラックがなんなのか。
昨日徹夜して考え組み立てた大事な人用の部屋なのだと。
「嘘なわけないよ。可愛い可愛いお嫁さんだ。な、あやめ♪」
「ふふ♪今コーヒー淹れるわねぇ。あ、それと」
「ん?どうした?」
あやめと呼ばれた少女は振り返り私を見た。
そして人差し指を口元にあて可愛らしくささやくように言った。
「よーびーかーた♪」
「ははは、あっちゃん♪」
彼女はあやめ。美人で器量よしの文句の着けどころのない最高の嫁だ。
綺麗な赤い目を爛々と輝かせ、短く明るい茶髪を揺らしながらポットに駆け寄る。
その可愛らしい姿を見れば誰もが惚れるだろう。
だが…彼女は人間とは違う。私も初めて出会った人だった。
彼女はそう、人形。人の、私から見たら1/3の大きさの[人形少女]であった。
大きさにはさほど驚きはしなかった。
なぜなら[小人]と呼ばれるさらに小さい手のひらサイズの人にも会っている。
おそらくもっと小さい人もいるんだろうなと思っていたほどだ。
だが、会う人間全てに言える共通点。
それは暖かく、血の通っている人間なのだ。
ゾンビや妖怪など一部例外はあったが、最初から血の通っていない人と出会ったのは初めてだった。
だが、私は惚れた。彼女の笑顔に、心の温かさに…涙に…。
それに惚れて嫁にした。誰がなんといおうとも嫁にした。
出会ってひと月も経っていなかったが、あやめは承諾してくれた。
いや、目的が果たされるまでは仮夫婦といったところだが……それでも夫婦以上の仲の良さだ。
夫婦になろうと言ったのがつい先日の出来事。今までの旅の中で最も大事な記憶……。
これ以上語り始めると長くなるのでまた今度ゆっくりお話しよう。
あやめがお盆にカップを乗せてトコトコ歩いてくる。
少し小さめの可愛らしいカップだ。さすがに人間用は重いのだろう。
「はい、あやめ特製スペシャルコーヒー♪」
「ありがとう、あっちゃん♪」
小さいカップを貰いコーヒーを飲む。
一口サイズだが、コーヒーの温かさよりあやめの暖かさで心が満たされる。
お盆を片付けヒザにあやめが乗ってくる。
相変わらず軽いが、きちんと可愛らしい重さがある。
あやめ一人分の重さだ。
「にゃー……。ふぅー……」
「ははは、嫉妬すんなよなー」
上から猫の抗議の声があった。自分の領地を取られた気分なのだろう。
だがもうここはあやめで満席だ。居心地のいい居場所。
「ねぇ」
とあやめがこちらを振り返り、語りかける。
「本当に別の世界に着くの?」
それは素朴な疑問だった。それは至極単純な疑問。
次元を超え、時間を超え、常識さえも超え、世界を移動する。
そんなことが可能なのかと。
元々あやめは人形達が動いて話すのが[普通]の世界で生活していた。
それが何かの弾みでそれが[普通ではない]世界に来てしまったのだ。
私はそこから彼女を連れ出し、元居た世界へ帰るため旅行中というわけだ。
そして元いた場所に帰り……その世界にある報告をするために一緒に旅をしている。
「言ったろ?ちゃんとあっちゃんの世界へ連れて行くって。そこで一緒に住もうってさ」
あやめは相変わらずにまだそれを信じてはくれない。
それもそのはずだ。普通、世界を移動できるなんて話すぐには信じはしないだろう。
様々な世界を旅行している人間が居て、それに随伴できるなんて……。
「私は世界の旅行者ぎあ、[影城ぎあ]だ!この風景が晴れたらきっと信じれるよ」
いつつくかもわからない終着点。まだ風景は鉛色だ。
人間一人と人形少女一人、そして猫一匹の旅の始まり。
だが、そろそろ着いて欲しいものだ。この風景は暇すぎる……。
あやめとゆっくりしていると灰色の世界が晴れてきた。いつもの頃合だとそろそろ次の駅といったところだ。
次の世界がどんなものか想像するだけで胸が高鳴る。
どういう人が居るのだろうか、どんな食べ物があるのだろうか。
人々がどういう世界を生活しているのか想像するだけでわくわくしてくる。
だがしかし、楽しいことばかり考えてもいられない。別の考えなければいけないこともある。
そう、楽しい始まりばかりが旅ではない。悪い始まり方も確かに存在するのだ。
到着した先がいきなり宇宙室で危なく外へ出てしましそうなことがあった。
戦争のど真ん中から始まった世界もあったっけ……。
とりあえず、一歩動いたら死に繋がるような場所は御免被りたい。
そう考え、今まで体感してきた対処できる懸案事項を頭の中で整理する。
「ねぇ、ぎーくん。外晴れてきたけど、そろそろ[別の世界]っていうところ?」
考え事をしていると、ひざの上からあやめが可愛い声で話しかけてくる。
外は歪み7分青空3分といったところになってきていた。早いところ懸案事項を整理しなければいけないだろう。
今までは一人旅であったが今回の旅からは同伴者が居るのだ。一人だけの懸案事項では足りない。
思考を回し……どうすれば安全かを考える。
今回の旅から一緒に旅をするあやめを安全に楽しく旅させるのだ。思考を回すことに苦労はない。
「うん、そろそろ着くよ。着いたら少し驚くかもしれないけど、私にしっかり掴まってなよ?」
そう言うと少し疑問が残っているようだが素直にうなずいた。
あやめは一緒に行動すると決めた時……そう、夫婦になった時から私のことを信頼してくれている。
この従順さがとても可愛い。良くも悪くも彼女は何でも受け入れ信じてくれる女性なのだ。
その従順さのおかげで深く彼女は傷ついたのだが……。
「ぎーくん?どうしたの?」
「ん、あ。珍しく考え事かな?」
暗い話は無しだ。到着前に暗い考えを巡らした時に限って悪い始まり方をする。
彼女の不運を心の片隅にしまう。
そういえば、と思い返す。もしできるなら到着したい世界のこと。
あやめがもと居た世界だ。
人形達が普通に話して歩いている世界。
そこにたどり着き、一緒に生活するのが私にできたこの旅の目標だ。
けれども……だ。
「軽く話したと思うけど、あやめの住む世界に到着できるかどうかは万分の一億分の一。
もしかすれば、もっともっと低いかもしれない世界。
すぐにたどり着けるかどうかは……。」
少し不安げな態度をとっているとあやめが目の前に来て人差し指を私の口元に当てた。
背伸びをして一生懸命私の唇に指を当てる仕草が可愛い。
「だいじょうぶ。前にいた世界よりはマシだろうなって思うよ?それに……」
あやめは顔をそらして照れくさそうに言う。
「ぎーくんと居れるなら自分の世界にたどり着けるまでどこでも幸せだよ」
その言葉で心につかえてたものが取れた。
そうか、幸せなのか。
少し前の暗くなっていた自分を殴り飛ばしたくなった。私は何を考えているのだろう。
深呼吸してあやめに視線を合わせる。自分の炎のような赤い目を爛々と輝かせあやめを見つめた。
「ふぅ、嬉しいこといってくれちゃって。ありがとう♪」
最高の笑顔でささやく。彼女も最高の笑顔で返してくれた。
不安を拭い去り、考えていた懸案事項を、大事なことを彼女に話した。
到着した時のこと、そのときの注意点を大まかに。こればかりは命に関わるから。
頭にある自分が経験した全ての懸案事項を話せば長くなる。
一度に覚えきれるものではないので単純で重要な部分だけ話した。
「まず、到着したらいきなり見知らぬ場所に突っ立ってる。
なのでまずは自分の周りの現状把握すること」
「え?いきなり見知らぬ……?」
これだけでは確かに混乱するだろう。大抵は何かの乗り物に乗り、その乗り物から下り旅は始まる。
そうして目的地の場所を調べ、そこから行動というのが[普通]であろう。
だが、この世界旅行の[普通]は違う。変な始まり方をするのだ。
いきなりこの部屋から放り出され見知らぬ道端に立っていることがほとんどなのだ。
「まぁ、体感した方が早いからな。とりあえず頭に入れること。それと……」
と……、先ほどのいきなり宇宙室に居た話や戦争のど真ん中の話をしようとしたが……やめた。
それではこんどはあやめが不安がるだけだ。旅の始まりが危険な場所かもしれないなんて。
だがしかし、いきなり危ない状況がある恐れがあるのは事実。
なにかいい話し方を考える。
少し考え……この言葉で落ち着いた。
「どこも楽しい興味が沸く世界だ。だが、どこにだって危険はある。
けど大丈夫。私が守ってみせるよ。だから私の側から離れるな」
そういうとあやめは頬を赤らめた。可愛い嫁である。
どんなに平和な世界でも危険はある。
落下物があればそれに潰される危険性、転んで床に頭を強打する危険性。
どんなことが危険に繋がるかわからない。
さらにこんなにも可愛い女性だ。可愛い上に小さい。どの世界でもさらわれそうなほどの可愛さだ。
危険の数は数知れず。簡単に守るといってもそう簡単なことではないだろう。
だが、私は嘘を付かないことを信条にしている。
言ったことは必ず守る。そういう男になると私は決めたのだ。
この自分のルビーのような赤い目に、真っ赤に燃える赤い目に誓ったのだ。
「大丈夫、私の絶対は絶対だ♪」
「守ってね、ぎーくん♪」
すっとお互いの唇を合わせる。甘いひと時。幸せな旅の始まりだ。
と……いつも世話になっているこの部屋の住人でありこの旅の重要なやつのことを忘れていた。
見るとカリカリとエサをほお張っている。じっと見つめているとこちらを冷たい視線で見つめ返してきた。
「すまんすまん、またよろしく頼むな」
「……フンッ」
鼻息で返された。
不機嫌そうだが……おそらくだいじょうぶであろう。
この猫が仕事をすっぽかしたことはただ一度とない。
「猫さんに何を頼むの?」
「あー、これまた話せば長くなるんだが……この子はこの部屋の管理人でな重要なお仕事があるんよ。
世界についてからきちんと私と会ってくれないと色々と不便な思いをしてしまう
まじ頼んだぞー、猫」
「……(フリフリ)」
尻尾を一度往復させてそれに応える猫。
いつも思うのだがどうしてこいつは私に愛想がないのだろうか。
「へぇ。頑張ってね、猫さん♪」
何事も深くつっこまずに信じてくれるあやめ。私のことを信じてくれる優しいこの心は本当に助かる。
あやめは猫の喉をなでながら猫に微笑みかけている。
なんとも和やかな光景である。猫も喉を鳴らしながら嬉しい顔と泣き声をあげた。
……こいつが私にこんな声を出したことは一度とないことは心の奥にしまっておこう。
さて、そうこうしているうちに景色はほぼ晴れた。
そろそろ次の駅に到着だ。
猫と戯れているあやめをそっと抱きかかえる。
胸にそっと抱きしめる。
「え?え?どうしたの?ぎーくん」
「そろそろ新しい世界での旅の始まりさ。しっかり掴まってろ」
そういうと私もしっかりとあやめを抱きしめた。
初めてのあやめとの旅の始まり。楽しいはずの新しい世界への始まり。
そう、いつだって私が楽しくないと思った世界はない。
そこにいる人、そこにある風景、そこにある食べ物。
わくわくする。楽しくなる。
それに今回はあやめという最高の同伴者も居る。
わくわくする。ドキドキする。
と……。
「え!?なに!?」
「いつものことだ。目、閉じるのが懸命かな?」
景色が歪む。
激しい目眩がする。
上下がわからない。
それどころか明暗が激しく入れ替わる。
初めてならば見ないほうがいい光景だ。
「ぎーくん……っ!」
ぎゅっとあやめの小さな手が私の胸を掴んでくる。
怖いはずだ。
私は抱きしめるあやめの体を少し強く抱きしめる。
そして、囁きかける。
「だいじょうぶ、言ったろ?守るってよ」
そういうと、あやめはコツンと私の胸に頭を当てる。
ちゃんと守ってよ?という意思だろうか。
どうやら強気に意見を言うのは苦手なようだ。まったく可愛い限り。
歪んだ景色も、目眩もだんだん落ち着いてくる。
どうやら始まりが見えたらしい。
「どうか、できればあやめの世界でありますように」
移動できる世界は気まぐれだ。
あやめの言う[普通]に人形が歩いて話す世界に移動できるとは限らない。
運良くあやめの世界につけばいい……。
そう願うとあやめはそれに付け足した。
「もし別の世界なら、楽しい思いで作って次の旅にいきましょう♪」
そうなのだ。今まで一人で旅をし、数多くの思い出を作ってきた。
これから先はあやめと思い出を作れる。
そう考えるとまたわくわくが止まらなくなってきた。
「そうだな。ああ、そうだ。あやめの世界であっても別の世界でも思い出いっぱいつくろう♪」
そういうと、辺りが明るくなり新たな世界が広がった。
旅の始まりである。
○第一話二歩目~旅路のお出迎えは強面オジサン!?~
時は深夜0時。
ネオンが点滅し、繁華街が活気付く時間。
こんな時間でも人通りは耐えない。コンクリートの地面をカツッカツッと鳴らし大勢の人が通る。
仕事帰りの人、そこで働く人。様々な人や言葉が交錯する。
仕事帰りの疲れた人たちを胸元を大きく開けた女性が声をかけまた一人また一人店へ連れ込んでいく。
まるで疑似餌にかかった小魚である。気持ち良さそうな顔である人、だが財布を確認し落胆した人が出てくる。
そんな顔をした人たちは一斉にある場所を振り向いた。
甘い誘い声が溢れるこの夜の街に不釣合いな怒号が響き渡っていたのだ。
「まてぇ!まてごらぁ!!」
街中に男達の大声がこだましていた。
大声を上げる男達の人数はざっと数えて10名ほど。かなりの大人数だ。
見たところ情けなさそうな男はいない、全員筋肉隆々の屈強な男達ばかりだ。
キッチリとした黒のスーツにそのはちきれんばかりの体を押し込めている。
黒い帽子に黒のサングラス・・・・・・。一目見ただけでまともな職業の人ではないのが分かる。
男達は通行人を構わずその巨体で吹き飛ばしながら目標を追いかけていた。
一体その男達はそんなに必死に何を追いかけているのだろう。
そんな男達に狙われているのだ。大方の予想はつく。
借金に借金を重ねてしまい闇の金融に手をつけてしまった者か、はたまたその職業の長の女性に手を出したか。
どこかのB級映画さながらの展開を予想してしまう。
だが、視線をその男達の先に目をやるとそれは違うというのがすぐに分かる。
追いかけているものは人の大きさよりかなり小さい。
猫だろうか、それとも犬だろうか。そのくらいの大きさの動物を追いかけている。
しかし、猫も犬も二本足で走るであろうか。
答えは否。
目をこらして見ればそれは・・・・・・女性であった。
小さいがスタイルのよい女性。ざっと人を三分の一ぐらいに縮めた大きさだ。
体は小さいがその速さは尋常ではなかった。
人という障害物がなければ競輪選手の自転車同等の速さ、大きさを考えなければ自動車同等の速さはあるだろう。
人を避けながら、さながら忍者のような身のこなしで街を風のように走る。
男達が無理やりアメフトのタックルのように通行人を吹き飛ばす走りとは対極である。
その女性は綺麗な長い銀髪を揺らし息を切らせて走る。必死にその男達に捕まらないように。
薄暗く顔はよく見ないがおそらく端正な顔立ちであろう。
顔は見えないが一つだけ・・・・・・綺麗な真っ赤な目だけがよく見える。
綺麗な綺麗な宝石のような真っ赤な目。
その小さな女性は目の前に大きなポリバケツを見つける。すかさずそれに勢いよく回し蹴りを当て後方に蹴飛ばした。
相当な重量のあるバケツのはずだが軽がるとまるでサッカーボールのごとく飛んでいく。
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
後ろを付いてきていた男の胴体に大きくズッシリと重いバケツが激突。屈強な男が数メートル吹っ飛んだ。
その後ろを付いてきた男達も巻き添えを食らう。折り重なり倒れる男達。
筋肉のハンバーガーとなった男達は全員苦悶の表情を浮かべている。
「少し寝んねしやさんせ」
彼女は細い目をさらに細め口元に手を当て投げキッスを送る。
女性はつぶやくと、妖艶な笑みを浮かべ走り去った。
そのスピードはまさの風が駆け抜けるような速さであった。
折り重なり倒れた男達は女性を見送るより術がなくただ悔しそうに叫び声をあげていた。
「おどれぇぇぇぇおぼえてろぉぉぉぉぉぉっっ!!」
不思議な小さな美女は男達をまきビル屋上の水飲み場で喉を潤していた。
相当走ったのだ、疲れもする。
ごくごくと手のひらに溜めた水を飲み干す。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。彼女がたたずんでいたのは先ほどの男達をまいたすぐ真上、すぐ側のビルの屋上であった。
水を飲み干し、さらに敵をまいて満足したはずの顔は先ほどの余裕のある顔とは違っていた。
少し暗い表情、不安が包み込むそんな表情であった。
女性はポツリとつぶやく。
「まったく、主様よ。汝はどこへいけば会えるのかや……」
不安が覆い尽くす声色。不安で燃える赤い目に涙が滲む。
はっと、女性はブンブンと頭を大きく振る。一緒に綺麗な銀色の髪も振られる。
服の袖で涙をふき取り女性は空を見上げる。
「何を弱気になっとる!大丈夫じゃ、いつか会えるはずじゃ。そのために何度も[世界を旅]してきたんじゃから!」
そう言うと女性は立ち上がる。自分の唯一覚えている「主様」を見つけ出す為に。
当てのない不安しかない旅、だが何度もめげずに歩んできた。
その不屈の経験が彼女を突き動かす。ふと、ビルを見下ろしてみた……。
なにやらまた騒ぎが起きているようだ。その騒ぎの中に……彼女の細い目を見開かせる姿があった。
「そう、目的はそろそろ見つかるはずだよ?
今回の、これからの目標がね。
そろそろ出会えるはずでさ。
さぁ、もう1人の世界の旅行者よ。
見つけ出し、物語を紡いでくれたまえ」
○第一話二歩目~旅路のお出迎えは強面オジサン!?~
目を開けるとそこは繁華街であった。
ネオンライトが眩しく光り、バニーガールや煌びやかな衣装に包まれた美女が客引きをしている。
疲れきった顔の大人たちは吸い込まれるように店に取り込まれていく。
そこには少し場違いな丈の長いコートを羽織る私が一人……いや、正確には私と右腕にすっぽり収まった小さな人形少女あやめが一人佇んでいた。
「ここは……そうか今回の世界は楽園か!」
世界に降り立った私は素直な感想を口から紡いだ。
私はその赤い目を爛々と輝かせ周りを見ている。
そう、決して女性に目を奪われているわけではない。
これは世界に降り立った後の重要事項なのだ。周りをよく見て危険が無いか確かめる。
しかし……こぼれんばかりのはだけた胸元、ちらりと覗く太もも。絶景である。
と、周りに目を奪われていると胸元がキューと痛く締め付けられる。
そうか、これが恋かと勘違いしている私は、それが物理な痛みだとすぐに分かった。
洗濯バサミで皮膚をつねるという表現が適当だろう。
うん、すごく痛い。
「痛い痛い痛い痛い……。あっちゃんまじやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ふんっ」
あやめが胸をその小さな手で掴んでいたのだ。
右腕ですっぽり抱えられるほどの小さな人形少女。
当然あやめの手もそれ相応の大きさなのだ。その手で掴まれれば洗濯バサミよりも小さく刺さるように痛い。
手を離し、あやめは怒った口調で口を開く。
「浮気者は感心しませんっ!」
一瞬言い訳しようとも思ったが……そういう往生際の悪いことは私は嫌いだ。
「ごめんなさい、もうジロジロしません……。じーーーーーーーーーー」
じー、と声を出しながらあやめを見つめる。
あやめの綺麗な短い茶髪、優しい雰囲気の眉毛、綺麗な宝石のような赤い目、猫のように可愛らしい口元。
その顔をじっと見つめているとだんだんと頬が赤く染まっていく。
まるでお人形さんのようだ……と、あやめは人形であった。
それを忘れるくらいに見た目も中身もただ小さい人なのだ。唯一変わっているといえば軽いことぐらいか……。
さすがに視線に耐えられなくなったのかあやめは視線をそらした。
「もう、ずるい。……けど、鼻の下伸ばしてあちこち見るのはヤメテね?かっこ悪いから」
どうやら鼻の下が伸びていたらしい。それは情けない、反省だ。
さて、イチャイチャタイムもその辺にしておき現状把握だ。
どうやら生活している人間は普通の人間のようだ。
言語も聞き覚えのあるもの。話すのはたやすい。
だが……、見渡してもあやめのような人形少女は誰一人としていない。
「ここはお前の世界じゃないみたいだな」
「うん……」
どうやらそのようだ。あやめの顔を見てより確信した。
その顔には新しい世界への興味よりも落胆した表情が大きく出ている。
あやめはポツリと言葉を搾り出した。その声は小鳥が鳴くようにか細いもので……。
「私がいた世界はね、人と人形が対になって行動してるの。だから一目見ただけでもここは違うって分かる」
あやめ少しずつ話し出した。うつむいて表情を見せずに……。
これまで自分の世界についてなかなか話さなかった彼女が……自分の世界の話を少しだけした。
あやめの世界では人間一人に人形一人。それが一対になり行動している世界であるらしい。
それが普通で当たり前の世界。二人で協力し、生活する世界。
周りを見渡せば人はカバンなどは持っているが、私のようにあやめのような人形を抱いている人はいない。
それを見ればこの世界は違うというのは確実だ。
一番最初から当たりということはないとは思っていたが、あやめの表情をみると残念な気持ちが高まる。
「また次がある。今回はこの世界の旅行を楽しもうよ」
元気付けようとあやめに問いかける。私の大きな指で目元を拭う。
優しく、その可愛い顔を傷つけぬように……。
少し間をおいてあやめは顔を上げた。その顔には微塵も悲しみは残っていなかった。
「言ったでしょ?どんな世界でも思い出作るって♪」
元気にそういうあやめ。その顔にはこの世界での今後への興味が溢れていた。
だが、その言葉の後につけたした。
「けれども、ここはちょっと私は嫌かな?早くどこか別の場所にいこ!」
そう、ここは女性にはちょっと不愉快な場所であろう。
男の欲望の塊のような繁華街。少し路地を外れればまた別の雰囲気の場所があるだろう。
そこでこの世界について調べて、この世界でやることのヒントも探ればよし。
ゆっくりとこの世界の変な部分を把握すればいい。この世界での[普通]ではない部分を・・・・・・。
そう思った矢先の出来事だった。
「おんどりゃ小僧!ちょいと待ちぃぃやっっ!」
ドスの利いた声に呼び止められた。
2mを軽く越す身長にそれにお似合いの筋肉。
その巨体を黒いしっかりとしたスーツで包んでいる。
黒い帽子を被りサングラスをかけているため顔はよくわからないが……見えなくても強面だと分かる。
正直関わりたくない類のオジサンであることだけは分かった。
「そこのお人形しゃべってなかったかいぃぃ?おぉ?どうなんや?」
顔が近いし息が臭い。
そんなことを口に出せるわけも無く、少し思考を回しすぐさま思いついた言葉を口に出した。
言葉をひねり出すのは大の得意だ。
「腹話術です。上手いでしょう?」
上等手段だと思ったが、この強面オジサンはすぐに納得してくれなかった。どうやら馬鹿ではないらしい。
あやめに顔を近づける。ずいと……その怖い顔を近づける。
あやめは必死に人形のそれをまねた。動くことなく、表情を崩すことなく。
だが、確実に視界に入るその怖い顔に耐えられなかったのだろう。
涙がすっと頬を伝った。
「おんどりゃ!これのどこが人形だっがッッッッッッッッ!?」
「悪いね、強面オジサンッ!」
その涙を見て私が耐えられなかった。
思わず出た拳はあやめに近づけていた顔にアッパーをお見舞いした。
振り上げた腕と同時に羽織っている長いコートもひらひらとなびく。
まったく、私の悪い癖だ。考えることよりもすぐに感情が体に出てしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!怖かったよぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
すぐにあやめが泣きついてきた。相当怖かったらしい。
その泣き声はより私を奮い立たせる。泣いてる嫁のためならこんなオジサン怖くもなんとも無い。
と、自分を奮い立たせた矢先、視界がいきなり地面を見ていた。
どうやら足払いを食らったようだ。
それもそうだ、こんな屈強なおっさんがただの一発で倒れるわけは無い。
前のめりで倒れそうな体……。あやめを抱いている右手は使えないため左手で地面を掴む。
その反動を利用して左手を軸にくるりと一回転し逆立ち。
ほいっと左腕を屈伸し跳ね、元の体勢に戻す。ふむ、我ながら10.00と言ったところか。
立ち上がるとオジサンを睨みつける。その曲芸まがいの出来事にオジサンはサングラス奥の目を丸くする。
少し怯みながら、だがその本職を忘れさせない大音量の声でこちらを威嚇する。
「おんどりゃ!何してくれとるんじゃボケェ!」
オジサンは先ほど以上に怖い顔になっていた。
だが、少し足がふらついている。どうやら効いてはいるようだ。
もう一、二発入れれば倒れてくれるだろう。
だが、気にかけなければいけないことが二つもある。
「ぎーくん……」
そう、不安がり胸の中でぎゅっと服を掴んでいるあやめだ。
彼女を懐に抱えながら戦うのは難しい。かといって彼女を地面においても戦えない。
横道に居るおそらくオジサンの仲間であろう殺気がこちらに向けられている。
先ほどのやり取りで分かった。彼らの目的は私の金品や体ではない。
おそらく、否確実にあやめだ。大方珍しいからと見世物にでもするのだろう。
一対一ならば置いて戦えるが、すぐさま彼の仲間にあやめを確保されてしまう。
退こうと隙を見せればすかさずこちらに向かってくるであろう。
何人居るともわからない見えない敵の援軍。
どうする、正直動けない。
「助けが必要かや?主様よっ!」
突然上から声が聞こえた。
それはどこかで聞いたことのあるような女性の声であった……。
その女性の声の主は10階建のビルから降りてくる。
ゆっくりとゆっくりと長い銀髪を風に揺らしながら降りてくる。
「主様よ、そこを退きんす!」
凛としたよく通る彼女の声があたりに響いた。
その主様というのが自分ということに今更気付く。
聞きなれない呼び方にたじろぎながらも、周りのオジサンたちに注意を払いながら後ろに下がる。
いや、後ろに下がっていいものだったのだろうか。
(彼女はかなりの高さから落ちてきているのだぞ?)
と、そんな心配は杞憂に終わった。
―スタッ―
と静かな音を立てて彼女はこの地面に降り立ったのだ。
まるでそのへんの階段から下に飛び降りたかのように。
「ふぅ。主様よ10.00といったところかや?これは」
なびく銀色の長い髪の毛。透き通るような白い肌。
そして、満足げなその綺麗な赤い目は私を見据えてそう言った。
私自身もその問いかけに素直に頷いてしまった。
ごくごく自然に。
彼女のその小ささもごくごく自然に受け止めてしまったのだ。
彼女はあやめ同様小さかった。
それどころか、同じ球体上の関節でありこうやって言葉を交じあわしている。
と、いうことはだ……。
「お前、[人形が当たり前に生活する世界]の住人か!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
驚きか、嬉しさか。
だが、彼女はどこか悲しげな顔を私に向けてこう言った。
「やはり忘れてしもうとるんじゃな……。わっちのことも……主が助けた世界のことも」
その言葉と顔には悲しみが溢れていた。声もどこか震えている。
今すぐにも泣き出してしまいそうなそんな顔。
だが、彼女はその顔をすぐに引き締めた。
周りの男たちが騒ぎ出したからだ。
「ぬおんどりゃぁぁぁぁぁ!さっきわしらのことこけにした人形か!!
今度こそボスに届けたる!」
「ふんっ!やってみ!わっちはそう簡単に捕まらんぞ?」
先ほどの弱々しい声とは打って変わって最初に私に浴びせたような凛とした声に戻っている。
どうやらこの少女はあやめと違い気の強い子のようだ。
後ろ姿からでもそれがよういにわかる。今にもオジサン達に食って掛かりそうだ。
「ぎーくん……なにが起こってるの?」
右腕の中でぎゅっと収まっているあやめが問いかけた。
また騒ぎ声が戻ったので不安がぶり返したようだ。
私は詳しいことは後回しに、まずこの状況を打破することを考えた。
先ほどとは違い頼りになるかわからないが援軍がいる。
そういえば……だ。
「なぁ、名も知らないお姉さんよ」
「そるじゃ!それくらいは知っておきたいじゃろ?」
丁寧に名乗ってくれた。ありがたい。
名前も知らないで頼ることも頼らせることもできない。
彼女は信頼できると思い短く自己紹介も混ぜて質問をする。
「知ってるかもしれないが……ぎあだ。影城ぎあ」
「知っとる。わっちの心に刻まれた唯一無二の主の名じゃ」
心に刻まれた、唯一無二……か。
どういうわけか心が痛む。なぜかひどく切ない。
だが、それも後回しだ。より聞きたいことが増えた。
さっさと突破してそると呼ばれた少女に聞くとしよう。
「……。後でそのへんも詳しく聞きたいからまずはここを突破だ。
こいつらさっきこけにしたってのは本当か?」
「もちろんじゃ。わっちにかかれば……と言いたいがさすがにこの量じゃ。
共同戦線と行こうかの」
どうやらこの少女、体の大きさはまるで計算に入れてないようだ。
とんだ自信家である。
「ふ、面白い。
……正面突破だ。ほかは構わずな」
「そういうと思った。了解じゃ!」
彼女はそう言うと素早く路地へと出た。
人通りの激しいところでで歩く人の足元を華麗にくぐり抜けていく。
彼女の思惑なのだろう。どこにいるか全くわからなくなった。
「なろう!あのチビ娘どこにきえよった!どけ!」
やはりこのおじさんども単細胞のようだ。
私のことを忘れてしまったのだろうか。
何はともあれ正面突破といったのだ。私も突っ込むとしよう。
正面と言っても様々だ。彼女のように足元を行ってもいい。
だがあいにく私は普通の人間サイズだ。
165cmと男としては少々小さいが、それでも彼女たちに比べればでかい。
ともすれば……。
「さて、飛ぶか」
膝を軽く屈伸し……飛んだ。コートをなびかせ軽く数メートル跳ぶ。
実際は跳んだが正しいだろう。強面おじさんの綺麗なスキンヘッドを足場にまた跳ぶ。
「ふ、ざ、け、やがって……!追え!捕まえろ!!」
地面に見事に着地し私は目一杯の速度で駆け出す。
着地したあたりで路地裏に待機していた仲間がここぞとばかりに出てきた。
5,6いや、もっと。これはまずいと思った……が。
うん……出てきたはずだったんだ。
はずというのは出てきたとたん全員すっ転んだからだ。
見事としか言えないほどビターンと顔からすっ転んだ。
思わず笑ってしまう私。
恐怖に歪み頭をうずめていたあやめもその音にひょこっと顔を出し同時に笑っていた。
「あはは、何あれ。漫画みたい~」
「本当、見事なこけっぷりで。っく、はははは」
その笑い声で余計に腹が立ったのかオジサンたちは叫んでいた。
だが、見事に顔に入ったのか追ってくるのはあやめに食ってかかった一人だけだった。
巨体に似合わずかなりの足の速さであった。
正直追いつかれそうである。
「追いつかれるならばいっそこいつらも倒してしまおうかいな。
もう追いかけっこはこりごりじゃ」
私の走る横にそるがどこからともなく顔を出した。
あの大量の追っ手を倒したのもそるのような口ぶりだが……。
「あのこけた大群、もしかしてそるさんが?」
「いかにも。これをちょっと仕掛けての」
手にしていたのは糸と……剣山である。
それを見て察するのは足元にブービートラップを敷きこける地点に剣山をということだが……。
「うっわ痛そう。けど、さすがだな」
さすが……。なぜかそんな言葉が出てきた。そるとは初めて会ったというのに……。
そるはと言うと少しはにかんでいる。[さすが]という言葉に喜んでいるのだろうか。
なんとも不思議な人形少女である。
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!待ちぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げ、通行人を文字通り吹き飛ばしながら走る強面オジサン。
私はそれを見て心底嫌な顔をする。なんともしつこい男である。
そるも嫌そうな顔だ。どうやら先ほども追いかけっこをしたようだし仕方ないのだろう。
私も同感だ。逃げるばかりでは埒があかない。
「ちょっとこの子を預かっててくれるか?ほんの数秒ですむから」
そっと右腕に抱いていたあやめをそるに渡した。
驚いた顔をするそる。同じように可愛く目を丸めるあやめ。
それはそうだろう。偶然同じ世界の住人がここにいるということには当然驚く。
「そるさん。あなたを信用する。だから数秒だけ私の妻を守ってくれ」
そう言うと私はおじさんの方に向き直った。
後ろを振り向くときまた……いや今まで以上に悲しそうな顔をしていたそるが気になったが……目を逸らすヒマはない。
下に転がっている石のかけらを拾った。
それを思いっきり……。
「オジサン、くらえっ!!!」
大きな声を上げオジサンの顔に投げつける!
だが、それはおじさんのゴツイ手に収まってしまった。
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁこんなもんでっっっ!……あれ?」
オジサンが激昂した時にすでに私の姿は見えなかっただろう。
私は片手を羽織っているコートの内ポケットに突っ込む。そして……その手に全神経を集中させる。
きょろきょろと辺りを見回しているオジサン。だが、私はすでにそこにはいない。
いや、いるにはいるが視界には入らないだろう。私はもうすでに[彼の10m直上]にいるのだから。
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁにげったぁぁぁぁぁ…………」
「逃げるかよ、ったく」
落ちてくる黒い物体。なびくコートに包まれオジサンからはただの黒い物体に見えただろう。
直上10mの高さからのカカト落とし。さすがのオジサンもこれは堪えたろう。
頭を抑える余裕もなくゆっくりと前のめりに倒れていった。
その倒れっぷりはどこかの江戸時代の武将といってもいいぐらいの見事な倒れぶりである。
自分の内ポケットを少しあさった。やはり[一枚]消えてしまったようだ。
少し苛立ちながら頭をポリポリ掻き、そるの元に向かう。
きっと最高の笑顔であやめが迎えてくれ、そると仲良く話しているだろう。
だが、私の予想は大きくはずれた。そう、二人を包んでいた光景は予想から大きくかけ離れたものだったのだ。
「本当に……そる……なの?」
あやめが声を震わせ、泣きながらそう言っていた。
綺麗な宝石のような赤い目を涙で濡らす
同じくそるも信じられない顔であやめを見ている。
「あやめ……姉さん……?」
運命とは偶然なのか必然なのか。
聞くことがまた増えたなと少し頭を抱える。
が、苛立った頭が気持ちよく覚める心地いい光景だ。
まったく、これがあるから目的のない世界旅行はやめられない。
とにもかくにも、ここを離れよう。
またあの武将が復活しても困りものだからな。
○第一話三歩目 ~旅路で出会った人形姉妹~
出会い。
旅では様々な人と出会い、別れていく。
それを繰り返し繰り返し人は旅先で思い出を作っていく。
誰と出会い、別れたのかすら忘れて。
だが、それが偶然にも見知った人間と出会った時はどうだろうか。
その偶然を喜び、時間があれば語らうであろう。
目的が一緒であれば一緒に行くのも良し。それもまた旅先の偶然の一興だ。
しかしながら、旅先で見知った人間と出会うなどなかなかあることではない。
数千分の一、万分の一。さらに様々な世界を旅する[彼]にとっては億分の一、兆分の一といったところか。
そう、その出会いは偶然。見知った人間とめぐり合うなど偶然。
いや、もしくは……。
出会いは噛み合いその旅先の思い出は色濃いものになっていく。
「さぁ、今回の出会いは別れた姉妹。[あやめ]と[そる]。
さらには君の知らない君を知った彼女[そる]。
君はこの出会い何を見、何を感じる。
今は何も感じないだろう。ただその出会いに困惑すればいいさ」
○第一話三歩目 ~旅路で出会った人形姉妹~
街の喧騒を振り切り、私は靴音を大きく立て走る。スタスタと走り去る。
その私を追って小さな足音がついてくる。スタタタタタと小気味良い音を立てて小さな少女が走る。
どのくらい走っただろうか。私はふと後ろを振り向く。
先ほど乱闘をした歓楽街はもう見えない。数十分も走ればそうであろう。
自分でもここがどこかわからないぐらいだ。
ふと足元から声が聞こえた。後ろをついてきた小さな少女、60cmぐらいの大きさの人形少女[そる]だ。
「主様よ、もういいんじゃなかろうか」
たしかにもうだいぶ走った。私としてはまだまだ余力はあるし走りたかったが、彼女が限界なのだろう。
荒い息づかいが私の方にも伝わってくる。それもそうだろう、彼女と私では歩幅が違う。
ここまで音をあげずに走ったのも賞賛物だ。先ほど出会ったばかりだというのにこの少女への興味が強くなる。
だが、興味が強まるのと同時に胸が痛む。この胸の痛みはなんだ。感じたことのない痛みだ。
胸に左の拳をぎゅっと強く当てる。
恋?
まさか。私にはあやめという心に決めた妻がいる。それに恋なら妻のあやめの時に初めてしたのだ。そう、この妻の時に……。
「あっ!」
変なところから声が出た。声が裏返り甲高い声が喉の奥から出てきた。
ゆっくりと強く抱きしめていた右腕の力を緩めていく。そう、大事に抱きしめていた彼女を解放してあげるために。
恐る恐るその緩めた右腕の懐に目線をやる。ふるふると震える小さな影が一つ。
そると同じぐらいの大きさのあやめがこちらに目線を投げつける。
うん、投げつけるという表現がある目だ。非常に怒っていらっしゃる。
「ぎーくん!いくら大事だからって抱きしめすぎっ!苦しかったんだから!!」
「すまんすまんっ!」
土下座する勢いで謝る私。落とさないようにしっかりと抱きしめていたのだ。相当の強さであっただろう。
目一杯の力でお返しとばかりに私の腕をつねってくる。だが、それは優しいつねり方だった。
頬を膨らませこちらを見てくる。そんな愛らしい行動をされたらひとたまりもない。
耐えられなくなりヨシヨシと頭を撫でてやる。強くも弱くもなくあやめが気持ちよさそうにする強さで。
あやめもそれが気に入ったのが釣り上げていた目はだんだんと下がっていき下がりきった目は笑顔になった。
それに釣られて私も笑顔になる。先ほどの乱闘騒ぎの緊張がいっきにほぐれた。
私も喧嘩ごとは慣れているわけではない。即感情で動いてしまうのは悪い癖ではあるが、いつも後先考えず感情論で動いているだけなのだ。
そのために物事がややこしくなり、何度自分の命が危険にさらされることとなっただろうか。
だが、やはり大事な人のためならそれは躊躇うことはない。この大事なあやめのためならば。
「お~っほん。そろそろいいかや?そこで長々と愛し合われてもわっちとしては困るんじゃがぁ?」
今度はそるが怒った口調でこちらに問いかけてきた。目線も一緒に見ればかなりイライラしている。
怒るのも無理はない。理由はわからないが今は追われている最中なのだ。ゆっくりと愛し合っている場合ではない。
ひとまず目に付いたビルの物陰にある非常階段に向かうことにした。
螺旋階段状の非常階段にたどり着きあやめを地面に下ろす。
けっこう老朽化したビルだ。外壁はボロボロに崩れ落ち窓は割れ鉄の部分は錆び付いてしまっている。
立ったままというのも疲れが取れないので錆び付いた鉄製の階段に腰掛ける。
ガサゴソと内ポケットを漁る。ふ、と手に触れた大きめのハンカチを取り出した。
肩のあたりにくる足場にかけてやる。二人の綺麗な服に錆がついてしまってはもったいない。
「どうぞ、お嬢様方」
少し洒落た執事を意識して二人に席に誘う。その台詞が似合わなかっただろうか。
二人は顔を見合わせふっと笑った。私はいつも紳士を意識しているつもりではあるのだが。
念のためあたりを見回してみる。やはり追っ手はいないようだ。とりあえず一安心だ。
「なぁにそんなにキョロキョロしとる。もう大丈夫じゃよ」
そう言うとそるは一つの端末を取り出した。黒い……携帯端末だ。
様々な世界で何度か見たことのあるスマートフォンというものによく似ている。
そかしサイズはどうやら人間サイズだ。そるはそれを持つというよりは抱えていた。
「一応あの武将のような大男に発振器を取り付けたんじゃ。近くにはおらんよ」
「ふぅん。結構頭が回るようで。さらにそんないい機械を持ってるとはね~」
感心した声をかけたのだが……そるの顔はあまりいい表情ではない。
出会った時にした[私が何も覚えていない]と言った時と同じ悲しい表情だ。
「これも主様がわっちに預けたものなんじゃがな。[世界を救う旅の集大成]と言ってわっちらの世界で作った物じゃ。」
そう、彼女の話では私は一度彼女たちの世界[人形たちが生き生活する世界]へ行ったそうだ。
さらにその世界を作ったと。だが私にその記憶はない。そるという少女と出会ったことも小さな少女がいる世界も……。
私はいくつもの世界を旅した。万、億、もっとだろうか。
だが一つたりとも世界を忘れたことはない。同じような世界であってもそこで思い出にしたことはすべて覚えている。
覚えていたつもりのだが……。
「すまん、そのことだが……覚えていないんだ」
「じゃろうの」
そるは即答した。覚えていないということに。そういえば先ほど出会った時もやはりと言っていた。
私は彼女の世界で何をしたのだろうか。そして、彼女は何を覚えているのだろうか。
「あの~話が見えない人がここにいるんだけど……。ぎーくんが覚えてないってどういうこと?」
一人話が見えていないあやめが問いかけてきた。二人で深い話をしているのが気になったのであろう。
あやめは先ほどの乱闘時私の懐の奥で震えていた。固くうずくまっていたからだろか、私とそるの話が聞こえていなかったようだ。
私も詳しく聞きたかった。記憶がないということ、世界に行って救ったということ。
そして……。
「私も聞きたいな色々と。だが……まずはお前さんら二人の再会を祝したほうがいいんじゃないか?」
そう、ここまで走る前にしていた会話。無関係な私ですら感動の再会だとわかる。
同じ体、人形少女の二人。全く見知らぬ旅先で偶然にも出会った二人。そして……涙を流して見つめ合った二人。
その二人は私に目線と言葉を投げかける。
「いいの……かや?」
「ぎーくん聞きたいこといっぱいあるんじゃないの?」
まったく、感動の再会をしたというのに二人は私の心配をしている。
どちらも優しい少女なのだろう。
私の経験上、旅路で財布と思い出だけは忘れてはいけない。それだけは忘れてはいけない。
たしかにそこで私が何をしたのか気になるところだ。興味しかない……が。
「その私が忘れた世界は幸せになったのか?」
一つだけ聞いた。そこが大変なことになっているのならば忘れたままではいけない。
人形世界は元からの目標だ。あやめを送り届けるという目標。
もしあやめの世界が不幸の渦中にあるのならばどうにか早く旅をしたい。
一度救ったのであればもう一度救いたいというのが心情だ。
私の[幸せか?]という問いにそるは考え込む。少し考えてからこう言った。
「あやめのように[さらわれた]りした子達……。あと……むぅ、もう一人以外は幸せじゃな」
さらわれた。やはりあやめは何か事件に巻き込まれたようだ。
あやめを救った時に聞いたことがあるのだが、あやめ自身はその時のことを覚えていないそうだ。
覚えていないというよりも記憶を曖昧にされているといったほうがいいか。
アレだったようなコレだったようなという酷く曖昧な記憶しかないらしい。
ともあれ、その不幸があった子たち以外は幸せらしい。ならば、だ。
「そのさらわれた子は旅と同時進行で探せばいい。丁度良いことに私とあやめの目的地はその人形世界だ。
その道中探し出し一緒に連れて帰る!私の忘れた記憶はあとからゆっくり聞くさ」
さらわれた子以外のあと一人が気になるが、なんとなしに察せた。
多分彼女……そる当人のことであろう。その言葉を発した時に見せたあの目。曇ったあの目。悲しい目。
後でそのことも含めてゆっくり聞こうと思う。急ぐ旅ではない。ゆっくり聞けばいい。
「ふむ、主様ならそう言うと思った。それじゃ、改めて……」
少し乱れた服を整えてそるはあやめに向き直った。息を整え……凛とした声をさらに引き締め……。
……少し間を置いてから口を開いた。初めて聞く優しい口調で。
「あやめ姉さん……無事で何より……。まさか探し人の彼と一緒に居おうとは……」
引き締めたつもりだったろうが、その声は震えていた。
姉妹……か。どこか懐かしい響きがするのはなぜだろう。
その言葉をかけられたあやめはあらぬ方向を向いている。その方はだんだんと震え……耐え切れなくなったのかそるの方に顔を向けた。
案の定その瞳には大量の涙が溜まっていた。
「そ……るちゃん……なんだよね?本……当に……。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!そるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ボロボロのビルの外壁が崩れるのではないだろうかという大きな声であやめは泣き叫んだ。
さらわれた、という先ほどのことを聞けば当然だろう。
さらわれ、見知らぬ世界に放り込まれ、さらにはあんな酷い目に遭い……。
私が助けた時もすごく怯えていた。その理由がわかった気がした。不安で不安で胸が張り切れそうだったことだろう。
あやめはそるの胸元に頭を押し当て、目いっぱい泣いた。
私とそるは見つめ合い、互い共通の大事な人に安堵の表情を送った。
「大丈夫だ、よかったなあっちゃん」
「そう、大丈夫じゃ。もう辛い目には合わせんからの……」
あやめの安心の泣き声は寂れたビル街に数十分鳴り響いた。
あやめが泣き疲れたところで階段下にある機械に私は歩いて行った。
真っ赤な外装にプラスチックのショーケース。その中には飲料の缶が並んでいる。
この寂れたビル街なら壊して中身を拝借してもわからなそうだが……郷にいれば郷に従え、だ。
コートをひらり翻し内ポケットをガサゴソと探る。出てきたのは少し大きめの硬貨だ。
文字と人々の顔、そして雰囲気でここが[地球]の[日本]に近い世界だとは知っていた。
一番多く旅をしてきた世界であり様々な文化がせめぎ合う世界。おそらくこの硬貨が使えるであろう。
硬貨を入れるとボタンが光る。どうやら当たりだったらしい。飲料の自動販売機から飲み物を3つ買う。
飲み食いに困らない世界で助かったというところだろうか。砂漠のど真ん中に置き去りにされたときはオアシスを探すのに苦労した。
最初がそんな世界ではあやめには堪えただろうと少しの寒気を覚える。
今では砂漠にほうり出されても安心なように飲み物はたっぷり確保しているが、この日本の清涼飲料水は格別だ。
涙を大量に流した時にはこれほど体にしみるものはない。
階段を上り、あやめとそるの場所まで戻る。そるが小さなハンカチを取り出しあやめの顔を拭いている。
先ほどあやめのことをお姉さんと言っていたが、これではそるのほうが姉っぽいと思うのは私だけではないはずだ。
しまえなかったつり銭をジャラジャラと内ポケットにしまい、さらにポケットの中をあさる。
丁度良い小さなコップを二つ取り出し、二人に渡した。お神酒を入れるような小さなコップ。
さすがに缶のままでは飲めないだろう。あやめがフルフルと小さなコーヒーカップを持っていたところを思い出し少し微笑ましい気分になる。
蓋を開け、コップに注ぐ。二人分注いでも缶は重たいままだ。今度から一本でいいなと思いながら残り二本をコートのポケットにしまい残った飲料に口をつける。
飲みながら……さてとつぶやく。
今回の旅の目的は簡単だ。あの武将オジサンに指示を出しているやつを探し出すのが使命だろう。
どうやらそのオジサンが言っていた[ボス]とやらは人形少女をさらってくるように言っていたのだから。
あやめとそるをただの人形と思わず目を付けすかさず手を出してきたのだ。目的は一目瞭然というところだ。
だが、どうやって見つけ出す。と、ふと先ほどそるが言っていたことを思い出す。
「その端末であの武将のようなオジサン探知できるんだよな?」
「そうじゃの。制限時間はあるが一週間は追い続ける代物じゃ」
「んじゃ、おじさんたちの足取り追うのは楽か。となるとあとは……」
思考を巡らす。
この世界旅行を楽しむにはまず安全確保。その次は旅の目的を探ること。最後にそれを達成すること。
簡単な手順ではあるがその三つ、どれをおろそかにしても次の旅に向かうことが困難になる。
命に関わる事態になるやもしれない。思考を回し、その三つを考えるのは大切なことなのだ。
まず今回の目的。武将オジサンのアジトを見つけ出しボスと対面すること。
それはわかった。では、そのボスの目的とは何か。人形少女を集めて何をするのか。情報を集めなければいけない。
ただそのボスを見つけ出しぶっ飛ばすといった単純明快な勧善懲悪物語ならば楽なのだが……。
もしそれが目的でなければ私たち自身が悪になってしまう。
人形少女がこの世界に必要不可欠なことでそのボスとは実はいい人だったということも……あるかもしれない。
まずは情報収集だ。だが、それを実行するには今は深夜。少々時間的に遅すぎる。
私は再度内ポケットを探る。取り出したのは銀色の懐中時計。
かなり錆び付いてしまってはいるがいい思い出の品物だ。どの世界でも時間を正確に教えてくれる。
時間は午前2時を指している。行き交う人は少なく、だいたいの住人が眠りについている時間だ。
この時間が本業という人もいるだろうが……だいたいその生業の人の対価は法外だ。
この時間ではまともな情報は得られないだろう。それに少々疲れた。
疲れている時に行動してもいい結果には結びつかない。やることは固まった。とりあえず宿探しだ。
横で楽しく談笑している二人は申し訳ないが、また移動することにしよう。
「二人とも、また少し移動だ」
私にとって宿は一つしかない。あの自分の部屋の一室だ。この世界で宿をとるのもいいが……なるべくなら一番安心できるところで体を休めたい。
旅の船であり、我が憩いの宿。そこを探すぞと言うと二人とも怪訝な顔をした。
「なにも無理に歩いて探さなくてもここでいいよ?ぎーくんも疲れたでしょ?」
「そうじゃ!わっちももうクタクタ。疲れたぞ!」
確かにそうだろう。だが、そこに行くには休むためだけでなく理由二つあるのだ。
一つはそるが持っている端末について。
私の部屋には使用用途が不明なものがいくつかある。その一つにその端末がピッタリ収まりそうな機械があったはずだ。
何かの役に立つかもしれない。そるが言うには私が託したらしい代物だ。より試したい気になってくる。
もう一つはその端末で武将オジサンの位置が割り出せるならばあの部屋を使えばより[ボス]とやらの居場所を割り出すのが楽になる。
私の心強いツールパソコン、そして尾行ならお手の物のアイツがいるからだ。
そうとくればめざす場所はひとつなのだ。
「ま、そう言わずに。私の腕の中でくつろいでればいいからよ」
そう言うと私は二人を立たせ、座っていたハンカチを折り内ポケットにしまう。
そして、二人を半ば強引に抱えた。
「優しく抱いていくからさ。さて、それじゃいくぞ!」
「今度強くしたらポカポカするからね」
「それじゃわっちは主様に蹴りをお見舞いしようかの」
あやめのポカポカは見てみたい気もするが、ヒールを履いたそるの蹴りは痛そうだ。
二人を優しく抱きしめ、私は走り出した。ともかく目に入る中で一番背の高いビルに検討をつけた。
高いところで呼べば、来てくれる。真っ黒い毛を艶やかに光らせ黒い影から忍び寄るアイツが。
私は唸りながら思考を巡らせていた。5分、10分……。最短で尚且つ安全なルートでアイツを……我が安全な部屋へ案内してくれる彼女を呼ぶ場所に行くルートを探す。
あやめとそるを抱きしめたまま思考を回し、ゆっくりと螺旋階段を下りていく。一歩一歩なるべく振動を立てないように。
先ほどの威勢はどこへやら、ビルへ行くルートを考えているうち私の腕の中は静かになっていた。
そう、腕の中の人形少女二人が可愛い寝息を立てて眠っていた。
小さな息づかい。だがそこにはたしかに生命の息づかいがあった。
「すー……はー……」
「くー……すー……」
あれだけ騒いでいたそるも今は大人しく眠っている。
どこか初めて会った時よりも表情が柔らかくなっている気もする。
あやめと出会えたからだろうか。生き別れてしまった姉と再開したのだ。それはこれ以上ない幸福だろう。
あやめもそると出会えて本当に嬉しそうだった。大粒の涙を流し、これ以上ない喜びを噛み締めていた。
二人の寝顔を見ながら私も幸せな気分に浸っていた。階段を一歩一歩下りさてと地面に立った時である。
「ニャ-ン」
いつもは呼ばないとこない彼女が足元にいた。
「え?お前、今回はなんで呼んでもいないのに来てんだ?」
こちらをチラリとも見ずに彼女はトコトコと歩き出した。
「おい、待てよ猫」
そう、彼女は猫。私の部屋の管理人であり番人であるあの猫だ。
いつもなら合図を送らなければ出てこないのだが……どういう風の吹き回しか今日はいきなり足元に出現した。
まったく気まぐれな猫そのものである。
実のところ私はこの猫の正体を知らない。この旅を始めるときに……。
[この猫はこの部屋の管理人です。大切に扱ってください]
とだけ書かれたメモが猫入のカゴに貼られていただけである。
最初はただの猫だと侮っていたが……旅を続けていくうちに管理人というのは本当ということを実感していった。
様々な世界を旅していても必ず世界旅行の足となる私の部屋へ案内してくれる。
部屋の入口は様々だ。おそらく彼女がいなくては見つけることはできなかっただろう。
時にはマンホールの蓋、時には捨てられたロッカーの中と変わったところに入口はある。
今回はどうかまともな入口であってほしいと願うばかりである。
猫が案内した先はというと……。
「えーと、猫さん。自動販売機ですか?」
そう、猫は悠々と自動販売機の商品取り出し口の穴に器用に入っていったのだ。
紛れもなくここが入口なのであろう。
はてさて、私はどこから入ればいいのだろうか。やはりその取り出し口から?
いやいやいや、私は流石にそこまで体が柔らかくはない。
関節という関節を外してもそこに入るのは容易ではないだろう。では、どうやって入ればいいだろうか。
そうこう悩んでいると、取り出し口から猫が出てきた。まるで缶ジュースの代わりに出てきたかのようだ。
見てみると口に何かを加えている。鍵のようだ。どうやら鍵を使って自動販売機の扉を開けろということらしい。
猫はチャリンと私の足元に鍵を置く。懐かない上に無愛想だが、私を見捨てたことは一度もない忠猫だ。暇があったらこの世界で売っている猫缶でも買ってやろうか。
鍵をなかなか拾わないところを見て目を細めて私を見る猫。ふん、鼻を鳴らしてまた入口に戻っていった。
世話のかかるやつとでも思っているんだろうがもしできるならもっとましなところに扉を作って欲しいものである。
両腕で抱きかかえていた二人を右腕で抱える。二人とも軽いのでそこまで難しくはないのだが、何分生きているので重心を取るのが難しい。
落とさないように慎重に抱きかかえながら空いた左手で鍵を拾い、扉を開けた。
その先には自動販売機の中身には似つかわしくない容量の部屋が存在した。
まるで異次元かのように広がった部屋はとても見覚えのある住み心地いい我が部屋であった。
「ふぅ、これで私もゆっくりできるな」
そこはまさしく私の部屋であった。見覚えのあるパソコンがあり、その左手には思い出を収納した棚の数々。
右手には猫の寝床やエサ場などがある猫の住処。どれもそのまま綺麗に収まっている。
そして……棚の前にはメタルラックとシーツで作ったあやめの部屋がある。
もしそるもこの旅を一緒に過ごすならばもっと大きな部屋を作らなければいけないなと思う。
これでは手狭もいいところだ。
そう思いながらふと腕に収まった二人を見る。まだすやすやと気持ちよさそうに寝ている。
簡単にたたんでいた布団を広げ二人をそこに寝かせた。
だが小さな人形少女の二人だ。まるでどこかの王家の布団のように布団があまりきっている。
もし機会があったら二人の布団も作ってやろう。小さいならば小さいなりの居住スペースがあってしかるべきだ。
今回のようにテキパキ目的をこなせない世界もあるだろう。その時思考を回しながらゆっくりこの部屋を改築していくのも楽しそうだ。
そう考えながら私はパソコンの前のクッションに座った。
羽織っていたコートを脱ぎ、適当な場所に畳んで置く。室内だと邪魔なこと山のごとしな長さのコート。これで体も軽くなる。
大事なコートだ。この部屋の中ぐらいだろう。このコートを脱ぐのは。
体をパキパキと鳴らしながら横にある飲みかけのレモネードを手に取とり喉を潤す。飲みながらパソコンのスイッチを付ける。
いつもの動作だ。この部屋に帰ってきたという感じになる。画面が薄く光る。どうやら電源は来ているようだ。
薄く光った画面は進んで行き、いつものパスワード入力画面に行き着く。
いつもの動作でパスワードを入力し、自分のデスクトップ画面にたどり着いた。
さて、と考える。日が登り始めたあとのことを考える。
考えるが……。それは日が登ってから考えたい気分になる。なぜなら後ろの光景を見ると私も一緒に幸せに寝たい気分になるからだ。
「すー……すー……」
後ろの布団に目をやると静かな寝息を寝ている人形少女が二人。気持ちよさそうに眠っている。
と、そるがあやめに抱きついた。まるで抱き枕のよう。
「あやめ……姉さん……んん~」
とても気持ち良さそうだ。そういえば、あやめの大泣きに隠れてしまったがそるも挨拶するときに声が震えていた。
一人で私を探し、追ってきたところを見ると彼女も様々な世界を旅したのだろう。
……独りの旅は寂しく辛いものだ。その上姉も行方不明となればやはり辛かったろう。
私はそんな暖かい気持ちになり、ついついそるの頭を撫でていた。優しく、優しく。
だがどうしてだろう。この綺麗な銀髪をどこかで撫でていたような気がするのは。そんな記憶などないのに……。
もしかすれば私は忘れているその人形世界でそると深く関わっていたのかもしれない。
仲がよかったのならば彼女の少し悲しそうな顔をするのがわかる……と。
「ぎーくん?浮気はめーよー……」
そんなつもりはないのだが、ついビクリとしてしまった。
……どうやら寝言のようだ。あやめはスースー寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
ヤレヤレと思いながらあやめの頭も優しく撫でる。まったく、私はあやめ一筋だというのに。
「ふわぁぁぁぁぁ……私も寝るかな」
この幸せな光景を見て面倒なことを考えるのは不幸なことだ。幸せなときは幸せなことを考えればいい。
今はこの幸せにくるまれるのが最善だ。
自分の布団の代わりに押入れから適当な毛布を取り出す。少しホコリっぽいがそこは我慢だ。
「おやすみあやめ、そる、ついでに猫」
返事が帰ってこないことは承知の上で二人と一匹に挨拶をした。
私も今日は走り回っていい運動をした。すぐに寝付けるだろう。
どうか寝過ごすことだけはしないようにと願いつつ私は目を閉じ、しばしの夢の旅へと出かけた。
○第一話四歩目~旅の成すべき事は過去の自分から……~
するべきこと、なすべきこと。
それはいつだって突然だ。
突然やることは降って湧きそれが必要とあればせざるを得ない。
なぜならそれは誰かにとっては必要なことだ。
だが、こなすかどうかは本人次第。やらないならばやらなくてもいい。
だが、君はやるのだろう?自分に必要不必要関係なくね。
誰かにとって必要ならばやる、そんな男だ。
「さぁ、世界の旅行者影城ぎあよ。
君はすべきことを突然押し付けられてどんな反応をするのかな?
決して、興味がなくなる答えを言ってくれるなよ……」
○第一話四歩目~旅の成すべき事は過去の自分から……~
朝。
私の朝はいつも猫に起こされていた。起きろと頭を叩いてくるからだ。
猫には世話になっているし、さらに肉球の心地いい柔らかさで格別の寝起きになる。
今日も眠りの中から引きずり出されたのはそんな小さな手だった気がする。
が、その本数がいつもと違うことに気づく。
ああ、そうかと寝ぼけた頭でその手は誰の手なのかということに気がついた。
もう一人と一匹の旅ではない。あやめという新しい小さな旅の同伴者がいるのだ。
そしてもう一人……。昨日であったあやめの妹、そるだ。
二人と一匹は私のおでこをペチペチと叩いていた。
「……ふ、はは。おはよ」
そんなのどかの光景に笑顔を浮かべながら私はみんなに挨拶した。
睡眠時間はそれほどとれたわけではないが、寝ないよりはましだ。だいぶ疲れは取れた。
人形少女二人に向き合うと二人は朝ごはんの催促をしてきた。
料理を作る場所はあるが、やはりそこは人間よりも小さな少女達。
大きく重いフライパンを振るうことは出来ないのであろう。いや、できたとしても火が危ないか。
そんなことを思いつつ包まれていた毛布からのろのろと起き上がる。隣の布団もそのままだ。
布団と毛布をひとまずたたみ部屋の隅に置く。
二人の寝床ができるまではこの布団セットで寝ることになるだろうから簡単にここに置いておけばいい。
と、布団の片付けが終わり大きく伸びをしていると二人は朝ごはんのメニューを詳しく注文してきた。
まったく、よほどお腹が減っているらしい。最初に口を開いたのはそる。
「主様よ、わっちは目玉焼きとフレンチトーストが食べたいの」
「えー、ぎーくん。私はお茶漬けがいい」
二人の朝ご飯の要望はバラバラだった。
提案として簡単なのはあやめの簡単なお茶漬けを採用したいところであった。
正直なところ寝不足なので簡単すぎるメニューがよかったのだが……。
「よし、二人とも待ってな」
二人の食べたいものを作ることにした。二人は半分ぐらいしか食べられないはず。
分量的に私が残ったそれぞれの半分をもらえば丁度良い量になるだろう。
そう思いながら隣の部屋に当たる台所に向い朝ごはんを作ることにした。
「さぁて、それでは」
いただきますと三人ピッタリと声を合わせ出来上がった朝食食べ始める。
その声の後ろで猫も
「にゃー」
と合いの手のように鳴いたのには少し笑ってしまった。そんな鳴き声を上げた彼女もご飯をカリカリ音を立てて食べ始めた。
あやめの茶漬けとそるのパンを半分によそいながらさてと考える。
今日の予定である。やるべきことは二つだ。
まずは武将オジサンの尾行について。
今回の目的であろう「人形少女をさらう人たちの目的」を洗うのにまずはそのオジサン達のアジトを探るのが先決だ。
アジトを探るのは猫だ。
「おーい、猫」
と呼ぶとカリカリと餌を食べるのをやめこちらの方を向く。
なんとも嫌そうな顔だ。面倒なことを頼まれるのがわかるのだろうか。
トコトコと私の膝の近くにくる。嫌そうな顔はしても面倒ごとを買ってくれるのはコイツのいいところだ。
そるに例の端末を出してくれるように頼む。
そう、この端末でオジサンの位置を追えるのだ。そるには今回の旅についてすごく楽をさせてもらった。
これがなければまた一から武将オジサンを探し追わなくてはならない。
それは相当な時間が掛かり、最悪あやめかそるを囮に使わなければいけなかったかもしれない。
そうなるとリスクは跳ね上がる。仮に人質になってしまったら元も子もないのだ。
いつの取引も大事な人質というのはこちらにとってリスクでしかない。絶対に助けなければならないものだからだ。
そるに端末を操作してもらい猫に教える。……が。
「痛ってっ!?なにすんだ!?」
急に猫が私の腿に爪を立てた。それも獣特有の容赦ない加減で。
とてつもなくご立腹のようだ。何が不満だったのだろう。
いつもであれば、見つけた尾行相手を教えその行動を地図に書いてくれるというのに。
そるが猫の何かを察したようにこちらを見た。かなり冷たい目で。
「そういえば主様は結構なバカだったの……。忘れとったわ」
確かに私は抜けていることがしばしばある。今回も考えることに何か抜けがあっただろうか。
猫に端末の指し示す場所を目指して走ってもらおうとしただけだ。
指し示す場所で……誰を追えば?
「そうだよなー、たどり着いても猫に武将のようなオジサンとしか説明できないしな」
そうなのだ。見たのは私とあやめ、そしてそるの三人。
あの黒ずくめの格好をしているとも限らない。猫にと一緒に同行者も必要ということがわかった。
そうなると……だ。
「そる、猫と一緒に行ってくれないか?」
そるが適任であろう。あやめはそんな行動タイプではない。家でまったりと過ごすのが似合っている。
私でもいいのだが、それでは猫を使いに出す意味がない。
小さく気づかれないために猫を派遣するのだ。なので行動力があり猫と同じくらいの大きさのそるが適任だ。
そるは小さく唸りながら考えると一つ頷きこちらを見た。
「わかった。じゃがの、もしわっちやこの猫に何かあったら助けてくりゃれ?」
捕まる気は毛頭ないといった表情でこちらを見上げて言う。まったく、この少女はよほどの自信家だ。
私は笑顔で頷くと棚の上にあった発信機をそると猫に渡す。
そるに渡したのは猫の予備分だ。念のためともう一個作っておいて正解だっただろう。
そるは受け取ると少し微笑んだ。
「知っとるか?この発信機わっちがオジサンにつけたものと一緒なんじゃ。やっぱり主様は本物のようじゃ」
とびきりの笑顔でそう言われると少し照れてしまう。なぜだろう、そるの笑顔はあやめ同等に嬉しいものがある。
だが、その私の照れ顔に嫉妬したのかあやめが膝を軽く蹴ってきた。
顔を見ると少し頬を膨らませている。こういう嫉妬は嬉しいものだ。
「浮気はめーよ?」
堂々としたハッキリした声であやめは喋った。妹に釘を刺すように。
そるは一瞬少しばつの悪い顔をした。その顔を隠すように扉の方に振り返る。
そんな顔に私もどきりとする。正直たまに顔を出すこの感情がなんなのかよくわからない。
理解できない思考に頭を悩ませているとそるは先ほどの顔が嘘のように声で明るく声を出した。
人差し指を口に当て可愛らしく言った。
「そうじゃよ?浮気はめーじゃ!さて、それじゃ猫いくかの」
そう言うと扉の方に一目散に走り出した。そるの後を追いかけて猫も駆け出す。
先ほどの表情、そして言葉。やはりそるはなにか他にも私に隠していることがあるのだろうか。
あやめも同じことを考えているみたいだ。心配そうに扉を見つめる。
「そるちゃん……どうかしたのかな?忘れてること思い出せない?ぎーくん」
とはいえ私も本当に抜け落ちている記憶なのだ。思い出そうと思って思い出せる代物でもない。
何を忘れているのか、あやめやそるたちの世界のこと、その世界を救ったこと、そしてそるに渡したという端末のこと。
全て忘れていてそるに言われるまで知らなかったことだ。まだ何かあるのかもしれない。
そう、全てを知っているのは本人。そるだけだ。
「この一件が終わったらそるから色々話を聞こう。
これから先長く旅するかもしれない相手だ。心の中は少しでも開いておいたほうがいい」
そう言うとあやめは明るく頷いた。そう、この先そるの一緒に旅する仲間だ。
そんな仲間の悲しい顔など見たくはない。悩みは分け合ってなんぼだ。
この一件を早く終わらせ、そるとゆっくり話す。そう強く心に思った。
そう思った時だ。あやめは少し意味深なことを言った。
「そうね……。色々ね……。
ぎーくん、本当に思い出せないのかしら?ただ都合が悪いだけじゃ……」
そういうとあやめは顔を伏せた。何の話であろう。私はキョトンとした顔をする。
どうやら私の聞きたい話とあやめの聞きたい話は噛み合っていないのかもしれない。
「本当に思い出せないよ。それに都合悪い話なら言って怒られたほうが私は性に合ってるけどね」
そうつぶやくとあやめはホッとした顔でこちらに微笑みかけた。
都合が悪い……。私が稀代の極悪人だったという記憶だけはあって欲しくないと願うばかりである。
そると猫の姿を見送りあとは帰りを待つのみ。何かあったら渡した発信機が教えてくれる。
完全に位置を把握できるわけではないので万全というわけではないがそれでも何も無いよりはましだ。
「何かあったら助けてくりゃれ、ねぇ」
そう言われたからには期待に応えないわけにもかない。少しの不安を残しながら朝食の後片付けに入った。
「ねぇぎーくん。私たちは何をするのかな?このまま待ってるっていうわけじゃないんでしょう」
たしかにあやめの言うとおりだ。ただ待つだけではない。
本当ならば猫を単体で尾行に行かせそるも一緒に作業しようと思ったのだが……まぁいい。
「例のそるの持ってる端末。あれに合う装置がこの部屋にあるんだ。それをちょっと調べる」
今までは何に使うのかわからなかった装置がいくつかある。その一つ、パソコンに繋がれたそるの持つ端末と似た黒を基調とした色の装置だ。
簡単にUSBでつながれており、外す気になったら外せたがこれといった理由もないのでそのままにしていた。
中央には端末がピタリとはまりそうな窪みがある。おそらくそるの端末と何か繋がりがあるのであろう。
洗い物を済ませ、私は部屋に戻った。トコトコとあやめも私の後を追って部屋に入ってくる。
座ったのはそのパソコンの前。そして装置を手にとった。
見た目はなんの変哲もない四角く薄い物体。そして、中央の窪み。
簡単に黄色い斜め線が装飾されているくらいでほかにこれといった特徴もボタンもUSB接続以外の端子もついてはいない。
「これがその装置?」
「ああ、いつの間にかあった装置でな……いや、そうか」
そうか、と私は少し謎だった部分に合点がいった。
それはこの装置がいつからあるかだ。そるによるとそるの端末は私が開発したようだ。
ならばこの装置も同時に私が作り……記憶をなくした。
私がどうしてそるに端末だけを渡したのかが不思議でならないが何か理由があるのだろう。
まったく、昔の自分に会えるなら首根っこを掴んで問いただしたいものだ。
その記憶がないせいで話がまだまだ繋がらない。そるに聞いてもいいが……彼女の悲しい目の理由が晴れてからでもいいだろう。
そんなことを考えているとあやめが声をかけてきた。
「ぎーくん、ここボタンじゃない?」
あやめが指し示したところをよーく目を凝らして見ると確かにそこにはボタンがあった。
直径1ミリぐらいの小さなボタンだ。突起物も付いていないので全く気付かなかった。
それにしてもこの大きさでは人間サイズの私では押せない……いや、人間が押すのではないのかもしれない。
「あっちゃん、ちょっとそのボタン押してみ」
びくりと肩を跳ねるあやめ。何があったかと私もびっくりしたが……。
「ごめん、もう押しちゃった」
ボタンがあったら押したくなる。そんな衝動は私にもあるのでわかるが……。
押すのをためらうかと思いきやすすんで押すというその好奇心には惚れ惚れする。
えへっと舌を少し出して小首を傾ける。その姿を許さない人間はどこにもいないだろう。
許そうと口を緩めたその時だった。
―System reboot.System reboot.―
―Please [ALL phon] set.Please [ALL phon] set.―
―Please [ALL phon] set.Please [ALL phon] set.―
―Please [ALL phon] set.Please [ALL phon] set.―
―Please [ALL phon] set.Please [ALL phon] s……―
装置からそんな高い機械音がくり返し流れた。
[オールフォン]……。おそらくそるが持っている端末のことであろう。
スマートフォンに似ているからオールフォンという流れだろうか。忘れている私はどうやらネーミングセンスはないようだ。
機械音声はそのオールフォンをはめてくれと促すが、はめようにもそのオールフォンとやらは現在そるが持っている。はめれることは出来ない。
数十回繰り返し流れたその音声は最後に
―See you.―
と言い残しまた静かなただの装置となった。
あやめと目を合わせる私。一瞬の出来事だったが、これでわかったことがいくつもある。
そるの持つ端末がオールフォンと呼ばれるということ。この装置とそのオールフォンはやはり関係があるということ。
それだけでも大きな収穫だったが……静かになったかと思いきやまた音声が流れた。
今度は機械音声ではなく生身の録音された声だった。
「やぁ、再起動されたってことは記憶が戻って彼女と出会ったのかな?」
それは自分自身によく似た声だった。ヘラヘラした軽い言い方で彼は続けた。
「彼女でなくとも起動はするけどね~。これは血肉を持たない人形少女しか起動できないようになってるから」
淡々と[私似た声]は言葉を繋げていった。
「もう時間もなくてね。手短に話をするよ。
もし記憶が戻ってなく偶然この音声が流れたとすれば伝えなければいけないことが山ほどだ。
だが、今伝えられることはただ一つ」
久しぶりに生唾を飲んだ気がする。ゴクリと喉を鳴らした。
「この世界旅行を利用しようとしている悪い奴がいる。
それを退治しろ。以上」
うん、私である。説明下手で単刀直入すぎる私。
一瞬装置を叩き割ろうかと思った時だった。
「あ、このドライバーを割らないでくれ?その悪を退治できなくなっちゃうから。
ま、がんば!」
やはり私だ。というか私か?こんなにも重大なことを軽くさらっという男が。
「わぁ……昔からぎーくん変わらないんだね」
どうやら私のようだ。
ガックリと肩を落とし遠くに目線をやった。世界旅行を悪用する悪と戦え?なんてこったい。
私は確かにそんなヒーロー達の世界にも行った。それもたくさんだ。
だが、私のそこでの役回りは敵に捕まった人の救出やヒーローのピンチを影から支える程度。
自分自ら戦ったことなどない。
「まったく、どうしろと」
正直な気持ちとしては戦いたくはない。男の子の夢では「ヒーローになりたい」なんて夢物語あってもいいかもしれない。
だが、実際にその現場を見たならわかる。ただの勧善懲悪ならばいいのだ、悪は悪で善は善というわかりきった世界ならば。
……世の中というのはそんな簡単なものではないことはいくつもの世界を何十何百何千何万と繰り返したからわかる。
そんな簡単なものではないのだ。簡単なものでは……。
「ぎーくん……?」
怖い顔をしていたのだろう。気になったのかあやめが私の顔を覗いてきた。
心配そうな顔だ。大丈夫だと頭を撫でてやる。あやめの頭を撫でていると終わったはずの音声がまた流れた。
今度は先ほどのヘラヘラした口調ではない。なにやら苦しそうな声だ。
後ろでは私の知っている猫だろうか。私の知らないようななにかとても心配そうな声で鳴いている。
「……まだ時間があったから最後に入れておく……。
いくつもの壁にぶち当たったろ?そこで見つけた答えは沢山あるだろ?
それを信じろ……じゃあな、これからのおれ」
そう言うと音声はもう再生されることはなかった。
見つけた答えか……。やはり私だ。これは私で間違いはない。
そう、様々な壁にぶつかり見つけた答えがある。悪が悪とは限らない、善が善とは限らない。
ならばこの記憶をなくす前の自分に言う言葉は一つだけだ。
私は彼が[ドライバー]と呼んだ装置を手にこうつぶやいた。
「任せておけとは言わない。私は私のすることをするだけだ。
これがその[悪を退治する]とかに使えるならば私は私が判断した悪を退治するだけだ」
そう、これまで私がしてきたことと同じように……だ。
いくつの世界だろうか。多くはないがヒーローと呼ばれる者たちと敵対した時もあった。
自分の信じた正義を助けよう、これからも。
おそらく彼、[記憶をなくす前の私]も分かっているはずだ。
分かっているはずだが宣言として私はドライバーに語りかける。
「ありがとう」
その一言を最後に付け足し、私はドライバーを机に置いた。
絶対に間違った道には使わない。約束はできない。なぜなら自分も人間だ。間違った判断をすることもあるだろう。
だが、あんな辛そうな状態になりながら未来の自分に言葉を託した彼に敬意を評して私はこの力を使おう。
今の感謝はその敬意だ。精一杯詰め込んだ敬意だ。
「ぎーくん……なんで泣いているの?」
あやめは私の顔を覗き込んだままだった。私が泣いている……?
目尻を撫でると確かに濡れていた。なぜ私は泣いているのだろう……。過去の自分が喜んでいるなら光栄なことだ。
ますます今日の誓いを忘れるわけにはいかなくなった。
少し息を整え深呼吸を一……二回。落ち着いた私はドライバーをパソコンに繋いだ。
今まではウンともスンとも言わなかったがもしかすれば反応があるかもしれない。
パソコンを操作すると……ドライバーにアクセスすることができた。
・―ALL phon―
・―ALL driver―
○―The'ALL system―
……
…………
見慣れない単語がいくつも出てくる。
二つ目の[オールドライバー]とやらがこのドライバーの正式名称らしい。
三つ目のシステム以降はなんかのプログラムだろうか。
コンピューターにはある程度の知識はあるが初めて目にする私にとってこの英語の羅列を理解するのは時間がかかりそうだ。
だが、何も情報が無いよりはましかとポツリとつぶやく。
[オールフォン]に[オールドライバー]。そして、悪を退治する道具。
まだまだわからないことばかりだが、この三つがわかっただけでも儲けものか。
「ぎーくん、私なんか頭痛くなってきちゃった」
「ああ、あっちゃんの世界にたどり着くだけの目的だったんだがなー」
途中途中の世界の目的を探し出し、観光でもしてゆっくりと世界を回る。
当初の目的はそれだけだった
だが、そると出会い私の記憶が抜け落ちていることを知った。
あやめの世界でたくさんの人が誘拐されあやめのように世界に孤立していることを知った。
そしてこのドライバーから聞こえた私の声。悪を退治しろという声。
どうやらあやめを元の世界に送り届けるのは相当時間がかかってしまうだろう。
「でも、困ってる人は放っておけないのよねぇ。
ぎーくんはそういう人だから」
私の心を察したのかあやめはそんな声をかけてきた。
「私の世界の住人も助けて、悪も退治する!
それでいいじゃないの。そのついでに私の世界探してくれればいいよ。
そして……最後に私の世界で……」
少し照れながら元気良く話すあやめ。
心の底から私というパートナーのやりたいようにすればいいと思っている顔であった。
「ほらほら、元気でして。ねっ」
背伸びして座っている私の顔に精一杯顔を近づけるあやめ。まったく、健気な嫁である。
そんな姿に元気が出ない夫もいない。その近づいた顔に私は……。
「ん~……。もう、ぎーくんったら」
思いっきりキスをしてあげた。少し強めに、だが、あやめを傷つけない強さでだ。
あやめは本当に愛おしい存在である。ぎゅっと胸元に抱きしめながら訳のわからない文字列に目を走らせていった。
・―World navigation system―
○―Armament system―
・―Simple arms suit―
具体的な兵装説明に文面が入った時だった。
「緊急コール!緊急コール!」
パソコンから甲高い音声が聞こえた。
それはこれまで数回経験したがあまりよくない類の連絡だ。
「ぎーくん、もしかして!?」
「ああ、もしかしなくても、だっ。いくぞ!」
そう、予想していたあってはならないことが起こってしまったのだ。
発信機に猫が特異な鳴き声を発した時にだけこのパソコンに転送され伝わってくる緊急コール。
それはまさしく緊急コール。
そるか猫に良からぬ事態が発生したということだ。
私はたたんでいたコートを羽織り、あやめを再度片腕で抱きしめ、急いで席を立とうとした。
「ぎーくん!念のためドライバー!」
そうだ、何かの役に立つかもしれない。
あやめに言われケーブルを乱暴に引っこ抜きドライバーを内ポケットに収めた。最悪投げつける程度には使えるだろう。
そんな頭の悪い発想をしながら大急ぎで扉の前に立つ。発信機はまだ生きている。その内に絶対にたどり着く。
焦る気持ちを抑えながら外へ通じる扉のドアノブに手をかけた。
「待ってろ、そる、猫!」
○第一話五歩目 ~旅は突然のハプニングと共に~
○第一話五歩目 ~旅は突然のハプニングと共に~
風が切れる音が聞こえる。
-ヒュッヒュッ-
鳥が飛ぶような足早い猛獣が通り過ぎるようなそんな音だ。
だが、それは何かが通り過ぎる音ではない。私がビルや家、はたまた壁を横切る音だ。
その音に紛れ発振器の機械音が甲高く鳴る。
―ピーピーピーピーピーピーピーピー……ー
その音を頼りに私は走っていた。自分のもてる最高の速さで。
音の先には助けを求めている二人……正確には一人と一匹がいる。
彼女たちは私が使いに行かせたのだ。人を追いその人の本拠地を探し出すために尾行を頼んだ。
私が助けないわけにはいかない。いや、頼まれなくても助けるのが私だ。
下にはビルのジャングルが立ち並んでいる。こう見ると所狭しと伸びた巨大な木々のようだ。
木々と思えば枝がない分このコンクリートのジャングルの方が走り回るのは簡単だ。
私は自分の持てる全てを足に込めた。すぐに目的地にたどり着けるように。
走る走る。まるで風のように、獣のように、車のように……。
跳ねる跳ねる。まるでの枝のように、猫のように、バネのように・・・・・・。
羽織っている長いコートをヒラヒラとなびかせ、町を駆けていく。
いつも着ているこのコートが煩わしく思える。それほどまで身を軽くしたいのだ。
走っているうちに足が獣のものになったかのような錯覚を覚える。だが、それはただの錯覚だ。
そう、非常に現実に近い錯覚だ。
[たかが馬のように時速60kmで走り、猫のように障害物を飛び越え走っているだけだ。]
そんな速さの中、必死に胸元にあやめがしがみつく。
振り落とされないように必死なのだろう。その手に精一杯の力が込められ頭を私の胸元に押し付けている。
私もそんな彼女を落とさぬようにきちんと抱きかかえ、それでいて足は救援を求める仲間の方に向いていた。
「待っていろ。少しだけ持ちこたえろ……!」
抱えているあやめにか救援を求めている彼女たちにか・・・・・・。どちらに言ったかは分からぬがきっとどちらにも言ったのだろう。
目的地まではあと1分足らず。すぐに着く……。
足に込めた力をさらに強め、私はビルの壁を足場に跳んだ。
壁にヒビが入ったが気にはしない。あとで時間があったら直す、それだけだ。
今は一分一秒も惜しいのだから……。
「見えたっ!」
最後のビルを蹴り高く上空へ跳ねる私。すかさず地面を見て目標を探す。
場所はコンクリートジャングルの合間。昼でも薄暗い路地裏だ。
目を凝らし目標を目視で確認……小さい人影が一つに猫っぽい動物一つ。
そると猫だ。無事である。確認するに捕まったようではない、ひと安心だ。
ひと安心なのだが……いまいち状況がつかめない。猫はどうしてこの状況で緊急コールを鳴らしたのだろうか。
そると猫と対峙しているのはいつかの武将オジサン。あいも変わらずいい体つきである。
対峙しているとは言ってもそるは逃げる気になれば逃げられる間合いに居る。猫だって捕まるような場所には居ない。
ざっと周りを見ても武将オジサンの仲間は居ない。この状況・・・・・・まさか。
耳をすませば怒鳴り声が聞こえる。まだ遠くて聞こえないが……怒鳴り声の主は凛とした女性の声だ。
ああ……これは……。
「このようなことをして!いずれ天罰が下るぞっ!主らにはなっ!」
そこには尾行相手に怒鳴りつけている[救援を求めていたはずの]そるがいた。
(……どうしてこんな状況に)
私は意味がわからないまま地面に着地した。ついでに本来ならば尾行相手、ガタイがいい武将オジサンの真後ろに着地してみる。
オジサンは相当驚いたようだ。質量を持った何かが盛大な音を立てて後ろに降ってきたら腰も抜かすだろう。
腰を抜かし、こちらを見上げる武将オジサン。ずれたサングラスからはまんまるくした目が覗いている。
「お……おどれはいつかの……ど、どっからわ、わいて」
「こういう反応は嬉しいね~。驚いているとこ恐縮だけど話し手短にしたいから眠っててくださいな~」
すかさず武将オジサンの首をひねる。大きな体がドスンと倒れた。この武将オジサン一体体重は何キロあるのだろう。
いや、その興味はひとまず置いておこう。
内ポケットを探し、ちょうどいい縄を取り出す。パパっと武将オジサンをぐるぐる巻きにし身動きできないようにする。
しっかり縛ったが……この武将オジサンならば縄を引きちぎりそうで怖い。
だが、縛らないよりはましだろう。武将オジサンはひとまずこれで良し。
さてと、と後ろでさすがと喜んでいるそるに向き合う。だが私が向き合ったとたん、そるの表情から今までの明るいものが消えた。
私の悪い癖だ。感情が顔に出易い。
「そる状況を説明してくれるか」
そう、私は非常に怒っている。たしかに無事で何よりだがどうやらこの状況喧嘩をふっかけたのはそるのようだ。
頼んだのは尾行をし、アジトを突き止めること。ただそれだけだったはずだが……。
「私は無理やりアジトを聞き出せとは言っていないんだけど?」
そるに詰め寄る。相手が小さな人形少女だろうと私は容赦しない。
それが対等に相手をするということだからだ。
そるは黙り込んでいる。何かを考えているような目だ。私も考える、言い訳をするのならば許しはしない。
そると私は見つめ合う……。お互いに真剣な顔だ。
……。
そるが口が開きかけたその時だった。
「あの、ぎーくん……。ちょっといいかな?」
後ろからあやめが声をかけてきた。相当怖い雰囲気を出していたのかびくつきながらだ。
いくらかでも抑えようと顔を両手のひらでこする。口角を上げまゆを下げる。眉間を伸ばし最後に目をゴロゴロと回して……深呼吸を一つ。
いつも通りとはいかないものの、先ほどよりはマシだろう。
くるりとあやめの方を向く。顔を直したおかげかあやめはこちらを見て微笑む。
「この子が何か知ってるみたいよ?はい、お嬢ちゃん。ちゃんと話して~」
あやめの後ろには子供が立っていた。まだ4、5才だろうか。小さな子供だ。
手にはこれまた小さな人形を持っていた。
(ああ、そうか……)
と事態を大まかに予想のついた私は少し暖かい気持ちになっていた。
そして、そるの方に振り向き・・・・・・。
「すまんな、たぶんそういうことなんだろう?」
そるはばつの悪そうな照れたような顔をしている。任務を果たさなかった罰の悪さと照れ隠し。
まったく、そるには興味しか沸かないなと、取り繕った笑顔が本当の笑顔に変わっていった。
そるは確かに優しい奴だった、と心の奥で思っている自分がいる。
そう、優しい少女なのだろう。私に怒られることを知りながら助けてしまう。
……なぜだろう。やはり深い付き合いがあったのか。そるのことを深く知り、感慨深げに見てしまう自分がいた。
そんな私の姿をあやめは捉える……だが。
「よかったね、そるちゃん」
笑顔でそるに話しかけるあやめ。そして、私の方にも笑顔を投げかける。
何故か罪悪感が自分の心の中に芽生え始めているのは何故だろう。あやめに、そして何故かそるに対しても……。
不思議な思考に包まれながら私はとりあえず子供から話を聞くことにした。
「それでね~おにんぎょうのお姉ちゃんがね~」
要約すると簡単な話であった。
そるが尾行をはじめると武将オジサンはこの女の子に目をつけたようだ。
そう、人形を持っていたからそれがあやめやそる同様[人形少女]なのではないかと思ったのだろう。
いたいけな幼女にすごんで泣かせて・・・・・・あとはご想像通りそるが隠れ蓑に使っていたポリバケツを武将オジサンめがけて蹴り飛ばしたというわけだ。
「話はわかった。それで緊急事態だったからコールしたというわけだな、猫」
「ふんっ」
やれやれと鼻を鳴らし、猫は路地裏に消えた。任務は中断。となると彼女が帰る先はあのただ今自販機の扉から繋がっている部屋だろう。
この騒動が終わったら本当に猫缶でも買って帰らねば機嫌は直らないだろう。痛くは無い出費だが気が重い・・・・・・。
「すまんの……」
ふとそるが後ろから謝ってきた。当然、任務放り出したことだろう。
しかし、深刻すぎる顔だ。それほどまでに先ほど私は怖い顔をしていたのだろうか。
これからは鏡を常備しなくてはとも思う。……喧嘩で内ポケットで割れたらただではすまないが……。
「そんな顔をするな。私はこの少女を見捨ててたらそれこそ怒鳴ってたかもしれないな」
それは推測だが……確実に私は怒鳴っていただろう。そう、人の不幸を踏み台にして得た結果など嬉しくは無い。
そるの頭をガシガシと撫でる。少し乱暴にイタズラっぽく撫でてやる。
そるもどことなくうれしそうな顔をしていた。極上の笑顔だ。
つられて私も笑顔になる。まったく、そるという人形少女には興味が沸く一方だ。
「しかし、主様の大事な任務こなせなかったのは惜しいがそういってもらえると嬉しいの」
本当にうれしそうな笑顔だ。かなり怒られると失望されると思っていたのだろうか。
そんなことはない。
そるの心の温かさ、優しさを身にしみて実感していった。
だがどうしてだろう。そるの感情を実感するたびにより心が痛む。
昔私はそると共に居た。やはりそれは確実なことでその関係は……。
そんな少し暗い思考を巡らせていると、一つの大声が割り込んできた。
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!これはどういうこっちゃ!!!!」
突然後ろで雄叫びが上がった。そう、縛っていた武将おじさんが起きたのだ。
それにしても前回会った時もそうだがこのオジサン音量のダイヤルが壊れているのだろうか。
所構わず大声を上げる。まったく、困ったものである。
しかし・・・・・・、尾行はこの先無理だろう。今回失敗してしまったのだ。次回からは警戒されまくって見つかるのがオチだ。
ならば方法は一つだ。
「おい、武将オジサン」
「あ?わしのことか!?」
思わず心の呼び方で呼んでしまったがどうやら通じたようだ。脳内空っぽそうなので助かる。
「アジトの場所教えてくれませんかね~」
顔の近くでねちっこく問いかけてみた。もちろん答えは・・・・・。
「んなもん教えるか!解けっ!このっ!このっっ!!」
どうやら答える気が無いようだ。この機会を逃せばきっとアジトを見つけるのは容易なことではなくなるだろう。
と、オジサンにそるが近づいた。カッカッとヒールを鳴らし近づいていく。
そるの服装はピッタリしたOLが着るようなスーツだ。それに編みタイツと細いヒールを履いている。
さらにはあの真っ赤な三白眼に銀色の長髪。このビル街に似合う気の強そうな女性そのものである。
「主様よ、ここはまかせてくりゃれ」
そるは振り向きそう言った。どうやら先ほどの備考の借りを返そうというのだろうか。
まったく律儀な女性である。
「さて、おじ様よ。楽しい尋問の時間じゃ」
「はっ!小娘がっ!わしがお前なんかに負けるなんっっっっっっっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そるは武将オジサンを蹴倒し顔の上に乗る。あの状態であればオジサンからは絶景が見えるはずなのだが・・・・・・今は地獄でしかないだろう。
なぜならそるに眉間を踏まれているからだ。それもヒールの細いところで・・・・・・。
人形少女サイズのヒールだ。人のヒールよりもより細い。急所をそんなとがったもので踏まれているのだ。大の男でも痛がるだろう。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃだだだだだだだだだだだだだだ!!」
「割れるのが先かの?それとも口を開くのが先かや?わっちはどっちでもいいがのぅ」
ドSである。
教育上よろしくないので子供とあやめは後ろに隠す。
あやめはクスクスと笑っている。どうやらこの一面もそるらしい面ということだろう。
「参考までにそるを怒らせたらどうなるんだ?」
「ん……?ああ、そるのことね。三日三晩あんな感じの拷問で悲鳴がずっと響いてたわね♪」
この状況でも何かを考え込み微動だにしていないあやめ。突然の私のフリに驚いている。
あやめの様子を見るにこの状況は不思議なことではないのだろう。全く末恐ろしい娘である。
あやめの話した三日三晩等言う言葉を肝に銘じる今後、そるを怒らすことは控えるようにしよう。
そうこの薄暗い路地裏で心に決めたのだった。
その後数十分拷問が続き・・・・・・。
「へい、そるさん。わしが案内してあげまさぁ」
「よろしいっ。だがそるさんじゃなく、そる様とお呼びなさい」
「へい!そる様」
すっかり手なずけていらっしゃる。先ほどまで荒々しかったヘラヘラとした表情で武将オジサンは頭にそるを乗せている。
実に奇妙な光景である。
だが、仕方ないかもしれない。そるは器用に人の急所を的確に抑えヒールで踏み話しかけたあたりで言葉巧みに甘い言葉を投げかける。
思えば言葉の選び方も上手かった。これから先の旅先でその世界の人を引き込むには心強い。
さまざまな世界の人と仲良くなるのは世界を旅する上でかなり重要だ。もしあの責める方法以外も知っていればの話だが・・・・・・。
それにしても、先ほどの拷問は子供にお見せしてはいけない光景だ。そう判断し、あやめは早々に子供を家に帰した。その素早い対応はさすが姉妹というところか。
しかし……あの責め苦をしている時のそるの目を見るとなぜか背筋に気持ちいい物が走る。もしかすれば私もその気があるのかもしれない。
いやいやと頭を振るう。変な考えが顔に出ていたら困る。変態の顔だ。さぞ変な顔であろう。
変な顔をしていないか心配になりそるに顔を向けた。そるはなんとも満足げな笑顔である。小悪魔のような意地悪な笑みであった。
私の顔なんか気にする感じではなさそうだ。
「そる、そろそろいいか?」
満足げにオジサンと話しているところを見るとそろそろそるの方も決着が付いたようだ。
一区切り付いたところで話を本題に移そう。オジサンに向き合い、知りたい情報を聞きだすことにした。
「オジサン、私知りたい情報が二、三あるんだけど答えてもらえま・・・・・・」
「だぁれがてめぇに教えるかっ!わしが慕ったのはそる様だけじゃ!」
「・・・・・・そる」
そるに目配せを送ると承知したとばかりにオジサンの耳をつねる。
その細い指でつねるものだからいいピアスの穴が開きそうな肌のへこみ方である。
オジサンはかなり痛がっている。が、そるを頭から落とすまいと激しく動かないように踏ん張っている。
この数十分の間にどれだけの忠誠を誓ったのだろう。
わざとこちらに付いたという可能性も無いとは言えないが・・・・・・とりあえずそるが居る限り大丈夫そうだ。
そるがオジサンの顔を覗き込みなにかつぶやいている。小さくオジサンはうなずきこちらに向き直った。
「そる様の主様ならばわしの主人じゃ!何でも聞いてくだされ!!」
「あー・・・・・・まぁ、そういうことになるのかな?」
そるが何をつぶやいたのかはわからないが、話がスムーズに進むのならばそれでいい。
満面の笑みの少し気持ち悪くなった武将オジサンにいくつか問いかけた。
割とさらりと洗いざらい話しが聞けた。組織としてのつながりは薄いものらしい。
分かったことは一つ。
「今回のボスはどうやらそこまで悪どい連中じゃないみたいだな」
彼女たち人形少女を集めて何をするかと少し考えたこともあった。
たとえば、小さな人形少女だ。見世物にすれば人は寄り金になることだろう。
研究でもすれば何か発見があるかもしれない。研究ともなれば酷い目に合うことは目に見えている。
あとは過去の自分が残した言葉だ。[世界旅行を使う悪が居る]というもの。
私自身は自由に世界旅行ができるわけではない。いつも行き先は部屋という乗り物に揺られて行き当たりばったりだ。
だが、自由に行き来できるとなれば想像しただけで恐ろしい。
巨大な兵器を移動することはもちろん恐ろしいことであるが、進んだ技術を盗み自分の好きな世界でそれをばら撒く。
そうなれば世界は混沌と化すだろう。末恐ろしいものである・・・・・・。
だが、今回はそこまで頭が回る敵ではないらしい。
なぜなら・・・・・・。
「本当にただ珍しい人形が欲しいということなんだな?」
念を押して武将オジサンに詰め寄る。小さくうなずく武将オジサン。
どうも人形コレクターでどこからかの情報で自分で[不思議な世界から]動く人形がきていると情報を入手したらしい。
その情報で探っているとバタリと遭遇したのがそる。
数週間追いまわし、さらに私とあやめを発見したということらしい。
そるのことを思うと災難だ。というか数週間追い回されるというのはさぞ怖かっただろう。
武将オジサンに寄りちょっと頭を下げてもらう。
「お前もお疲れさま・・・・・・」
優しくそるの頭をなでる。すこし柔らかい笑顔を見せてくれて私も微笑ましい気持ちになった。
笑顔のあとそるは少し考え込んだ。そして、意を決したのか小さくうなずき口を開く。
「頑張れたのは夢のおかげなんじゃ。この端末を持って寝たら変な夢を見ての・・・・・・。
きっと目が覚めたら主様にまた会える世界にいける。またで会えるという夢をの。」
その言葉にはっとした自分が居た。それは自分の世界旅行と同じだったからだ。
夢を見て、言葉を聞き、目が覚めると世界旅行は始まっている。それは何度旅しても変わらない儀式のようなもの。
そるは言葉を続ける。
「その夢の中で、もし旅したら元の世界に帰ってこれる保証はない。
どうするかと聞かれて・・・・・・。
もちろん行きたいと願ったらこの有様じゃ。見事出会えたからよかったものの不安だったんじゃぞ?
二度ほどここではない土地も主様の言う[世界旅行]したしの。」
少し憂鬱そうにこちらを見るそる。その目線ははじめてみる儚さだった。少し戸惑ってしまう。
見たことのない表情・・・・・・、どうしてそこまで私に会いたかったのだろうかと考えてしまう。
先ほど武将オジサンが起きる前まで考えていたことが頭をよぎる。
さすがの鈍感思考の私も考えてしまう。どの世界でも人を突き動かすもの……それは……。
愛。
そんな自信過剰な考えをそるに言うことはできはしない。もしこの考えが的外れなら必死に追ってきたそるはさらに傷つく。
自分の暗い発想が嫌になり、側のブロックの上でぼーっとしているあやめに寄り添う。
話しに入っていけずにボーっとしていたのだろうか。それとも考え事をしていたのだろうか。うとうとしている目がなんとも可愛らしい。
ゆっくりとまた右腕の懐に抱きかかえる。少し寝ぼけているのだろうか・・・・・・。
「んー・・・・・・あー・・・・・・、どーしたのー?」
間延びした声で私にはなしかける。何も言わずに私はあやめの髪をなでた。
嬉しそうにあやめも私の腕に頬擦りする。それだけで私としては安心だ。
そるは少し困ったような残念なような顔をする。追々きちんと話を聞こう。
私の・・・・・・過去の私の話を。はっきりさせなければいけない話だ。素直に正直に気持ちを開かなければいけない。
この出会った短期間でわかったこと、そるは真っ直ぐないい子だ。
今でもまだ話し足りないことがいっぱいあるだろう。そういうまだ喉に詰まっている表情をしている。
だが、今はまだだ。ひとまずアジトに行き確かめなければいけないことがある。
そう、まずはあやめとそるに安全を与えなければいけない。
確かめること……。それは誰からこの世界から見たら[不思議な世界から来た]人形、その情報を聞いたかということ。
その人物こそこの世界旅行を悪用しようとしている人物もしれない。
いや、間違いなくそうであろう。私以外自由に様々な世界を行き来できる人間は居なかった。
特定の繋がった世界や時間を行き来するものは居るが、私のようにつながりの無く行き来する人間は居なかった。
この世界に[この世界では考えられない不思議な]世界のことを教える人間。
その人物こそ私の探している、正しくは過去の私が退治してくれと願った人物だ。
探し出し、止めさせなければいけない。世界は正しく回り続けなければいけないのだから。
「私は世界の旅行者だけど・・・・・・本当に旅行者なんだよね~」
誰に言うわけでもなく、しいて言うならあのドライバーの声を一緒に聞いたあやめに言った。
「その世界を見て、楽しめればそれでいいんだ。それでこそ旅行ってね。
今回の世界ではそるや武将おじさんと出会えた。それが楽しささ。
それを楽しまず、悪用する人物。うん、少しわかったきがするよ」
ドライバーから声を聞いたときにはボンヤリとした決意しかなかった。決意とは自分で決めなければそれは揺らいでしまう。
まだまだそのもやは晴れていないが、とりあえずその人物を探したいという興味は沸いた。
自分自身のために。
意味を分かっているあやめだけが私をじっと見つめ、寝ぼけながらではあるがボンヤリした眼差しでこちらに話しかける。
「ふふ。いい目。かっこいい」
そう言うとそっとあやめは私の腕から這い上がり・・・・・・唇を合わせた。
私の決意が分かってくれたのだろうか。やる気が格段に上がった。意味の分かってないそるは不服そうにこちらを見ている。
「主様!わっちにゃ全然わからんぞ!どういう意味じゃ!」
そるには歩きながら詳しく説明しなければいけない。話すことは山ほどだ。
ドライバーからの声のこと、ドライバーに端末・・・・・・オールフォンといったかあれをセットするということ。
話すことは山ほどだが、とりあえずはアジトに向かうことにしよう。
この武将オジサンのガタイのよさは目立つが私の小ささが隠れるので丁度いい。
背は高いほうがいいと望んでいた少年時代もあったが程々がいいというのを改めて実感した。
「んじゃ、出発しますか。オジサンよろしく!」
「おぉぉぉぉぉ!!わかりましたよー!そる様!落ちないようにお気をつけを!!」
もうコイツ誰だよと心の中でつぶやく。それほどまでの態度の変貌だ。
無理やり連れて行くというのは性に合わないしちょうどいいとは思うが・・・・・・なんかやりにくい。
そんなことを考えながら薄暗い路地裏を後にすることにした。
旅と言うものはハプニングがつき物だ。
忘れ物をした、落し物をした、トラブルに巻き込まれた。
そんなことも旅の思い出の一つ。それを楽しんでこその旅という物。
だが・・・・・・。
「さて、話はクライマックスに突入だ。
だが、おかしいね。ああ、おかしい。
アレは私が、おれが、自分が、わっちが、俺が、我が知らないものなんだがね。
まぁ、これも楽しいハプニングの一つか。予想外と言うものはいつも面白い。
世界の旅行者よ。いつも通り楽しんでこなしてくれたまえ」
○第一話六歩目 ~旅の出会いは良縁か悪縁か~
○第一話六歩目 ~旅の出会いは良縁か悪縁か~
灰色の喧騒。行き交う人々の声。車の排気ガスの臭い。
武将オジサンを仲間に加えた私たちは暗い路地裏を抜け大通りの近くの小道へと出た。
路地裏に来るときはたどり着くことに必死で目に入らなかったがどうやら結構大きな街のようだ。
周りを見渡すと建造物、人、車でひしめいている。割と狭い街である。
話によるとアジトは結構遠くにあるらしい。この街から離れた郊外にあると。
となると交通手段が必要だ。電車でいくか?だがそれには少し問題点がある。
それは道案内をするこの武将オジサンの格好である。
念のためいきなり敵対してこないように両手はギッチリと縄で結ばれている。
そして何といっても頭の上にはすっかり女王様気分の小さな人形少女[そる]が乗っている。
はぁ、とため息をついてみるが私も人のことをいえた格好ではない。
なぜならば私も腕に同じく人形少女を抱きしめているからだ。ぼんやりとした目でうつらうつらとしている。
眠いのだろう。空を見上げると太陽と雲のコントラストで暖かい陽気が演出されている。
私もゆっくりできればここで昼寝と洒落こみたいところだが……、まずは今回の事件解決が先だ。
「そうだ、これでアジトまで行こうか」
はっと思いついた私は身につけているコートの内ポケットに手を突っ込む。今まで様々なものを取り出てきたその内側を探る。
どこにしまったかなと探ってみれば……コツンと目当ての物に指先が当たった。
取り出したそれは……鉛色に鈍く光る鍵であった。
「ん?それはなんの鍵じゃ?」
そるが武将オジサンの頭の上から疑問を投げかける。
たしかに鍵は何かを開けたり作動させたりするものだ。ここには扉も装置もありはしない。
私はにやりと片方の唇をあげる。
「さぁお客様。とくとご覧ください」
私はさながら魔術師のような口ぶりで武将オジサンとそるに向かい合う。
あやめを落とさぬよう器用にコートを脱ぎそっとそこにあったガラクタの自転車にかぶせる。
「3.2.1……ほいっ!」
バサッとコートを一気に引き上げると……そこには立派な真っ赤な右ハンドルのオープンカーが姿を現す。
これには二人とも目を丸くする。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!さすがそる様のご主人!」
「主!主様っ!!どうやったんじゃ!どうやったんじゃ!?」
私は得意げに人差し指二人に見せつけるようにを左右に振る。
ここまで驚かれるとさすがの私でも得意げになるというものだ。タネ明かしは後に取っておくとしよう。
武将オジサンを後ろに乗せ、そるとあやめを助手席に乗せる。
まさかとは思ったが、どうやら武将オジサンの頭に乗ったまま車に乗るようだったそる。
さすがにそれ相応に軽い彼女だ。飛ばされることは間違いない。
渋々といった顔でふてくされるそる。だが、車で走り出したらその顔も元に戻るだろう。
なんと言ったってこの気持ちいい陽気にオープンカーだ。気持ちいいことこのうえないだろう。
私は車のキーを回し、大通りへと駆け出した。
ふ、とあの自転車の持ち主には悪いことをしたなと思いながら……。
立派なオープンカーが去ったそのあとには先ほどの自転車がペタンコな無残な姿になっていたのだから……。
暖かな陽気に照らされ車は走っていく。さすがに一通りが多かった街では颯爽ととはいかなかった。
だが少し街から離れた郊外に出ると車通りは少なくなり気持ちいいお日様と風が顔を撫でる。
そるの顔もすっかり笑顔に戻り、立ち上がって外を眺めている。ふむ、少しこの車も改良しなければ。助手席を人形少女ように改良する案を頭で練りながら運転する。
ふと、武将オジサンのことが気になった。バックミラーを見ると後部座席にどっかと乗っている。
二人用の座席ではあるがあの巨体にかかればそれでも狭いぐらいだ。両手が縛られているのでさながら犯人護送中といったところだ。
護送なら左右に人間がつくが……ぎゅうぎゅう詰めにされている左右の人の姿を想像すると少し笑いがこみ上げた。
「さて、武将オジサン。あんたのコイツらを捕まえようとした理由はわかったが、なんで雇われたの?やっぱ金~?」
このオジサンたちの理由は分かっている。クライアントが[生きた人形]のことを知りそれを捕まえて欲しいと願ったことらしい。
はた迷惑な話だがそれに賛同したこの人たちのことが気になった。武将オジサンは私の後頭部にそのサングラスを向け言った。
「報酬は1億じゃ。当然引き受けるじゃろう?」
その桁違いな金額に思わず口があんぐりと開く。まったく、金銭感覚が崩れている人らしい。
そうなると、だ。それ相応の警備はあるのだろう。やはり乗り込むのは少し安易だったようにも思えるが……。大丈夫だろう。
あやめはもとよりそるの身体能力は目に見張るものがある。実際に見たわけではないがポリバケツを蹴り飛ばしたらしい。
中身の入った重いやつをだ……。こうなると他の身体能力もずば抜けていることだろう。
しかも体が小さいため身体能力が高ければそう簡単には捕ることもないだろう。
「そるー。乗り込んで万が一のことがあったら……」
「そんときゃわっちのことは構わなくてよい。わっちは一人でなんとかなるが姉さんはか弱いからの」
どうやら言いたいことはだいたい伝わっているようだ。横目でそるに視線をやり、前に向き直して軽く頷いた。
きっとなにもないだろう。そう信じて車を走らせる。
「主様は大丈夫なんじゃろうな?」
ふいにそるが聞いてくる。私は鼻を鳴らし、大丈夫と答えてやる。
だが、そるは続けてこう聞いた。
「たわけ!どうやら[アレ]はまだ使えるらしいのはわかったがストックを気にしているんじゃ!」
ハンドルを不意に傾け車が揺れる。肩ががっくりと下がったからだ。
そるに注意されたが右から左へと抜けていく。どうやら先ほど車を出したときの喜びは演技だったようで。
「そっか。そるは一度私に会ってるんだもんな」
「ああ、そうじゃ。しっかし、あんな感じに洒落た出し方をするのに驚いたわ。相変わらずじゃなって思ったの」
横目でそると視線を交わす。やはりなんだろう……そると会ったのは最近のことなのに心と心が合っている。
心の深い部分で噛み合っている……。
昔からの旧知の仲といったところか……。不思議な雰囲気が二人を包んだ。暖かい、この陽気よりも温かいものが二人を包む。
「ごっほん!ぎーくん、何やってるのかな~?浮気はめーよ?」
不意にあやめが起きた。ドキリとする二人。慌てる姿がさらにバツが悪い。何をやっているんだ、私は。
「はぁ……そるー。この件解決したら聞きたいこと、山盛りだからね?」
笑顔でそるに語りかけるあやめ。その笑顔が非常に怖いものに見えるのは……私だけではないだろう。
いつのまにか修羅場と化した車内。一番居所がない後部座席の武将オジサンが口笛を吹いてこの雰囲気を誤魔化した。
だが、そるだけが何事も無かったように、いや少し頬を赤らめうつむいていた。
ふと、あやめがそるの方を向き小さくつぶやいた。
「そう……[浮気]はめーよ?だから…………」
最後の方は風に邪魔され聞き取れなかった。私が聞きなおすのも変な話だし流すことにする。気にはなるニュアンスではあるが……。
街を抜け、緑が多い町並みになってくる。車はまもなく目的地に到着だ。まずはこちらのことに集中だ。
人形少女を欲しがる理由。そして、その存在を教えた人物について。
到着し、その後の懸案事項への不安もある。そるについて思うことそれは様々大きくなってきたが今は別のところにおいておこう。
この件をいち早く解決する。そう心を引き締めアクセルを少しばかり強く踏みこんだ。
「でけぇ……」
「大きい……」
「なんじゃこの大きさは……」
一同声を揃えてその大きさに感嘆とした屋敷。全員そう口を揃えるほど到着した屋敷は大きかった。
まず、門がでかい。ゆうに4mは軽くあるだろうか。豪華に装飾されたその門は一見するとただの壁である。
それほどまでに大きな門だがさらに奥にある屋敷もまた大きい。
門で視界が遮られているというのに門に隠れることないその屋敷は一体どれだけの大きさか図りきれない。
だが、私は未だに信じられないことが一つあった。
「お前のクライアント、本当に一人なのか?それも女の子が一人って」
そう、ここに来る途中変な雰囲気になってはしまったが重要なことは武将オジサンから聞いていた。
一つ、屋敷はかなり広いとのこと。
二つ、クライアントはその広い屋敷に家政婦一人雇わず暮らしているとのこと。
三つ、そのクライアントは[小さな少女]だということ。
「本当じゃよ!わしがそる様のご主人に逆らうとでも!!??」
そこはよくわからな理由ではあったがなぜか信じてもいいような気分にもなる。
門にはインターフォンらしきものはない。この門はその孤独な少女の心かもしれない。
「お金持ちの孤独な少女、ね。少し興味が湧くかな」
興味は湧くがイマイチいい気分にはならない。それはいくつかの世界で味わった気分と一緒だからだ。
どこの世界でも金、資産、資源といったものには争いがつきものだ。さらにその周りの者たちは心が荒んでいく。
もしかしたらその少女も……。
「来てよかったかもしれないな。業突くな大人だったら無理やりにでもって思ったが・・・・・・。
人形少女を欲しがってる理由もこうなると気になるね」
どうやら今回は物騒で血なまぐさい取り合いではないらしい。話してみなければ、その少女と。
「ぎーくんは本当、お人よしだよね~。もしかして人助けこれまでもいっぱいしたんじゃない?」
よく考えればそうかもしれない。周りの戦いやその戦いに心蝕まれた人たち。
そんな人たちに興味を持ち、私はこれまで世界旅行でお節介を焼いてきた。
なぜそれに興味が湧くのかはわからない。だが、それを繰り返すと人々が笑顔になる。私も笑顔になる。
「たしかにな。人助けして、そうやって世界回ってきたかもしれない」
そんなお節介な世界旅行。今回もお節介な旅路になりそうだ。あやめはそんな私に笑顔を向ける。
「ふふふ、そうね~。やっぱりね~」
なぜか上機嫌なあやめ。先ほどまでの自修羅場の雰囲気を出していた時とはまったく違う。優しい優しい雰囲気である。
そるは相変わらず顔を赤らめている。……急に体調が優れなくなったのか。
さてと、と門を見渡す。どうやらこの重苦しい門を開けるしか方法は無いようだ。正攻法では・・・・・・だが。
「武将オジサンは車で待ってて。さすがにその図体抱えて進入するのは難しいからさ」
武将オジサンは少し渋ったが・・・・・・素直にうなずいた。初めてかもしれない、このオジサンが考えた顔をしたのは。
そるはペットを置いていくのは嫌ーとも言っていたが・・・・・・そこは聞かなかったことにしよう。
あやめを右腕に、そるを頭に乗せた私は開いた左手で内ポケットを探る。目当てのある物を探す。
「まさかとは思うが主様・・・・・・飛ぶのかや?」
「んー、正確には[跳ぶ]かな~」
そるはなんと無しに察したようで髪の毛を強く掴んだ。少し痛いがそのほうが好都合だ。
足に力を込める。否、力が筋肉が活性化するというべきか。まるで足がカンガルーになったかのようだ。
「よっしゃ!あやめも痛いぐらい腕を掴んでろよ!」
あやめはまだ事態を把握していないようだ。少し躊躇していたので代わりに私の腕の力を強める。
そして・・・・・・跳んだ。軽くその門を飛び越え・・・・・・一気に中庭に降り立つ。
案の定あやめは驚いたような声を上げている。だが、着地の瞬間舌をかんだようで少し悶絶している。
そるはというとしっかりと髪の毛を掴んで離さない。正直に言うと髪の毛が抜けそうで心配だ。
館を見上げた。一箇所だけ不自然に明かりが漏れている部屋がある。
どうやらその少女が居る場所はそこらしい。ピョンピョンと屋根を跳ねていく。
だが、まったくどれだけ広い屋敷なのだろう。5階建ての学校に6、7、8階と柱状に乗っかったような造りだ。
これだけ広い屋敷に少女1人とは・・・・・・やはり信じられない。
先ほどから左手は何があってもいいように離さない。きっとこのコートの中にある[コレ]が助けになってくれる。
考えながら屋根や雨どいを使いまるで簡単な小さなアスレチックで遊ぶように上っていく。
そして・・・・・・。
「見えた!突っ込むぞ!」
あやめとそるに言うが聞いていないようだ。いや、聞く余裕は無いだろう。二人とも必死に掴まっている。
最後のひと跳びの足の力を目いっぱい込め・・・・・・窓にドロップキックをかました!
瞬間、周りを確認する。罠であれば周りに先ほどまで語らっていた身長2mの大男たちに囲まれているはず・・・・・・だったが。
「ふぅ・・・・・・どうやら本当にアンタだけか」
そこには無表情でこちらを見ている少女が一人いるだけであった。
彼女の方が人形のようだ。それほどまで瞳には光が無く肌が白い少女であった。
この状況にも微動だにせずこちらの様子をうかがっている。
「色々話を聞きたいんだがね。お嬢さん」
「何の用?泥棒さん」
確かに傍から見たら泥棒かもしれない。だがそれはこちらがいいたい言葉でもあった。
「人の可愛いお人形とるのは泥棒じゃないんですかね?」
「こらぁ!主様!どういう状況じゃ!いい加減下りてもいいのかや!?」
少女は目を真ん丸くした。私の質問ではなく、私の頭の上で騒ぎ始めたそるを見て・・・・・・。
その生気の無い瞳には生気が宿り、興味津々といった様子でそるを見ている。
どうやら彼らのクライアントというのは本当らしい。その表情でよくわかった。そして・・・・・・その理由も。
「この子達を追い回した人たち雇ったのは本当に君らしいね。ゆっくりお話、いいかな?」
少女はコクンとうなずいた。先ほどより顔が生気を帯びたのは気のせいだろうか。
少女は部屋の奥へと私達を案内した。
頭の上のそると腕の中で気絶しているあやめを下ろしひとまずガラスが粉々になった場所からそちらへ向かった。
案内された部屋には大きなテーブルといくつもの棚があった。
その棚には種類、大きさ様々な人形達が飾られている。飾られている写真も人形ばかりだ。
テーブルは綺麗な白のクロスがかけられている。彼女は部屋奥の席に着く。
私は彼女に向かい合うように座る。そるは行儀は悪いがテーブルの上に腰掛ける。
あやめは未だに気がつかないのでそるに膝枕され寝ていた。
改めてみると綺麗な少女である。年は10歳頃であろうか。
この豪華な部屋、それもいくつもの人形に囲まれた部屋では彼女すら人形の一人ではないだろうかと見間違えそうなぐらいだ。
「私の名前はぎあ。あなたが狙っていた人形少女の主人といったところか」
「・・・・・・」
どうやら誘われはしたが自己紹介をするつもりは無いらしい。
雑談でもして、とも思ったが彼女の様子はそんな雰囲気ではない。早速ではあるが本題に移るとしよう。
「聞きたいことは二つ。一つは何故人形少女達が欲しかったのか・・・・・・っていうのは野暮な話だったかな」
「人間は、嫌い」
私は少しこの少女にビクリとしてしまった。恐れも無くこちらの方を真っ直ぐまるで刺すようにそう言い放ったからだ。
人が嫌いという言葉は何度も聞いた。だが、ここまで真っ直ぐに言った人はいただろうか。
どれだけ剣を首元に突き立てられようが銃を向けてられていようが今のこの表情に敵うものは無いだろう。
そんな彼女に負けずに私も目を真っ直ぐ見据えて話すを続けた。
「その一言だけで十分だ。私も様々な世界を見てきたからね。
君が何故彼女達を欲しがっていたのか、それは・・・・・・」
「ふ。初対面のあなたに何がわかるの?」
確かにそうだろう。私は窓から飛び込んできた部外者だ。そんな人物に何を言われても心に響くものなどありはしない。
様々な言葉が頭には思いつく。だがそれが口を通して出ることは無い。
どんな言葉を紡いでも彼女には届きはしない・・・・・・。しばしの沈黙が部屋を包んだ。
これはまた今度と出直そうかと思ったときだった。
「私たちも・・・・・・わからないかな」
ふと、あやめが起き上がった。どうやら薄ボンヤリと意識はあったようだ。
私の目をそっと見つめ優しく微笑む。ここは任せておいてと言うことだろうか。
少女はそんなあやめに嬉しさ半分、悲しみ半分と言ったところだろうか。
話しかけてくれた人形少女、だが求めていた者に[わからない]と言われた。あやめは少女の方に歩み寄りながら言葉を続ける。
「だってそうでしょう?あんな大男たちに追われて私達も怖い思いしたわ。
そんな思いをさせられて……仮にここに連れてこられても私たちがあなたに心開いたと思う?」
「それは……」
厳しい目、言葉。それはまるで母親が子供を叱るかのような様子であった。
人間のたった1/3にしか満たない大きさの彼女。だがその存在はここに居る誰よりも大きかった。
彼女はその厳しい目を柔らかくし、彼女の手をとった。その手はとても暖かそうなものだった。
「わからないわ、ええわからない。もし、もっと最悪な出会い方だったらさらにわからないわね。
でもね、こうやって今は手を取り合えた。
ハチャメチャな男が窓から飛び込んで、こうやってあなたの求めた私達がここにいる」
少しイタズラっぽい視線でこちらを見てきた。これは先ほど気を失うまで飛び回った復讐だろうか。
はいはい、と私は頬をかき彼女に微笑む。それでよしとしたあやめは言葉を続ける。
「そう、ここにいるのよ。
少しずつでいいの。こうやって手を取り合ったらもう友達よ。
友達の苦しみ、私はわかりたいな。」
「友……達?」
少女はすごく疑問の表情を浮かべていた。まるで初めて知った言葉のように。
そんな無垢な表情を浮かべる少女にあやめは続けた。
「友達っていうのは苦しみも楽しみもわかりあって仲良くなろうとする人のこと。
どう?[トモダチ]ならない?」
「それじゃ、わっちも友達じゃな!」
いつの間にかそるもあやめの後ろに立っていた。二人とも笑顔で少女の手をとっている。
その温もりが心地よかったのか……。
「とも……だち?いいの?アタシ……あなたたちに……酷いことを……」
「んー、確かに怖かったけど、ちょっとしたアトラクションだと思えば楽しかったかな~。
ぎーくんピョンピョン跳ね回るし」
「そうじゃの。細かいことは抜きじゃ。どうじゃ、友達なるのかや?ならないのかや?」
一旦手を離して少女に手を向ける二人。
どうやら心が少しだけ開いた少女はゆっくりではあったが二人の手をとった。
そんなほほえましい光景に私の口も少し緩んでしまう。さすがと言うより仕方ないかもしれない。
いや、今回は少しばかり都合がよすぎるかもしれない。
心を閉ざした少女、その心を開くにはやはり人間以外の……それこを人形少女でしかなかった。
さらにと言うならば、そると出会ってから違和感が多かった気がする。オールフォンと呼ばれる端末の件、ドライバーと呼ばれる装置の件。
あとはあやめと姉妹ということも、そして……私の感じている感情。
そるとの出会い、そしてこの少女との出会いも誰かに仕組まれている……?
まさかとは思ってしまうが、違和感が払拭できないまま少し思考が落ち着かなかった。
「主様よ。おい!主様!なに呆けとる?」
そんな落ち着かない思考を引き戻してくれたのはそるであった。どうやら聞きたいことを聞けとのことらしい。
そう聞きたいことは二つあったのだ。一つは何故人形少女を求めたのか。
それはこの後ゆっくりあやめたちが聞いてあげればいい。たとえこの件を解決してもいつものパターンならば少し滞在するはずだから。
聞きたいことはこの二つ目。
大事な……過去の私の知らない自分が危惧していたことに関わること。
「君にこの人形少女のことを教えた人のこと。このあやめやそるを連れてこさせようとした人って誰?」
「さっきから気になってたんだけど……あなたがこの生きたお人形をさらったんじゃないの?」
はっと思う。たしかに情報を教えるような人間が本当の私の素性を話すとは思えない。
さらったか。確かに人形好きな少女のことだ。
そうなれば至極単純、悪漢からかわいい生きた人形を自分が欲してやまない彼女達を救うと言うのは目に見えている。
なんとも頭のいい小悪党なことだ。
「そっか、それで私達を救うおうとあんな大男たちたっくさん雇って追い回してたのね」
「残念ながらあっちの男にそんな人攫いなんて芸当はできんよ。どちらかと言うと詐欺に騙される人間じゃ」
好き勝手言ってくれるとは思うが人に騙されたことは何度もあるので何も言えない自分が居た。
そんな漫才のようなやりとりに少女も微笑む。だが、ふと腑に落ちないような表情に変わる。
そんな表情を読み取ったのかあやめは少女を促す。優しく微笑みかけて。
一呼吸置いて彼女は口を開いた。
「アタシね、ここに来た一人の男の人に生きた人形をさらった人が居るって聞いて……。
その人から助けるなら1億ほど欲しいって言われてね。
お金ならいくらでもあるから持っていってって。そしてそのお人形さんたちをアタシに連れてきてって言ったの」
話が見えてきた。その男の狙いが。
狙いは二つ。一つは人形少女だ。彼女たちをさらいどうにかしようとしてたのだろう。
そして資金だ。その人間が世界の旅行者の力があるなら確実に必要だ。
私も同じ旅行者なのでわかる。最初は資金に困っていた。私の場合はあの部屋の管理人の猫がその世界の金目になるものを持ってくる。
それで難なく暮らしてはいるが……なんのつても無ければ飢え死にするだろう。
つまるところ……その男はこの少女に何も渡すつもりは無かったのだろう。
金を盗り、さらに少女の欲しがっていたさらに言うならば助けたがっていた者すら奪って。
こめかみに血管が浮かぶのが自分でもわかる。久しく感じていなかった怒りがこみ上げてきた。
「こんな心が荒んでしまった少女の一筋の優しい光すら利用して……。
どうやら相当な極悪人みたいだな。その男っていうのは」
「はっはっは。極悪人とは酷い言われようだねぇ。君だって似たようなものじゃないか」
振り返るとそこには一人の人が立っていた。先ほど割った窓からもれる強い光が顔を照らし顔はよく見えないが、声で男と分かる。
あやめとそるはすごく怖がっている表情をしている。どんな人間がそこに立っているのだろうか。
そして、目を凝らした瞬間。
それは直感と言ってもいい。私は人形少女二人と少女をかばうように覆いかぶさった。激痛が走る。
「はっはっは、一番手こずると思ったアンタが先に逝くか……。
こうも簡単にことが進むと笑いが止まらないねー。
どうやら、俺に聞こえる声の方がアンタのよりも正しいってワケか。」
何か言っているのは聞こえている。だが、よく思考が回らない。
背中が熱い……。ふと、あやめとそるを見る。
とても心配した表情だ。これは少しやばいかもしれない。それくらいの熱さだ。
「それじゃ、今度こそ。お別れだ。これで世界の旅行者は俺らだけになる」
一閃。その男が腕を振る。だが、私は諦めの悪い方の男だ。
残った力を振り絞り……コートの中の[アレ]に全神経を集中させた……。
先に言ったように出会いと言うものは唐突なものだ。
だが、一つ。誰かがその出会いを操るということもあるだろう。
それはいい縁を結ぶために、はたまた悪い縁を結ばせるために。
だがどちらも誰かの図った縁。自然な縁ではない。
「私は、おれは、自分は、わっちは、俺は、我は前者の方が素敵だけどね。
そのいい縁はきっと人を幸せに向かわせる。いい縁が自然といい縁を繋ぎ合わせ幸せを奏でる。
彼は[俺のほうの声]と言ったか。
はて。それも私が、おれの、自分の、わっちの、俺の、我の知らないものだ。
ふふふ、世界の旅行者ぎあよ。今回の旅からは少しばかり君も、そしてこちらも楽しめそうだよ?
だからここで果てるなんてつまらない旅行してくれるんじゃないぞ?」
○第一話七歩目 ~旅の思い出は最高の友~
写真……日記。
旅の思い出を残す媒体は人それぞれだろう。
ブログに逐一日記を打ち込み残すものいい。どの媒体であっても旅の思い出を思い起こすことができる最高の旅の土産だ。
私は一つ、不思議な思い出の残し方をしている。
それは一枚の[黒いカード]、テレフォンカードやキャッシュカードぐらいの少し厚みのある[黒いカード]に思い出を残す。
出会った人、見つけたもの、見つけた風景。
そのことを思い出せば人や風景ならば姿がそのカードに写り、食べ物ならば味はわからずとも香りは再現される。
いつだったか……その[黒いカード]を手に入れた日のことは思い出せない。
最初から持っていたのか、はたまた記憶がなくなった時を挟んで持っていたのか……。
いや、これは最初から持っていただろう。なぜならその思い出はかなりの量だ。
今でも様々な世界で出会った人たちの顔や美しい風景をその[黒いカード]を通じて思い出すことができる。
いつの頃だったか……死の危険が迫った時、この[黒いカード]の不思議な能力を知った。
例えば業火に包まれた時。そこで、もし自身がいつか出会った水の神ならばと願ったことがあった。
すると自分の体を水が包み込んだ感覚になり、その業火から私の身を守り道を開いてくれたことがあった。
例えば谷底に突き落とされたとしよう。いつか出会った蜘蛛の糸を自由に扱う妖怪だったならと願ったこともあった。
すると手がまるで蜘蛛の糸のような柔軟性と粘着力を持ち自分を助けたこともあった。
そう、この[カード]は思い出を紡いでくれた者たちが私の体を変化させ助けてくれる不思議な道具。
最高の思い出の塊なのだ。
そう、最高の思い出……。あまり[使いすぎたくない]思い出。
だが頼ろう。自分を、そして周りの助けたい人たちのために。
○第一話七歩目 ~旅の思い出は最高の友~
「さようなら。世界の旅行者さん」
迫る敵からの斬撃。
未だ姿すらハッキリと見ていない敵。攻撃される理由は大体予想は付いているがまだ曖昧だ。
だが、攻撃された。世界の旅行者は一人でいいという理由で。背中を一閃され深い傷を負ってしまった。
私が倒れればこの胸の中で庇っている人形少女、あやめとそるは間違いなく危険さらされるだろう。
そして、同じく庇っているこの館の主人である幼い少女もまた……。
この彼女の宝物、おそらく命と同等に大事な人形たちを飾っている部屋もめちゃくちゃに。
それ全て守ろうと私は必死に思いを込める。
力いっぱい胸のカードに思いを込める。
誰か、助けてくれと……ここで死ぬわけにはいかないと強く願う。
思い浮かんだのはやはりここで颯爽と登場するヒーローだった。浮かび上がったのは少し滑舌の悪い正義のヒーロー。
最後の最後で自分を怪人へと変え世界を救ったヒーローだった。
彼は孤独と戦っていた。そして、私は彼と出会い少しばかりの事件を解決した。
ふと、こんな死と隣合せの状況にもかかわらず思ってしまう。
(そういえば、彼は元気にしているだろうか。心の底から彼は笑えただろうか。
もし会えるならまた彼と会いたいな。)
そう願った自分がいた。別れ際もどこか遠くを見つめ、目の奥は笑っていたなかった彼ともう一度会い笑わせたいものだと。
「ウェェェェェェェェェェェェェェイッッッッッッッッッ!!!!」
そうそう、こんな叫び声だった。彼が攻撃に転じる時の掛け声。
彼、[剣崎一真]。仮面ライダー剣の世界の自己犠牲の主人公……。
きっと私の腕が彼の使っていた剣へと変わり攻撃に転じるはず……。その時この掛け声を真似てもいいなと思っていた。
剣が交わる音が聞こえる。ふと、自分が誇らしくなる。
そうか、私も無我の境地で何も考えず剣を振るうようになったかと。自分自身に惚れ惚れしていた。
だが、そんな妄想はすぐに打ち砕かれた。
「あ゛~?誰だ?てめぇ……」
敵がそんな言葉をもらした。その言葉に私は思いを込めたはずの手になんの変化もないことに気づく。
いつもの具合ならば剣のように鋭く固くなるはずの自分の腕は未だ普通の人間の腕だ。
さらに言うならば体勢は先ほどと変わっていない。3人を庇いうずくまる自分、その背中方向には一人の敵。
いや……気配はもう一人いた。ふとふり返ると……そこには。
「思わず飛び込んでみたがこれでよかったのか?ぎゃ!」
栗毛で少し長く伸びた髪。斬撃を受け止めた武器。
そしてなによりその私のことを[ぎゃ]と呼ぶ滑舌の悪さにその人物がその人と分かる。
「ケンジャキ!」
「剣崎だっ!!」
このやりとりも懐かしい。だが私の頭は少しばかり混乱していた。
カードが今までこのように人を出したことは一度もないからだ。
物ならば、圧縮袋の要領で小さくカードの中に収め持ち運ぶということもできよう。
だが、人をそんな得体の知れない空間に放り込むことは一度もしたことがない。
どういうことだ、と思考を回そうとするが……今はこの状況を脱することが先決だという思考が先立った。
「ジャキ!ここ任せられるか?」
「だから剣崎だと……いい、いけっ!ぎゃ!」
私の名前を訂正しようと思ったが、それは時間の無駄だ。
それに彼なら大丈夫だろう……。彼は少し人とかけ離れた存在なのだから。
私は庇っていた少女たちを抱え、廊下の扉へと目指す。
切られた背中が灼熱の熱さをもち私をよろめかせる。視界が歪む、足がおぼつかない。
だが、少女たちをこの場から遠ざけなければいけない。剣崎が抑えている間に……。
気力、根性、意地。そういった精神論を背骨のような一本の柱にし扉を蹴破り走り出した。
ふと……胸から這い出したそるが私の背中の傷を見て驚いた表情をしていたが……気に止める余裕はなかった。
……。
走っている途中で内ポケットを確認する。やはりカードは一枚なくなっていた。
この思い出を綴る黒いカード。このカードも無限でなく、有限である。
ただものを出し入れするならば何回でも使えるが……世界の思い出を力に変えると一枚消失する。
世界を救った時、胸元にまた補充されるが、その枚数は微々たるもの。1枚か2枚だ。
そのためいつもは節制しているのだが……今回は使いすぎた。
残す枚数は2枚。だが、全て無くせば思い出は全てなくなってしまう。
一度やってしまったが……形容する言葉がないくらい悲しいものだった。
様々な思い出を無限に封じているとはいえ一枚もなくなってしまえばすべての思い出を無くしてしまう。
確実に封じるに1枚、そして予備にもう一枚。
もう使うことは許されない。私が使いたくないのだ。
だが気になる……なぜ今回は腕が剣になる錯覚ではなく実物が……それも剣崎という人間が出てきたのかと。
「主様、もうカードの枚数ないのかや……?前ならその力である程度の治癒も出来たじゃろう?」
そるが心配そうに見つめる。やはりそるは私の力の出処を知っているようだ。
すごく申し訳なさそうな顔をしている。カードを使いすぎたのは自分の責任と思っているのだろう。
たしかに今回使いすぎたのはそるが関わったことが大きい。だが、私はそれをそるのせいにするわけもない。
なぜなら誰がピンチでも私はこの力を惜しまず使っただろう。
私はそるにそのことを言おうとする……だが。
「だ……じょ…………。……?」
声が思ったように出ない。
代わりにそるの頭を撫でようとした……。だが……。
腕が……うまく動かなかった。
私は顔だけをそるに向けてにこりと笑った。多分笑えただろう。
そるは笑顔で返してくれたが……傷の様子を知っている彼女はどこか心配そうな泣きそうな顔をしていた。
(もう少し……もう少し耐えろ……私……。)
そう念を込め走り続けた。
…………。
走り出し、階段をいくつ降りただろう。そう、階段を確かに降りていた。
館の主人である少女にこの迷路のような館を案内してもらい、すべての気力を振り絞って走った。
そして外に出て……車まで走っていたはず……だった。
頬が熱い。
いつの間にか私は外の石畳に寝転んでいた。いや、倒れ込んでいた。
思考がまとまらない。何度か経験した命の危機。
「ぎーくんっ!ぎーくんっ!!」
横で叫び続けるあやめ。自分でもわかるほど相当やばい状態だ。それは心配になるだろう。
目から私の熱くなった頬の反対側にその大きさには似合わないくらいの大粒の涙を落とす。
微笑みかけようとするが……もうその力すら残っていないようだ。
「主様……起きよ……起きんかっ!わっちはまだ……まだ主様に……」
そるも似合わない顔をしてあやめの横で泣いている。あやめもそうだが彼女は笑顔の方が似合うようだ。
横暴に、だが楽しんでいるあの笑顔。
もう一度あの顔を見たいとも思ったが……無理なようだ。
後ろでは館の少女はどこか呆けている。この状況に呆気にとられているのだろうか。
心配するなという言葉をかけたかったが……口すら動かない。
まずい……こんなにも日が照って体が熱いのに体の芯が寒々しい。
何度かこの死の間際の経験はあった。様々な世界を経験していれば当然かもしれない。
だが、これは味わったことのない寒さだ。本格的に死ぬかもしれない。
「っがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最初に私が侵入した窓から剣崎が落ちてきた。ふと、落下地点が銀色の不可解な歪んだ色に染まる。
そう、私が世界移動するときに発生するあの風景だ。剣崎はまるで幻だったかのようにその歪んだ風景に飲み込まれた。
あの歪みを見たところ、救いに来てくれた剣崎はやはり私が呼び込んでしまったらしい。
(ありがとう……でも、ここまでのようだ)
いつになく弱気な私。ヨロヨロと腕を動かし……一つの装置を取り出した。
それは、猫やそるに渡した発信機と良く似たもの。その発信機にはボタンがついており、緊急callを猫に伝えることができる。
その意図をそるが理解したのか今度は涙をこぼしながら怒り始めた。
「わっちは逃げんぞ!もう一度[主を失うことができようか]!!」
あやめも大きく頷いている。だが、それは了承できない。
もし猫を呼んだところで私を運べる人はここには誰一人いない。
ならば、せめてそるとあやめ、そして少女だけでも逃がしたいと思うところ。
私は動かしづらくなってしまった腕を鈍い音を鳴らしながら動かし……二人の頭を撫でた。
「自分の……せ……かいに……帰るんだ……ぞ?」
精一杯の言葉だった。
もう旅を続けられないのは少し残念な気持ちもする。
先ほどどういうわけか出てきた剣崎。彼の本当の笑顔を見てみたい。
他にもある。まだ巡っていない世界などいくらでもある。
なにより……あやめやそるが元の世界に帰った時の笑顔を見ていない。
さらわれた人形少女だって救ってはいない。
まだまだ興味があることばかりだ。だが、体がどうにも動かない。動かないのではどうしようもないではないか……。
「おーおー。お涙頂戴のクライマックスってか?」
扉からゆっくり敵が出てきた。下衆な大声と笑い声を混じらせゆっくりとした足取りで歩いてくる。
どうやら私が瀕死と知っているのだろう。どこか余裕すら感じる。
けらけらと笑いながらゆっくりと本当にゆっくりと私に近づいてくる。距離は200mといったところか。
霞んだ目では姿を捉えることは出来ない。意識が薄れていく中、必死に声を搾り出す。
おそらくこれが最後の言葉。
「はや……く……いけ……」
もう体力は残っていない。
もう何も残っていない。
必死に笑顔を作り……私は暗く、深い眠りにつきかけた。もう目覚めることのない眠りにつきかけた時だった。
「世界の旅人よ、これで終わりかい?せっかくいい部屋を用意して旅をより快適にしてあげようと思ったのに」
どこからか聞こえる声。方向的にはどこだろう。
もう意識がはっきりしない。何が起こっているのか。誰が話しかけているのか。
しかし、その声はどこか懐かしく、そして温かい声。
女性のようであり、男性のようであり……子供のようであり大人のようであり。
大勢が話しかけているようであるかのようでたった一人が囁いているようでもある声。
そう、思い出した。
それは……世界旅行の始まりに見る夢の声。不思議な不思議な誰かの声。
「さぁ、世界の旅行者[影城ぎあ]よ!旅はここから始まるのだ!この[最初]の旅先から!!」
その声はどこか楽しげであった。
そう、楽しげだ。
そうか……私はもっと楽しめるのか……。この世界旅行を!
‐パラパラパラパラ…………‐
羽織っていたコートから何枚ものカードが溢れ出した。2枚しかなかったはずのカードが何枚も、何枚も。
それは巡った世界の枚数といっても過言じゃない枚数だった。
万、億、兆……。
そういえば私はいくつの世界と関わりを持ったのだろう。
同じ世界でも時間、場所が違ったりたまに歴史自体違う場合がある。
いくつもいくつも旅をした。人と関わりを持ってきた。
走馬灯のように思い出す様々な世界。いくつもの世界。
巨大な人型ロボで戦争している世界。獣型の機械生命体と人が共に生活する世界。
悪の組織とヒーローが戦いを繰り広げる世界。または悪とヒーローがぐだぐだ生活する世界。
一匹の小動物が少女を伝説の戦士にする世界。少女達が弾幕を打ち合いごっこ遊びをする世界。
「ここで終わりか……?ぎあ」
少し渋く大人しい声が聞こえた。見ると最初、繁華街で力を借りたピエロの彼。異様な跳躍力ではるか天高くまで跳ね上がることのできる彼。
[ガンダムW]の世界の住人[名の無い男]が語りかけていた。
そう、ここで終わるわけはない。彼ともまた会い、彼の口から名前を聞きたいものだ。
たとえ、その数年後の世界で彼の名前を聞いていたとしてもこの彼から名前を聞きたいものだ。
「ボクを楽しみを教えてくれた君はどこに行ったのかな?ねぇ、ぎあ……だったかな?人としての名前は」
そう、語りかけてくるのは本来なら人間の敵である[カザリ]という一人の青年だ。
姿かたちは人の形をとっているが、本来は猫科の怪物である。だが、私はこの一派とも仲良くなった世界がある。
そう、歴史が違う世界。敵が味方といった世界も極稀にある。彼の力は脚力を強化し、まるで猫のように街を跳ねることができる。
そるを助けに急行できたのも彼のおかげだ。
(そう、思い出が……私の力となる。また彼らとも話したい……。
ここでくたばるわけにはいかない!そして、彼らを悪用させることも絶対にさせねぇ!!)
「おれはまた君に救ってもらいたいな。今度はおれの本当に救って欲しい人を」
それは先ほど助けてくれた剣崎の声だった。そう、私はまだすべてを救ってはいないのだ。
やはり剣崎もまだ救われてはいないのだ。本当に救いたい人を救えていないばかりに……。
そう、まだまだ救いたい。様々な世界を、未来を!
「ぎーくんっ!」
「主様!」
近くであやめとそるの声も聞こえる。そう、彼女たちも救わなくてはならない。
救いたい人がまだまだたくさんいるのだ。ここで死ぬわけにはいかない。
(まだまだ……旅は終わらない!)
強く思う、願う。強く思う度にカードは増え続け、願うたびに最初の声が近くに聞こえる。
倒れている私のすぐそばに近づいた声の主に私は驚きを隠せなかった。
あやめとそるの驚いた顔だ。それもそのはず……声を発してるのは……!
「いいねー、その表情。これが君がよく言っている[興味]をそそる顔かい?
確かにいいものだね~。うん、実に良いものだ」
この館の少女、未だに名を知らない少女正体不明の少女。
夢の中のなんとも不思議な声はその少女から発せられていたのだ。
だがおかしい。先ほど彼女と話した時にはそのような声色ではなかったはずだが……。
「不思議そうな顔をしているね。だが説明は後回しだ。影城ぎあ」
ふと、ガサゴソと私の懐をあさる少女。取り出したのは私の部屋でずっと謎だった例の端末。
[オールドライバー]であった。
だがおかしい。この黒いカード同様このコートも私以外に扱えはしないのだ。
さまざまな物を出し、収納するこのコートもしっかりとしたタネがある。
だが、そのタネは。このコートの裏側は……。
「どうしてコートの[異次元空間]から物を取り出せたのか、だろう?
なぁに、それも後で話してあげよう。このままじゃ影城ぎあ、君……死んじゃうからね」
心が読まれた気がした。だが、彼女の言うことももっともだ。このままでは死んでしまう。
まず、治療を得意とした思い出を探そうと思考を巡らせた時だった。
「あやめさん。このオールドライバーを起動してください。もうあなたでなければ起動しませんからね」
「え?ええ、わかった!」
‐System ready.‐
‐Please [ALL phon] set.Please [ALL phon] set.‐
いつか聞いたオールドライバーの音が鳴り響く。
彼女はオールドライバーをあやめに渡し、またあの小さなスイッチを押したのだ。そうか、と思う。
ここにはあの時はなかった[オールフォン]、そるの持つオールドライバーにはまる端末がある。
それを指示通りにはめればきっと何か起こるのだろう。
しかし、なぜ彼女はコートはまだしもオールドライバーの使い方を知っているのだろうか。
スムーズに彼女は続ける。
「そる、お前のその黒い端末。オールフォンをこれにセットするんだ」
「オ、オールフォン?これかや!?」
あやめの時と違いそるには気安く話しかける彼女。
いつも強気のそるもスムーズな指示にたじろいている。それもそうだろう、私もわけがわからない。
これは私自身が作ったはずの代物。そして、ずっと私自身が忘れていた代物。
そんな遺物なのだ。作った私すらよくわからない機械をなぜこんなにもスムーズに指示を出し組み立ているのか。
まさか、と思う。そう思うと同時に彼女は話しかける。
「おそらくそれでだいたい合ってるよ~影城ぎあ。
だがね、これから面白い事が起きる。[世界の旅行者]が[世界の救世主]になる瞬間さ!」
声を高らかに彼女は叫ぶ。そこにはあの内気な少女の雰囲気は微塵もない。
まるで何者かが取り憑いたかのようだ。この声、この存在感。そしてこの傲慢さ。
そうか……おそらく私の想像は当たっているのだろう。これは全て訳知り顔のいつもの夢の声。
正体に関してはまだ思考がまだ固まらない。彼、いや彼女かもしれないその声が言ったように[だいたい]わかったぐらいだ。
この戦いが終わったら聞かなくてはいけないことが増えた。ならばやはり……。
「死ぬ……わけには……いかないな!」
気力だけは回復した。あとは体だ。
そるがオールドライバーにオールフォンをセットする。同時にキーンと高い起動音がオールドライバーから発せられる。
彼女は完成したドライバーを私の下腹部に乗せ、少しやれやれといった様子で話した。
「本来なら人間一人と人形一人のドライバーだったんだがね……
どうにも君は私の、おれの、自分の、わっちの、俺の、我の思い通りに動いてくれないね~」
そう、やはりあの声だ。一人称を複数、それも同時に述べるこの声。
残念そうだが、その雰囲気は微塵も感じられない。楽しげで、嬉しそうだ。
やがてドライバーは私の腰にベルト状に巻きついていた。
そう、先ほど助けてくれた剣崎の世界の[仮面ライダー]のベルトであった。
その様子を見届けると彼女は続けた。
「まぁいい。影城ぎあ、そる。[変身]と叫ぶんだ!!」
私は少し照れてはにかんでしまった。いくつもの世界のヒーローが何回その言葉を発しただろう。
まさか自分がその言葉を発するとは思ってもいなかった。
少し恥ずかしいが……そるの顔はどこか張り切っていた。
背中の傷も限界だ。これで何とかならなかったら私は気力はあっても死ぬだろう。
だが、どこかなんとかなる気がしていた。そう思いそると目を合わせ声高らかに発していた。
「「変身っ!」」
同時に叫ぶ。
光が私とそるを包んだ。
‐The'ALL system complete.‐
オールドライバーがどこかやり遂げたかのようにそう告げた……。
ゆっくりと近づいていた男は足を止めていた。
未だ遠く、姿を全て把握することは出来ない。
だが、そんな男に彼女は宣言するように語りかけた。
「世界の旅行者の死に際。このカードの山はその現象だと思ったかい?
どうやら当たっているようだね~。苦々しい顔してるよ~。
やけにゆっくり近づいてくれたおかげで本当に助かったよ。
君はいい仕事をしてくれたよ。そう、本当に。
こんなにも完全に近い形で変身できるとは私も思わなかったからね。
君が影城ぎあを半殺しにして走馬灯、呼び起こしてくれたおかげだね。」
どうやらこんなにもうまく変身できたのは世界を走馬灯で思い出せたからのようだ。
いや、走馬灯ということは先ほどの声は死に際の思い出だったのか。少し危なかったなと考えてしまう。
旅をするなら命第一だ。生きなければ楽しむことは出来ない。ま、今回のようにいつも他人の命を優先してしまう私が言えたことではないが……。
しかし、その走馬灯のおかげならば彼に感謝しなければいけない。余裕に胡座をかき止めを刺しにこなかった彼に。
「そういえば……君は自分たちの声が勝ったと言っていたね。
ふふふふ……笑わせないで欲しいな。
だって、誰にも予想できない彼を止めることは……君には、否君達にはできないよ?
さぁ、君の邪魔者の誕生だ。勝てるかな?君に。
この、世界の救世主[ディオール]に!」
私から溢れ無限に増え続けたカードは今、オールドライバーに吸い込まれている。
その枚数が減るたびに姿があらわになっていく。
頭部以外はスーツで覆われ、足と腕、肩は装甲で覆われていた。
羽織っていた黒いコートはそのままで、少しデザインが変わりイエローのストライプが入っている。
装甲も所々イエローで彩られている。黒と黄色のツートンカラーがよく映たカラーリングだ。
しかし頭部は剥き出しで黒いサングラスがかかっているだけである。
そんな所々無骨で、だが頭部だけは装甲がないという不完全な姿だが……。一つだけ言えることがある。
「元気百倍って感じかな。ふ、完全復活だ!」
背中の傷が痛まない。というよりもその前よりも筋力も上がっている気がする。
世界の救世主。そう謎の声は話した。
少しうさん臭いが私はそれに従ってみようと思う。
理由は簡単だ。負ける気がしない。
「おーい、さっきはよくも私の大事な綺麗な背中を一閃してくれたな。
さて、反撃開始と……いきますか!」
強気に挑発をかます。
男も遠目で分からないが、動揺している雰囲気が伺える。
さて、宣言だけではことは始まらない。
まだこの姿の使い方も分からないが……、背中の傷の礼をするため私は地面を蹴り出した。
○第一話八歩目 ~旅の戦いは新しき力と共に~
世界の救世主[ディオール]。
影城ぎあ、正しくは過去の影城ぎあが世界の集大成として作ったシステムである。
様々な世界の人や道具を呼び出し意のままに操るシステム。
だが、このシステムは多大な危険をはらんでいるのも事実だ。
そのために起動するのにいくつかの条件を影城ぎあは装置に施した。
一つ、装置の要となるオールドライバーの起動には特定の人形少女の認証を求めるということ。
ボタンは生体認証。さらには人形少女の指の認証で起動するようにシステムを構築した。
最初に認証した人形少女をフォーマットとし、以降それ以外の人物の認証は受付ない様になっている。
二つ、オールドライバーを身につけることができるのは[世界の旅行者]だけである。
人ならば誰でもつけられるかのように思えるこの装置。だが、影城ぎあの[世界の旅行者]たる能力者しか身につけることは出来ない。
もし他の[世界の旅行者]が身につけたとしても三つ目で阻まれる設計だ。
三つ、オールフォンを持たせた人形少女[そる]と共に掛け声を発しなければ変身できない。
影城ぎあが信頼し、最後にオールフォンを持たせたそると共に掛け声を発しなければ返信することはない。
もし一人で掛け声を大声で発したとしてもそれは[Error]の一言で跳ね除けられるだろう。
この三つの条件をクリアし、三つ目の掛け声をそると共に発した時このシステムは完成する。
そう、[World rider system - The'ALL]。そう、過去の影城ぎあが名づけたディオールという名のヒーローが。
三つだけというわけではないが操作面や全てにおいて人形少女と協力し合わなければ変身することは不可能なのである。
「さぁ、現在の影城ぎあよ。
君が記憶している様々世界の思い、力ですべての世界を救ってみてくれたまえ。
君はいつも不甲斐なく思っていただろう。
今までは力を欲してもそれは叶わず、助けたくてもその手は貧弱で、駆け寄りたくてもその足は鈍重だった。
今!その姿が完成した今!君は様々な人を、物を助けることができる!
全てを見て、全てに介入し、全てを助けることができる!
さぁ、影城ぎあよ、私に、おれに、自分に、わっちに、俺に、我に見せつけてくれたまえ!
その世界の救世主、[ディオール]の力を!」
○第一話八歩目~旅の戦いは新しき力と共に~
後ろで何者かに取り憑かれたように話す館の少女。
何やら偉そうに説明したり口上をたれているが……今はそんなことを気にしている場合ではない。
眼前には私の背中を横薙ぎに一閃してくれた敵がいる。
私は変身した後、体に手応えを感じていた。あふれる力、気力……様々なものが体のうちから体を包んでいる感触。
包まれているスーツは締めつけるように、だがまるで自分の皮膚のように吸い付いている。
その皮膚のようなスーツは私の体に力をみなぎらせていた。
力を精一杯足に込め、一気に地面を蹴った。そう……思いっきり蹴った。
「ちょっ!?速っっっ!?」
思いがけない速度に驚く私。たった、たったひと蹴りで百数メートルあった間合いが一気に詰められた。
思わず敵の肩に手を置き覆いかぶさる。砂埃を巻き上げながら敵を押し倒し引きずる。
敵も予想外だったのか反撃もせずただただ一緒に引きずられるだけだった。
だが、敵の摩擦でもその余力は衰えず一気に館にぶつかろうとする。まるで眼前の館を貫通するぐらいの勢いだ。
このままでは敵もろとも館にぶつかり一緒に大ダメージであろう。予想もしない自分の内側からあふれる力。
だが、こんな時でも思考はしっかりと回っていた。
敵の顔はこの近さでも砂埃の濃さで見ることができない。だが、引っ掛ける衣服さえあれば大丈夫であろう。
羽織っているコートの内側を探る。ホッと安堵の息を漏らす。変身後コートの見た目はだいぶ変わってしまった。
だが、内ポケットの様子を指先で感じる限り構造は一緒のようだ。
「ならばっ!」
この羽織っているコートは多機能すぎる便利グッツの宝庫だ。おそらく今までの世界旅行で一番世話になったのはこのコートだ。
動力は不明だがコートの中は冷暖房の調節が効く優れもの。この暑い日差しの下でも長いコートを羽織っていられるのはこのおかげだ。
その冷暖房の副効果もありがたい。一番下段の飲み物を入れるスペースだ。コート右側はあったか~いを、左側には冷た~いを入れておける。
いつでもきちんと補充しておけば、喉が渇いた時にその気候に合った飲み物を取り出すことができる。
温める方は電子レンジの如く瞬時に温ることもできるので簡単な調理もできる。
中段上段にも複数のポケットが備えられている。多機能でたくさんのものが入っているが見た目には着膨れして見えないという優れものだ。
その理由はどのポケットも異次元空間に通じているからだ。取り出すのはコツがいるが入れたものは別空間に行くため着膨れするはずはない。
ここでお値段なんと、と洒落て敵に言いたいところだが順調に館激突のカウントダウンが迫っている。
コートからひとつのフックのついた縄を取り出す。手探りで丁度良い引っ掛ける場所を探す……。あった、ベルトだ。
指先で感じるところこの敵、結構体格がよさそうだ。手で触った感覚でゴツく筋肉質なのがわかる。
そこまで考えたところで館に激突……と同時に壁を蹴り、跳ぶ……否、飛んだ。
「ちょ!高い高い高いっっ!!」
これまた予想以上の高さまで飛んだ。さらに余裕で滞空している。まさに飛んでいる心地になった。
どうやらコートが翼やブースターのような働きをしているらしい。ますます高性能なコートになってしまったものだ。
だが、これで丁度良い。見事に館の壁に激突している敵。そこから先ほどくくりつけた縄が伸びている。
丈夫な縄だ。ちょっとやそっとでは切れないだろう。それを思いっきり引っ張る。
「よっこら……しょ!!」
やはり腕力も相当強化されているようだ。館から砂埃を上げ、敵が引っ張り出される。
それを私を中心にして一回転させる。そしてそのまま……地面に叩きつけた。
「ぬっ…………がはっ!?」
地面に叩きつけられ一気に体の空気を吐き出す敵。
それを見届けると下に降りることにする。ゆがんだ敵の顔を見るのも一興だ。
が……。
「これ、どうやって降りるんだ?」
そう、飛んだのはいいが降りることができなかった。飛んだのも偶然のようなものだったために。
空に浮かんだまま途方にくれる……。縄を掴んだままなのを忘れたまま……。
地面の方へ力が加わったと思った瞬間だ。一気に地面に叩き落とされていた。
敵が逆に縄を引っ張ったのだろう。順調に地面に急降下している。このままでは見事に地面にぶつかり敵の二の舞だ。
まだ不慣れなこの姿ではコートのブースターで抗うこともできない。
「やばいどうする……!」
思考を巡らす。そして、いつも通り内ポケットに隠してあるカードに力を込めようとした。……だが。
「あれ?ない」
それもそのはずだ。すべてのカードは変身した際にオールドライバーとオールフォンが合わさった装置に吸い込まれたからだ。
少し絶望する。この姿なら擦り傷程度だろうが……それでも傷を貰わないことに越したことはない。
思考を回す……回す……。ともかくダメージを最小限に止めようと姿勢を丸めたその時だった。地面からオールドライバーから発する機械音と同じ音声が聞こえた。
‐OK.Came on character! [ゲル]!‐
その音声が響くと落下地点の空間が歪み謎の生命体が出現した。
青い半透明でスライム状の柔らかい体を持った生物。その半透明の体内の中心には赤い丸い球体を備えている。
私は彼に出会ったことがある……。彼の名は、そう。
「ゲル!受け止めて!」
私は目の前のスライム状の奇妙な生き物に命令をする。彼は素直に従いまるで運動部が使うような分厚いマットのような姿になる。
着地。
私の体は彼の体に吸い込まれるように包まれた。
そして、ぽよんと反動で高く跳ね上がる。まるでトランポリンだ。そう、この感触間違いない。
モンスターファームの世界で出会った一人のモンスター。ゲルである。
‐ぐにょんぐにょん‐
彼は体をうねらせて嬉しさを表現した。彼らの世界に言葉はない。だが、ボディランゲージで感情を表現する。
[?]マークや[!?]マークに体を変形させるゲル。まったく、相変わらず愛嬌のある相手である。
私はしっかりと答えることにする。そう、私が彼らに表現できるのは笑顔だ。サングラスをずらしてゲルの方を見る。
「大丈夫だ」
精一杯の笑顔で答えた。それに安心したのかゲルは元のスライム状の人型になりぐねぐねと動いている。実に嬉しそうである。
ゲルが落ち着いたことを確認し、サングラスを戻し体の節々を確認する。
ゲルのクッションがあったとはいえ結構な高度から落ちたのだ。どこか骨が外れてると思ったが……心配無いようだ。
「大丈夫かや?主様よ」
そう問いかけてきたのはそる……なのであろう。なのであろうという表現は彼女の衣装がガラリと変わっていたからだ。
「そる。その格好は?いや私が言えたたまじゃないが……」
私も手足、肩を装甲で覆われ全身は黒いスーツで包まれたような姿だ。人のことは言えない。
だが、私のそんなゴツゴツとした姿とは対極にそるはとても美しく[変身]していた。
上から下まで真っ黒いドレスに包まれたそる。前以上にスラリと綺麗な姿になっている。
そるの腕には変身する際にオールドライバーにセットしたはずの端末、オールフォンが抱かれている。
おそらくあの端末でゲルを召喚したのであろう。
使い方がよくわかったなと思ったが……。なぜかこのシステムのことを全て知っている者、正体不明の声を発する館の少女が側にいたのだ。疑問はすぐに吹き飛んだ。
それにしてもそるの姿は綺麗である。少し見とれてしまうほどに……。
「どうかや?似合うじゃろう」
「む~。なんで私だけ[変身]してないのよ~」
文句を言うのはあやめだ。たしかにあやめだけは衣装が変わっていない。
可愛い上着にスカートを身に付けたどこにでもいる可愛い女性の衣装である。
割って入ったのは館の少女。未だに誰かに取り憑かれ、奇妙な雰囲気に包まれている館の少女。
「元々影城ぎあとそるの変身だけを想定していたからね~。
うんうん、そうだね~。あやめさんの変身も加えたものを影城ぎあ、君が作ってあげるといい。」
簡単に言ってくれる。私はこの装置やシステムを組んだ覚えはない。
組んだ覚えはないが……様々な世界を渡り歩き知識を吸収してる身だ。時間はかかるがおそらくシステムの概要を見れば改修できるだろう。
あやめに似合う衣装か……と考えると少々楽しい気分になる。
ニヤニヤしなら思考を回しているとガレキから敵が這い出してきた。そう、私が地面に叩きつけた彼に。
敵は館の広場中央に叩きつけられた格好になっていた。大穴の深さを見ればダメージは相当のものだったと予想がつく。
這い出してくる敵。砂埃でまだ姿は確認できないが……今度こそ、その姿を見ることができるだろう。
ゲルに私は大砲の姿を取るように命じる。ゲルの必殺技だ。もし不穏な行動を見せたら即命令するつもりだった。
敵が這い出す様子を見てそるが一言だけつぶやいた。
「主様よ、決して驚くな。わっちもアレが黒幕だとは思わなんだ」
アレというならば私が出会いそるが関わりを持った人物……。
そう、私の警戒は少しばかり合っていたようだ。だが……アレの目は人を騙しているような目ではなかったのだが……。
ガレキを押しのけ敵が這い出してきた。そのガタイは非常に良く、身長も軽く2mを越す大男であった。
そう……彼は。
「おい、武将オジサン……。いや、お前誰だ?」
その姿はまさに武将オジサンそのものであった。だが、雰囲気・声・気性すべてが武将オジサンのそれではなかった。
砂埃が薄くなり……その姿を確認するとますますその疑問は大きくなった。
崩れ、ずれたマスクのような顔。肩が外れてぶらりと吊り下がった右腕。まるで雑巾のようにひねられた身体。どう動いているかわからない足。
確かにそれだけの衝撃だ。だが、私は生かさず殺さずといったダメージになるように中央の噴水に激突させた。
あんな異形になるダメージではないはずだ。しかし、私はあの姿を見て確信した。そう、人の皮を被った何かであると。
「あーあー、どうしてくれるんだ。この一張羅。
結構気に入ってたんだけどなぁ。この甲羅」
そう言うと、まるで脱皮するように一人の人間が現れる。その甲羅と呼んだ革よりは小さいが身長は私よりも大きい。180cmぐらいか。
だが、骨格がわかるぐらい肉付きは薄く体も顔も細く貧弱だ。だが、たしかに貧弱なのだが彼のまとっている雰囲気、禍々しい雰囲気に気圧されてしまう。
それはまるで蛇。敵をにらめつけ威嚇する蛇のようであった。
そんな彼の雰囲気に思わず生唾を飲んでしまう。ここまでの雰囲気を持つ人物と出会うのは久しぶりだ。
「っち、気づかれずにそこの女の子もろとも一網打尽と行きたかったが……計画がずれちまったよ」
やはり彼はあの武将オジサンの中に入っていたようだ。私は蛇男を問い詰める。
「おい、お前。お前、本当にその武将おじさんの中身か?だいぶ雰囲気も違うようだが」
「ああ、これかい?」
と、蛇男は一つの[カード]を見せた。そう、良くは見えないしすぐに灰となってしまったため見えなかったが……人が書かれていた。
「どっかのおっさんの人格情報だよ。いやぁ、よくまんまと騙されてくれちゃって。あんなクソみたいな喋り方うんざりだったけどな」
武将オジサンの方が愛嬌があったというのは伏せておこう。そういうことか。
別人の皮をかぶり、話す言葉はその人格情報のとおりに話す。ならばその時の目も雰囲気もわかるはずはない。
この蛇男、おそらく変装のプロであろう。
「やっと尻尾を見せたな。[四神会]……。やはりここで君たちを巡り合えわせて正解だったようだ」
館の少女はその可愛い顔には似合わない非常に低い声で静かに唸った。だが、そこには少し嬉しそうな雰囲気も漂っている。
[四神会]。それは何度か聞いたことがある言葉であった。世界を回っている時に時々聞く言葉。
突然の戦争の火種であったり、内乱が収まったあとの収集に努めていた時にも聞いた。
その四神会という謎の組織が関わったということを。
そうか……、と頷く。たしかにその言葉がこの世界旅行を悪用する組織だとしたら合点がいく。
なぜならば……、その言葉を聞いたのは記憶しているかぎり最近の世界旅行での出来事ばかりだからである。
過去の忘れてしまった私が願った願い。それは[世界の旅行者]の力を悪用する人を止めること。
つまり、忘れてしまった過去の自分は世界の旅行者、その力をその四神会が奪ったのだろう。
そして今、私がいる。こいつらを止めるため。そう……私が過去のあやめやそるの人形少女の世界の出来事を忘れ、再度私は目覚め旅をし始めた。
その時から彼ら四神会は世界を混沌へと変えていったのだろう。きっかけは不確かだがその世界で[世界旅行の力]を手に入れて……。
「おい、影城ぎあ。あの大男に見覚えがありそうだが……。
どうやらこっちの思惑通りあの大男が突っかかってきたようだな」
ふむ……と私は思った。どうやらこの一件はやはりこの館の少女の体を借りているこの声にありそうだ。
私は簡潔に武将オジサンとの関わりを話した。そして、最後にひとつだけ付け足す。
「この少女はあの蛇男に騙されたようだが……どうなっている?」
そう、この少女、つまり正体不明の声が今乗り移っている少女だ。
黒幕であるあの男、蛇男に騙され一億という法外な額を要求され……最後には騙されるはずだった。その声は少し笑いながら話した。
「はっはっは。
つまりあの蛇男にこの世界に人形少女がいるという情報を渡した人間がいるというのか?
やはり頭良いね~影城ぎあ」
まるで他人ごとのように笑いながら話す正体不明の声。ひと呼吸置き、冷静な口調で話す。
「そう、この世界にそるがいるという情報を教えたのは……
私で、おれで、自分で、わっちで、俺で、我さ。何か問題があったかい?」
思わず少女の体の胸ぐらを掴む。それがその声本人の体じゃないと分かっても、だ。
その光景を見て仲介に入ろうとするあやめとそる。だが、怒りで頭がいっぱいになっていた。
「そのせいでまたこの少女は傷つくところだったんだぞ……!
私が助けに来なかったらきっとそるだって……!」
「やはり優しいね……影城ぎあ。
いつになっても……何世代たっても……」
ふと、意味深なことを口走る声。
だが、その声色はすぐにいつもの傲慢で楽しげなものに戻った。
「だがしかし、影城ぎあ、君が助けにこなければそるはずっと彷徨っていた。
そして、この館の主人であるこの少女もずっと広く暗い牢獄のような場所でずっと泣いていたのだよ?」
そうだ。確かにこの世界に来るというキッカケがなければいつまでもそると出会うこともなかった。そしてこの館の少女とも。
そして……この出会いはこの声によって仕組まれたことなのだろう。なぜなら、世界旅行をする際に聞こえる声だ。
きっと世界旅行の行き先を決めるのはこの声なのだろう。そして……今回そると行き合わせ、館の少女との出会いを演出した。
なんとも演出家である。
「礼は言わん。なんか気に食わないが……」
私は本音を話す。なぜかこの声に対しては好意を抱けない。
だが、一つだけ……二人を救えたことには感謝していた。
「ありがとうよ」
素直に感謝は述べる。口にしなければそれは伝わらないから。その言葉に館の少女の声は鼻を鳴らして答えた。まったく可愛げのないものである。
遠くで私たちの問答に、そろそろ蛇男も痺れを切らしてきたようだ。何やら脱ぎ捨てた革袋から取り出そうとしている。
私は一つだけ、最後にこの正体不明の声に聞いてみた。
「もし私がそるやこの少女を助けられなければどうしたんだ?」
声はふんっと鼻を鳴らし、笑顔でこう答えた。
「君に助けられないものはないさ。そうだろう?世界の旅行者。楽しむからには……?」
最後に問を投げかけられた。蛇男は革袋から長いムチのようなものを取り出す。
そるにアイコンタクトを送る。きっと武器のようなものを出してくれるに違いない。
使い慣れないオールフォンを必死に操作するそる。
踏む込み、襲いかかってくる蛇男。私はその最後の問いに答えてやった。自信たっぷりに元気良く。
「ああ、楽しむからには全員に幸福を!全員笑顔で、だ!
ゲル!大砲!」
‐ドーン!‐
そう、旅をするからには楽しまなくてはいけない。
楽しむからにはこの蛇男を倒し、笑顔でこのいい天気を満喫しようではないか!
ゲルの放った大砲がまるで開戦の合図のように戦場に響いた。
「なぁにをゴチャゴチャやってんだよ!さっさと死ね!」
ムチのような武器で私を攻撃する蛇男。周りに被害が出ないことを確認し、横に跳ぶ。回避。
ゲルに次の大砲を指示しようと思ったが……いつの間にか消えていた。どうやらある程度の支援をしたら消えてしまうのだろう。
そう思うとどこからかひょいと肩にそるが乗ってくる。
「そる、お前もあやめと逃げろ!」
そう、あやめは少女と共に逃げていた。全て知っている偉そうな正体不明な声も戦闘に関しては苦手なようだ。
ムチの軌道を見るなり一目散にあやめを連れて物陰に隠れてしまった。
だがそるは逃げずに怯むことなく私の肩に乗ってきた。
「嫌じゃ、今の姿ならわっちも主様と共に戦える。協力させてくりゃれ」
「しかし……」
私のムチを回避したスピードに付いてきたのだ。そるの身体能力の格段に上がっているのだろう。
さらにそるは私にオールフォンを向ける。一体何かと思ったら……画面いっぱいに細かくアイコンが並んでいた。
「主様にこれを操作できるかや?いや、操作できたとしても誤操作ばかりじゃろうな」
そう、おそらくそのアイコンはそるの小さく細い指でなければまず間違いなく思ったアイコンに触れないだろう。
タッチペンを使うという方法もあるだろうが……今のこの避けるだけで精一杯の状況を見れば一目瞭然だ。
私が避けてそるがオールフォンを操作する。それが一番手っ取り早いだろう。
そるは黙々と操作を続け……最後のボタンを勢いよく押した!
「主様よ!館で助けてくれた変な喋りの男。えーと……ケンジャキじゃったか。あやつが使っていた武器の名は!」
武器の名。それはよく覚えている。
彼は自分自身を異形のモンスターへと変え世界を救った。
だが、彼はやはり人間であることに固執し自分がずっと使っていた武器……仮面ライダーであった頃の武器をふた振り持っていた。
「ブレイラウザー!キングラウザーだ!!」
「了解したっ!」
蛇男の攻撃はますます強く、速くなるばかり。ムチを自分の腕のようにしなやかに動かし迫ってくる。
私は肩のそるに気を配りながら回避し続ける。動きは至極単調だ。避けるのは容易い。
そるはひとつ深呼吸をし……オールフォンに向かって叫んだ。
「コール!ブレイラウザー!キングラウザー!」
‐OK!Came on weapon! [ブライラウザー][キングラウザー]!!‐
その瞬間手には彼の使っていた武器がふた振り召喚された。
左手には青と銀で彩られた少し太めで扱いやすい長さの剣。ブレイラウザー。
右手には全体を金色で装飾した豪奢で長く大きな剣。キングラウザー。
先ほどのゲルが召喚された時も驚いたが、やはり私が出会った人物や武器を自在に召喚できるらしい。
これほど便利なものがあろうか。確かにこの装置の理論は人の手に渡るべきものではない。
蛇男は瞬時に握られたふた振りの得物に怯んだ。だがもうすでにムチは彼の手から放たれた瞬間であった。
しまった。
蛇男の顔がその言葉を物語っていた。そう、その言葉は的中だ。繰り出した精一杯の攻撃を引っ込めることは出来ない。無理をすれば腕に多大な負荷がかかることは容易に予想がつく。
すかさず私はムチの軌道を思考する。
ムチは私から見て左から右に繰り出されている。回避すれば先ほどの調子だと地面にめり込みて元に戻すまで少し隙がある。
私は思い切って踏み込んだ。そしてムチが一番張ったところでブレイラウザーを振り下ろす。
‐ブチッ‐
さすが百戦錬磨の主人公が使っていた武器だ。切れ味は抜群すぎるほど綺麗にムチを綺麗に斬る。
すかさず間合いを取る蛇男。決めるにはやはり必殺技が必要だ。気分が高揚し格好よく決めたい衝動に駆られる。
私はそるにあるアイテムを取り出すように命じた。そう……剣崎が使っていたトランプ綴りのカードデッキだ。その中に封印されているモンスターの力を借り彼は戦うことができる。
「よし、これじゃな。ワールド、仮面ライダー剣!コール!スペードカードデッキ!」
‐OK!Came on item! [スペードカードデッキ]!‐
その機械音と共に目の前にカードデッキが出現する。ブレイラウザーを地面に突き刺し左手を開け、掴む。
そしてその中で5枚のカードを取り出した。そしてキングラウザーのカードを入れる箇所に挿入する……。
‐Spade:10.J.Q.K.A.……Royal straight flush!!‐
高らかにキングラウザーから響く音声。そう、仮面ライダー剣の必殺技、ロイヤルストレートフラッシュ。
発動の瞬間、スペードのカード12枚すべてが私の身体に吸い込まれる感覚があった。様々なモンスターが私の手足に力を注ぎ込む感覚。
そしてその力を全てキングラウザーへと送る。
蛇男の右肩から左腰にかけて……キングラウザーを振り下ろした!
だが、蛇男も素人ではない。危険と察知したのだろう思い切り状態をそらし後ろに跳ね退いた。
少しの差だった。私がもう少し踏み込んでいたら深手を負わせられただろう。
必殺技の余力で地面が爆風を上げる。凄まじい威力だ。
両断できたのはたったの皮一枚。血を滲ませながら蛇男は爆風を利用し跳ねながら後ろに下がる。
ふた振りの召喚した剣は歪んだ風景に消えていった。必殺技を使ったのだ。やはり消えてしまうのは当然か。
次の一手を考えていると蛇男はブツブツとこちらに罵声を浴びせていた。
「まいったなー。ったく、話が違ぇじゃねぇか……。
そこのガキの言うこと聞く簡単な仕事のはずだったっつーのに……。
おい!ガキぃ!」
蛇男は最後に私の方に大声で叫ぶ。そしてガキ呼ばわりされ少しカチンと来る私。
ガキという言葉が効いたとみえたのか、さらに言い放つ蛇男。
「おい、ガキぃ。どうやら今回の勝負はそっちの[声]の勝利みたいだぜ~?
っち、やっと三人の鼻ぁ明かせると思ったのによ」
そういうとズボンから何かを取り出した。紙のようだ。クシャクシャと丸めた後で……こっちに投げる。
警戒し、一歩下がるが……ただの紙のようだ。怯んだと思い込んだのか、ますます調子に乗る蛇男。
その紙はどうやら新聞紙のようだ。拾い上げ、読むとこう書かれていた。
(必見!動く球体人形!まるでそれは異世界からやって来た小人のようで……)
そこには大仰な言葉で書かれていた記事があった。というかこの口調、あの少女を乗っ取っている正体不明の声そっくりだ。
そして記事の隣にはこういった記事もあった。
(~館の大富豪少女は人形が大好きで珍しい人形を常に募集して……)
……猿にでも建てられるほど単純すぎる誘導である。ジッ物陰に対比している少女を見つめる吹けない口笛を必死に吹こうとしている。
どうやらこの新聞の記事を利用してこの世界にそるがいることを知らしめ、さらには少女を使えと蛇男を誘導したのだろう。
それにしてもこの蛇男……相当なバカのようだ。私ならば罠というか穴というか……こんな単純な誘導には乗りたくはない。
いや、この蛇男ではなく正確には彼の[声]といったところか。私に味方していると見える館の少女に入っている声はここまで馬鹿でないことを願いうばかりである。
そういえば……と、ひとつ気になることができた。声はたしか[やっと尻尾を見せたな四神会]と言っていた。
この作戦は彼らがこの世界に来ていなければできなかったはず……。一体何故……。
「おーおー、ひ弱なこって。お子ちゃまが。紙切れ一枚にビビりやがって。
それの記事もてめぇの差し金か?頭の良いことだなー!」
この蛇男、どうやら私がこの記事を書いたと思っているらしい。なぜ自分の大事なあやめやそるを危険な目にさらさなくてはいけないのか。
どうやらこの蛇男頭が足りないらしい。それと……先ほどから子供呼ばわりされてることに少々、いや相当頭にきてしまった。
サングラス奥に怒りの目を隠しながら思わず叫んでしまった。
「おい!蛇男!さっきからガキだのお子ちゃま言ってるがてめぇの方が年下のガキだろうが!
私は……れっきとした34歳の大人だっ!!」
…………。
なぜか静寂が支配する。先ほどまで騒がしい戦場だったこの場。そして……全員が息を合わせたように大きな声で驚いた。
「「「えっ!?」」」
あやめ、そる。さらに蛇男までもが隠すことなく大声で驚いた。館の少女だけは複雑な表情をしながらクスクスと笑っている。
私は一番身近いたそるに愕然としながら聞いてみた。
「そる……俺のこと何歳だと思ってた?」
「えー……前の主様にも年は聞いとらんかったからの。すっかり……20……すまぬ16、7かと」
さらに落胆する私。たしかに童顔であることは認めよう。どこの世界であっても少年と言われることには慣れていた。
だが……、敵味方双方からここまで驚かれたのはさすがの私のショックである。
その姿を見て大笑いするのは蛇男。
「がっはっはっはっは!やっぱガキじゃねぇか!この合法ショタが!
それとな合法ショタ野郎!俺は蛇男じゃねぇ」
そう言うと蛇男は少し格好を付けて名乗った。
「俺様の名は[玄武]、[玄武のトウヤ]だ!」
玄武のトウヤ。そう名乗った彼は時計見た。するとすぐに時計が鳴る。
ジリリリリリと甲高い音がここまで聞こえた。同時に背後の背景が歪む。どうやら世界移動をするようだ。
「時間だ。それじゃぁな、合法ショタ野郎。次はブッ殺ス!」
最後にカチンと来ることを言い残し去っていったトウヤ。もう次会った時も蛇男でいいやと心に誓った。
一件落着といきたかったが一つだけ気になることがあった。帰してしまってよかったのかという不安だ。
私はすかさず館の少女のもとに歩み寄った。
私の考えを察したのか少女、正しくは少女に乗り移っている正体不明の声は微笑みながら答えた。
「おそらく逃してしまったことについてだろう?
大丈夫、大丈夫さ。あとは任せたまえ……。それじゃあな。影城ぎあ」
「あ、ちょっと待て」
切りよく会話を切り上げ別れを告げる声。だが、私は一つだけ聞きたいことがあった。それは……。
「お前の存在は深くは聞かない。はぐらかさそうだし、適当なこと言われるのも好きじゃない。
二つ聞きたいことがある、いいか?」
「なんだ?」
そう、聞きたいこと、腑に落ちないことが一つ。
それはアイツ等が何故この地にいるというのがわかったかということだ。
そうでなければあんな単純な誘導でもやることの意味ないだろう?」
単刀直入に聞いてみた。どうやらこの質問は答えるつもりがあったらしくすぐに帰ってきた。
「それはあいつらは人形少女がいる世界しか移動できないのだよ。
どうやら彼らはそれに気付けていないようだがね」
その言葉に唖然とした。それならば、あいつらが出現する場所には人形少女がいて、さらには危険にさらされるということだ。
そういえば……と回想する。あやめと出会ったあの世界でも四神会という言葉は聞いていた。そして、言い方は変だが私がさらったあやめを必死に追ってきた一団があった。
その時はあやめをなんの代償もなく無理やり連れ去ったからと思っていたが……。必死に追い回していたのは本気であやめを連れ去ろうと、もしくは取り返そうとしていたのか。
頭で言葉を噛み砕き……納得する。そしてもう一つ。
これは少しばかり私情な質問であった。
「名前……教えてくれないか?名前知らなかったら[声]さんとでも呼ばなきゃならない」
そう、名前だ。たとえ行き先を選べない旅だとしてもこの旅行をさせてもらっているこの声に感謝の気持ちがある。
もし名前があるとすれば聞いておきたいものだ。
声は少し悩んだ。少し悩んだ後……一つの名前を答えた。
「[しゃふと]というのはどうだろうか、影城ぎあよ。君の中心に刺さりその行き先を定める柱だ。
悪くはないだろう?」
私は思わず笑ってしまった。思いっきり仮名だろう。だが、悪い気はしなかった。それにセンスもある。
しゃふとに手を差し出した。握手だ。
何もなしで別れというのも味気ないものだ。それに旅の道を示してくれる相手だ。礼儀正しくして悪いことはないだろう。
「しゃふと、次の場所ぐらい教えてくれないか?」
握手をしながら私は少しだけ意地悪に言ってみた。
だが、しゃふとはこれまた意地悪っぽく大仰な素振りで答えた。
「はっはっは。影城ぎあよ。行き先がわかる旅を君はお望みかい?
そんな決まりきった旅など面白くはないだろう?」
これまた笑ってしまう。どうやらしゃふとは私の性格をよくご存知のようだ。
「それでは、世界の旅行者よ。どうぞごゆっくり次の旅の始まりまでお待ちください。
少しばかりの楽しい旅をお楽しみを……」
その瞬間どしゃっと少女の体は倒れた。どうやらしゃふとは今度こそどこかに消えてしまったようだ。
すやすやと何事も無かったかのように眠る館の少女。やれやれ、困った体の借主だとため息をついた。
本当は三つ聞きたいことがあった。もう一つはしゃふとの正体だ。
私の知らない用語。オールドライバーやオールフォン、さらには私のこの姿をディオールと呼んだしゃふと。
そして……自分の正体を私の考えているとおりと言った。
「私の考えた通りならば……あれは過去の……」
いや、考えるのはよそう……。これはさすがに私の考えがすぎる。また今度機会があったら改めて聞くとしよう。
さて、と辺りを見回す。敵の姿はない。いつの間にかトウヤの被っていた武将オジサンの革袋は土に帰っていた。
所々のあなぼこを除いては平穏に戻る。
と、突然あやめが抱きついてきた。顔をじっくりと覗き込む。
「本当に……生き返ったんだよね……?」
そうか、と思う。すっかり勢いに乗って変身し戦った。じっくりとあやめに声をかけてやることは出来なかったのだ。
そるも同様に肩から私の顔を覗き込む。ふたりでじっと見つめられるとさすがの私も照れてしまうというものだ。
「大丈夫さ。生き返ったというか……。うん、生き返った!」
死んだわけではないのでなかなかに言い方が見つからなかったが生き返ったと言ったほうがしっくりくるだろう。
そういうと抱きついてくるあやめ。私はしゃがんであやめを受け止める。
「よかったぁぁぁ!もう……もう!!」
胸まで登り、私の頬をポカポカと叩くあやめ。その顔は喜びで満ち溢れている。
「まったく、心配させる主様じゃ。本当に……本当……に……。もう……もう失いたくない……のに……。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そるも緊張が解けてしまったのかすっかり大泣きの顔である。
だが、その泣き顔には嬉しそうな気配が入り混じっている。
あやめもそれを見て微笑ましく髪を撫でる。さすがお姉さんだ。
私も優しく二人に言う。
「二人とも……心配かけた。もう大丈夫だから……もう。」
そう、もう大丈夫。
どこからともなく気まぐれな声、しゃふとが力を授けてくれた。感謝しなければいけない。
今後おそらく泣かせることはない。うん、絶対ない。文字通り[全てを救って]みようではないか。
「……えへへ。ぐすっ……。ぎーくん、これからどうするの?」
まだ半泣きだがあやめが楽しげに聞いてきた。これからどうするか、か。
いつのも調子ならば事件解決から1週間ほど同じ世界に滞在する。
おそらく、しゃふとの準備の時間というところだろう。
と、なればだ。
「観光旅行と洒落こみますか。だがまぁ、今日は……」
空を見上げ、どっさとあやめとそるを抱えながら地面に寝転がる。まだ解いてない装甲がひんやりと冷たい。
どうやらコート同様冷暖房を備えているのだろう。まったく、親切設計である。
一息つき……私は大声で空に叫んだ。
「つかれたあああああああああああああああああああ!」
思わずどっと笑うあやめとそる。
今日一日はゆっくりしたい。そう、今日一日は館の一室を借りゆっくりしよう。
そして明日はゆっくりとこの世界を満喫しようではないか。
そう誓い、ゆっくりと流れる雲を眺めた。
○第一話九歩目~旅の思い出のあやめ日記・1枚目~
激しい戦闘をしてからかれこれ二日。今日も晴天の空だ。清々しい青空が広がっている。
私は最初の一日はゆっくり体を休めるために寝て過ごし、次の日はディオールとなって街の補修工事をしていた。
そると猫を助けるために向かった時にヒビを入れてしまった数々のビル。
ヒビ自体は大したことはなかったが、それでも直さないのは良心が傷んでしまう。
行く先々で怪訝な顔をされはしたが……。たしかに黒と黄のカラーリングのコートを着て、所々装甲で覆われているサングラス男というものは奇妙なものだろう。
さらに肩には人形少女のそるが乗っている。平たくなっている肩アーマーなので乗りやすいのだという。右肩がすっかりそるの定位置になってしまった。
ご丁寧に取っ手のような部分もあり……このディオールが人形少女と共に行動する前提で作られるのがよくわかる。
奇妙な客ではあったが、無料で補修することもあり遠慮なく迎え入れてくれた。
早速飛行機能のあるコートを翻し、踏みつけた跡のある高さまで飛ぶ。その光景だけでも驚きものだったろうが、さらにすぐさま補修される壁を見て唖然としていた。
数々のヒーロー世界を旅してきたのだ。そこにいる建造物の補修班は私の比ではない。
ものの見事に次の日には何事も無かったように家やビルを元通りにしているのだ。あの光景はいつ見ても圧巻だ。
補修中、右肩に乗っているそるに目をやる。
「お前、高いところは平気なのか?」
飛んでいる私はいいが、そるは肩に乗って手すりに掴まっているだけだ。私ならば怖くて腰が抜けそうだ。
ふと下を見るそる。……自分の状況を理解したのであろう。一気にガクガクと震え出す。
「何をこの状況で言っておるんじゃ!阿呆う!」
最初に出会った時かなりの高さから降りてきたやつが何を言う。
と思ったが、涙目で降ろしてくれと懇願する顔に免じて突っ込まなかった。これはこれで可愛いものがある
よく考えれば不思議な出会いであった。敵に囲まれ、ピンチになった時に舞い降りたのがそるだ。それすらしゃふとの陰謀だと考えてしまうのは考えすぎだろうか。
昔の私を知っているそる。そのためか最初から馴れ馴れしい様子だったが……不思議と悪い気はしなかった。
もし他人行儀にされたらそれはそれで不自然な感じがする。
「おーろーしーてーくーりゃーれ!」
もうすでにそるは泣く寸前である。だが、そんな顔を見て私はドキリとしてしまう。
涙目でまっすぐ見つめてくるそる……。その顔は本当に可愛いものだった。心臓が高鳴る。
そると出会ってから何度こんな気持ちになってしまっただろう。そるもそんな私の顔に気づき……赤らめた顔を伏せる。
まったく……これではあやめに合わす顔がない。私も少し情けなくなった顔を左に伏せ、そるを降ろすため地上に降りようとするが……。
「ぬ、主様!?本当に降りてしまうのかや?下ろしてしまうのかや!?」
先ほどまで涙目で下ろしてくれと懇願していたのに意見を180度変えるそる。まったく、女心とはわからないものである。
再上昇し先ほどまで滞空していた位置へと戻る。右肩を見ると……必死にしがみついているそるの姿があった。
やはり下ろしたほうが心臓にはいいのではないかと心配をしてしまう……。本人がいいと言うならば、と補修作業を再開した。
一日目はその街の補修ですかっかり潰れてしまった。お人好しな私は自分で壊したビル以外も修繕していたからだ。
簡単な道路の舗装からビルの修繕まで……。すっかり街には[ディオール]の名前が知れ渡っていた。
「まったく、主様はあいも変わらずお人好しじゃの」
そんなそるの言葉に悪い気はしなかったが、全てやるわけにもいかないのでこっそりとその場を後にした……。
このままではすべての滞在時間が土建作業の慈善事業という、1週間ほど筋肉痛になりそうな結果になりそうだからだ。
そんな旅の思い出はごめん被りたいものだ。廃れた街ならまだしも……この街は、世界は平和そのものである。
ディオールの脚力はそこらの自動車よりもスピードが出る。ひとっ走りするとすぐに次の目的地が見えた。
夜も深まり向かったのは激しい戦闘をした少女が主人を務めている館だ。ここの破壊具合は街の比ではない。
かなりの破壊跡だ。私自身がやった箇所が大半であったが……ひとまずここも修復しなくてはいけない。
だが、修繕前に確認したいことがあった。すぐに館の扉を開け、最上階まで階段を駆け上がる。
8階の部屋、そこで眠り続ける少女のところだ。しゃふとが体から抜けてからいっこうに目を覚ます素振りがない。
「あっちゃん……どうだ?」
あやめはずっと隣に座り看病をしている。私の問いかけにあやめはそっと首を横に振る。どうやらまだ起きる素振りはないようだ。
ディオールの能力で私の出会った腕のいい医者を呼んだが、特に命に別状はないそうだ。ただ……眠っているだけと。
定期的に点滴をし栄養を取らせながら見守っている。何かの重い病でないのであれば安心だろう。
少女の顔色を覗き込む私。血色も良いし、可愛い寝息を立てている。うん、ただ寝ているだけだ。
右肩に座っているそるも安心した様子だ。いい笑顔で微笑んでいる。
それにしても、戦いが終わったあとからそるの様子は少し変わった。
先ほどから右肩に座っているのもそうなのだが……。昨日も今日も……いや、戦いが終わってからというもの、私のそばから離れようとしない。
昨日も一日ベットに横になっていた時……私の左隣にあやめ、右隣にそるという奇妙な川の字で寝ていた。
あやめは微笑みながら仲良く寝ようと言っていたが……、正直体は休まったが、精神的に休んだ気はしなかった。
そう、その日からだ、あやめの様子も少し変わった。ずっと何かを考え込んでいる。
今日の補修のために街に行こうと誘ったのだが……、考えることがあるからと少女の看病についたあやめ。
今もなにか考え込んでいる様子だ……。そう、何か思いつめた様子で。
もしかしたら何かを怒っているのではないか、もしくはそるとのことを誤解しているのではないかと考えてしまう。
誤解……。いや、と私は考える。そるに対しては何らかの感情はある。だが、自分でもそれはわからない。
複雑で、もやもとした、だが熱い感情。
魂の奥底から湧き上がり温まるような……、だが私自身はなぜか認められない、煮え切らない苛立たしい感情だ。
「あっちゃん……」
自分の気持ちを正直に話そう。そう決意しあやめに声をかけたその時だった。
「そる……話があるの」
厳しい、まっすぐな目で見つめ、あやめはそるを指名した。そるは背筋を伸ばし私の右肩からひょいと降りる。
何やら不安になり、ついていこうとしたが……これまた厳しい口調でそれは阻まれた。
それも……あやめが私のことをいつもの愛称では呼ばずに、だ。
「[ぎあ]。ちょっと大事な話をするの。あなたはそこで待ってて。
あと……ひとつだけ質問」
厳しい、だが冷静なあやめの声。私も声を正してあやめに答えた。
「なんだ?」
「[ぎあ]は私のこと好き?」
直球な答えだった。私は即答する。これ以外の答えはないから。
「好きだ」
だが、次の質問は……私の心を見透かしたような、そんな質問であった。
「じゃ……、そるのことは?」
そる。この街に来て知り合ったあやめの妹。
だが……私の知らない私を知っていて、そるは時々何かを私に重ね妙な表情をする。
私自身もそんな表情になぜか照れくさい、恋に似た感情を抱いてしまう。
いざとなると即答できなかった。言葉に表せなかったのだ……。それを見てあやめは呆れたような声を出した。
「そう……。やっぱりそうなのね」
そう呟くとあやめはそるを連れて扉の奥に向かい……静かに扉を閉めた。
‐ドガッ‐
私は自分の不甲斐なさに……自分の頬を殴りつけた。
ディオールの姿の拳は…予想以上の重みで自分自身の戒めには丁度良い痛みとなった。
ドライバーを外し……変身をとき……私は扉の縁に寄りかかって彼女たちを待つことにした。
○第一話九歩目~旅の思い出のあやめ日記・1枚目~
‐あやめの日記(ぎーくんは見ちゃダメだぞ♪)‐
○日記その1
今日から日記を書こうと思う。私を嫁と言ってくれたぎあっていう変わり者との思い出を。
彼は今私のために部屋を作ってくれている。ちょっと狭いけど私サイズのお部屋。
この人はやはり優しい、いい人のようだ。私はまだ彼に話してないことがたくさんある。
自分の世界のこと、自分自身のこと。でも、彼は何も聞かずとも受け入れてくれた。
優しい人。広い人。大きな人。旦那にするとは言ってないけど……彼なら認めてもいいような気がした。
○日記その2
彼は「明日になったら世界旅行となる!」と言った。
未だに信じられない。世界をまたにかけて旅行をするということに。
この[何もなく酒と女に溺れた男の世界]から移動できるというのか。
信じられないが……彼を信じたかった。私の存在をただ一人の生物と想い、信じてくれた彼を。
私、あやめの決意!いつか……私の世界に付いたらお父様お母様にぎあを……ぎーくん(照)を紹介する!
人間だけど認めてもらうんだ。頑張れ!私
○日記その3
周りはすっかり歪んだ銀色の背景。なんだか不安になる世界。
何もない世界……。だけど、ここにはぎーくんがいる。
あとは……可愛い可愛い猫さんがいる。そういえばぎーくんはこの猫のことを[猫]としか言わない。
名前付けてあげればいいのに……。機会があったら私が付けてあげよう。
まだまだこの風景は続くらしい。いつになったら着くんだろう……。
○日記その4
すっかり寝てしまった。書く事が多すぎて細かくかけないけど……いろんなことがありました。
きっと、ぎーくんは毎回こんな楽しい旅をしてるんだろうね。私もこんな旅についていけることを誇りに思う。
いろいろびっくりしたけど、なんと妹のそると出会うことができました!
私が変な人間に捕まり……さらに変な世界に飛ばされてからどのくらい経ったろう……。
短くも長いそんな時間を私はずっと彷徨ってた。へへへ、すごい泣いちゃった。
そるも一緒に旅するのかな?なら嬉しいな~。
でも一つだけ気がかりなことが……。そるがぎーくんに馴れ馴れしいこと。
馴れ馴れしいのはいつものことだけど……なんだか女の勘がピンと立って収まらない。何も無かったらいいけど……。
○日記その5
一日一日本当に様々なことあるね。もっと文章書こうかな?
んー、でも私書くの苦手だからなぁ……(汗)
今日はぎーくんがヒーローに変身した。もうそりゃすごい格好良いヒーローに!
惚れ直したね。うん……。本当に……生き返って良かった……。
そして、いろいろあったもう一つ!やっぱり女の勘は当たったかもね。
うん、当たったのだろう……。そるのあの必死な顔を見ればわかる。きっと[今]のぎーくんじゃないにしろ……だ。
そして、ぎーくんもそるにする顔を見る限り……。
少し……考えなければいけない。私はハッキリしないことは嫌いだ!うん、一斉会議よ、私!
○日記その6
ちょっと嫉妬。
そるがぎーくんから離れません。そるの目を見ればその強い意志が伝わってくる。
きっとそるも決意したのかも。でも、相手が[私]じゃ言い出せないのかな?
ふふ、向かってくればいつでも相手するのに。全身全霊で迎え撃つのが我が家の家訓なの忘れたのかしら。
では、私が勝負を申し込もうかな、妹に。
ライバルがいて、戦利品もどちらにつくか迷っているなら……決着をつけなきゃ腹の虫が収まらない!
○日記その7
その7の日記はまだ何も書かれていない……。そう、ここに書かれるのは今日の出来事だ。
私の、[あやめ]という私が書くこの日記。扉を開け、ゆっくりと階段を下りる私とそる。
1階の少し空いたドアを抜け、庭へ出る。夜風が気持ちよく私の髪を撫でる。すごく心地いい。
庭の、荒れ放題の花壇には小さなライトがあった。私たちの大きさならば公園の街頭のような高度いい明かりだ。
花壇に二人で座り、私は一つの手帳を取り出した。それはこの旅が始まった時から付けている日記。
楽しいこと、これから起こることを綴ろうと思っていた日記だ。題してあやめの日記。まったく、直球そのものである。
手帳を明かりに照らし、文章をそるに見せた。それは私の最初の駆け引き。
「どう?私の日記。日記なんて書かないと慣れないものね」
それをそるは黙って読んでいた。そして……自分の気持ちが感づかれていることに気づく。
顔を赤らめている。まったく、我が妹は可愛すぎる。心許したものには甘えたがるし可愛い態度をとることを躊躇しない。
赤らめた顔を隠そうとせずにポカポカと私の方を叩く。普段の凛とした態度からは想像できない可愛さだ。
この可愛い態度。私以外に取ったことがないこの態度をほかに見せるのはぎあだけだ。つまり……。
「あやめ姉さん……。わっちは……!」
そるは決意したようだ。そう、決意。私に気持ちが知られているとなればする行動は一つだろう。
私も、決意する。まったく、愛してしまった者がかぶってしまうとはなんとも仲の良い姉妹だ。
微笑みながら私はすくっと立ちそると向かい合う。。と……人差し指をそるの口元に押し付け言葉を遮る。
そう……私が最初に宣言する。そうでなければ相手の上手を取れない。
「私は……影城ぎあを愛してるわ。あの人そのものを……」
その自信に満ちた宣言にそるは目を潤ませる。まったく、人前では強気を気取っているというのに肝心なところで泣いてしまう。
彼女の悪い癖だ。だから彼女はいつまでたっても2番目なのだ……。
だが、目を拭いすっと立ち一歩踏み込んでくるそる。顔がぶつかるぐらいの距離になる。そして、眉間にしわを寄せその細い目を目一杯開いて宣言した。
「わっちも……愛しとる!
主様は……忘れてしもうとるが……わっちだって彼と過ごした時間がある!
愛しとる!」
強く、強くそるは私に言葉をぶつけた。まったく、見ない間に妹はたくましくなったようだ。
それはそうだろう、私がいない間に私の世界では様々あったようだ。育ってもらわなければ困る。
それにしても……この成長は嬉しい限りだ。私は優しいほほ笑みを浮かべる。だが、そるはそれが余裕と受け取ったのか……。
「姉さん!本当じゃぞ?わっちは本当の本当に!」
念を押してくる。ここまで押しの強い女性に成長したのだ。まったく、どれだけのことがあったのか。
可愛く目元を潤ませて私を真っ直ぐ見る。可愛いが、その医師は私に負けないものがある。よしよしと頭を撫でる。うー、と唸るのがこれまた可愛い。
夜空を見上げてみる。空は美しい星空を描いていた。綺麗なものだ。
星空に自分の顔を描く。さらにその隣にぎあの顔を描く……。
ずっと隣に寄り添う二人。だが……今はその隣にそるがいる。一体ぎあという星座はどっちの星座に寄り添うのだろうか。
そるが宣言し、私も宣言したのだ。もう一人……私とそるは宣言しなければいけない相手がいる。
彼はずっと煮え切らないでいる。それもそうだ、彼は……ぎあは私に嫁宣言をしているのだ。
自分の気持ちに正直になりたくてもなれないのだろう。当然、そるにもどかしい感情があっても隠さなければいけない。
まったく、誰も傷つけたくないというのは時に残酷なものだ。ならば……、私が彼に告げなければいけないことはただ一つだ。
あの可愛い私の惚れた相手に正直に告げること……それが固まりつつあった。
だが……その前に一つだけそるに聞くことにした。少し意地悪な態度でそるに聞いてみた。
「ねぇ……そる……。あなたの知ってるぎーくん……、昔のぎあとどこまでいったの?」
ぎあの態度を見るかぎり、どうやら昔の記憶がないとはいえ体は、魂は覚えているといった具合だ。
そうでなければそるの態度を見て、あそこまでぎこちない、煮え切らない反応はできないだろう。
ならば……だ。ライバルとして少し聞いておきたい情報ではある。
そるは少し迷っていた。だが……最初に見せた私の日記がある手前、自分だけ何も言わないというのは引っかかるところがあるのだろう。
彼女も私の妹だ。何かを得て、何も返さなくてもよいとは思っていないはずだ。
少し間があった後、そるは口を開いた。
「どこまで……かや。その……告白する前に……離れ離れになってしもうた」
「ええ!」
少し意外な回答だった。そるとぎあの態度を見る限り、私の知らない時間で体とはいかずとも唇を交じあわせるぐらいはいっていると思っていたからだ。
いや、恋仲でなくとも唇ぐらいはとも思うが……ぎあの性格上それはないと容易に考えられる。
少し笑ってしまう私。その顔をみてそるは心外とばかりに不服そうな声で抗議した。
「なんじゃ!姉さんはわっちの初恋を笑うのかや!?」
「ふふ。いや、そうじゃないんだけどね~」
告白にも至っていないのに、過去のぎあの記憶は魂の奥からぎあの感情に介入しているのだ。想像したらどれだけの純愛なのだろうと感じたのだ。
きっと……昔のぎあもそるのことをそるの考えている以上に……。
魂の奥から……か。もし私が同じ状況になっても、ぎあは私にその感情を向けてくれただろうか。少し妬いてしまう。
感慨深げに視線を遠くにやる。もし、過去のぎあがうまくいっていれば私はどうなっていただろう……。
ぎあのことを好きになっただろうか……。そるを押しのけてでも……。
仮定でしかないが惚れていただろう。まっすぐにきっと助けてくれる彼に。
「ま、負けないからの!」
突然そるは私に向かって叫んできた。目一杯の気合を込めて。
負けない……か。私も負けるつもりはない。これは全身全霊をかけた姉妹の勝負なのだ。
「ぬ、主様と姉さんがどれだけ濃厚なキ……キスをしようとわ。わっちは……わっちは」
そういえば……と思い返す。ぎあは割と恥じらいもなく人前でキスをしていた。それはそるの前であっても。
くすくすと笑う私。それで勝敗が決まるわけでもないというのに。まだまだ子供と、今度は明らかな余裕の笑みを浮かべてみせる。
そるはほっぺを丸く膨らませ怒っている。まったく可愛い妹である。
この可愛い妹相手に、勝負の行方が少し不安になりながら私はそるの手を引っ張ってぎあのもとに向かうことにした。
「さて……、選手宣誓と行くわよ~そる」
一段一段階段を上りながら胸の高鳴りを感じていた。
今までのどんな壇上に上る時よりも心臓の音は高鳴っていることだろう。
‐ドクン……ドクン……‐
8階のぎあの待つ場所までこの高鳴りが収まってくれればいいと少し願っていた。
このままでは言いたいことも、この緊張に隠れてしまいそうだったからだ。
そるも顔が真っ赤になっている。まるで完熟のトマトのようだ。
「そんなに緊張してちゃ言いたいことも言えないぞ?」
ツンツンと頬をつつきながらいたずらっぽく話す私。はっと我に返ったのか私の顔を見つめてまた頬を膨らませる。
まったく、ぎあの前でもそんな態度を取ればイチコロだというのに。
だが、そんなアドバイスをしたら敵に塩を送ってしまう。そのことに気づかないよう願うばかりだ。
7階……。この階段を上りきればぎあの待つ8階だ。
降りた時には感じなかったが、この小さな身ではこの階段は登山のように辛い。横で平然としているそるが少し羨ましい。
元々武闘派だったそる。ぎあと一緒に戦えてた光景も少し羨ましくもあった。
そこについては私が一歩遅れをとってしまうだろうか。
そんなことを考えつつ階段を上る。
……最後の一段。階段を上りきると目の前に扉がある。そこを開ければ……と思った時だった。
扉は開いていた。
「だいぶ……話し込んでいたみただな……」
そこにいたのは扉を開け、縁に寄りかかっていたぎあの姿だった。
思わぬ出迎えにドキリとする。そして……ぎあはこう続けた。
「さっきの答えだが……。ごめん、私……私さ……。
そるの笑顔見るとどうしても心が反応しちまうんだ。可愛いって。
でもよ、あやめを好きで……元の世界についてら嫁だって宣言するっていうのも本当で……。
えと……えと…………」
そういえばぎあは戦闘中に34と年を答えていただろうか。
こんなにも少年のような可愛いオジサンがいるだろうか。まったく、ますます惚れ直してしまう。
惚れ直してしまうから……あえて私は真っ直ぐに答えた。
「もう嫁って言わないで」
その言葉は冷たく、刺さるものだったろう。ぎあは愕然とした表情だった。
そんな表情をされると私も困ってしまう。困ってしまうが……背筋を伸ばし、ぎあに向かい合う。
「だから……今度は私が告白する番よ。
ぎあ。影城ぎあ。私はあなたのことが大好きです。
自分の身を挺して私を救ってくれたあなたを、ここの世界でもあの少女をかばったあなたを」
「わ……わっちもじゃ!」
続けてそるも言い放つ。私に負けないぐらいの声量だ。
「主様は覚えておらんじゃろうが……。本当にわっちはわっちの世界でいろんなことを主様とくぐり抜けたんじゃ。
けれどもそれだけじゃない。わっちは……この世界でまた会えた主様が死にかけた時……もう嫌じゃと思ったんじゃ。
もう別れるのは嫌じゃ……。わっちも主様がぎあが好きなんじゃ!」
二人の告白を受けてぎあは動揺する。それはそうだろう。元々揺さぶられていた心。
それを一気に二人から告白されればその揺れは大きくなるというもの。
口ごもるぎあ。それは予想できた反応だ……。
「今決めなくたっていい。私たちは二人ともあなたのことが好き。
これから先、私たちの世界にたどり着くまでに決めればいいわ。それまでには決めてね?お人好しのヒーローさん」
優しく微笑みかける私。
優しく、暖かく。それに嘘偽りがないというのはぎあが一番わかるだろう。
そるもぎあに向かって頷いた。
「すぐに振り向かせるからの!絶対わっちに振り向かせてみせる!」
気合の入った宣誓だ。そう、旅の目的地までに私たちが振り向かせてみせればいい。
何かのきっかけで、行動で……言葉で。何がきっかけになるかはわからない。
これから先、そのタイミングを逃さずに生活しなければいけないと心に決めた。
夜は深まっていく……。ふふ、今日も私はぎあの左側で寝るとしよう。きっとそるは右側で寝るだろう。
そう考えながら私は看病のために座っていた椅子に座り、腰から取り出した手帳に日記をしたためた……。
○日記その7
このページが始まりかもしれない。そう、今日は始まりの日。
私とそるのぎあを賭けた一世一代の勝負の始まり。
私は譲るつもりはない。きっとそるも譲るつもりはないだろう。
最初に出会ったあの日、あの人は絶対助けてやる。と宣言した。
人とは違う人形なのに……彼は躊躇なく助けると。
助けた後、彼はこれまた躊躇なく好きだといった。
だけど……。
彼はそるへの気持ちに躊躇いを見せた。きっと私に対しても。私はそんな彼は嫌いだ。
だから……また躊躇いなく言ってくれることを信じよう。その日まで……私は彼を諦めない。
よっし!今日は始まりの日!絶対彼をものにしてみせるんだからっ!!
恋愛というものは面白いものだね。人の心が交わり合う。
その中には駆け引きがあり、まっすぐな思いも存在する。
様々な思いが交錯し合い……それは物語となっていく。実に面白い物語に。
戦いの物語、歴史に残る真面目な物語には無いものだ。実に面白く、人間味のある物語。
「さて、影城ぎあ、そる、そしてあやめさんよ。
そのような物語を私は見たことを無かった……。いや、見ようとしなかった。
ふふ、実に面白い物語だよ。
思いを交錯させ、ぶつけ合い……物語を紡いでくれたまえ。
そして……私に、おれに、自分に、わっちに、俺に、我に見せてくれたまえ……。
そろそろ次の旅の始まりだ。後2日。その世界を楽しみたまえ……」
○第一話終歩目~旅の終わりは正しき始まり~
旅の終り。そして始まり。
旅はいつか終わる。だが、それは始まりともいえるだろう。
旅をはじめ、道を歩き、目的を遂げ、そして家路につく。
時が来ればまた旅をする者もいるだろう。
世界の旅行者たる彼もまた、その一人。
永遠の旅を繰り返す。そして今……一つの旅を終わろうともしていた。
「影城ぎあよ。次の行き先はまだ教えることは出来ないが、今の旅先はそろそろ終りだ。
君はそこで様々な者と出会い、力を手に入た。そして、その出会いの力でまたその身を進めようとしている。
まずはこの旅を終わらせよう。世界の旅行者、影城ぎあよ。
この……人形少女二人に告白され、その先に進み始めた物語を……」
○第一話終歩目~旅の終わりは正しき始まり~
夢を見ていた気がする。またしゃふとの夢だ。
どうやらしゃふとの言い回しから察するに今日がこの世界の旅行、最後の日らしい。
ぼーっと天井を見る。そこにあったのは豪奢な模様の天井だ。
今回の旅は目まぐるしいものであったが、この王宮のような豪華な部屋に泊まれたのは嬉しいところだ。
三つ星ホテルのスイートルームと言ってもいい。
とはいうものの、そういった豪華な宿泊先に泊まったこと等ないが……。
ひとつ背伸びをする。背骨から腕、全身の節を伸ばす。この寝起きの感触は何度味わってもいいものだ。
まだ寝ぼけている眼差しで左右に目線をやる。
あの告白の日からというもの、彼女たちは私を挟む形で眠っている。
だが、最近左方向に寝ている人影がないことに気がつく。
「あれ……あっちゃ……あやめ、どこいった?」
あれから彼女を[あっちゃん]と呼ぶのはやめている。慣れている呼び名を変えるのは辛いものがある。
そるもあやめも平等に接し、答えを探る。自分の本当の答えを。
過去の自分のこと、それは関係なくし自分自身の答えを……。
廊下に通じる扉に目をやると少しだけ開いている。もしかしたら……と思い身を起こそうとした時だった。
「主様……いや、ぎあよ……。
せっかくあやめがいないのじゃ。ちょっとはわっちも積極的に攻めようかの」
身を起こそうとした体は右側によろめいた。それもそのはず。寝巻きの袖を右方向にいたそるに掴まれていたのだ。
そるを潰さぬよう、手を着いたのが最後……そるに覆いかぶさるような形になっていた。
「なんじゃ……ぎあの方が積極的じゃったとは」
「え、あ。これは……ちが」
そるが60cmほどの小さな体だからよかったものの、人並みの大きさであったら急接近の体勢、距離だっただろう。
目と目が合う二人……。そるの顔が赤らんでいることに気づくと、私自身の頬も赤く染まる……。
ダメだと思っても反射的に反応してしまう。
頭の中で、
続行しますか?
[はい][いいえ]
の選択肢が浮かんだ時だった。
「ぎーあー?貴方がそんな軽い男だったなんてちょっと幻滅だな~私」
半開きだった扉から表れたのはあやめであった。
こめかみをヒクヒクと動かしている。どうやら弁解の余地はないらしい。
だが、食ってかかったのはそるの方であった。
「なんじゃ?姉さん。ぬしがおらんかったら勝負したたら駄目なんて取り決めあったかのう」
「そうじゃなくて、順序があるでしょう?
キ、キスは私のほうが先なんだから!」
「ほほう。でも気持ちは未だに揺れ動いとる。重要なのは今後のこやつの気持ちじゃよ」
「なーーーーーーんですってーーーーー」
何やらヒートアップしている。
そんな喧騒も最近では日常になりつつある。
そるかあやめ、どちらかがアクションを起こし、こうやって喧嘩をする。
喧嘩して、仲直りして、最後に矛先が向かうのは……私である。
まったく、どちらを選んでも苦労すると思うのは私だけであろうか。
二人を尻目に寝間着を脱ぎ、せっせと普段着に着替える。
最後に便利コートを羽織り……準備完了だ。
着替え終わると二人の喧嘩もかたがついていた。一段落したところであやめに問いかける。
「どこか行ってたんじゃないのか?」
そう、先を越される可能性を捨ててどこかに行っていたのだ。何かあったのだろう。
大方予想は付いていたが……その私が予想していたことをあやめは口にする。
「あ、そうそう!
ここの館の主人さん。彼女が目を覚ましたのよ」
ずっと眠っていた少女。しゃふとに体を乗っ取られ、いいように使われていた彼女が目を覚ましたのだ。
すこしほっとする。なぜならこの騒ぎに一番巻き込まれ、被害を受けたのは彼女だ。
「謝らなきゃな。精一杯さ」
そんな言葉にあやめとそるの二人は目を合わせクスクスと笑った。
そう、本来は私のせいではないだろう。
しゃふとの陰謀。それを引き金にした四神会の作戦にも巻き込まれ……。
私のせいじゃないと言えば確かにそうだが、謝ろう。
しゃふとも四神会も謝るようなものではなさそうだから……。
そう考えると苦笑いしか沸いてこず、そんな表情を浮かべながら扉を開け、少女の眠る部屋へと向かった。
後ろでクスクスとあやめの笑い声らしきものが聞こえたのが少しだけ気にはなったが……。
「ありがとう」
扉を開けると少女から突然そんな言葉が出た。
少しぎこちない笑みで、小首を傾けながら。
私が少し戸惑い、固まっていると……恥ずかしかったのか顔が真っ赤に染まっていく。
彼女を無表情だと思っていたが、なかなかどうして少女らしい表情もするものだ。
そのまま彼女の変わっていく表情を眺めているのも楽しそうだったが、そろそろ後ろにいるあやめとそるに蹴られそうだったので声を返した。
「どういたしまして。とは言うものの、なんのお礼か聞いていいかな?」
その答えはわかりきったことだったが、言葉で聞きたかった。
そうでなければ伝わらない。言葉に出さないと礼もなんの礼かわからないから。
「楽しかったから……体乗っ取られてても、内側で見てたんだよ?
貴方が私を騙した人をやっつけてくれた人。
だから……ありがとう、正義の味方さん」
内側から見ていた、という言葉に少しドキリとした。
ドキリとしたが、やはりあとのありがとうの言葉で心が安らいだ。
よかったと。この少女を救うことはできていたのだなと悟ったから。
そう……その言葉と少女の顔つきを見る限り、彼女の心はすっかり解き放たれたようだ。
優しく、暖かい少女そのものの笑顔。私の心も温められた気がした。
この世界での最後の旅行日だったが、彼女の部屋で一日話したい気がした。
一番この世界で関わった人だ。そして、おそらく次の旅には一緒に行けない人物。
ふと、思ったことがあった。
「そういえば、君の名前聞いてなかったね。聞いてもいいかな?」
その言葉に彼女はまた微笑んだ。優しく微笑み口を開きかけたその時だった。
「私は、私の名前は……」
‐グウォン…………‐
周りが急に鉛色の歪んだ景色に変わる。嫌と言うほど味わった突然の旅行の終わりだ。
それにしても、と思う。今回に限っては急すぎる。
あれから考えたが、私の旅はすごくきりのいいものが多過ぎる。感動の別れ、その舞台が多かったのだ。
きっとしゃふとはロマンチストなのだろうと思っていた……が今回のコレは間が悪い。
そんな歪んだ世界の遥か彼方から声が聞こえた気がした。
言い回しも、態度もその思考していた人物だったのは少々ウンザリした。
『あー、影城ぎあ。急な旅立ちで申し訳ない。
予定変更だ。少々手荒に送り届けるよ?いいかい?』
「ちょ、まて!もう少しだけ時間を」
『あー、影城ぎあ……。すまないが君に意見する権限はない』
笑いながらしゃふとは私を歪んだ景色に誘う。
まったく、もう少し……彼女の名前を聞くぐらいの時間があってもよかろうに。
私は後ろで驚愕の表情を浮かべるあやめとやれやれと呆れているそるを抱える。
私は少女に向かって叫んだ。
「また来る!その時ゆっくり話そう!これは……絶対だ!」
「ふふ……うん、ぜったいだよ?」
そう言葉を交わすとわたしは歪んだ景色に吸い込まれていった。
また……新しい旅が始まるのだろう……。
‐カツ……カツ……‐
足音がひとつ歪んだ景色が晴れた場所から聞こえた。
どこからともなく聞こえた足音はやがて足を作り、そこから体が生える。
そこにいたのは全身真っ赤なスーツをまとった男。
顔には仮面を付け赤いシルクハットを被っているため、一風変わった真っ赤な道化師のようなである。
「決心は決まったかな……?」
その男は問いかける。そう……館の少女、そう呼ばれた私に。
「ええ、決まったわ。楽しそうだね……世界の旅行者というのも」
私はベッドの棚に隠してある一冊の本を取り出す。
それは影城ぎあ、先ほどまでこの部屋にいた人物がこの世界で活躍したことが書かれている一冊の本。
この世界に来て、面倒ごとに巻き込まれ、そるという少女とである物語。
「残念ながら私の目標は達成したが、敵は残ったままだ。
[私では]彼らを滅することは出来ないのだよ。何兆という世界を旅しても……」
彼は苦々しく続けた。
「四神会を退治しても、君が世界を救わない限り何度でも……。
すまない……やはり私は君の代わりにはなれやしないようだ」
そういうとその男はポケットから一つの機材を渡す。
それは……オールドライバーとオールフォンであった。
「設定は全てリセットした。
残念ながら全てを統べるディオールではなく、空っぽ原初のディオリジンと言ったところか」
苦笑しながら彼はそう言った。ディオリジンなんとも語呂の悪いことだ。
そんなことを考えながら私はそっとそれを受け取る。
決意を新たに固めて……。
「私はずっと悩んでいた。人を助けることに……信じることに。
でも、彼の一直線な姿を見たら吹き飛んじゃった」
「女事には少し悩み悩んだけれどね」
少し自嘲する男。そんな姿を見て私も笑った。
これから世界の救世主を務める……いや、今度こそ救世主になるのだ。
この変わった道化師にこの本来私が持っているはずの機械を渡されて……。
‐これから君はまた人に騙されるだろう。その時君を助ける人が来る‐
‐彼の姿を見て、どう生きるか判断すればいい‐
‐なぁに簡単さ。その男は実にわかり易いお人好しだからね‐
‐その時、君が引き継ぐはずの使命……いや、本来君が全うする使命果たすか否か決めてくれ‐
しゃふと。
影城ぎあに名乗った彼の名前はそれだった。
だが……それは。
「一つツッコミ入れてもいいかな」
「ん、なんだね?」
「この世界であなたが名乗った名前……しゃふとは私の……[僕の通名]だよ?」
そう、しゃふと。それは私が名乗るはずの通名だ。
ならば……彼の名前はなんだろう。とも考えるが……この機械を持っていたということは明白か。
「また……会えたってことでいいのかな?」
「ああ、絶対だからな。それじゃ、夕飯を用意している[二人の嫁]がいるから……。
また、な」
「ええ、絶対。また、ね」
そういうと道化師は仮面をつけたままヒラヒラと手を振り、景色のに交わり消えていった。
世界の旅行者、世界の救世主。
それは世界を超え、時空を超え、[時間]さえも超える力を持ったもの。
私、しゃふとはその原点。その強大な力に怖気付いた弱い少女。
その少女の代わりに世界を救出したものがいた……。何度も死に、何度も時間を遡りながら。
だが……この力を悪用しさまざまな世界を悪の色に染めている者がいる。
そして、それを滅し世界を正せるのは[私だけ]なのだ。
世界を救おう。……悪用される少し前まで遡って。それは、私にしかできないことなのだから。
まずは……相方を迎えにいかなければ。一人ではこの力は使うことは出来ない。
起き上がり、クローゼットにしまってあった黒いコートを羽織る。
冷暖房に異次元ポケット、さらには冷蔵庫、保温庫を完備している優れものだ。
先代もそしてあの道化師もまた、よく使ったもの……。
そのコートにドライバーをしまい……携帯端末で通話する。
この二つの機械の新しい名前を考えながら……そして、待っている相方を思いながら。
「今から会いにいくからね……。待たせて……ごめんね」
通話が繋がると同時に世界が歪み、私を飲み込み世界は正しく閉じていく。。
新たな始まり。本来の始まりへ……いま一人の少女が旅立つ。
これは……長い長い一つの物語のプロローグである。
「無限の旅人」「世界の旅行者 一つの旅行記」
はじめまして。最初の作品となります。
といっても、本格的に一つのものを書くのは初めてで試験的なものですね。
今後の作品の礎になるであろう大事な最初の作品です。