天空のカニ
コンビニで【くじ引き】を
したところ
【カニパン】が当たりました。
存在は知っていましたが
食べるのは初めて。
昔から在るものですから
きっとお好きな人も多いのでは。
はい、失礼して
いただいてみます。
・・・うん・・素朴な味わい。
それでは、お話のはじまり はじまり━━
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その日、
カニパンは朝から
待ちに待った【集会】に向け
準備に余念がなかった。
【パン界】では
具がない、味が薄い、と
いまいち影がうすく
寂しい思いをしてきたが
今日は
食材ワールドの中でも
花形のひとつである
【カニ・一族】の集会があるのだ。
…招待状は
なにかの手違いか
まだ届いていないが
自分だって立派な
【カニ一族】の一員だと自負し
プライドを持って生きてきた。
数々の輝かしい名誉を受けてきた
まだ見ぬ兄さんや姉さん達にも
やっと会える…。
そう思うと
胸の高揚が抑えきれなかった。
『・・・もう、戻ってこないの?』
現在の住処、
駄菓子屋のルームメイトでもある
【ベビーカステラ】が
寂しそうに問い掛けてくる。
「解らないけど…多分、そうなる。
でも、セレブになってもずっと友達だよ!」
そう、カステラを励ますカニパン
『子供たちも気軽に買えなくなっちゃうね…』
「それは・・・しょうがないよ・・!」
カニパンも子供たちが小銭を握りしめ
自分を目当てにやってくる姿を
想像すると胸が痛んだ。
カニ本家に入る以上
子供たちには手の届かぬ値段に
成ることは明らかだ。
学校帰りの【買い食い】に
【 蟹料理 】を食べる子供は
まず居ないだろう。
・・・でも、自分だってセレブになってみたい!
栄光の一族となり
豪華な食卓の一員となってみる事は
長年の夢だったのだ。
そして、それは
今晩叶う。
ずっとずっと
この日を待っていたのだ。
親族にスイーツ界の大御所である
【長崎カステラ】が居る
ベビーカステラにもその気持ちは
痛い程よく解る。
「・・・じゃ、・・・行くよ・・・!」
その決意を感じさせる一言を発し
カニパンは集会へと向かうのであった。
━━━━━カニ集会場━━━━━━━━━━━━
辿り着いたその豪奢な建物を前に
カニパンは気後れを隠せなかった。
凄く大きな【蟹のオブジェ】が
正面玄関の上に威風堂々と設置され
しかも、ハサミが足が
ウネウネと動いている。
━━━やっぱり高級は違う━━━
そんな思いがカニパンの脳裏に浮かぶ
しかし、たじろいでいる場合ではない、
今から自分も此処の一員となるのだ。
おずおずと店に入ると
もう、集会は始まっている様子だ。
「・・・・スミマセン」
そっと入ってきたカニパンに誰も気付かない
そうだ、こんな弱々しい態度では
いけない!
「・・・・ッ・・・・スミマセン!」
もう一度、今度は張り上げた挨拶に
カニ雑炊が気付く
『・・・・・?・・・きみ・・誰?』
「…ぼ、ぼく、カニパン…と申し…ます…!」
それを見た
カニクリームコロッケ (以下カニコロ)が
ヤレヤレといった感じで
近寄ってくる
カニコロ『君さ、ひょっとしてカニパン?』
「はい、今日からお世話にな……」
カニパンの挨拶に食いぎみで
カニコロの一言が割って入る
『場違いだよ、帰りな♪』
そのやり取りに
一瞬、静寂を見せていた場内に
ドッと嘲笑い声が上がる
どーゆーつもりなんだろうな
バカだねぇ~
勘違いしてんじゃないのぉ~
呆れた様な無数の声、また…笑い…。
それらを受け
ただ立ち尽くしているカニパン
え、…え、…と声にならない
声しか出て来ない。
カニコロ
『だいたいね、君!【蟹】じゃないじゃん』
その一言で
プーッ、と更に嘲笑い声が大きくなる場内。
カニパン
「え、でも…でも…」
カニコロ
『僕でもカニグラタンでも蟹雑炊でも、
蟹の容貌だけしていて
中身は只のコロッケだったり、
グラタンだけだったりしたらさ…サギだよね!
食品偽装だよ?もう?わかる?』
カニパン
「・・・・・で・・・も・・」
━━━━『待ちなさい!』━━
困り果てているカニパンに
救いの手が伸びるが如く
綺麗な通りの良い声が響く!
カニコロ
『【洗い】姫さま!?』
救いの手を差し伸べたのは
カニ・料理の中でも
【 最も高貴 】といわれる
【 蟹の洗い 】お姫様だ。
洗い姫
『カニパン…さん?…こちらへ』
おずおずと前へ進むカニパン
洗い姫
『よく確かめもせず…この方を笑い者にする事は私が許しません!』
鶴の一声に
シン…と鎮まりかえる場内
洗い姫
『さあ、私のやるように
やってごらんなさい』
目の前には
清洌と言わんばかりの氷水が入った
一目で最高級と判る
ガラスの容器がある。
細かく施された彫刻の
それはそれは見事なこと。
そっとその中に入って行く【洗い姫】
ひとふり
ふたふり
その身を揺らすうちに
まるで【幻想的な花】の様に
【洗い姫】の身がひらいていく
凄い、なんて綺麗な・・・!
生まれて初めて見る
奇跡の様な美しさに
ただ茫然とするカニパン
洗い姫
『さあ、入ってみて』
おずおずと
ボウルに片手を
入れるカニパン
すると
みるみるうちに
カニパンの手が
だらしなくふやけ
氷水に溶け
清かった水が濁っていく
そのあまりの冷たさと痛みに
ハッと我にかえるカニパン
「ぼくの手が…なくなっちゃった」
そして氷水以上に冷たい視線に
気付くカニパン
洗い姫
『どうしてくれるの?ここは私の聖域よ?
それをこんなに汚くしてしまって!』
先程までの
優しさが嘘のような【洗い姫】に
ただ狼狽するカニパン…。
「ごっ…ごめんなさい!ぼく…!…ぼく…!」
カニコロ
『だから言ったでしょう!こんなの
偽物だって!』
洗い姫
『貴方達に処分は任せます…!』
その冷たい命令をうけ
カニパンにワッと群がる一族
だいたい格好が生意気だ!
そう怒鳴りカニパンの足をもぐ蟹雑炊
ハサミなんてふざけてる!
残った片方のハサミをもぎ取るカニコロ
手足をもがれ
動けなくなったカニパンを
外へ放り投げる【カニ一族】
カニパンは
そのあと楽しそうな声が響く
すっかり遠くなった場内の様子を
動けぬまま
ただ涙が止まらぬまま
外で聴いていた。
悔しくて
痛くて
辛くて
そして恥ずかしくて
どうして
こんな事になってしまったのだろう
泥にまみれ
傷だらけで
手足を失い動く事さえ出来ず
もう駄菓子屋に
帰る事もできない
帰りたい
恥をさらしても
笑われてもかまわない
帰りたいよ
でも、もし帰れたとしても
こんな姿じゃ
もう誰も食べてくれない
そんな事を
もうすっかり集会もおわり
灯りも消えた暗闇の中で
カニパンは
ずっと夜通し
考えて 考えて
そして朝日が昇った
夜露を受けて
ぐしゃぐしゃになった
カニパンに
小鳥が近づいてくる
1羽…また1羽と
チョンチョンと
少しカニパンの身を啄み
毟っては空へ
羽ばたいていく
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『お母さん!あの雲【カニパン】みたいだね♪』
そう空を眺め
嬉しそうに話す子供
『たっ君はカニパンが本当に大好きね~♪』
『 ぼくね、ホントの【カニ】なんかより
【カニパン】のほうが すきだよ!
あまくて たのしくて!だ~いすきなんだ♪ 』
そして
青い空に浮かぶ
カニパンの雲 は
笑っているように見えた。
天空のカニ