絵の中の少女

くらげみん

駅前の画材屋さんで働くお姉さんは、この画材屋の二階で、毎週土曜日の昼に絵画教室を開いている。絵画教室と言っても本格的なものでは無く、油絵だったり、クロッキーだったり、水彩画だったり、漫画絵だったり、先日は小学生が学校の図工の授業の課題だと言って、版画板を持ってきた。それくらい、絵画教室とは名ばかりの、ただの絵が好きな者たちの集会であったりする。年齢層も、定年退職後の趣味として絵を描いているおじ様や、まだ社会人3年目ほどのお兄さん、暇を持て余した主婦、漫画家になりたい高校生や、先ほど話した小学生など、様々である。

お姉さんは美大を出て、就職難の波にのまれただかなんだか言っていたが、アルバイトしていた画材屋さんにそのまま就職をしたらしい。店主はその業界では少々有名な画家らしく、個展だの何だので店を空けることが多かった為、長年の信頼があるお姉さんに店をほぼ任せっきりのようだった。小さい駅に小さい画材屋であるから、普段の人の入りは少なかった。あまりの少なさに半分店長のお姉さんは、自分の経験を活かしてなにか出来ないかと考えたところ、絵画教室でも開いてみるか、と思ったらしい。本来の店主のギャラリーになっている二階がちょうど空いており、本人に相談したところ、いいんじゃない?やってみなさいよ、とあっさりした回答が返ってきたのだという。そうして始めた絵画教室は、毎回1人500円で、これもまた入り口に置いてある募金箱のようなものにちゃりんと入れるだけのシステムで、入れても入れなくても然程関係なく入ることができてしまう。お姉さんからは店の売り上げを心配する割に、儲けたいという気持ちが一切感じられなかった。それが少し心配にも思えたが、むしろいっそ清々しかった。

その集会ではみんながみんな仲が良い。初めこそ疎らな人であったが、今では席を見つける為に早く行かなければならないほどの盛況ぶりだった。それもこれも、私は、お姉さんが人徳のある人物だからだと思う。

お姉さんはいつでもニコニコして明るかった。私は一階の画材屋さんの客でもあったから、まだ店主がいた頃のお姉さんのことも知っている。その頃から知っているけど、お姉さんはいつでもニコニコと笑いながら、努めて明るい声で私に話しかけてくれる。それは絵画教室にくる、誰にでも同じだった。油絵が趣味のおじ様にも、クロッキーで絵を描く、おそらくはお姉さん目当てのお兄さんにも、水彩画を嗜む主婦の方にも、ノートに漫画のネームを描いている高校生にも、版画板をガリガリと削る小学生にも、決まってみんなを笑顔で褒める。お姉さん自身は美大も卒業していて、それこそプロの絵描きの下で働いていて、それなりの腕と眼を持っているはずなのに、この私の絵ですらも必ずどこかを褒めてくれる。そして優しく、ふんわり包み込むような声で的確なアドバイスをしてくれる。そんなお姉さんの人柄が、ここに人を集める理由だと思った。

そんなお姉さんも、絵画教室でみんなの絵を見ながら、自分もたまに絵を描くことがあった。その多くが鉛筆でスケッチブックに描くラフな絵なのだが、たまに色鉛筆でその絵を塗ってくれる。その絵は素人目で見ても美しく、惚れ惚れするような作品だった。しかし、私が見た限り、どの作品も共通して言えるのが、何かが泣いている絵だと言うことである。

どうして、お姉さんの絵は、いつも泣いているの?と聞いたことがある。絵画教室も日暮れと共に終わり、夕日を背に人々がだんだんと家路に着く頃であった。

「うーん、自分で泣けないからかなぁ…。」

それをまた、お姉さんはニコニコと笑いながら話す。そう言ったお姉さんの瞳が、何を訴えているのかは、私にはわからなかった。しかしそれは、これから訪れる深い闇夜に似ているのではないかと想像した。鮮やかで繊細な青や緑の泣いている少女が、仏のような穏やかな笑みの女性に描かれている。その対をなす光景が、お姉さんの絵と、お姉さん自身を、一層儚く、そして美しく見せていた。

絵の中の少女

絵の中の少女

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-06

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