Rosemary ( 後 )

Rosemary ( 後 )

  
   
   
--- 約束の時間よ。


-「はい。」


私は、その声にゆっくりと頷いた。
   
     
--- 約束通り、彼の記憶から、あなたの記憶を全て消去するわ。
本当にいいのね?


-「はい。彼にはきっとそのほうがいいと思うから。」


--- ……そう。分かったわ。

その瞬間、ふわりと柔らかい風と真っ白な光に包まれた。





横断歩道の信号で立ち止まると、背中から差す夕陽が照らし出した影が、私の道しるべになるように真っ直ぐ前に向かって伸びている。

『また何かあったら相談にでものるから、良かったら連絡して。
あ、その時はまた甘いもの食べるの付き合ってよ。』

そう言うと彼は、はにかんだ笑顔で1枚の紙差し出した。
白い長方形の紙には、会社名と彼の名前、そこに記された" 管理部 部長 "の文字のすぐ横に、走り書きで書かれた電話番号を指でなぞる。

手を上げて去っていく彼の後ろ姿を思い出しながら、手の中にある名刺を胸の前でそっと握りしめた。

「また、会いたいな、」

口から不意にこぼれ落ちた言葉にと自分の心の変化に少しだけ驚いたのと同時に太陽の光に照らされているかのように心が温かくなった。

横断歩道の信号が青になり、一歩を踏み出した瞬間、

『危ないっ』

誰かの焦りに満ちた叫ぶ声、全身に鈍い痛みが走ったと同時に宙を舞った身体は、抵抗することなく地面に叩きつけられた。

対向車線からはみ出して私を数十メートル跳ね飛ばした車を運転していたのは、薬物中毒者だった。
地元では有名な大学教授の息子で、有名大学を卒業したが就職活動に失敗し、家族からは毎日のように罵倒され、近所からは後ろ指をさされ、精神疾患を患い薬物に手を染めてしまったそうだ。

目の前には朱で染まった名刺を握りしめ、力なくアスファルトの上に横たわる自分がいた。
ゆっくりと黒い地面に広がる鮮やかなな鮮血に、眩暈を覚える。

救急車を呼ぶために電話をしてる人、私の横たわる体に声をかける人、事故現場に群がる人、そして私自信をただひたすら見つめ続けた。

--- あなたは死んだのよ。

ー 「……え、誰なの?」

どこからともなく聞こえた声は、ふわりと風をまとって私の目の前に舞い降りた。

ー 「あなた、誰なの?」

まばゆいばかりの純白の羽が体を支えているのであろう、その足元は宙に浮いていた。

ーーー そうね、あなたたちの世界で言うと、天使、になるのかしら?

ー 「天使……」

言われればそうなのかもしれない。
ウェーブした髪と真っ白なロングワンピースがゆらゆらと揺れていた。

ー 「私、死んだの?」

ーーー ええ。横たわったまま動かないのがあなたの体よ。
そして今ここいるのが、あなたの魂、つまり本体よ。

ー 「ほん、たい、?」

血で染まった自分を見つめ、両手を握っては開きを数回続けたが、生きてる時と何も変わらない。

自分の横たわる体のすぐそばに、鞄から落ちた私物が散らばっていた。
その中に彼に拾ってもらった、大切なハンカチが落ちていた。
思わず足を踏み出し、ハンカチへと真っ直ぐ向かう。
足裏で踏みしめるアスファルトの感覚だって今までと同じだ。

膝を折ってハンカチを掴もうとすると、指先をすり抜けた。
何度も拾おうとするが、感覚すらなくただ空気が通り抜けていくだけだった。

ー 「どうして、?」 

--ー 無駄よ。あなたはもう生きてはいないの。

ー 「でもっ、アスファルトを踏みしめる感覚はあるのにっ、どうして、」

ーーー それは錯覚よ。まだ肉体から魂が離れてそう経っていないわ。だからー……

ー 「じゃあ私の体にに戻してよ!すぐそこにいるのに、私の体は、」

頭がついていかない。
目の前には自分の体があるのに、その中に戻ることはできない。
足から伝わるアスファルトの冷たさは、指先まで侵食していくように私の身体は冷たくなっていった。

ーーー あなたの肉体は、車にはね飛ばされた衝撃で全身打撲、内臓破裂も起こしているわ。
つまり、即死状態よ。

ー 「そく、し、?」

ー そう。あの出血の量じゃ今から病院に運ばれたとしても手遅れなの。

ー 「そんな、、、」

救急車のサイレンと遠くから事故現場を眺めている野次馬の声が遠ざかっていく気がした。



数日後、晴れ渡る空の下で私の葬儀がしめやかに行われた。
両親や友達、顔も覚えていないような親類が涙を流す中、私は生涯を終えた。

木の陰から見えた綺麗な死化粧が施され、棺桶の中に横たわる私は、知らない女の顔をしていた。


ー 「人間なんて、呆気ないものね。」

--- そうね。ちっぽけな生き物に過ぎないのよ。


客観的に見る自分の葬儀、肉体と離れた魂だけの感覚に思考はついていけないでいた。
だが、事故直後には残っていた地面を踏みしめる感覚はなくなっていた。

- 「私は、これからどうなるの?」

--- あなたがここに居るということは、この世界に未練を残している証拠なの。
やり残したこと、強く思っていた願い、その未練を断ち切らなければ、あなたの魂は転生されずにこの世界を一生彷徨い続けることになるわ。

ー 「彷徨い続ける、」

--- そうよ。一生、ね。

- 「私の、願い?」

--- そう。あなたの願いをひとつだけ叶えてあげる。
何かやり残したことはない?

天使を見つめると、僅かに微笑んでいた。

ー 「私の、願いは………」
 
 
 
 
 
彼に握られている私の手が、少しずつ薄くなっていく。
それと同時に彼の柔らかい体温と、指先の感覚も薄れていく。

不思議と涙は出なかった。
彼に抱きしめられたときのように、心の奥がじんわりと温かくなっていく。

鞄からローズマリーを取り出し、彼の枕元に置く。

「ありがとう。あなたに会えて良かった。
私はいつもあなたのことを思ってるわ。」

彼の額にキスをひとつ落とした瞬間、真っ白い光に包まれた。
 
 
 
 
 
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瞼に光を感じて、目を開けた。

昨日の夜からの記憶を巡らすが、自分がどうしてベッドの上にいるかも分からない。
辺りを見回すと、見知った自分の部屋だということは分かった。
いつもは閉め切ったままの窓が開いていて、カーテンが風にそよいでいた。
床には自分の散らばった服が落ちていて、近くには買い物袋が置いてあった。

『……買い物をして帰ってきて、そのまま寝たのか、?』

それらを見ても、頭の中には昨夜の記憶が一場面も浮かばない。

窓から入ってきた少し強い風に、部屋中に香りが漂った。
ふと枕元を見ると、一本の花が置いてあった。

『……これは、』

それを手に取ると、綺麗な半色をしていた。
鼻をくすぐる香りに、どこか懐かしさを感じる。

『ローズマリー、か』

鼻に寄せると、風に運ばれてくるよりも強く香る。
どこかで嗅いだことのあるような、懐かしいような、心地良い香りに思わず口元が緩んでしまう。

『……いい香りだ。』

その瞬間、風が一瞬だけ強く吹いて、カーテンは音を立ててはためいた。

まるで、同調するかのように。

髪をかきあげてベッドから降りると、そのローズマリーを机の上に置いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ローズマリーの花言葉
『think of me.(私を思って)』

Rosemary ( 後 )

Rosemary(ローズマリー)
ローマでは、花の香りが死体を永く保存すると信じられており、ローズマリーを葬式の花として使用していました。
フランスの花言葉では「あなたが来てくれたので私の悩みが消えさった」
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初の前・中・後編と分かれた作品でした。
まとまりがなさ過ぎて、もっと勉強が必要です。。。

Rosemary ( 後 )

私はいつもあなたを思っている

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-07-06

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