ENDLESS MYTH第3話ー10

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 人間であった。目の前に立つ男は、頬がこけ痩せ細っていた。
 しかしその目は 恐ろしいまでに彼らに敵意を向け雨に濡れるのも厭わず、その場に立ち、ゆっくりと細い足を一歩ずつ、彼らに向け歩み出したのだ。
 何らかの能力者だとわかっトチス人は、 男に押されるように 後ずさりした。
 背中にメシアを背負う形で守らなければならなくなり、相手の能力がどういったものかもまだわからない中で、非常に危険な戦いを強いられるのは誰が見ても明らかであった。
 トチス人は戦略上不利な立場にあった。
 彼女が自ら作ったフィールドを破壊するほどの能力者。その能力者の能力を理解しないままで戦うということは、見えない刃をどこから突き出されるか分からない戦を強いられることなのだ。
 戦略的に、彼女が取れる最善の戦略は、メシアを再び構築した空間に放り込み、守る方法が最も 安全だと彼女は考えていた。だがしかしそうした考えなど能力者にとっては当たり前の戦術であり、ギョロリとした眼差しの男が考慮していないはずはなかった。
 すると彼女はメシアの前方へと離れ、近づいてくる男に意外な行動だと思わせた。
 現に男は驚いた表情で立ち尽くし雨の中で彼女をじっと凝視した。
 と、突如オレンジ色の瞳をしたトチスの女性は、重力反発して中空は飛び上がると、そのまま天高く飛行して行く。
 誘われている事実を理解していながらも、敢えて獲物を前にしながら誘いに乗るように、細みの男もまた、重力に反発して、空へと飛行した。
 空中で対峙した2人は、雨の中で睨みあった。
 彼女は心の中では震えていた。敵の能力がどういったものなのかさっぱり分かっていないからだ。
 怖がっている。彼女が怖がっているのは、見ているだけで 男にも感じ取れた。
 能力者にとって、相手の能力がわからないのは 普通の人間では 想像を絶する 恐怖心を抱えるものなのだ。 
 人間ではないトチス人はなぜ、空中へ男を誘い出したのか。狙いは救世主から男を引き離すこと、この瞬間を彼女は狙っていたのだ。
 彼女の濡れた紺碧色の髪の毛が嵐になびいた時、救世主の身体の周囲に七色のリングが形成された。それは彼女が作り出した別空間への入り口となっていた。
 救世主 この中に閉じ込め 敵から保護するのが彼女の最優先事項だ。
 攻撃を 目的としない能力者である彼女が、戦いの中で出来る最善の選択肢であった。
 目的は完了したそう思った時 彼女の首筋に 青白い皮膚と同じ色の血煙が風に舞った。
 なにが起こったのか。
 どんな能力なのかすら分からないうちに、彼女は攻撃を受けたのである。
 さらに悪いことに、彼女が能力で形成したリングが一刀の白刃で斬り消され、不気味な腐敗臭を醸したプロテクターの人物が、黒い霧のように草むらに現れたのだ。
 すべてが裏目に出た。
 彼女が離れたことで、逆にメシアは孤立して異形の者に襲撃される、彼女も能力が不明な相手を前に、金縛りにされてしまっていた。
 男は 満足そうに 笑った 細い頬をニカリと引き上げ、実に嬉しそうだ。
 トチス人は 感覚を 鋭く研ぎ澄ませた。 感覚を研ぎ澄ませることによって敵がどのような攻撃をしてくるのか、みきわめをようとしたのだ 。
 すると彼女のオレンジ色の瞳が、男の細い骨と皮だけの指先が微動したのを感じた。 
 次の瞬間、背後に寒いものを感じて彼女は振り返ると、雨の雫がひとつの塊となって彼女に迫り来るのを目撃し、慌て周囲に念動力シールドを展開させ、雨水の砲撃を防いだのだ。
 が、その衝撃は凄まじく彼女の身体は中空てよろめいた。
 そこめがけて無数の水の雫がまるで弾丸の雨となり、彼女を襲った。
 身体中を雨で貫かれ、青白い血しぶきにまみれ、トチス人の肉体は草原に放り投げられた。
 男の能力。それは液体を攻撃道具とするものだったのだ。
 つまり男にとって豪雨の天候は、世界中が武器になっているようなものだった。
 草原に血反吐を吐き、トチス人は倒れた。
 その真横では異形の者の切っ先がメシアに迫っていた。

ENDLESS MYTH第3話ー11へ続く
 

ENDLESS MYTH第3話ー10

ENDLESS MYTH第3話ー10

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-05

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