ENDLESS MYTH第3話ー9
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自分の足音ではない。明らかに他者の足音が周囲を走り回っているのがわかった。
虫が這い回っているような細い足音。
しかも動きが早く 前方にいたと思ったら背後から音が聞こえてきた。
カサカサと 草を足が噛む音が聞こえてくる。
「 誰だ! 誰かいるのか」
彼は叫んだが返ってくる声はなかった。
ただあるのは急に周囲に立ち込め始めた高い湿度と、魚を腐らせたような生臭い臭気だけだ。
危険だ!
すぐに彼は理解した。自分の命が危機に晒されていることを。
長く太い、尋常ではなく高い背丈の雑草を両手で必死にかき分けながら、その場から逃げ出した。眼に見えない脅威から逃れ、生き延びるために。
そして脳裡にはあった。マリアの笑顔が。神父が最期に言った言葉。
「マリアは生きている」
それを信じ、再び大切なものを手にするため、生き延びる。
メシアの決意は、踏み出す脚の一歩一歩に力を込めた。
建物を目指しメシアは走った。 先に何があるのか分からない。しかし目指すところは そこしかなかったのだ。
稲光は容赦なく地上に降り注ぐ。まるで逃げる メシアを追ってくるようだ。
いつしか地上の草むらには赤いものが、ゆらめき始めた。
稲妻が草むらに炎を蒔いたのだ。
草むらを走る足が炎の カーテンに 阻まれた この先を進むには 炎のカーテンをくぐり抜けるか あるいは 遠回りして 建物に向かうしかない 彼は どうすれば生き残れるか 必死に考えた。しかしながら 炎のカーテンを 避けて進もうとした時、彼の眼前に立ちふさがったのは、腐敗臭の根源であり湿度の 放出者たる 異質な 人物であった。
顔は フードに覆われて見ることが出来なかったが、全身を覆う、黒い布は 指で引きちぎられたように ボロボロになっていた。
その間から覗く腕や脚は プロテクターに覆われていた、灰色の鋼鉄にも似た プロテクターは 彼を捕まえようとその腕を伸ばしてきた。
触られたら逃げられない。落ちてはいけない所に落ちてしまうそんな気がした。
のばされた腕を必死に振り払いながら、彼はその場から逃げ出そうとした。しかしなんという速さだろうか、振り向いた時、黒い影はもうその場に立っていた 。
そしてプロテクターを腰に回すと、腰にぶら下げた西洋刀を抜刀したのである。
もちろん彼は丸腰である。死の臭いに圧倒されて自然と後ずさりする。彼は炎のカーテンに身体を押し付けられ、完全に逃げ場を失っていた。どうすることもできず、踏み切れない死を覚悟せざるおえない状況の中、 不意に炎の中から腕が伸びてきて、彼の腕を掴み炎の中に引きずり込んだのだ。
炎に身体が焼かれる。熱い、死んでしまう。死ぬのは嫌だ、死ぬのは嫌だ!
心中で叫んだメシアはけれど、死は未だ肩に手をかけられはしなかった。
「 落ち着きなさい」
女性の声が彼を冷静な自分に戻させたり。自分の置かれた 状況を 周囲を見回して認識しようとする彼の前に、オレンジ色の瞳が2つ輝いていた 。それは彼が初めて出会う人間以外の種族であった。
気絶している間、このトチス人が自らの能力の暴走を食い止めてくれたのをメシアが理解できるはずもなかった。
周囲を見回すとまるで複数の絵の具を溶かしたような異質な空間が広がり、縦も横も斜めも、自分が立っている場所すら認識できない不可思議な場所であった。
「 ここはわたしの空間です。わたしが構築した空間ですので、外部からの干渉は一切受け付けません」
トチス人が冷静に彼に言い放つと、周囲を見回して何かを必死に感知しているように、その独特の オレンジ色の瞳を周囲に這わせた。
「 君は、ここは」
ただ呆然とするだけの彼を再び凝視したオレンジ色の瞳は細長く縮められた。
まだ覚醒はしていない様子なが、安心はできない。そう心中で彼女は思っていた。
彼が覚醒したら自らの力でさっきのような異形の者など、蹴散らしていただろう。しかし今ここにいる彼はちっぽけな1人の青年に過ぎない。
覚醒して全てを超越した存在には見えないのだ。 ある意味では 彼を守る立場として保護しづらい部分もあった。自らを護身することができないまるで赤子のような存在だからだ。こちら側が どんな力を尽くしたとしても、自らを守れない者を保護するほど、自分たちは万能でない事実を彼女は十分に理解していた。
と、彼女は突如、針で背中をつつかれたように、身体を大きくのけぞらせた。
すふと周囲の彼女の能力で構築された空間は瞬間的に消滅し、再び草の生い茂る世界へと彼と彼女は放り出されたのである。
そして雨が土砂降りで降りしきり始めた中、稲妻に浮かび上がった二人の前に立つ影は、明白な敵意をむき出しにしていたのであった。
ENDLESS MYTH第3話ー10へ続く
ENDLESS MYTH第3話ー9