エリートの男
平日だというのにカフェはひどく混んでいた。
海外から参入してきたらしい、瀟洒が売りのオープンカフェ。意識の高そうなOLや若いカップルで満席状態だ。春のうららかな陽気も混雑の一因かもしれない。
なんとか席を確保し、飲み物を注文した。
降りそそぐ陽に目を細め、コーヒーカップに手を伸ばす。
異変に気づいたのは二口目を飲んだときだった。テーブルのむこう、一人掛けの席にいる女がじっと、こちらを見つめている。
自分で言うのもなんだが、私は有名人だ。
国内最高の学歴を有し、学生時代に立ち上げた会社は最年少で上場を果たした。テレビや新聞はこぞって天才と持てはやし、ゆくゆくは借金だらけのこの国を救うことになるだろうと報じられた。
無論、マスコミの戯言を鵜呑みにする私ではないが褒められるのは気分がいい。先ほどもオーダーを取りにきたウェイトレスがこちらの顔色をうかがいながら頼んだ品を伝票に記入していた。やはり私はエリートであり、有名人なのだ。口元をゆるませていると、女がゆっくりとやってきた。
すっぴんなのか死人のように血色が悪い。髪はぼさぼさで艶がなく、入院服のような白い衣装を身にまとっている。足元のサンダルはぼろぼろで、道端に捨ててあっても誰も拾わないだろう。
有名になるとよくわからない人間が近づいてくる。突然親戚が増えるというのもその影響だ。しっかり気をつけていないと思わぬ損害をこうむるかもしれない。
女から視線を外し、ノートパソコンを取り出すため鞄を開けた。投資している製薬会社の株価が気になったのだ。これからの動向を思い描きながら手をつっこんだ、が目当ての物はなく、それどころか仕事で使うはずの携帯電話や電子手帳、大事な名刺入れまでも消えている。自宅に忘れでもしたのだろうか。がらんどうの鞄を見ていると、女が滔々と語り始めた。
〝もうすぐ渡米するの。ハリウッドからオファーがきて女優として華々しくデビューするのよ〟
〝政治家の話もきてるわ。ぜひ立候補してくれって。女性初の総理大臣にも興味があるわね〟
〝この仕事が成功したらフィジーに別荘を買うの。色は白がいいわ。だって、白はこの世で最も美しい色だから〟
うるさい、すこし静かにしてくれ。
睨んでやると、女の異様な雰囲気に周りの客がざわつき始めた。
今日はついてない。明日からヨーロッパへ出張する予定だが、時間が余ったからといってわざわざ混雑するカフェなど入らなければよかった。
誤った選択に音が立つほど歯噛みする。きっと今の私はひどい顔をしていることだろう。客の一人と目が合うと、そいつは驚いたように下をむいた。
溜息をつき、再度コーヒーカップに手を伸ばす。半分ほどを飲み終えたところで店長らしき人物が近づいてくる。サインでも欲しいのだろうか。なにか言いたそうな顔をしたが、こちらが口を開こうとすると肩を落として奥に引っこんでしまった。
いったいなんなのだ。でも、まあいい。私はエリートだ、小さなことを気にしても仕方ないだろう。仕事の成功を祈ってコーヒーを一息に飲み干した。
カップをソーサーに戻し、伝票をつかんで立ち上がる。
一歩足を踏み出したところで肌寒さを覚え、ふと視線を下げた。
するといつものブランドスーツではなく、私は女と同じ白い服をまとっていた。足元はサンダル履きで、伸びた親指の爪が黄色く変色している。
わけがわからず狼狽えていると、
「あなたたち! こんなところにいたのねッ」
血相を変えて走ってきた看護師が〝私たち〟の腕をつかんだ。
エリートの男