ガラス玉

 雨が降っているよ。
 あれは、ガラス玉だ。
 ラムネの瓶の蓋にもなっている、透明なガラス玉。ラムネを飲む際に押しこむよね、ガラス玉を。そうすると一気に、爽快感がやってくるよね。さぁ、っとさ。ラムネをひとくち飲めば、爽快感はからだじゅうにひろがる。ラムネ瓶の中で踊るガラス玉の、からんころんという音に火照った脳みそも冷えるってもんで、ぼくは今一度冷静になってみると、あそこで彼をああしたからガラス玉の雨が降ってきたのだと思うよ。
「わァ、きれい」
「明るい雨だね」
「きらきらしているね」
と騒いでいる皆々様。あのガラス玉を降らせたのは、ぼくですよ。ぼくが彼を、ああして、こうしたから、彼のスモークブルーの瞳から、透明なガラス玉が流れて降っているのですよ。
 例えるならば彼は天使で、なにもしらない子どもで、聖者で、処女で、純白のシーツで、誰の足跡もない積もり立ての雪で、そういうのをぐちゃぐちゃにして、どろどろにして、ぼろぼろにして、くたくたにしたくなるのが、ぼくの性分ですから、今頃、彼はお空でしくしく泣いていると思われるので、だからガラス玉の雨が降って、陽は射さなくとも街々にあふれる光に反射して、明るくきらきらしているのですよ。
 コンビニエンス・ストアの軒下で、たばこを吸いながらラムネを飲む。
『夏限定で販売中!懐かしのラムネ瓶』
 たばこのニコチンやら、タールやらで汚れた肺が、からだが、どことなく濁りを見せる眼球が、ラムネのおかげでクリアになっていく気がする。もちろん、気がするだけ。コンビニエンス・ストアの駐車場に車が一台、二台と入ってくる。入ってきたと思うと、その前から停まっていた一台、二台が去ってゆく。
 にぎやかな声がして、男子高校生が五人ばかり、コンビニエンス・ストアの中に吸いこまれていく。五人もいると大抵、ひとりとは目が合う。目が合った男子高校生は、どことなくスモークブルーの瞳の彼に鼻の形が似ていたが、すでに汚れているなと直感したので、こちらから視線をそらした。もしも男子高校生が天使で、なにもしらない子どもで、聖者で、処女で、純白のシーツで、誰の足跡もない積もり立ての雪であったなら、ぼくは迷わず声をかけていただろう。容姿も申し分なかった。
 ぼくはゲイではない。汚し甲斐のあるきれいな生き物が好きなので、ぼくの御眼鏡にかなえば年齢性別は問わないというだけ。コンビニエンス・ストアの灰皿は汚いから好きではないが、たばこを吸わないとやってられない時って、あるじゃない。今、正にその時。
 ぼくが誰かを汚したくなる衝動は、文字で表すならば“穢す”より“汚す”の方が、しっくりくるね。
 スモークブルーの瞳の彼の、ぼくが暴いた内側の感触を思い出しながら、たばこの煙を彼の瞳の色に似た空に向かって吐き出した。

ガラス玉

ガラス玉

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-03

CC BY-NC-ND
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