色音乃物語(七)
case 7 わからなくていとしい
「へー。こりゃあ、大工さん泣かせだねえ。あきらくん」
「そんなにかい」
「やあ、大したもんだよ。半信半疑だったんだけどね。君がそれくらいなら作れるって言った時は」
「うん。僕もそう言ったけれど、自信はなかったよ」
「えっ。そうなの。怖いなあそれ。そんな風には見えなかった」
「学校で習う数学ってさ、順序良く段階を踏んで学べば、高卒まではなんとか出来ると思うんだよ。で、木工に関して、僕は独学で中学校レベルまでは習得していると思っていてね。だから、次点の高校レベル、つまり、この僕らの部屋の開き戸を作り変えるレベルなら、なんとかなると思ったんだ」
「あー。まあ。そうなんだ」
「ひやひやしてた?」
「少し」
「ふっふ」
「で、色はどうすんの」
「いい質問です。色はしのたんと考えます。こちらのパレットから絞っていこう」
「おお。いいねえ。パッと見の色の印象だけで、既に素敵な未来を想像するに易いよ」
「僕もそんな気がして胸がいっぱい」
しのとあきらが生活を共にするようになってから、二年が経とうとしているが、二人の間には果てもない未知の発見の旅が続いている。お互いの人間の外郭を薄っすらと捉えてはいるものの、未だに相手の見えない部分の形にまで、目の届かないことを、二人は常々楽しんでいる。
「本当に君はわからない人だ」
しのが呟いた。
「僕も君のことをそう思っているよ」
あきらが嬉しそうに応じた。
「そこですなあ」
「ん……ですな」
両人が「(そこが)好き」とまで言葉を発しなかったことと、その背景にある感情を、二人は時を同じくして理解し合った。
色音乃物語(七)