虚無

リッキー

虚無

 如月(きさらぎ)蓮は小さい頃から自傷行為を繰り返し、今でも時々やっている。身体をサルのように(むし)(むさぼ)りソレを喰らう。その奇行の原因が何なのかは知っていた。メンタルが崩れかけているのだ。それだけでは原因にはならない。如月には自分がないのだ。如月の中には他人がいる。つまり、自尊心が低いということだ。
「同一化というやつはなかなか消えないものだな」
 自分の言葉なのか、はたまた他人の言葉なのか。頭をクシャクシャと両手でかきむしって机に落ちたフケをかき集め、指で拾って食った。他人が見たらなんと思うか。そんなことを思いながらひたすらフケをかき集めていた。どうでもいいや。
 この行為を行うのは決まって暗い狭い部屋で自分ひとりの時だけだった。誰が見るというのだ。そう思い苦笑し、見慣れている心理学の本に手を伸ばした。小学5年の時に初めて読んだ古い本だ。つまらない。何回読んだか、この本の内容は全て頭に入っていた。この本の著者の斉藤勇に抗議できるくらいに、くだらないとも思うくらい理解していた。そして如月は本に挟んであった鉛筆で右目の下を軽く刺した。




 「…ギ……ラギ……!」
「…ん‥…?」
「んじゃねーって、もうみんな帰ったぜ、いつまで寝てんだよお前(笑)」
なぜか懐かしい気持ちに浸っていた如月だが自分席の前に立っている神崎冬馬には目もくれずに周りを見渡した。誰もいない。帰りのホームルームはずっと寝てんだと、直感した。
「まあいいから帰ろうぜ(笑)」
神崎はよく変な笑い方をするな。そうぼんやりと思いながら学校指定のカバンを肩に掛け2年4組と書かれた教室を出た。それと同時に後ろから野太い声が聞こえた。
「おい」
背後からの声の主は、体育教師の田部教諭だった。
「お前らこんな時間に何してる…まあいい、気をつけて帰れよ」
時計を見るとホームルームが終って全員が教室から出て五分くらいしか経っていないように感じたが、何か気になったみたいだった。
「はーい」
神崎は空返事をして如月は軽く会釈をした。

 都立柳葉高校から家までは、歩いて十分程度の所にある、近所では割と有名なおもちゃ屋だった。ガンプラからエアガンまで、かなりのバリエーションで、流行に乗りそうなものまで揃っている。
「それじゃ、俺こっちだから、じゃあな」
いつもならもう二つ信号を越したところで曲がるのだが、やけに急いだ感じでそう言った。
「あれ、神崎今日はこっちなのか」
「ああ、そうなんだよ、今日バイトでさ」
バイトしてるなど、一度も聞いたことがなかったが、如月は「そうか、ガンバ」と言って神崎と別れた。

 その日の夜、カバンの中のバタフライナイフが無いのに気づいた。神崎だ。そう確信した。俺が寝ている時にカバンの中を確認したんだ。そうでなければ田部に「こんな時間」などと言われるはずがない。あいつは危険だ。

 「え〜、昨日の午後…みんなが帰った頃かな西高の男子生徒が何者かに刺されて亡くなったそうだ」
教室はざわめいたが、如月は背筋に冷たいものを感じた。あいつだ、神崎だ。
 西高というのは柳葉の近くにあるライバル校で、比較的ヤンキーが多いので有名な高校だ。
 如月は一瞬動揺を隠せなかったが、瞬時に気づく、神崎に悟らせたら終わりだ。そう思って周りのクラスメートとそのざわざわに参加した。
「はーい、静かにー、驚くのもわかるけど何か知ってるか生徒はいるか?見たとか、なんか聞いたとか、…知っているものがいたら後で先生に教えてくれ、え〜、以上でホームルームは終わりです、何か質問はあるか?」
「はーい、はーい」
クラス一のお調子者、鈴木だった。ナイスだ鈴木。名前は知らないが。
「なんだ、言ってみろ」
「どんな感じに刺されたんですか」
なんだ、質問の方か。てっきり何か知っているのかと思ったが残念だ。しかしこちらも重要。犯人の心理分析に必要だった。本当に殺そうとしてやったのか、はたまた傷つけたく復讐心でやったのか、後者だった場合は、多量出血で死んだのだろう。
「あんまりこういう事は言ってはいけないんだが、背後から心臓一突きだそうだ」
「ふーん」
鈴木は自分で質問したくせに、興味がなさそうだったが、これは大いに重大である。横目で神崎の方を見たが、神崎は隣の女子に冗談をほのめかして脅かし、笑っていた。
 こいつはサイコパスだ。下手に動くと殺される、慎重にいかねば。
 ん?なにを慎重に行くのだ。黙っていればいいじゃないか。そうだ、そうしよう。

 そして二人目の犠牲者が出た。クラスのアイドル小鳥遊(たかなし)だった。


 葬式に参列していた。如月は小鳥遊とは中学から一緒だったせいか。好きという感情が芽生えていた頃だった。その感情を、日々冷静に分析して、高鳴る感情を抑えていた。
 小鳥遊が死んだ。改めて痛恨させられた。
 当時、担任からの報告を受けた4組の教室は、静寂に包まれていた。皆が思っていたことがある、最初に西高の生徒を殺した犯人はとっくに遠くへ逃げたと。当然だ。それが普通。しかし事件は起きた。俺のせいだ。犯人を知っていながら、見逃した俺のせいだ。その時神崎は薄笑いを浮かべていたような気がした。
「如月…話ってなんだ?」
不意に我に帰った。話しかけてきたのは、神崎と小学校から同じの、有馬一誠だった。有馬は時折、神崎と話しているのを見ていたので、それほど仲が悪いわけではないと見てとれた。そして、神崎のことをなにか知っていると思い、葬式が始まる前に聞こうと、呼んだのを思い出した。
「やあ有馬、ちょっとお前に聞きたいことがあってね」
「お前から話しかけてくるなんて、珍しいじゃないか、なんかあったのか?」
不思議に思うのも当然だ。有馬とは片手で数えられるくらいしか喋ったことがないからだ。
「単刀直入に聞くけど神崎って小学校の頃になにか事件起こさなかった?」
小学校、事件というキーワードをピンポイントで出すことで、聞き手の脳に無駄なく検索させる。それに小学生ならば自我があまり芽生えていないだろうし、サイコパスともなれば自分の赴くままに行動するだろうとにらんだ。
「うーん、小学校の頃はなかったかな、だけど中学の時にあったな」
意外だな、いや、中学の時にあったならば、小学の時は気づかれなかっただけだろう。それにあると聞けば神崎はクロだろう。その事件というのも有馬の軽快な喋り出しから言えば想像がつく。犬や猫などの小動物の殺害だろう。人や万引きなどの犯罪の場合は微妙に顔が強張るはずだ。如月は答えを知っていながら確信を求めるために聞いてみた。
「ほう、どんなことを?」
「俺もよくは知らないんだけど野良の子猫5・6匹殺したんだとかなんとか」
やはりクロか、早くなんとかしないと。
「なんでいきなりそんな事を聞くんだよ」
やはりな、この質問は来ると思っていた。神崎に感づかれるのはごめんである。
「西高の男と小鳥遊を殺したのは神崎だ、俺がお前に昔のことを聞いたのは言わないでくれ」
有馬は軽く頷いたように見えたが、すぐに否定した。
「聞いたってことは言わないけど、あいつがそんな事をするはずがない」
するはずがないと言っておきながらこちらの願いは聞くのか、信じているのと、信じたくないのが五分五分といったところか。
「猫を殺すサイコ野郎がやるはずかないと?」
痛いところを突いてみる。
「う…しかし、人間と動物とじゃ違うじゃないか」
なるほど、低脳か。本読め、本を。しかし、こいつがこんな友達想いだとは思わなかったな。
「いいや、虫と違って犬や猫を殺した時に出る特有のアドレナリンは人間を殺した時に出るアドレナリンと一緒なんだ、Do you understand?」
遠回しに言ってみた。
「君は馬鹿にしているのか、………本当は知ってるんだ、あいつがやったってこと、ただあいつは理由もなしに殺さない」
「なんだと」
こいつは知っていた。嘘だろ、俺よりこいつの方が一枚上手だったということなのか。
「子猫を殺したのだって親猫が交通事故で死んだからだし、……ごめん黙ってたけど小学校の頃に同級生の女の子が片親で、その母親に虐待をくらっててさ、冬馬が見過ごせないって言って…」
「…わかった」
なんなんだ、助けるためなら殺してもいいという事なのか…
「あいつは唯一の親友なんだ、もうこの件に関して関わらないで欲しい」
如月は唖然とした。ただ気がかりになったことがある。この件ってなんだ。なにか大きい事をしていたのか。わからない。死にたい。

 暗いお経を聞きながら如月はまどろみ状態にいた。自分のせいで死んだと思ったことで、今日を通じて活動を始めようとしていたのだが、関わらないで欲しいと言われてから気分がかなり落ち込んでいた。やはりそうか。自分は前に出れば出るだけ後ろに下げられる。でしゃばってはいけない。自分は脇役なのだから。どんなに犯罪心理学や哲学などの本を読んでも人の心を読むことなど出来るはずがない。
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
 誰が死ねって?そんなの俺に決まってるじゃないか。あんなに主人公気取りで、頑張っちゃったんだから、死ぬしかないだろう。そうだ。今日死のう。うん。それがいい。小鳥遊の葬式の日に死ねるのなら本望だ。
 嬉しいな。今日死ねるのか。


 君は弱い

 強い男のフリをするな

 さあ長い旅の思い出を消して

 最初からやり直そうじゃないか



 目が覚めた。時計を見ると午前5時だった。変な夢だった。それに死ねなかった。ぶら下がり健康器に輪っかのついた紐が垂れ下がっている。
 家に帰って、この準備をするまでは気分が乗っていたのだが、それからというもの。小鳥遊のことを思い出し、ずっと号泣していた。こんだけ泣いたのは、愛犬が死んだ時以来だ。恥ずかしい。泣くことが恥ずかしいって?泣くのは人間だけの特権だ。ウミガメが産卵の時に泣くのは知っているが、それは涙腺が刺激されて泣いているだけだ。つまり、俺は動物じゃない。人間なんだ。……。
 そういえば小鳥遊はどうやって殺されたのだろうか。俺のナイフなのか。それとも他の方法なのか。
 高校1年で体を鍛えるのはやめたのだが(理由は帰宅部のくせに腹筋が割れてると言われて笑われたことだ)、今日から、鍛えなおそう。ぶら下がり健康器に捕まり、懸垂を始めた。
 懸垂を始めて十分が経過していた。既に百回を超えていた。全身汗だくになり両手と腹筋は限界を越え痙攣していた。その時に自分の部屋の窓から視線が感じられた。部屋が二階のため窓の外の人を見る時は見下ろす形になる。道に目をやると、電柱の後ろに人影が見えた。紺のキャップを深くかぶりレザーのジャケットを着て、ジーンズを履いている。そしてベージュのショルダーバッグを地面に置いている。夏は明るくなるのが早く、相手の着ている服が鮮明に見て取れた。神崎かもしれない。こんな土曜日の朝早くにいるとなると、有馬がチクったに違いない。くそ、やられた。

気づくと如月は、玄関の鍵を開て、外に出ていた。自分で死ねないのなら、殺してもらおう。あわよくばこちらが殺してもいいとも思った。
「そこにいるのは誰だ」
いつの間にか主人公に戻っていて、赤面したがそのまま歩み寄っていた。そいつとの距離が2メートルほどに迫ったとき影から出てきて、如月の前に現れた。案の定、神崎冬馬だった。
「何の用だ、冬馬…」
「最初に言っておくと、有馬は関係ないぜ」
「一体何のことだ?」
「全部僕がやったことだ」
わからないということを全面的にだして全否定しようとしたがさすがに無理だろう。
「それを言いに来たのか?」
「いいや、…昨日有馬とお前が話しているのを聞いていたんだ、だから有馬は関係ない」
こいつは、なにが言いたいんだ。
「お前馬鹿か、それを言いに来たのかと聞いたはずなんだが」
如月は喧嘩腰に言ってみて様子を伺うことにした。だが予想は外れた。
「ごめん…最初ここに来たときは君を殺そうとしたさ…この家に火を付けてね」
如月は身構えた。家にはまだ両親が寝ているはずである。それにこの発言を持ってグレーゾーンから完全なるクロになった。神崎は無表情のまま続けた。
「だけど予定が変わってしまった、君が懸垂なんかしてるからな(笑)…今日は帰るよ……」
神崎は後ろを向き、帰ろうとした。
「帰らせない…」
如月は、気持ちが高揚していた。
「ん、どうしてかな?」
神崎が振り返ると同時に如月は素早く相手の懐に入った。
「かんざきい‼︎」
みぞおちに強烈な一撃をくれてやろうとしたが両手を瞬時に掴まれてもみ合う形になった。寝起きで懸垂をしたのが仇となってしまった。両手に力が入らない。
「おいおいどうした、素人の僕にも負けそうになってるじゃないか」
素人だと?まさか。俺は空手を昔習ったことがあったが、そこまで調べ上げているのか?
 再び動かし始めた両腕の筋肉が段々と力を取り戻してきた。
「お、やっぱ結構強いのな、ムキムキなのもわかる気がするぜっ!」
そう言いながら神崎は蹴りを入れてきた。それをを左足で受け止める。さすがサッカー部だけあるいい蹴りだ。だが。
「これが本物の蹴りだ…」
全くをもって弱っていない右足を神崎に全身全霊をかけて放った。神崎は俺の真似事で左足で受け止めようとしたが素人ごときの防御などはないに等しい。そのまま神崎は半回転しながら道の真ん中まで吹っ飛んだ。
「がっはあ‼︎」
如月にはは痛そうな臭い演技をしてみせたように見えた。
「誰に勝つって?クソ弱いじゃないか」
「あははは(笑)いやー強いなあ流石だよお」
気狂い気味で小石を投げてくるが如月は全て避ける。アドレナリンでさっきより両手が楽になってきた。如月は間合いを見極めて電光石火の如く神崎の顔面めがけて正拳突きをしようと試みたが後ろポケットから光った物を取り出したのを見て体勢を立て直し、立ち止まった。それは如月のバタフライナイフだった。
「これすごい使いやすいよね、切れ味も抜群だしさあ」
予想はしていたがナイフと素手では分が悪い。それに神崎は遠回しに挑発している。確か西高のやつは心臓一突きらしいから、神崎を切れ味抜群と絶賛させた被験体は小鳥遊の方だろう。我ながら冷静な判断だった。ここで怒りを覚えていたのなら、刺されていたろう。
「あれ?…ふーん」
冷静になった如月はあることに気がついた。大きめのベージュのショルダーバッグだった。
「…ん?これかい?」
如月の視線に気づいたらしい神崎は、バッグの持ち手を持って中を見せてきた。如月は絶句した。
 小鳥遊の顔がバッグにすっぽりと入っていて、美しい顔立ちがこちらを見ていた。吐き気を催した。
 今にも吐きそうな如月を確認した神崎は、持っていた小鳥遊入りのバッグを如月の目の前に放り投げ、死角になったすきにバタフライナイフで刺そうとするも、あることに気づく。死角になったのはこちらの方だ。横目に見えたのは怒りと殺意に満ちた如月の顔だった。 目の前が真っ白になった。

 目が覚めると全身が椅子に縛られていた。前にはボロボロのソファーに座った如月がいた。その右には小鳥遊の生首が置いてある。周囲を見るとどこかの廃工場だとわかった。ありきたりすぎて苦笑した。
「強がるな」
如月は笑ったことに言ったのだろうが間違えていることに再び笑ってしまう。相変わらず殺意に満ちた顔だ。如月の家の周辺だろうか、そこら辺の土地勘はないために不安になってくるがすぐに慣れてくる。なぜならこれから待っているのは「死」だからだ。これでよかったんだ。計画通り、計画通り。
「お前が気絶してしまったんでな、さすがに痛みを感じずに殺すのは可哀想だろう?」
そう言いながら如月は小鳥遊の生首を膝に乗せて頭を撫でていた。
「じゃあ、朝ドッキリといきますか(笑)」
僕の喋りの真似をしながら如月はバタフライナイフを手に取って僕の右の指を小指から親指にかけて次々と切り落としていった。本当に痛めつけながら殺すのかと思いながら同時にこいつは自分よりもサイコパスだと悟った。

 神崎は身体中の股間以外の突起物がほぼなくなって、あの世とこの世の狭間の状態にいたが、言わなければならないことをふと思い出してこの世に戻ってきた。
「きさらぎい…すまんな……」
「なんだまだ喋れるのか…すごいなゴキブリ並の生命力だ」
「ぼ…く…実は…人を殺すのを…後悔して……んだ……みんなが楽しそ…に暮らすのに…自分だけ…悪夢にう……さ…る毎日で…」
「うるさいな、今更命乞いか?もういいや、つまんないからそろそろ逝こう ––」
不意に如月は悟った。俺は、はめられたんだ。
「はは…(笑)…気づくのおそ…………」
 絶命。
やられた。やはり俺は馬鹿だ。そして結局こうなるんだ。
 神崎は正義の為に、人を助けるために人を殺してきた。その善が悪だと思い始めた神崎はついには自分にせまる脅威から自分を助けるために自分と同じ匂いのする俺につけ込んで濡れ衣を着せたのだ。つまりは西高の名前も知らない男と小鳥遊を殺したのは俺になってしまった。足を残さずに他人に罪を着せるのはプロの殺し屋並だ。やつは最後まで悪でひとを救いきったがやはりその代償が必要みたいだ。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。拷問していた時の神崎の悲鳴が近所まで聴こえたのだろう。
「まあいいや…俺はこうなる運命だったんだ」
そう言って色あせた小鳥遊の額に軽くキスをしてソファーに座った。



 「特別少年院は2回目……あ、でも少年院自体は5回目で…す…」
如月は懐かしそうな顔を少し見せて定年寸前のような年配の警官にそう言った。
「ではその左腕の包帯はなんだ」
定年寸前のくせに右目の下の泣きぼくろのせいか大人の色気を漂わせながらそう質問した。

「あ…これ…リスカ……(笑)」
如月は包帯を取ってみせようとしたが中嶋は両手を広げ「見せなくてもいい」と言うようなポーズをして見せた。
「まーたやってるんかい、あん時に絶対にしないと約束して出たろうに、しかも来るたびに他人のものの様な癖をつけてきおって」
「あ……(笑)」
「笑い事ではない」
中嶋は真顔でそう言って続けた。
「で、最初の被害者の西村くんの傷口の付近からお前さんの血液が検出された、そしてそのナイフは誰のだ」
「俺の…です…」
如月は利き手で頭を掻こうとしたがその右手を下げた。
「あのな、君は弱い、強い男のフリをするな、じゃあ一旦ここで気持ち改めて、経験しちまった記憶を消して、人生やり直そうや、まぁこんだけ言って治らんのなら一生ムリだろうけど…なにか言いたいことあるか?」
如月は徐々に生気を失われた様になっていった。
「……な…い…です……」
すると、中嶋の合図で左脇にいた若い警官に強引に腕を掴まれ奥の牢屋に入れられた。



 如月蓮は小さい頃からの自傷行為を繰り返していた。身体をサルのように毟り貪りソレを喰らう。その奇行の原因がなんなのかは知っていた。メンタルが崩れているのだ。それだけでは原因にはならない。如月には自分がないのだ。如月の中には他人がいる。つまり、自尊心が無いということだ。
「同一化というのは全然なくならないな(笑)」
自分の言葉なのか、はたまた他人の言葉なのか。頭をクシャクシャと掻きむしって机に落ちたフケをかき集め、指で拾って食った。他人が見たらなんと思うか。そんなことを思いながらひたすらフケをかき集めていた。どうでもいいや。
 この行為を行うのは決まって暗い狭い部屋で自分ひとりの時だけだった。誰が見るというのだ。そう思い苦笑し、見慣れている心理学の本に手を伸ばした。小学5年の時に初めて読んだ古い本だ。やはりつまらない。何回読んだことか、あのオヤジは何を思ってか決まってこの本を置いていく。
 次に出る時にはこの本の著者の斉藤勇に抗議してやろう。いや、どうせ失敗してまたここに戻ってきてしまうかもしれない。…いやまてよ。
「…はは(笑)」
なんだこの著者生きているなら現在九十八歳ではないか。どうせ死んでいるだろう。頭のいいヤツはすぐに死ぬからな。そして如月は本に挟んであった鉛筆で右目の下を強く刺した。

虚無

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