時間の剥製、キメラ

時間の剥製、キメラ

時間の剥製、キメラ

「名嘉地さん?どうでしたか?今回の奥さんとの旅は?」
「いやはや、とても良かったよ6年前の妻と温泉に行ってきたよ。実に素晴らしい時間だった。」
そう言って白衣の男に感謝の言葉を述べる、まじめそうなスーツ姿のサラリーマンは二畳ほどの小さな部屋から出てきてにこやかに笑う。
この名嘉地と呼ばれた男は去年の秋に同い年の妻を交通事故で亡くしていた。そのために名嘉地は酷く悲しみ毎日が泣いて過ごす日々であった。だがある日、名嘉地に転機が訪れた。それは名嘉地が昼飯を食べにファミレスに立ち寄よって一人でラザニアを注文した時である。自動ドアが開いて進んできたこの白衣の男は名嘉地の隣の席に座った。
もちろん見知らぬ人物が隣に座るのだ。気色悪い。他の席は空いているじゃないか。名嘉地はそう思いこの白衣の男に文句を言った。
「お前、他の席が空いているのが分からないのか?どこか他の席に移れよ」
この名嘉地の機嫌悪そうな声に白衣の男はニヤニヤと笑って言う。
「まぁ、まぁ、そう仰らずに」
そして次にこの様に述べた。
「あなた最近、奥さんを亡くしたでしょ?会いたくないですか?会いたいですよね?」
名嘉地はこの知らない男がどうして私の妻が死んだ事を知っているのか一瞬、驚いたが、徐々に苛立ってきた。それはそうだ、死んだ妻と私に対して侮辱しているのと変わらない表情と言葉だからだ。しかし私は怒鳴れなかった。私はこの様な場面でも内向的な性格が影響してしまい、大事な時に自分の感情さえも表に出せないのだ。そうしていると白衣の男は私に白い黄金比で作成された名刺を渡した。
【先原研究所 所長 先原真】
私は少し目を点にしてその文字を読んだ。研究所?この男?何かの研究者なのか?私が考えていると先原という男はニヤけた口を開けて私に言う。
「その名刺の通り、私は研究所で研究をしている者です。あははは、あなたが考えている事は大体わかりますよ。私が何の研究をしているかという事でしょ?先ほど私が語った様に亡くなられた奥さんと会える事も出来る研究です。科学的にです。あははは、何、心配をしないで下さい。決して非科学的なペテン師な者ではありません。この私の研究の一貫として会えるだけですから」
白衣の男は説明した後、スッと席を立ち上がり。
「気分が乗ればいらして下さい。あとここのファミレスのオススメは明太子焼きそばですよ。ではでは」
そう述べた後に白衣の男は自動ドアにお辞儀して何処かへと去って行った。
こうした後に名嘉地は、その白衣の男が喋っていた内容にふけり、また注文したラザニアがテーブルに置かれたのでフォークを刺して食べた。むかつくなぁ、ミートソースが皿のフチまで注がれていた。

名嘉地は仕事が終わり名刺に書かれている住所を検索して小さなビルのテナントにある、先原研究所と札が貼られたドアの前に立っていた。昨日の夜から考え続けていたが、やはりダメ元でも妻にあと一度だけでも会いたかった。その様に思うとあの白衣の男に騙されても別に良いじゃないか、どうせ会えないのだから。
私は開き直り、ドアノブを軽く回した。

空っぽ。

空き店舗のようだった。机もイスもない。ブラインドも無くハメ殺しの窓ガラスが隣のビルを映し出していた。私は騙されたと思って部屋から出る様にして振り返った。私は本当にバカだ。自分の純粋さを呪った時だった。
「来てくれましたね、名嘉地さん」
私の後ろから白衣の男の声が聞こえた。その男を見る様にして私は振り向いた。相変わらずニヤけた顔で何もない部屋で立っている。私はこの部屋のうさんくささに帰りたくなっていた。
「何ですか?この研究所はイスの一つもないじゃないですか!私をバカにしているんですか!」
私の怒りの声に白衣の男は答える。
「なに、最近ここに引っ越しして来たんです。しかし道具を揃えるお金がビタ一文も無くてですね。まぁ、実際、お金は今の私には必要はないからいいんですけど」
白衣の男はそう言うと私の手を掴んで二畳ほどの個室に招き入れた。
「何するんでか!私はもう帰りたいんです!」
「せっかく来たんですし、少し遊んで行って下さい」
白衣の男は私をその部屋に閉じ込めた。私は怖くなったのですぐさまドアノブを回した。
ガチャ。

「ヒデくん!もう!トイレにこもり過ぎ!絶対にケーキの食べ過ぎだよ!」
そこにはおデコを見せたエプロン姿の若い女が私に向かって怒っていた。妻だ。しかも若い。私は嬉しさと悲しさが同時に溢れ出て気づいたら目の前の妻を抱き締めていた。
「キャッ!ヒデくんトイレから出てきたと思ったら…って!どうしたの?何で泣いてるの?」
私は泣きながら死んだはずの妻に会えた事に歓喜していた。
妻に引きつられて小さな居間に入る。ここは…思い出した。結婚して数ヶ月だけ住んでいたアパートだ。確か、ベランダに集合する鳩が余りにもヒドイ糞をするからすぐに引っ越しをしたんだっけ?
私が懐かしそうに目をグルグルと回していると妻が「今日のヒデくん、おかしいー」とミカンの皮を剥きながら言っている。私は何故かその若い妻に緊張をしてしまい喉が渇き水をゴクゴクと飲んでいたのでトイレに行きたくなった。
妻は「まーた、トイレ?」と話す。
私は勢いよくトイレに入り再びドアノブを回した。
ガチャ。

「奥さんに会えましたか?」
白衣の男はニヤニヤと笑って私に言った。
私は現実に戻されて喪失感を味わっていた。そしてさっきの妻の事を思い出して、また会いたいと思った。
その日から私はこの研究所に通い続ける事になったのだ。
先原は言っていた。私の記憶を思い返しているわけではなく、ただたんにこの小さな部屋を時間の座標を串刺しにして剥製にしているだけだと。だからこの時間は死んでいてこれ以上は進む事はないらしい。
でも、そんな事はイイのだ。私は妻に会えればそれで良かった。
「今日の奥さんはどうでしたか?」白衣の男は言う。
「二年前の妻は眼鏡をかけていますが、その日コンタクトに変えました」私は言う。

「今日の奥さんはどうでしたか?」白衣の男は言う。
「瞳が赤くソバカスが懐かしく感じました」私は言う。

「今日の奥さんはどうでしたか?」白衣の男は言う。
「妻は目が良いのでスポーツが得意なんです!二年前、国体にも行ったんです」

「今日の奥さんはどうでしたか?」白衣の男は言う。
「ロシアに留学してそこで初めて出会った日でした。あのサファイアの様な青い瞳に恋したんです」

「今日の奥さんはどうでしたか?」白衣の男は言う。
「あれは禁断の恋でした。高校一年の時に電車に乗って二人で県外に逃げたんです」

ふむふむ、面白い。小西さんの時の剥製、山田さんの時の剥製、一条さんの時の剥製、山川さんの時の剥製、そして名嘉地さんの時の剥製。彼らが一番大切にしていた人物たちをそれぞれ切り取って繋ぎ合わせ、別の存在を創り出しても本人たちは一切その事に気付かない。それとは別に自動車が進む方向や花瓶がわれる事は切り取る事が出来ないのに不思議だ。
ふふふ、私の研究は時間を剥製にする事。終わった時間、死んだ時間を剥製にする事。生きてはいないが触れる事はできる。
しかし最近、この剥製を切り取って繋ぎ合わせる事に快感を覚えたのだ。あははは!そう、これはキメラ!時の剥製のキメラ。過去にも未来にもない産物を創る事が出来る。存在してはいない幻の時のキメラなのだ…

時間の剥製、キメラ

時間の剥製、キメラ

妻を亡くした男は白衣の男と出会い。妻と会う手助けをしてくれた。妻は何時もと変わらない?

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-02

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