秘め事

三題話

お題
「言えなかった」
「何も知らされていない」
「ここだけの秘密」

　私は目をこすりながらブラックコーヒーをすする。
　さっきからあくびが止まらない。
　そして向かいでは、友人のマチルがテーブルに伏せている。
「うううう、えぐ、うぐ……」
　昨日、いや、今日のまだ暗い時間に突然電話が掛かってきた。通話時間から逆算すると、午前二時頃だったと思う。もちろん私はぐっすりと寝ていた。
　電話に出てみると、それはマチルで、いつもと様子が違い（夜中に電話してくるのだから普通の用件ではないと思ったが）更に泣いているみたいだったから私は彼女の話を真面目に聞くことにした。静かに、時には相槌を打ちながら、私は最後まで耳を傾けた。
　どうやら付き合い始めて約半年の彼氏に重大な問題があったらしい。もう別れたいとかでも大好きなのとかそれでも最低だとかどうしても嫌いになれないのとか、話は行き来して要領を得ない。どうやら浮気みたいな裏切り行為があったのだろうということは分かる。だけど詳しいことは何も分からない。
　延々話し続けること数時間が経過したところで（もう外は明るくなり始めていた）、私は直接会って話を聞くという約束を取り付けてようやく彼女の愚痴から逃れることが出来た。
　それからまた眠りに付いて、約束した時間に遅れないように家を出て待ち合わせ場所である喫茶店へ向かった。
　私はコーヒー、マチルはオレンジジュースを頼んで、運ばれてきたドリンクを一口飲んでから彼女は話し始めた。
　推察通り彼が浮気していたらしい。しかもそれを目撃してしまって、でもその場ではショックで声を掛けられなかったという。後で電話やメールをしようと思っていたがそれも出来ず、今に至る。
　自分の部屋に戻ってからは泣き続けて、しばらく独りになりたかったけど、だけど誰かに話を聞いてもらいたくて、それに私が選ばれたということだ。こういうことを話す友達は私くらいしかいないもんなあ。
　いつの間にかカップの中のコーヒーはなくなっていて、店員におかわりを頼んだ。
　再度カップが黒く満たされたところで、嗚咽を漏らす友人に声を掛けた。
「もう諦めなよ。そんな浮気するような人のことは忘れて、楽しく過ごそうよ」
「だって、ひぐ、まだ、好き、なんだもん……ううう」
　この調子で話はこれ以上一向に進まない。
　会いたくないのに、別れたくない。裏切られたのに、嫌いになれないどころか好きという気持ちが消えない。
　それじゃあどうしたいのかというと、分からない。
　私はとても心苦しくなった。
　時間を置いて気持ちを落ち着かせないと、この先を考えるのは無理だろう。
　そろそろ店員の視線も痛くなってきたことだし、一旦気分転換をしようとマチルを連れて外へ出ることにした。

　　　　　　　◇

　ある日私は友達に連れられてカラオケコンパをすることになった。私はいわゆる頭数合わせで、ちょうど暇だったから誘われただけ。おまけの存在だ。
　男女それぞれ三人ずつの、みんな同じ大学という小さな集まり。男側のメンバーは私達の二つ上の先輩で、学部も違うからもちろん初対面。簡単に自己紹介を済ませてから、みんなでカラオケを楽しんだ。
　私はその中の一人、すらりと背が高い人と良い感じになって、その日はキスまでで別れた。
　カラオケコンパの数日後、私は久し振りにマチルと買い物へ出掛けて、いろいろな話をした。高校が同じで、大学は離れてしまったけど今でも仲良くしている唯一の友達。なんと私と同じ大学の人と付き合っているらしい。どんな人なのか聞いてみると私とは学部も学年も違うから知らない人だと思ったが、そこで嫌な予感がした。
　マチルにその彼の写真を見せてもらったら、すらりと背が高くてなかなかかっこいい人だった。
　そう、あのコンパで私と良い感じになった人だった。
　背中に流れる冷や汗、乾いてゆく唇。
　マチルの「どうしたの？」という問いに、私は「なんでもないよ。かっこいい人だね」と返した。
　彼とマチルは付き合い始めて約一ヶ月。
　私はどうしてもコンパでのことを言い出せなかった。