夏のフィクション
あおい はる
夏だよ。
暑いから恋でもしようかって気には一向になれないけれど、暑いから隣の席の子のあくびの回数を指折り数えようかって気分には少しだけなって、できることならブルーハワイ味のかき氷の氷を溶かして液状にして、ぐびぐび飲み干したい感じ。それから、キミのことを差し障りのない範囲で考える。差し障りのない範囲というのは、からだが火照らない程度の妄想を、キミですること。からだが火照らない程度の妄想がどんな妄想かは、まァ、ご想像におまかせしよう。ちなみに諸君が期待するような官能的なものではなく、どちらかといえば廃頽的で肉感のない、砂漠でひからびた獣の骨のような質のものである。
それから、夏だからかな。
きのう、放課後の、誰もいない学校のプールに忍びこんだら、半魚人が泳いでいた。
半魚人といっても万国で認知されている人魚とは反対で、上半身が魚で、下半身が人間という、かなり気持ち悪い仕上がりの生物で、鳴き声も「ぎょ」ではなくて「ぽえ」だった。ぽえぽえ、ぽえぽえ、鳴いていた。
ぼくはプールサイドで足だけ浸かり、下半身が人間であるためにまったく優雅でない泳ぎを見せる半魚人をときどき眺めながら、明日になったら夏が終わって冬になっているかもしれないパターンを想像して、なにもしらない半魚人がプールの中で泳いでいるあいだに氷漬けになったら、高値で買い取ってくれそうな研究者に売ろうと心に決める。そういえば半魚人の下半身は人間であるが、雄であるが故のアレも、雌だからこそのソレもなくて、かといってつるつるかといえばそうではなくて、もじゃもじゃでもなくて、なんだかその部分だけが都合よく見えないようになっていて、半魚人が背泳ぎをしようとも雄雌の判断はできなかった。どうでもいいが。
夏だし、ナンパでもしないかと友人に誘われているが、はっきり言って興味がない。
ぼくは祈ることにハマっている。
祈りクラブ、なるものに所属している。ぼくの家の、隣の家に住む二十八歳のお姉さんが発足したクラブで、夜空の星に祈りを捧げるだけのクラブである。会員数は五名で、お姉さんと、ぼくと、お姉さんの恋人と、お姉さんの恋人の妹と、ぼくの家の向かいのアパートに住む大学生のお兄さんというメンバーで、活動日時はお姉さんの気まぐれにより決まる。近所の公園に、空が開けたいい感じの芝生があるのだ。
夜空の星に祈りを捧げることを目的としているクラブであるが、その実、星が見えない曇りの日でも、祈りに行くことはある。雨の日でも。
「見えないだけで消えたわけじゃないから」
というのが、お姉さんの言い分である。
それで、だ。
ぼくが星に祈る際に唱える願い事だけれど、おそらく予想はついていると思うが、ご名答、ロクなことではないよ。ブルーハワイ味のシロップで雪山を青く染めて、世界一高いところにある海を作ること。
夏のフィクション