stand by men, continued

まさか、
今日の【お客】は・・・私ひとり?

席に戻ると同時に

お爺さんが
はい、お待たせしました、

そう 笑顔で姿を現します。

オマタサレ (*´ω`υ) シマシタ

コト、コト…と
卓上に静かにソッと置かれたのは

四角い【お蕎麦のせいろ】と【蕎麦猪口(そばちょこ)

そして先ほど
お爺さんの手により
採ったばかりの
【野菜の天ぷら】と【てんつゆ】


さらに
まるで【松花堂弁当】の様に
九つに仕切られた塗り物の中

其々、小皿の上にちょんちょんと
少しづつ上品に盛られている
見馴れぬ【薬味】の数々・・



いずれも漆器で
使い込まれた
かなり古い物の様ですが
汚い感じは全くしません。

【九種類の薬味】も初めて見るスタイルです。


━━あー、コダワリがあるのだろうな・・━━


私のような若輩者には
まるでそぐわない
お蕎麦に少し気圧(けお)され


「すみません、わたし、無作法で・・
どのように頂けば?」

そう、お爺さんに尋ねると

『お好きな様に、お好きな様に…、』

そう、にこやかに笑うと
奥へ行ってしまいました。

では、と
まずは薬味無しで
お蕎麦をちょっと箸でつまみ
似合わぬ【通】を気取ってしまったのか

つけ汁は
つけるか、つけないか・・・

それで

口に運びます。


う!

【 み ず 】!

この【お蕎麦】!

水が口の中で弾けているみたい!

こんなのは
初めてです!

いえ、【水っぽい】とか【味がしない】
のではなく
【極細】に切られた蕎麦には
しっかりと
蕎麦ならではの風味と
心地よい歯応えがあります。


ただ、それ以上にまさしく【清水】の様な
【清涼感】が口中で弾けて
溢れて、そしてス━ッと拡がっていくのです。

《蕎麦通》でも何でもなく
有名なお店にも行った事など無い
そんな私でしたが

このお蕎麦が
【桁違い】のモノである事くらいは
わかります・・・!

我ながら
おかしな表現だとは思いますが
口に含むと
口中の汚れを洗い流し

さらに喉の汚れを
シャリシャリ
サリサリ

と、(こそ)げ落としながら
胃の中へと滑り込んでいく【独特の感覚】


・・・なるほど
(こそ)ぐ】の字とは
きっと諸説、色々とあるのでしょうけど
本当の語源はきっと
この感覚を知った【誰か】が
つけたものに違いない!

・・そんな思いが(よぎ)りました。


そして食べ進めるほどに頭の中が

靄が晴れていくようにスッキリとし

身体の感覚が研がれていくようです。


・・・・なんだこれは・・・・



【お蕎麦】に限定せず
今迄に食べたお料理の中でも

群を抜いた
別次元の食べ物です。

明らかに

ただ【美味しい】だけでは済まない

そんな【美味以上の何か】があります。


気付けば
せっかくの薬味も無しに
半分以上
食べてしまいました。

ここいらで
【天ぷら】を・・・

うん!

美味しい!

【野菜のみ】で
海老やイカなどは一切
入っていませんが
充分に美味しい!

特に【獅子唐】

素揚げに近いほどの
薄衣(うすごろも)

いかにも初夏の爽やかな味がします。

その他の野菜も素材により
微妙に揚げ方や衣が変えてある様です。


天ぷらで油を含んだ
口中をお蕎麦で洗い流すと
さらに
その凄さがよく解ります。

大袈裟かもしれませんが

━━━口中に【小さな滝】が流れている━━

そんなところでしょうか・・、

薬味も色々とあったのですが
覚えているのは
不思議と二種類のみ

お蕎麦の印象が強く

その辺りはよく
思い返せないのです。

【クルミ】と【なめたけ煮】

それでも
この 二つが有ったのは
よく覚えています。

ゆったりと丁寧に味わいながら
食べ進め

そして完食し
箸を置きました。

いま、書いていて
ふと気付いたのですが

そういえば
【そば湯】は出ませんでしたね。

そんな事には気付かぬほど
充分過ぎる程の
【 満足感 】を得ていました。


食べ終わると少し余韻に浸り
一息つくと

厨房へ
そそくさと歩き寄り

『ごちそう様でした!』

そう、奥に居るであろう
お爺さんに声をお掛けします。

そしてチラリと
見えたのは

前掛けを外し

厨房のテーブルで
私と全く同じメニューを
食べている
お爺さん

その姿を見られたのが
少し恥ずかしそう。

・・・それなら
一緒に食べれば良かったのに、

そう思いましたが

やはり

そこはよく解りませんが
調理人として
何かしらケジメがあるのでしょう。

『 はい、ありがとうございます 』

そう言うと
慌てて手を拭きながら

食事を中断し
笑顔で出てくるお爺さん。

「とても美味しかったです!
先生に感謝ですね♪」

そうお爺さんに伝えると

『ふふ、ねぇ・・、途中で帰らなくて
良かったでしょう。
たとえ、解りにくくても迷っても
待たされたとしてもね・・・』

さらに言葉を繋げるお爺さん

『なんでも同じ、どんな事も
おんなじなんですよ・・・
では、またいつかいらっしゃい。』

そう言うと
また奥へ行ってしまいました。


お礼を言う間も無く
そのすぐ後
恩師は亡くなられました。

仕事に忙殺され
その地にも行く機会がなく
あのお蕎麦屋さんには
行っていません。

あちこちのいわゆる老舗、名店と
呼ばれるお蕎麦屋さんに
行く機会が何度かありましたが

あれ程のお蕎麦には
未だ出会っていません。

きっとあれは
近く死が訪れる事を悟っていた
恩師が
私に何か遺そうと
考えて下さった
いわば【形見分け】だったのかも
しれない。


そんな風に
今は思うのです・・・。



P,S


それと・・・
私が歳をとり
もし、【大事な誰か】が出来たとして

その人を伴い再び【あのお店】を訪れ

誰か
先客が居て
断られたとしても

笑顔で
『ではまた・・』
そう、そっと呟き

遠路の苦労などおくびにも出さず

ただただ、にこやかに去って行きたいと

・・・・そう、思えてなりません。

stand by men, continued

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すみませんでした! m(__)m 続きになります。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-01

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