ごめんなさい

 今回のクオリティは酷いと思います……

 梅雨の時期になり、毎日のように雨は降り続ける。早く夏にならないかと誰もが思う中、私は永遠に続いてほしいと密かに願っている。大学生になったのに、あの出来事を引きずったまま今日もあの場所へ向かう……。

「行ってきます」
 そう言って私は家を出た。駅まで十分かかる道をいつも通り音楽を聞きながら歩き、電車にのって隣の駅へと向かう。そこから約五分、とある建物に入るのが私の日課だった。でも今日は違う。なぜなら第三週目の土曜日だからだ。建物を素通りして、しばらくすると公園がある。普通の公園と変わらない、ホームレスがたまに寝ているような場所だ。今は夕方の五時半、まだ親子連れがちらほらいる。その人達の邪魔にならないよう近くのベンチに座って、ノートを開く。私は大学で中国語を専攻した。だけど難しくてなかなか授業に追いつけず、時間さえあればこのノートを開いて復習をしている。
 “はぁ”
 ダメだ、集中できない。携帯をだして適当にボタンをいじる。
 “夜から雨かぁ”
 久しぶりに晴れたと思っていたのに、また降るのか。一応、折りたたみ傘を持っているから問題はないけど……。せめて後、四時間くらいはどんよりとしてきたこの曇り空のままでいてほしいな。

 去年のこの日、私はいつもの通りバイトへ行くはずだった。
「菫、今日は休みなさい」
 前日からの風邪が治らず、熱が下がるどころか逆にあがった。このままバイトへ行っても皆に迷惑をかけるのは分かっていた。壁にもたれながらじゃないと、歩けないレベルだったし……。店にはお母さんが連絡してくれたらしい。どうせ明日もバイト入っているから、そう思って目を閉じた。
 翌日、風邪が治ってバイトに行く許可をもらった私は、いつもより早く家を出た。この時間なら事務所で柊がきっと賄い食べているか、昼寝しているだろう。彼女は先輩だけど後輩なんだ。働いている歴は私より少しだけ長いけど、年は一つ下。バイト先で一番仲がいいし、お互いそんなこと気にしてないけどね。
そしてもう一人、仲はあんまり良くないけど私には会いたい人がいる。彼の名前は今泉圭吾さん。もうすぐ二十歳になる大学生なんだけど、かっこよくて優しくて……ぶっちゃけると私の好きな人だ。ついでに柊の彼氏でもある。まだ先のことだけど、夏休みになったら三人で花火大会に行く約束をしているんだ。でも私が彼を好きだってこと、まだ誰も知らない。柊とバイト前に遊ぶことがあって、その時に言おうとしたんだ。二人で一つのブランコにのって、この勢いのまま言おうと思ったら、
「昨日、圭吾さんに告白した」
 柊はそう言った。返事はって聞かなくても、彼女の顔を見て答えはすぐに分かった。
「おめでとう」
 あんな清々しい顔見たら、そう言うしかなかった。自分の気持ちを押し殺して、柊の友達として精一杯の笑顔を彼女におくったんだ。この想いを話したらきっと複雑な表情をするだろうし、私は年上だから。そう思うと我慢できたんだ。柊から彼との馴れ初め話を聞いたり、その現場を見ても、三人で遊ぶことになっても……彼女の友達を演じ続けた。今泉さんの心を奪おうと思った時期もあるけど、柊の友達でいたほうが一緒にいられるって分かったから。いろんな顔はあまり見れないけど、そういう話はよくしてくれるし。
“この関係がずっと続けばいい”
 たまに辛くなる時はあるけど、その度にこの言葉を自分に言い聞かせた。好きって感情を出さなければ皆が幸せになれる。学校はつまらないけど、授業が終われば自転車でバイト先まで直行。お互い週四、五で入っているからほとんどの確率で会う。おはようからお疲れ様までの挨拶も、時間が同じだから一緒にする。だから姉妹みたいって周りからよく言われる。勿論、今泉さんにも……。土日は柊が昼も夜も入っている関係でおはようは言えないけど、たまに今泉さんと駅で会って行くことがある。ほんの数分だけど、その時だけ私は好きになることを許される……それだけで十分だ。
 電車に揺られて約三分。しばらく改札の周辺をぶらぶら歩いたけど、今泉さんの姿は見えない。これ以上いたら怪しまれると思って歩き出した。いつもの歩道橋を渡るために階段をのぼりって、その瞬間、私は足を止めた。
「えっ……」
 確かに店はあった。だけど、その場所だけ黒かった。何があったのかわからなくて、柊に電話した。昨日も今日も入っている彼女なら、この現状を知っているはずだと思ったから。なのに、いくら電話してもメールしても連絡は取れなかった。柊だけではなく今泉さんにも……。二人以外に店長とも連絡先を交換していたので聞いたら、休んだ日の夕方に火事があったらしい。けが人は何名かでたけど死者はいないことを知って、安心した。でも、けが人の中には従業員もいて……誰とは聞いてないけど柊の顔がすぐに浮かんだ。時間帯的に今泉さんの可能性もあるけど、柊は確実にいたはず。昼と夜の間に二、三時間ほど休憩があるけど彼女は事務所に残っている。あそこで食事や睡眠、勉強も出来るから。
 “柊、今泉さん。どこにいるの”
 もし風邪をひいていなかったら、バカな考えからかもしれないけど何か変わっていたかもしれない。少なくとも、こんな別れ方はなかったはず……。

「バカだなぁ、私って」
 この場所に行けば、柊に会えると思ったから。連絡がとれなくても、近くに住んでいることは知ってる。待ち続ければ……その思いから不定期から定期的に変わり、数分だけだったのが今じゃ働いていた時間ずっと。
“こんな事、いつまで続けるんだろう”
 辞めようと思えば、いつだって終わらすことができる。一回でも何か予定を入れてここに来なければ、それで吹っ切れるかもしれない。でも私はそうしない。可能性がゼロにならない限り、心のどこかで会えることを信じ待ってしまうから……。今のバイトだってそうだ。地元じゃなくて隣の駅にして、高校卒業する時に忘れようって決めたはずなのに。自分の気持ちと行動が矛盾している。
 ポツ、ポツ、ポツ
 ふと気づけば、もう誰もいなかった。代わりに雨粒たちが集まってきた。乾いていた地面が少しずつ湿って、全てが湿る頃には心の中にある悲しみを、溢れ出る涙を叩きつけるように消してくれた。あぁ、やっぱり雨は好きだ。だってこんなに自分の感情をさらけだしても、全てなかったことにしてくれるから。顔や服がどんなに濡れても、雨のせいだって言い訳ができる。柊、私、今ならはっきり言えるよ。
「今泉さんが大好きです!」
 この声だって彼らの音で消される。私の気持ちは、願いはもう二度と届かないのかな。奇跡なんて簡単な言葉を信じなければ……そんなの出来るわけないじゃん。例え戻れなかったとしても大切な友達と、大好きだった人を忘れたくない。悲しみが強くても、楽しかった思い出は確かにあったから。それさえも、なかったことにするなんて、その方がもっと苦しいよ。寂しいよ。……やっぱり、会いたいよ。
 どうか、この気持ちを抑えられるまで皆の音を聞かせて。

「菫?」
 そう呼ばれた気がした。でもきっと、これは幻聴だ。長時間、とまでは言わないけど雨にうたれて意識がもうろうとしているんだ。今は何時だろう。ここには時計がないから携帯を見ようとしたけど、ダメだ、動く気力もない。はっきりと見えていた雨は、やがて白くなり何も見えなくなった。
 “神様、私に罰をあたえるの遅すぎだよ”
 これを気に止められるかな。っていうか、どうせお母さんに怒られるんだし……強制的に変わんなきゃいけないんだろうな。もう今更だけど、やっと二人にサヨナラが言える。人は簡単に作られていないから、こんな些細なことで死にはしない。それでも私は死ねるんじゃないかと思うくらい、孤独で空っぽだった。

 “ここはどこ?”
 目を覚ますと温かい何かに包まれていた。真っ白な光がその場所を照らして、天国だと思いたかった。だけど私は生きていた。凄く当たり前のこと。なのに、どうしてだろう。布が湿るくらい、それを感じれるくらい涙がポロポロでてきた。
「菫? 大丈夫」
「……柊」
 見覚えのある顔。いや、少しだけ違う。あの時よりも大人になった?
「そうだよ」
 彼女はそう言って、コップを渡した。その中には夏が近いのに、熱いお茶がいれてあった。ただでさえ猫舌なのに……飲み終わるまでに何十分かかるか。でも嬉しい。今まで冷たいものに囲まれて、自分の心さえ空っぽになるまで追い詰めた。温もりって、こんなにも幸せに感じるんだ。
「で、今まで何してたの」
「それは、こっちのセリフ」
 柊の肩にもたれかかって、震える手をコップで温めながら聞いた。
「一年前、火事の後。二人とも連絡が取れなくなったから」
「ごめん。あの時は早く忘れたくてさ、全部消したんだ」
「今泉さんのも?」
 首をふって私の頭に手をのせると、そっと撫でて教えてくれた。
「圭吾さんだけは消せなかった。私をかばってけがしちゃったから」
 やっぱり、そうだったんだ。彼の性格的に男として同僚として、そして恋人としても柊だけは絶対に守るだろうなって。あの人は決して人を傷つけない、誰よりもかっこよくて優しい人。だからこそ私は好きだったし、柊の男になっても好きでいられた。
「休憩中だったから私は携帯を持っていたけど……」
 “他の人のは燃えてしまった”
「もしかして、その時も寝落ちしてた?」
「うん。分かってはいるんだけど、休憩中って暇でさ。遊んじゃうんだよ」
 そのことで、よく彼に怒られていたでしょ。しかも私が着替えている時に限って。動きたくても音をたてるわけにはいけないし、終わるまでいつもトイレ我慢して……。
「菫、もう私の前で倒れないで」
 独り言のように彼女は呟いた。なぜか人の頭を押しながら、そんなに身長を縮めさせたいのか。まぁ年は一つだけど身長は五センチくらい離れているし、それがコンプレックスだってぼやいていたけど。
「ごめん、心配かけて」
 ようやく冷めてきたお茶を一口、飲んだ。まだちょっぴり苦いけど、あの頃だったら別の何かを出していただろうな。よくスタバでジュース飲みまくっていたし。
「で、いつから圭吾さんのこと好きだったの」
 “えっ、聞こえてたの?”
「まさか私達が付き合う前」
 もう過去のことだし今更、そう思って正直に言った。
「柊が告白したって、言った時はもう……」
「じゃあ、なんであの時」
「先に言われたの!」
 仮に告白したとしても状況は変わるどころか、おそらく悪くなっていただろう。お互いに気をつかっていただろうし、そんな生活は学校だけで十分だったから。それに関しては後悔してないんだ。幸せな時間が続いていたから……。
「会いたい?」
「まぁ、花火も行けなかったし」
 すると彼女はある画面を見せてくれた。それは今泉さんのアドレス帳、たいしたこと書かれていないのに胸が苦しくなった。一年前はこんなことなかったのに、今は嬉しいけど悲しくて、でも安心した。会ってないけど、生きている実感がしたから。と同時に知りたいことが一つ増えた。
 “まだ付き合っているのか”
 聞いてもいい質問なのか、正直分からない。彼に対しての、この感情は恋なのか友情なのか、自分のことすら分かっていないのに。
「あの後、圭吾さんも同じ気持ちでさ留学したの。忘れるために。それで来週あたりに帰ってくる予定にはなってる」
 じゃあ、そんなに二人で会ってることもないか。複雑だけど、なんか安心した。
「ちなみに! 私達はもう付き合ってないよ」
「別れたの?」
「恋人でいたら傷のなめあいみたいになって、お互いの為にも友達に戻ろうって」
 正論だけど、それで二人は変われたの。気持ちは友達かもしれないけど、まだ連絡とっている時点で戻れてないと思う。柊に嫉妬しているから、そう感じちゃうのかもしれないけど。
「菫、まだ浴衣持ってる?」
「あるよ」
 “二人で買いに行ったけど結局、着なかったから”
「行くか、約束だったし」
あぁ柊が笑ってる。この笑顔も一年ぶりなんだ。家に帰ったら押入れにしまってある浴衣、とり出さないと。だいぶ奥の方にあるはずだから。あれ? 下駄ってどこにしまったんだっけ。一回も履いてないから下駄箱ではないけど、浴衣と一緒でもなかったはず。
「どうしたの。深刻そうな顔して」
「いや、なんでもない」
 下駄よりも問題なのは……どうやって着るんだっけ、あれ。教えてもらったはずなんだけど、もう覚えてないな。この感じは。あ! この前、髪を切ったばっかだ。こんなことになるなら、美容院に行く時期を遅くすればよかった。はぁ最悪。
「とりあえず携帯貸して」
「なんで」
「さっき言ったでしょ、消したって。それにスマホに変えたから、登録してあるアドレスは
使えないし」
 あぁ、それは困る。
 “だって、また連絡とれなくなったりしたら”
「ついでにお茶、もう冷めてるよ」
 ヤベ、すっかり忘れてた。気づいた時にはもう、私の心とコップの温度は逆転していた。

 

ごめんなさい

ごめんなさい

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更新日
登録日
2016-06-30

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