恋する胸像
少女の部屋には少年が住んでいる。少年は黄金の髪で、白磁の肌をしていた。閉じられた瞼を縁取るのは髪より少し濃い色の睫だ。意志の強そうな眉に鼻筋の通った顔。口元は、今日は、緩く綻んでいる。
顔立ちだけ見れば少女のようだが、首元から下を見れば少年だと分かる。肉の薄い体が骨のありかを知らしめ、未発達な筋肉さえも見てとれる。なだらかにせり上がった胸筋までが少年の全てであり、そこから下は桜材木のテーブルとなっている。
少女は夕暮れになって部屋に帰り、身に着けていた装飾品をはずすと少年にかけていった。
少女はごく自然な動作で全てを行いおもむろにテーブルに肘をつく。少年の至近距離にまで顔を近づけると少年の名前を呼んだ。
「今日はね、またあの子達に言われたの……」
そうして静かに一日の報告を始めるのは日課だった。
名前をつけて呼ぶのも、こうやって語りかけるのも、少しも変だとは思わなかった。むしろ、そうしなければならない。少年を一目見たときから、少女は思っていた。
少女は少年に似た黄金の髪をほどいた。
一房だけ短くなった髪がほどいた中からあらわれる。
「大分伸びたでしょう。今度は切られないと いいな」
少女はそう言うと口を閉ざした。
何となく少年が怒った顔をしたように見えたからだ。少女はこの瞬間が好きだ。少年が少女の為に怒ってくれる。慰められて気持ちの軽くなった彼女はいつもの通りありがとうと言った。それで、少女と少年の一日は終わる。
日が昇れば少女はまた少年の前に座る。
一房だけ短くなった髪を隠すように結い、少年にかけてある装飾品の一つを選んで身につけていく。
「今日はね、学校に行かなくてもいいんですって。その代わり、少し遠い街までお出掛けになったの」
いつもより明るい表情をした少女が語る。
瞳を輝かせて少女が言った。
「何か貴方に似合うものを買ってくるね」
最後に少年の名前を呼んで、いってきます、と部屋を出た。
そして、二度と帰ることはなかった。
「こちらの部屋が、当時この地に駐留していた将校の娘さんの部屋です。どうですか。戦時中でこれ程豪奢な内装のものは、そうありません」
小柄な男が大げさな身振りで室内を示す。
案内された数名の人間が口々にその部屋を誉めそやした。
「素敵ね。特にその少年の像が一番美しいわ」
「こちらですね。これは娘さん が使っていたものだと思われます。古くなっていますが、このように装飾品をかけて飾っていたのではないでしょうか」
「本当。きれいね」
「それでは、次の部屋をご案内致します」
人のざわめきが遠のき、静かになった部屋にはただ少年だけが残された。
時は経っても、人の手により管理された黄金の髪は艶やかで、白磁の肌は輝くようである。閉じられた瞼も意志の強そうな眉も、在りし日の面影を残している。口元は、今日は、淋しげである。
少女の部屋で少年は今も彼女の帰りを待っている。
了
恋する胸像