幸ばあちゃんの日常

幸ばあちゃんが遺したもの。

庭に降りると、あひるががぁがぁついてきた。親子だ。

幸ばあちゃんの名前はさち、と呼ぶ。

その名の通り、幸せかと言うと、ちょいと首をひねりたくなるが、本人は至って幸福そうに毎日を送っている。
田舎の山奥に住んでおり、隣んちの奥様、といえるような大地主のお婆さんに敵視されていて、いつも何時に洗濯物を干しただの、あんな神経信じられないだの、噂話を広げられるが、幸ばあちゃんは、「人ってそういうものよ」とにべもなく、目の前にいても何にも気にせず、悠々と歩いている。

幸ばあちゃんはスタイルがいい。
高い身長で、大女なんていう人もいるが、実際若い人の格好をしていてかっこいい。
いつもクロックスを履き、しまむらで颯爽とMサイズを選んでスポーティな格好をしている。

近くに喫茶店があるが、あそこは敵の陣地なので行かない。
オーナーの若夫婦は目をかけて、「いつでも遊びに来てください」と言ってくれたが、「おおきに」と返したきり、一度も行かない。
幸ばあちゃんにとっては、4LDKの我が家こそが遊園地みたいなものだ。

いつも鉄腕ダッシュや劇的ビフォーアフターを見ては、録画して繰り返し見ては、部屋のレイアウトを変える。
たまにペンキをもらったりすると、机を縫って遊んだりする。

それを見ては、また周りの奥様なんかが噂するが、中には「いいですね!」と笑いかけてくださる方もいる。
幸ばあちゃんが強いと知っているのだ。


幸ばあちゃんのご飯は、いつも混ぜご飯。
キューちゃんだけの日もあれば、タケノコが混じる日もある。
美味しくて、手がかからなくてちょうどいい。
どこへ遊びに行っても、水かお茶なのだ、この人は。


家の前に畑があり、石垣のようになっている。
そこは季節の花畑にして、ハーブやらトマトやらたくさん植えている。
彫刻刀でたまに消しゴムを削り、ハンコづくりを楽しんでは、ノートに押して楽しんでいる。

幸ばあちゃんの日常には、自然と人がいない。
寄ってくる人もいたけれど、幸ばあちゃんは自力な人だから、あまり頼りにしなかったようだ。
というか、人嫌い。喧嘩が嫌で、常に避けていたらしい。

飼っているのはあひるの親子で、雛から育て、自然に返して、いつも家の前にいるのに餌をあげていたらしい。
それ以外は、映画。すごいDVDの山だ。

このwifi環境の無い田舎で、テレビも繋がっていない家で、毎日映画を見ていたらしい。
割と最新の映画が揃っているから驚きだ。
しかもアイフォンを駆使してお気に入りの映画を選んで買っていたらしい。

これは幸ばあちゃんの日誌から拝借して書いている。
大体まとめるとこんな感じで、幸ばあちゃんは今、墓の下にいる。

僕がこの家の跡継ぎに選ばれたのは、幸ばあちゃんの遺言が見つかったからだ。
仕事にもつかず宙ぶらりんだった僕を見かねての行動らしい。
しかも死ぬ手前に子犬を購入しており、その犬に「次郎」と名前を付けている。僕の名前は「太郎」だ。

渡りに船。

今日も隣の奥様に嫌味を言われながら、僕は畑仕事をし、幸ばあちゃんの残してくれた財産を消費しながら暮らしている。
彼女の生き方に倣おうと思う。

僕は、今、生き直している最中だ。

「わん」と餌くれと言う風に次郎が鳴いて、膝によじ登ってきた。
しっかりしなきゃな。
そう思い、ぱんっと自分の顔を叩いた。

幸ばあちゃんの日常

理想です。

幸ばあちゃんの日常

人嫌いな幸ばあちゃんは、意外とミーハーでした。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted