レイチェル

 人工知能。それは、私達の生活を豊かにするために作り出された。
 名前は『レイチェル』。開発者の亡き妻からつけられたものだ。
 医療、交通機関等に組み込まれたそれは、人の負担を最小限に減らす程の働きを見せた。
 唯一人が必要となるのは、管理すること。完全に野放しにはできないそれを、資格を持った技術者が管理する必要があるのだ。
 しかし、近年ではそれも必要とされなくなる日が近いと噂されている。
 最も、人工知能とそれほど関わりのない仕事をしている私には、あまり関係のないことか。

レイチェル

 公安局捜査課一係の執務室。静かな室内で、タッチパネル式のキーを叩き、報告書の作成を行う。
 私、雪村凛は大学での適性判断で、この公安局にA判定をもらったので、真っ先に希望した。
 少なからず憧れがあったこの仕事に就けたことは、最上の幸せだと思っている。
 作業の途中、メッセージの受信を確認したという通知が表示されたので、開く。
 差出人は友人で、今夜会えないかというものであった。
 素早くキーを叩き、会えるという旨を伝えてから報告書の作成に戻る。
 今作っているこれを提出すれば、次は別の事件に関する資料の纏めだ。
 やることは山程ある。こればかりは、レイチェルには任せられない。
 現場に行った人間でしか作ることができないからだ。
 報告書のチェックを行い、上司である課長に送信する。
 捜査中の事件の資料纏めに入る。
 レイチェルが出来たことにより、もう一つ作られたものがある。
 アンドロイド。頼れるパートナーとして、世話係としてなど、様々な用途で活躍を見せるそれが作られた。
 私が読んでいる資料は、そのアンドロイドについてのもの。
 先日、自宅で遺体となって発見された者がいたのだが、世話係として一緒に暮らしていた家庭用アンドロイドの行方が掴めなくなっていた。
 私達は、それが犯人だと考えている。しかし、家庭用等は問わず、全てのアンドロイドはレイチェルの管理下にある。
主人を殺害するといった行為に及んだのだとすれば、異常事態だろう。
 今現在、他に浮かび上がる容疑者の取調べを行っている所だ。
 少し考え込んでしまったため、再び資料を纏めるのに専念した。
 夜に予定も出来たので、仕事を早く終わらせることが出来るように急ぐ。

 その日の仕事を全て終えたので、退室の際に挨拶をして出てきた。
 待ち合わせの時間には十分間に合う。いつもの店までの道のりを、車のナビに打ち込み、自動運転のモードに切り替える。
 シートベルトを着用するよう注意を促す機会音声が、スピーカーから発せられていた。
 リクライニングを少しだけ倒し、シートベルトを締めると、車が走り出した。私は別のモニターを目の前に持ってくるように指示した。すると、デスクトップ型パソコンのようにして、モニターとタッチパネル式キーボードが上下に並んで目の前に現れる。
 目的地に着くまで、ニュースのチェックを行う。
 いつもと何ら変わりないものばかりであったが、一つだけ注目度が高いものを見つけた。
 レイチェルのバージョンをアップデートするというもの。しばらくの間行われていなかったので、新しくどのような機能が実装されるのか、期待の目が集まっている。
 私も少しだけ気になったので、続きの記事が発表された際には通知が来るように設定しておいた。

 公安局のビルから、車で三〇分程走った所に、私がいつも友人と待ち合わせる店があった。
 至って普通のバーだ。しかし、それは外見だけ。ここは、裏での取引等を行う際に使われる。マスターも繋がりがあるため、この場を取引に使うのには口出ししない。
 むしろ提供しているのだ。
 一般の客も入れるように、特別な取引がある際は、店を休みにするという、オンとオフの切り替えをしっかりとしている。
 何故私がここを知ることになったのか。それは友人の紹介からだ。どこか静かな場所がないかと訊ねた時にこの店に連れてこられた。
 その友人が、既にカウンターへ着いているのが見えたので、背後から一声かける。
 こちらを振り向いた友人の姿は薄暗い中でも分かる銀色のショートボブに黒いスーツ、胸元まで開いたシャツ、鎖骨の辺りから少し見える赤い『蝶』のタトゥー。
「丁度時間通り。凛はいつも正確ね」
「本当は、もう少し早く来たかったんだけど」
 腰に手を当て、笑ってみせる。
 彼女が長い付き合いの友人、桐島茅。私にこの店を紹介出来たのは、彼女も所謂、裏社会に深く関わる一人だからである。
 茅の父は『刀山(とうせん)会』という極道組織の会長を努めている。構成員総勢二万人。
 茅自身も組を持っており、全体の四分の一が彼女の部下だ。
 普通とはかけ離れた彼女と出会ったのは中学の頃。
 極道組織の会長を父に持つ彼女に近寄る人間は誰もいなかった。当然、私も関わることはなかった。
 声をかけてきたのは彼女の方。緊張で始めの方は何を話したか分からない。ただ、彼女の話がとても面白いのに気付いた時が、緊張の解けた時だったのだろう。茅は頭が良かった。よく物語等に出てくるような、悪い人物ではなく、勉強熱心の真面目な生徒。
 それが分かると、次第に彼女に接する人は多くなったのだが、彼女に気に入られたのは私だけらしく、私も彼女のことが気になっている。
 先に飲んでいた茅は、まだグラスに残っていた酒を一気に煽った。
 私の注文と一緒に、別のものを頼む。自動運転モードの車に乗る者は、規定値を超えなければ、飲酒運転とみなされなくなった。
 私はジントニック、茅はマティーニを頼む。グラスを合わせて鳴らし、一口だけ含む。爽やかさと苦みが合わさり、喉が潤う。
 茅が先に仕事の調子を聞いてきた。
 詳しい内容は勿論話せないので、特に進展はないとしか返せない。
 彼女もそれを知っているので、詮索はしてこない。
 逆に茅の方は、自分の組にあったことをよく話してくれる。
 一度、そんなことを話しても大丈夫なのか質問したことがある。
 私を信用しているから問題ないとだけ言って、彼女は笑っていた。
 これで、裏社会に生きる一員だというのが、とても不思議に思える。
 その後も、最近あったことや、互いの好きな本の話し等をした。
 私は上着の懐から取り出した煙草に火を点ける。茅も同じく上着から煙草を出したので、私はライターの火を近づける。「すぐに気が付く所も流石ね。もし、公安を退職したら、私の所で雇うわ」
 礼を述べた後、彼女に言われた私は、
「少し考えておく」
 軽く笑いながら返事をした。

 明日も仕事があるので、店を少し早く出た。あまり飲んでいなかったので自分の車に乗ろうとしたのだが、茅の車に乗って行かないかと提案された。
 もう少しだけ時間を共にしたいと思ったので、自分の車は家までの地図を入力することで、勝手に戻るようにした。
 人が乗っていない場合でも、自動運転モードに切り替えが出来るようになっているのだ。
 茅の車は私のよりも少し広い作りになっている。部下と思しき男性が運転席に着いていた。そして、後部座席を隔離するかのように壁がゆっくりと下りる。
「個人的な話は、誰にも聞かれたくないの」
 壁が下りたことに疑問を持っていた私は、それを聞いて賛同する。
 彼女は、あのバーのマスターにも、運転手にも明かせない話を私にしようとしているのだ。
 最近、彼女が何度か会ったことのある組の様子がおかしいと言われた。
 その組は特に協定を結んでいる訳でもないのだが、活動の範囲が隣接しているということから、被害が及ぶのを警戒しているのだ。
「私は何をすればいいの?」
 問うと、茅から何かその組の関わりそうな事件がないかを調べてほしいと返ってきた。
 公安のファイルを漁れば、確かに裏で極道組織の関与があった事件等は出てくるだろうが、容易ではない。
 セキュリティが厳重にかけられている。捜査資料は紙媒体のものがなく、全てデータで保存されているため、ハッキングでも行わない限り覗くことはできないだろうと、話を聞きながら考えていた。茅の方も、部下を使ってその組に見張りをつけているそうだが、進展はないと言った。
「けど、近いうちに動きがありそうな気がするの」
 何故そう思うのかを問うと、女の勘だと薄く笑って彼女は言った。

 茅に家まで送ってもらった後、私は服だけを着替えて眠りに就いた。それほど疲れていた訳ではなかったが、特にすることもないので、無理に起きておく必要性を感じなかったからだ。
 翌日の朝、目を覚ましてからシャワーを浴び、スーツに着替える。ネクタイを締め、テレビをニュース番組のチャンネルに変えて朝食を摂る。
 すると、速報を知らせる音がキャスターの声に混ざって鳴る。何か合図が入ったのか、キャスターも原稿を読むのを中断し、新たに送信されたのであろうデータを、机に嵌め込まれたディスプレイに表示して、目を通している。
 一通り読み終えたのか、再び口を開き始めたのだが、その声は震えていた。
 先程のことで、乗用車による連続追突事故が起こったと言う。一台の車が急停止し、背後を走っていた車が停まれずに激突。その後も同じように車が停まることはなく、全部で二〇台の乗用車が巻き込まれた。
 死亡者、重傷者ともにかなりの数だ。奇跡的に軽症で済んだ何人かに、話を聞いたそうだが、全員同じような答え。
『突然、一切の操作が出来ず、停まることができなかった』
 他の番組でも、放送を中止してニュースに切り替わっているところが多々ある。
テレビを消し、食器を片付け、上着を持って家を出る。
 車に乗り込み、異常がないかの点検を行う。動作は正常だが、事故に遭った者は、突然のことだ言っていたので、安心は出来ない。
 念のため、手動運転で公安局まで走らせることにした。
 運転しながら、町の様子を横目に見るが、特に変化はない。事故が起こったのは、ここから大分離れているためか、皆ニュースにもあまり興味を示していないのだろう。
 私の仕事には関与するはずだ。車は全てレイチェルの管理下にある。同じく管理されているアンドロイドが事件を起こしているのだから、無関係とは考え難い。

 地下の駐車場に車を停め、自分の執務室がある階までエレベーターで上がる。目的の階に着いた音が鳴り、扉が開く。すると、皆がやけに忙しなく動いていた。私の存在に気付いた上司が、自分のデスクまで呼び出す。
 今朝のニュースを観たかと問われ、私は例の交通事故のことを話した。
 しかし、課長は少し安堵したような表情を見せた。
「報道規制は成功していたようだな。どちらにせよ、あんな大規模な事故があったのなら、それどころではないか」
 独り言のように言う姿から、私は何があったのか訊く。
 すると、パソコンの操作を始め、課長は口を開く。
「今朝判明したことだ。自宅で急死を遂げた人間がいる。それも一人じゃない。今分かっている段階だけで一〇〇人は超えている」
 言い終わると同時に、私にディスプレイを向け、そこに映るものを見せた。
 パソコンを前に横たわっている男性。同じくパソコンを前に突っ伏している女性等、幾つかの写真が並べられている。死因は心臓麻痺、脳梗塞、中にはショック死の者もいたとされる。
 不自然なことは明らか。
 その件を私達、捜査課が担当することとなった。
 一係だけでなく、二係と三係も総出でこの謎の事件の解決にあたることとなったらしい。
 一〇の班に分けられ、まずは現場に赴くことから始まる。被害者の数が多いため、エリアを分けて行うこととなった。

 いつもなら仕事を終えて帰る時間であったが、今日はそうもいかない。半日以上をかけて、ようやく一〇人目の現場に着いた。ここまで調べた段階で共通していることと言えば、全員がパソコンを前にして亡くなっていることと、そのパソコンが壊れていたという二つ程。パソコンは物理的なものでなく、内部の回路が焼き切れていた。
 同僚も皆疲労が目に見えるようであったが、今日はここで一旦終わりだと決めていたので、気合いを入れる。
 家に足を踏み入れようとした時、私の端末から通知音が鳴る。
 懐から取り出すと、画面に何か映し出されているのが分かった。同僚の端末からも同じ通知音が聞こえたので、皆取り出して画面に釘付けとなっていた。
 そこはどこかのオフィスのようにも見える。無人の大きな机と椅子。その後ろからは綺麗な夜景が望めるため、どこか高い建物の一室だと分かる。
 すると、画面の横から誰かが出てくる。カメラの位置が低いのか、顔は見えない。しかし、先程から映し出されていた椅子に腰掛けたので、その顔を確認することが出来た。
 誰もが知る人物であった。それは、人工知能というものに関わりの少ない私達も例外ではなく。
 暗い部屋に溶け込むような濃紺の背広に、同じ色のネクタイ。白髪に皺のある顔の男性。
 人工知能『レイチェル』の産みの親、伏見博士。
 画面の中央に映る彼は、咳払いを一つして口を開いた。
『皆さん。突然のことで驚かれているでしょう。すみません。今日は、レイチェルの新たな進化を目にしてもらいたく、このように大々的な中継を行わせてもらいました』
 言い終えると同時に彼は頭を下げた。レイチェルのアップデートが行われるのは、ニュースで見たので知っていた。しかし、発表されるのはもう少し先であった気がする。
 博士が話を再開するようだったので、画面に集中を戻す。
 カメラのアングルが変わり、少し離れた場所から博士を観る形になった。彼の向かい側には、私達の生活に馴染みつつある例のアンドロイドがあった。
 しかし、私達の知っているそれとは見た目が違う、女性の姿をしていたのだ。
『そこにいるのは、レイチェルの制御下にあるアンドロイド。外装は違いますが、作りは一般に出回っているものと全く同じです。今から私と彼女がやり取りをします。しっかりと観ていて下さい』
 彼はアンドロイド、の中にあるレイチェルへ向けて挨拶をした。
 すると、彼女も博士に向けて挨拶をする。
 その光景は、特に不自然な部分などなかった。アンドロイドは会話のパターンが決められている。
 しかし、次の光景には、恐らく私以外の者も驚かされただろう。
 博士が先日観た映画の話しをした。それの結末まで彼女に語る。
 彼の話を最後まで聞き終えたレイチェルが、涙を流していたのだ。
 アンドロイドの目から、液体がこぼれている。それは涙のようにも見える、オイルだろうと思った。
 だが、アンドロイドが感情を露わにするなど、聞いたことがない。
 次に博士は、笑い話を聞かせてみせた。今度は笑ってみせるレイチェルを見て、私はまさかと思った。
 その予想の答え合わせをするようにして、カメラのアングルが再度変わったことで、画面に大きく映る伏見博士。
『もうお分かりの方もいるかもしれません。レイチェルの進化とは、感情です。彼女には、喜怒哀楽の感情が備わり、自己というものが芽生えたのです』
 機械に自己がある等、普通なら笑い飛ばされて終わるだろう。
 しかし、今回は決定的な検証シーンがある。博士の話に、泣き、笑いを見せたアンドロイド。
 レイチェルを、人工知能にして、人と並ぶ存在へと段階を上げた博士は、低い笑い声を上げていた。
『これから、レイチェルの更なる活躍に期待しておいて下さい』
 再度、頭を下げた彼の姿を最後に映像が停止した。
 巻き戻すことも出来ないまま、いつものホーム画面へと勝手に戻る。
 私も同僚も、立ち尽くしたままであったが、一斉に着信音が鳴り響くことで我に返った。
 課長からの一斉通話。私達はそれに応答する。
『今すぐ公安局に戻って来い! 但し、車や電車は使うな。公共のバスもだ。時間がかかっても構わん。出来る限り早く戻って来るんだ!』
 焦燥感を漂わせる早口で述べた後、一方的に通信を切られた。私達が足を運んでいた現場から公安局の庁舎までは、歩いて帰るならば約二時間はかかる。
 疲弊している状態の体に鞭を打つ行為であったが、休憩を挟みながら歩いて戻ることにした。

 課長からの連絡の後、庁舎に着いた私達は、エレベーターで執務室まで上がる。すると、室内に置かれていたホワイトボードに、会議室へという書き置きが為されているのに気付いた。
 私達が会議室の扉を開くと、幾つかの班は既に戻ってきていたようで、椅子に着いていた。
 待機を言い渡されていたようなので、私達も適当な席に固まって座る。
 しばらくして、全員が戻ってきたのを見計らったように、課長が前に出てきた。「突然の帰還命令を悪く思う。皆疲労はあるだろうが、これから話すことをしっかりと聞いてくれ」
 そう言って、プロジェクターとスクリーンを用意した彼は、映像を流し始める。映るのは、先程観たばかりの伏見博士の例の映像。
「この映像は、先程流れたものだ。携帯端末、テレビ等の全ての映像機器がこれにジャックされた」
 私は何となくだが、そうではないかと予測していたため、驚きはしなかった。しかし、次に課長が述べた言葉には、誰もが耳を疑っただろう。
 それは、伏見博士が遺体で発見されたということ。
 遺体は、彼の暮らすマンションの一室。死後三日は経過している。発見が遅れたのは、伏見博士が助手に、メールを送っていたため。
 その内容は、何があろうとも部屋への立ち入りを禁ずとのこと。
 死因は心臓を一突き。胸を貫通する大きな穴が開いており、他殺の線はほぼ確定。
 そして、犯人も先程の映像に映っていたと、警視庁と公安は考えている。
 あの女性の容姿をしたアンドロイドの行方が掴めなくなっている。伏見博士の殺害後、逃走したというのが自然な考え。私達の仕事は、アンドロイドの捜索に変更された。

 会議室から出た所で、端末に通信が入る。相手は、茅であった。
「どうかした?」
 挨拶をすることなく、すぐに用件を伺う。
『凛、面白い話があるの。電話じゃなんだから、直接話したい』
 時計に目をやると、もう日付が変わりそうであったが、私は了承した。
 彼女が迎えを寄越すから、家に来てほしいと言うので、私はそれを待つことにした。
 喫煙所で煙草に火を点け、全員に送られていた捜査資料に目を通す。博士の遺体の写真を見て、先程映像として見ていた人物が、既に死亡していたと思うと恐怖とも言えない気持ちが浮かぶ。
 例のアンドロイドと会話する場面を繰返し再生する。本物の人間と遜色ない感情を持ったアンドロイドが出来たとして、困ることはあるだろうか。
 むしろ、利便性が向上するのではないかと思ったが、私の考える程に単純なものでもないのだろう。
 灰皿に煙草を押し付け、立ち上がる。庁舎前に出ると、丁度迎えの車が到着したところであった。
 朝の事故と、課長に歩いて戻れと言われたことが気がかりで、車を見ると少し不安になる。
 だが、急ぎの話しだろう。躊躇っている暇もないので、車に乗り込む。茅の事務所へと向けて車が走り出した。

 走り出してしばらくした頃、信号待ちで停止していた私達の斜め前。タンクローリーが見えた。
 すると、まだ信号機が赤のままだというのに、それが動き出した。
 私達の方へ向けて、ゆっくりと迫ってくる。
「降りるのよ! 急ぎなさい!」
 運転席と助手席に座る茅の部下に叫び、私もシートベルトを外す。扉を開けて外へ飛び出る。
 タンクローリーは車に乗り上げ、横転する。離れた所で、私は膝に手を付いて深呼吸をする。
 次の瞬間、オイルが漏れていたのか、大爆発が起きた。爆風に巻き込まれた私は、その場から吹き飛ばされ、停車していた車のボンネットに乗り上げる。

 薄れ行く意識の中、炎の壁を背にして立つ人影があった。私の目の前に来たそれには、見覚えがある。
「レイチェル」
 掠れた声で、その名前を呼んだ。
 伏見博士と話していた例のアンドロイドが目の前にいる。
 何を言うでもなく、彼女は遠ざかる。
 そこで、私は完全に気を失った。

 目を覚ました。閉じられていた瞼の暗闇に慣れていた目は、急激な光に痛んだ。ようやく慣れてきた頃に見えたのは、白い天井。照明が端に少し見える。
 上半身を起こすと、体中に鈍い痛みが走る。頭にも体にも包帯が巻かれていた。「目が覚めたようね」
 静かに聞こえた声の方を向くと、足を組んで片手に本を持つ茅の姿があった。「何があったか、覚えている? 信号待ちの最中に、制御不能になったタンクローリーが突っ込んできた後に爆発したの。まあ、私も聞いただけなのだけど。ここは病院だから安心して」
 ページをめくりながら、淡々と語る彼女。ここに運ばれる前の出来事を思い出した私の脳内には、意識が途切れる直前の記憶が、映像のように再生された。
「茅、私行かないと」
「その体でどこに行く気?」
 ベッドから降りようとする私を、言葉だけで止める彼女。痛みに耐え、何とか床に足を着く。
 だが、一歩、二歩と進んだ所で私は跪く。本を閉じる音が聞こえ、目の前には茅が立っていた。
「あなたが意識を失ってから、もうすぐ一〇時間は経つかしら。その間に、非常事態宣言が為されている。人工知能レイチェルは、自己を持ったことにより、電車や病院のシステムを全て掌握している状況を利用して、私達を脅迫した」
 手を借り、再びベッドへと戻る。座った状態で、何があったのか問う。レイチェルの望みは、人を超えたという証明をすること。人工的な知能の範疇を超えることが彼女の望みであり、それの実現において私達は障害だと考えているのだ。私達が捜査にあたっていた事件も彼女の仕業だろうと思う。
「レイチェルは様々な部分で深く、システムに根付いている。その気になれば、大量の死者を出すのも容易いはず」
 私は吐き捨てるように言う。
 対する茅は、何も言わずに再び椅子へ戻り、本を片手に持って答える。
「でも、彼女が全人類を滅ぼすのにはそれなりに時間を要するみたいよ。リミットは二日後。それを過ぎれば、彼女は制御している全ての機器を緊急停止して、多くの被害が出る」
「止める方法はあるの?」
 研究者でもない彼女に聞くのは見当違いだと思ったが、茅は研究員の一人を捕まえ、聞いたのだという。
「レイチェルは、管理局の最下層にいる。メインコンピュータを停止するためのソフトがその道中にある階で手に入るらしいわ」
 意外にも詳細な返答が為されたことに
私は驚く。何故そんなことを知っているのか問うと、彼女が言っていた、おもしろい話というのを交えて説明すると言った。
「凛に頼んでおいた他の組のことだけど、あの後すぐに尻尾を見せたの。私が前から潜ませていた部下からの情報よ。あいつらは、レイチェルのアップデートのための資金提供を行っていたのよ。伏見博士は、自己という機能の実装を一人で行っていた。助手にも告げることなく。あれは個人的な研究だったいうことよ」
 伏見博士に資金提供を行っていた組は、茅が部下を使うことで、拘束しているそうだ。
 残された研究員達は、レイチェルの暴走を止めるため、協力を申し出ている。
 行動を明日に移すため、私は体を休めることを優先し、茅は他にやることがあると、病室を後にした。

 二日後。レイチェルが私達を殺すために必要な時間が迫る。あの事故に巻き込まれた日から、死亡者の数は減っている。皆が警戒しているため、電子機器の電源を落とされ、車等も一台も走っていない。
 静かな町の様子は今まで生きてきて初めての光景だ。
 静寂を掻き消すようにして、私と茅。その部下達を乗せた大型トレイラーが道路を走る。
 これはレイチェルによる管理ソフトが入っていない、旧世代のガソリン式なので、制御不能になる恐れは少ない。
 管理局前に着いたところで、全員が一斉に降りる。
 いつも仕事で着ているスーツなのは変わりないが、上着を脱いで、代わりに衝撃吸収素材で作られたベストを身に着けている。
 対アンドロイド用の特殊弾が込められたマシンガンを肩からかけて、臨戦体勢は完全に整えてある。
 茅の方は特に武装をしている気配はないが、片手には色鮮やかな鞘に収まる日本刀が握られていた。
 彼女が昔から、剣術を修得しているのは聞いていた。今もそれを続けているというならば、相当な腕前であることはなんとなく分かる。
 確認の意図を持って私の顔を窺ったであろう彼女に、何も言わず頷く。
 管理局のビルを真正面に捉えた彼女は、一緒に同行していた博士の助手に、扉の解錠を頼んだ。
 普段ならば、誰でも出入りすることができるのだが、非常事態とあって、社員だけが入ることを許された状態となっている。
 助手が、大きなガラス張りの自動ドアの横にあるタッチパネルへと、身分証を翳す。
 認証システムはレイチェルとは無関係のソフトなため、正常に読み込みが終了した。
 扉が開いた所で、茅が一目散に走り出した。私や彼女の部下達も後に続く。
 広いエントランスに踏み込むと、そこは不気味な程に静かであった。
 だが、そう思えるのも一瞬のこと。頭上から何かが落ちてくる。茅がその場から飛び退くと、落ちてきたそれが地面を陥没させたことによる砂煙が舞い上がった。
 私達の目の前に姿を表したそれは、アンドロイド。普段目にしている時と違う、目が赤く光った状態で私達に襲いかかる。続けて何体ものアンドロイドが上から降ってきた。
 攻撃の合図を出した茅が、最初に姿を見せたアンドロイドの懐に飛び込み、刀を抜き放つ。
 真っ二つに体を切断されたそれは、動くことなく、地面に崩れる。
 私達も戦闘態勢に入った。頭か心臓にある回路をショートさせれば機能は停止するため、私は攻撃を避けながら狙いを定めて撃つ。
 無数のアンドロイドが降ってくる中を駆け抜けて、私と茅は下層へと続く階段を駆け下りる。
 道中、同じく襲撃を受けたが、私も彼女も並大抵の訓練をしている身である。そう簡単に負けることはない。
 マシンガンの弾倉を変える暇もないので、太腿に装着していたホルスターから拳銃を抜き取る。
 同じく特殊弾を込められているそれの引き金を引く。
 茅は自由自在という言葉がふさわしいように、刀を振るう。
 的確に相手の頭を切り落としているのが、横目に見えた。
 もう随分と走り続けた気がする。レイチェルの待つ部屋は、しばらく先のようだ。

 道中、伏見博士の部屋を見つけた。そこは現代的とは言い難い、木製の扉。電子ロックの類いも見当たらない。
 重要人物の部屋とは思えなかった。
「もしかすると、ここに機能を停止させるソフトがあるかもしれない」
 私の言葉に賛同した茅は、扉を開けるべく、同時に体当たりを繰り返す。
 鍵が壊れ、中に飛び込むようにして私達は入る。
 真っ暗な部屋を照らすべく、持っていたライターの火を頼りに証明のスイッチを探した。
 壁際にスイッチを見つけ、押し込む。天井に取り付けられた華美な装飾の照明器具が点灯したことで、部屋の内装が露わになる。
 大きな机には、デスクトップのパソコンと、小さな照明スタンド。写真立てが置かれていた。
 手に取り、中に入っている写真を見る。少し若いが、博士と思われる男性が、椅子に座る女性の側に立っている写真であった。女性の方は日本人でないことが、顔立ちで分かる。
 それが彼の妻で、人工知能の名の由来であるレイチェルであることは、すぐに分かった。
 元の場所にそれを戻すと、茅がパソコンを調べていた。
 何か見つかったのか問うと、電源が点かないと言うので、私も歩み寄った。
 主電源のボタンを長く押しても反応はない。タッチパネル式のキーボードを裏返す。そこには、中心に小さなボタンがあった。
 私の普段使うものにはないそれを、ゆっくりと押す。
 パソコンの電源が点いた。しかし、そこにはまた例の机と椅子が映し出されていた。
 映像が再生されており、他の操作は一切受け付けない。
 画面に、伏見博士が姿を現した。
 しかし、三日前に観た時よりも若い。先程の写真に近いように思える。
『これを観ている者が誰かは問わない。だが、観たからには私の頼みを聞いてもらいたいのだ』
 話し始めた博士の表情は、険しいものであった。
『私は人工知能を作るに当たって、ある目標を抱いている。それは、人と同等の知識を持たせるというものだ。こんなことを発表すれば、助手からも非難されることは目に見えている。しかし、私はどうしても実現したいのだ。妻を失ったあの日から、大切な人の代わりを求めてきた。そのための人工知能を作り上げる』
 だが、とそこで彼は俯いた。
『もし、それが過ちだと分かった時に私が止められなかった場合は、今これを観ている君。もしくは君達にお願いしたい。レイチェルを止めてくれ。罪の償いにはならないだろうが、完全停止用のプログラムは構築してある。頼んだ』
 動画はそこで止まっていた。
 画面が再び暗転すると同時に、壁から音が聞こえた。真っ直ぐに亀裂が入ったそこから、左右に開く。
 冷えた空気が、頬を撫でる。冷暗所となっているそこには、長く透明な円柱の台座。
 置かれていたのは、コバルトブルーの色をした、筒状の注射器のようなもの。「これが、レイチェルを完全に停止させるソフト」
 私の呟きに、恐らくと茅は返す。手に取ったそれを、ベストの懐にしまい、部屋へと戻った。
 もう二度と彼が足を踏み入れることがないこの空間を目に焼き付け、二人で最下層を目指した。

 長い階段を下りている最中にも、アンドロイド達による妨害は続く。
 鉄製の壁を陥没させる程の破壊力を見せる。しかし、その体は頑丈ではない。元々、生活支援等を目的として作られたのだから、壁を殴った時点で手も損傷を起こしていた。
 私は迫る右手を取り、頭を掴んで手すりに叩き付ける。
 行動不能になったそのアンドロイドを下へと落とす。マシンガンの弾を全て撃ち切ったため、後は拳銃のみ。
 それも弾の消費を抑えるべく、己の肉体を駆使する。
 威力はあるが、動きは鈍い。攻撃を交わすと同時にカウンターを取れば、苦労はしない。

 遂に階段が終わりを迎えた。そこが最下層だと言わんばかりに、鋼鉄の扉が目の前に現れる。
 管理局へ入るため協力してくれた研究員から、身分証を借りていたので、それを使う。
 電子ロックの解錠音が聞こえ、扉がゆっくりと開く。
 その向こうは眩しい程に明るかった。一歩進むと、奥に白く光る球体があるのに気付く。
 そしてその前には、例の女性型アンドロイドがこちらを向いて立っている。
『ここまで来るとは思いませんでした。しかし、邪魔をされると困ります』
 機械音声で語る彼女に対し、私はシステムの完全停止を言い渡す。
 だが、当然の如く彼女は拒否した。
 息を呑んで、ホルスターから拳銃を引き抜く。
 しかし、その瞬間にはもう目の前に彼女が迫っていた。
 速いと思った瞬間に、私は後方へと吹き飛ばされていた。
 壁に背を打ち付け、咳き込む。
 すかさず、茅が応戦する。相手の間合いを読み、刀を振るったが、少し遅かった。
 柄を握る手を蹴り上げられ、無防備になった胴へ掌底が叩き込まれた。
 私と同じように後方へ跳んだ彼女は、吐血したまま跪く。
 刀は途中で手放されていた。
 その様子を見た私は、伏見博士が彼女を他と同じと言ったのを思い出した。何が同じだというのか。酷い冗談だ。
 私は膝をついた状態から、ロケットのように直線を描いて突進する。
 勢いを利用して、右腕の強ストレートを繰り出した。
 スピードも乗った力の強い一撃だが、相手はそれを片手で受け止める。
 そのまま私の拳を握り潰すかのように、閉じられ始めた手から引き抜く。
 右手を勢い良く引き抜いた所で、左足を軸に右足のバックキック。
 次はそれを、腕で防いでみせた。再度攻撃を防がれたことで、打開策がないかと考えた時であった。
 先程まで跪いていた茅が、背後からスピードのあるストレートを放つ。
 レイチェルなら避けると思った。しかし、彼女はそれに気が付いていなかったという風に、避ける動作をせず、まともに喰らったのだ。
 茅も少しの驚きが顔に出ている。すぐさま私の足を取り、背後の茅へと振り回すことで、ぶつけ合う。
 私達は、床に転ぶ。その時、レイチェルの背中が少し陥没しているのが見えた。「茅、あいつは多分背中にセンサがない。だから背後のあなたにも気付かなかったのだと思う」
 彼女に聞こえないよう、声量を少なくして言う。アンドロイドは、人感センサが体中の至る場所に付けられているのだが、やはり幾つかは取り付けられていない部分がある。
 彼女は、背後の敵には触れられるまで分からない。
 それが分かっただけでも十分だった。
 倒れている私の顔面へと迫る拳を、横に転がって避ける。
 そのまま、彼女の足を取りにいった。しかし、踊るかのような足捌きで回避した。
 背後から再度、奇襲をかける茅。服の腰部分と襟足を掴み、頭から地面に叩き付ける。
 強い衝撃であったに違いない。だが、彼女はすぐに跳ね起き、すかさず右のストレートを茅に放つ。
 対する彼女は、両腕を交差させて、防ぐ。腕を振り払い、無防備になったレイチェルの腹部に向けて蹴りを入れる。
 そこで私も起き上がると同時に走った。レイチェルの両肩を掴んだ状態で、体が宙に浮かぶ程跳ぶ。
 速度と体重を乗せた、重い頭突きを繰り出す。彼女の上に乗る形で倒れ込む。脳内に響く激痛と、目眩いを堪えて立ち上がる。
 レイチェルも起き上がる。それと同時に、右のストレートが迫った。
 しかし、先程よりも遅い。私は膝を曲げて、体を逸らす。この時、彼女の頭部にダメージを与えられたと実感した。
 アンドロイドには、胸に仕込まれている基板の他にも弱点がある。
 それが頭なのだ。彼等、彼女等には“電脳”というレイチェルが操作するために必要な部品が備わっている。
 頭部を体から切り離す、破壊する等すれば、動きが完全に停まる。
 今の頭突きは、破壊とまではいかずとも、損傷は免れなかったのであろう。茅も動きが鈍くなっているのに気付いたのか、彼女を挟み撃つ形になるよう移動していた。
 右から私が彼女の肘に手刀を当てに行き、茅が左から顔面に裏拳を繰り出す。手刀を手の甲で受け止め、振り払うと同時に茅の腕が当たる直前で掴んで止める。そこからの軽やかな腕捌きにより、茅は回転して地面に背中を打ち付ける。
 私は再度距離を詰めて、体勢を低くし、足を取りに行く。
 レイチェルは自ら倒れ込み、私の足を絡めて回転する。
 それにより、茅と同様に私も床に転倒した。
 すると、起き上がったレイチェルには既に茅が迫っており、再び手にされていた刀が、彼女の体を貫いていた。動きが鈍っていた彼女には、それを止めることができなかったのだろう。
「凛、早くメインコンピュータを停止するのよ!」
 珍しく茅が叫ぶのを聞いた気がする。それほど、焦っているということだ。
 彼女がレイチェルを足止めしている間、私は体を起こして懐から例の完全停止プログラムが組み込まれている、注射器に似たそれを取り出す。
 側面にあるボタンを力強く押し込むと、端子の部分が飛び出た。
『私をここで止めれば、制御されていたシステムも同時に停止する。病院のシステムが停止すればどうなると思う』
 アンドロイドであるレイチェルが笑みを浮かべて、私を見る。
 しかし、その考えに至らない程、人間も馬鹿ではない。
「安心なさい。あんたを破壊したと同時にシステムが停止するのは分かりきっていた。この二日間で、即座に遠隔操作の権限を人の手で行えるように、バックアップしているのよ」
 茅が告げると、彼女は少し驚いてみせる。自己が備わった人工知能だからこそ見せることのできるものだろう。
 全身の疲労と、薬で誤魔化していた二日前の爆発に巻き込まれた痛みが戻ってきている。
 残りの力を振り絞ることで、私は一歩ずつ前に進み、奥にある白い球体へと向かう。
 間近で観ることで分かった。その球体の中に何かがあることに。
 それは綺麗な形を保った、人の脳。誰のものかは、伏見博士の部屋で見た写真、映像で想像がつく。
 すると、側の壁が開き、モニターとキーパッドが出現する。
 その前に立ち、注射器をそれを逆手に持つ。モニターの下、中央の辺りに端子を差し込む穴が見える。
 背後から茅の私に訴えかける声が聞こえた。手を振り下ろし、端子を差し込む。
同時に、レイチェルの体から引き抜かれた刀を茅が振るう。
 首が床へと落ちる音が聞こえる。
 白い球体が、赤く染まっていく。部屋の照明も同じく赤へと染め上げられている。
 レイチェルの完全停止に成功したようであった。
 重い体から糸が切れたように、私は座り込む。側に来た茅も同じように座り込んだ。
「終わったようね」
 そう一言、私に告げた彼女。
「ええ、終わったみたい」
 答えて、懐から煙草の箱を取り出し、取り出した一本を口に咥える。
 次にライターを探したが、どうやら家に忘れてきたらしい。
 横から差し出される手に気付いた。
 茅がジッポライターを開けた状態で、私へと向けている。
 咥えたままの煙草を近づけ、火が点いたのを確認して離れる。
「私がこうして火をあげるのは、あなただけかもね」
 薄く笑みを浮かべた彼女が呟く。
 煙を吐き、助けてもらった礼を述べる。そして、再び私達はこの戦いが終わったことを実感したのだった。

 今回の事件は、全て伏見博士の開発したプログラムによるものだが、当の本人が亡くなっているため、私達には咎める相手がいなかった。
 レイチェルの完全停止に伴い、公共機関と医療現場の機器類は、全て人間の手によって動かされることとなった。
 元からそう作られていたのだから、本来あるべき姿に戻っただけだと言う者もいる。
 アンドロイドに関しては、全てが完全に壊れてしまったため、再利用できる素材だけを残して、後はスクラップとされることになった。
 被害の数は大きい。事故によって、パソコン等の電子機器から流された電波信号によって等、様々な要因がある。
 私は体を傷をしっかりと治すのに一週間という時間を要した。医者から言わせれば、普通ではあり得ないらしい。
 仕事に復帰し、事後処理に追われる中、端末に着信が入る。
「凛、今日会えないかしら?」
 茅からの誘いであった。特に予定もなかったため、私は仕事終わりにいつもの場所で、と約束をした。

「人工知能がなくなって、何だか一昔前に戻った気がする」
 グラスを口に運びながら、茅が一言。私も同じく、一口だけ飲んでから答える。「これが本来の世界よ。人工知能に任せるのもいいけれど、それ以上を求めてはならなかった。作られた存在は、創造主に並ぶことも、超えることも許されていないというルールを破った結果よ」
 自分なりの見解を述べたつもりだが、彼女は笑ってみせた。しかし、それは可笑しいからではなく、納得できるものであったからだと彼女は語る。
 これが正解だったのだろうという思いを胸に、私と茅のグラスを打ち合う音が他に客のいないバーに響くのであった。

レイチェル

 久しぶりに『ハーモニー』を読み直しました。読んだのは二回目ですが、映像として表現された劇場版を観たことによって、状況を頭に浮かべることができたため、より理解が深まった気がします。
 しかし、これを書いたのはハーモニーをもう一度読む少し前。書いている最中にまた読みたいと思っていたのは間違いないです。
 最近になって、自分の書きたいSFって何かと考えます。一度、別のジャンルで書いてみるのもありかもしれない。
 ただ、まだ読んだことのないSF作品に触れれば、また書けるような気がします。
 今は他に長編を書いている最中なので、部活内で書いた短編を更新していく形になります。
 また、書き上げられた長編を上げていきたいと思います。

 時々、普段は書けないような文章を書く時があって、その時は脳が自分に追いつかない場所にあるのだという感覚に陥ります。集中していたんだなと後になって実感します。
 いつか、ネットのコンテストでもいいので、賞を取れるようなものを書くつもりで頑張ります。

レイチェル

短編です。以前書いた、『治安維持課』に出てくる主人公とその友人のような関係の二人が出ます。 思いつきで、書き進めて行きながら話の構成を考えたので、正直自分でも何がおもしろいのかは明確に分かりません。 ただ、このように生活支援を行ってくれる理想のシステムに身を委ねた人間が、突然それに牙を向かれた時、どうすればいいのかとだけ思ってました。 もし読んでくださる方がいるならば、申し訳ない気持ちですね。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-30

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