自然体

自然体

「自然体でいることが大事なの」
彼女はそう言うと、持っていたスマートフォンを食べかけのナポリタンに思い切りよく突っ込んだ。
「何をしているの?」
僕が聞いても彼女は無視をしてスマホ入りナポリタンをすすり始める。ある晴れた日の地元で唯一のレストランでのことである。
彼女と会うのは、高校卒業以来3年ぶりだった。一週間程前に突然僕に連絡を寄越して、このレストランで待ち合わせた。
「見せて頂戴」
「はいよ」
僕は頭がブロッコリーになってしまう魔法をかけられ、生涯カバン屋を営まなくてはならなくなってしまったというおばあさんから買ったカバンを漁り、それを取り出して手渡した。
彼女は連絡を寄越した時、僕にあるものを持ってくるように頼んだのだ。
「これがそうなのね」
「これが、も何もただの煮こごりじゃないか」
「そうよ。ただの煮こごりよ、そうであることが大事なの。自然体である事が大事」
僕は何だか分からないが彼女がよろこんでくれるならそれで良かった。
「ねぇ、この煮こごり何に使うの? 大学の研究?」
「そうね、そんなところ。でもちょっと違う。これ自体にはなんの価値もない。わかるでしょう?」
彼女は煮こごりが入ったパックを繰り返し動かしながら見つめて言った。
僕がそうだね、と言うと、彼女は続けた。
「この煮こごりにある物を足すの。それは何でもいいわけじゃない、この煮こごりが自然体である為の物でなくてはならない」
「大学では随分と難しい事をするんだね」
「わたしにはとっても楽しく感じるわ」
「ねぇ、どうして僕に煮こごりを持って来させたの? スーパーでも買えるじゃないか。それが自然体だから?」
僕は冗談まじりに聞いてみた。
「あなたに会いたくなったから」
彼女は煮こごりパックを見つめたまま、さも僕のことなんか興味なさそうに言った。
意外だった。僕はタコの正体が本当はイカでこの世にはイカ以外の水棲生物はいないと偉大な科学者に突きつけられた気持ちがした。
何せ彼女とは高校時代、僕の事を掃除用具入れのロッカーだと思い込んでいた程、希薄な関係だったからだ。
「これが自然体なのかもしれない」
彼女は言った。僕もそう思った。
その三ヶ月後に彼女が煮こごりにダチョウのフンを配合する過程で莫大なエネルギーを生み出すことを発見し博士号を取得した、というニュースを耳にした。
そう言えば、この頃からだった。僕が彼女との結婚を考えたのは。

自然体

自然体

ランチョンマットでポスターを作ったことのある方向けです。

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更新日
登録日
2016-06-29

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