トイレの戦い

 観たい映画があり、映画館にいた。お目当ての映画のチケットを買い、先にトイレに立ち寄った。
 キレイなトイレで、従業員の女性二人が掃除をしており、他は客であろう二人組の女性たちが化粧を直したり、
髪型を整えたりしているだけで空いていた。私はそのままトイレにはいり、当たり前だがでてきた。
すると、従業員の一人が何をするわけでもなく、2人組をみつめながらただたっている。どうしたのだろうと思い、手を洗いながら観察してみると、手には雑巾を握り締めていた。なるほど、掃除がしたいのか、とすぐに理解はできた。だがしかし、女性客二人はまったく気づいていない。おそらくその一角だけがまだ掃除ができていない様だ。
そして、次の瞬間、従業員からしかけていった。なんと真後ろにたったのだ、いかにも掃除したいの、邪魔よ、という感情が顔に表れていた。二人組はまだ気がついていない。
従業員はねばる、ただただ後ろに立っている。とびきり不快感を顔にだして……
すると、さすがに二人組も気配を感じたのだろう、はっという顔をした。だが、こちらも動かなかった。こうなったら、もう、女の戦いである。一向に互いに譲る気配は全くといっていいほどない。
その間、私はというと、特にくずれてもいないが、おもむろに化粧ポーチをだし、化粧直しを始めた。こんな場合、ただ、ぼーっと見ていると、とばっちりを喰らう可能性が充分にある。なので、自然を装って、観察していた。観戦武官の気分だ。他人事ながら妙に気になる。
ずっと観察していたいが、任期がせまっている。映画が始まるまで残り数分。お互いに次の手がでないまま、時間は過ぎ、しかたなく私は戦地を後にした。
一番の目的の映画は面白かった。映画の中の戦いは無事に終わりを迎えたが、あのトイレの戦いはどう決着がついたのだろうか。それがばかりが気がかりだ。
それにしても、従業員はそこまでして、掃除がしたかったのだろうか。
トイレに長居するのもよくないなとは思うが、少し時間が経ってから掃除するほうが客を敵にまわすよりよっぽど効率がいいのではないだろうか。
私もサービス業を長くやっていたが、基本的に客の多くは我儘だ。それはある程度は仕方ないと思っている。
なぜなら、彼女たちは客であり、映画を観ることにもそうだが、結果的には、その空間にもお金を支払っているのだから。
なにより、映画館で働く従業員の一番の仕事は、トイレ掃除ではなく、また次も来てもらえるようにすることであり、そのためのトイレ掃除だと思うから。どんなに真面目に業務をこなしても、目的がずれてしまうとこんなことになってしまう。他人事ではないなと、考えさせられる。

トイレの戦い

トイレの戦い

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-09

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