梅雨が過ぎた後に

なんてことない日常は。

三か月ぶりに、散髪に出かけた。

テレビを見ながらボトルガムを噛んでいたら、寝転がっていた父が振り向いて、言った。

「お前、髪切ってこいや」

さっきパチンコ行ったら勝ったから、小遣やるわ、と冗談で言ってきたので、いらんわ、と返し、ジャージからスカンツに履き替えて家を出た。
伸びに伸びた髪は、今や見るも無残な落ち武者スタイルだ。
見るに見かねたのだろう、節約家の私には、散髪代が月に一回というのは、痛すぎる出費だ。
父は、昔難波でファッションリーダーだった。店の売り上げ全国二位。今じゃただのトドだが。

お宝鑑定団録画しといてよ、と言い残し、玄関を出ると水槽を蹴飛ばしてしまい、あ、と言いながら出た。
そんなに派手には蹴っていない。魚はびっくりしただろう。
愛玩物のその二匹は、ついぞ卵を産んだことがない。多分増えなくてもいいと言ったから、ホモカップルでも入れられているのかもしれない。

なかなかこじゃれたことをする、とペットショップのお兄さんを思い出し、同時に舐められているなとも感じる。
別に腹も立たないのだけど。

美容室につき、入ると綺麗なお姉さん方に迎えられ、どうぞーと席に座った。
「シャンプーなしで、いつも通り簡単に」
そう伝えると、また三カ月来ないんですか？と聞かれ、「はい」と自信を持って答えると、いつも通りくりくりの短い髪形に仕上げてもらった。
一回2600円。
「カラー入れませんか？」と言われたが、「いえ、結構です」ときっぱりと答えた。

店を出ると、遠くの空がゴロゴロと鳴った。一雨来そうである。
牛乳を買ってから商店街を出て橋を歩いていると、なぜだかハトが「くるっぽー」と鳴きながら寄ってきた。
餌でもくれる人に見えたんだろうか。
無視して帰った。

家に帰ると、父は出かけており、犬が飛んできた。
テレビも消してあり、録画されていたお宝鑑定団を見ながら冷蔵庫の唐揚げをチンして食べる。侘しい食卓。
父はどこぞで遊んでいるのだろう。今日は休日だ。

雨が降るからねー、行けないんだよ散歩はー。
そう言って犬をあやす。
偽物だと思っていた掛け軸が実は本物で、800万した。

おお、と私は声を上げ、牛乳を飲みに下りてきた兄がこち
らをちらっと見て、また二階に上がっていった。
その手には、ラーメンと唐揚げ。

昨日母が唐揚げ屋で20個買ってきて、10個余った。
意外と食べなかったわね、そう母と笑いながら洗い物をした。

脳溢血になりそうなポーズ、というのが私にはあり、そのポーズを取ってテレビを見ていたら、本当にくらくらしてきたのでよして、立ち上がってめまいが収まるまでうろうろした。
犬は何しとんじゃこいつ、という顔でちょろっと舌を出してこちらを見ている。

そのうち雨が降り出した。
あーあ、あの人傘持って行ったのかね、そう父を心配する。
すると、ピンポンが鳴り、父が「タオルちょうだーい」と玄関先で怒鳴っている。
なんでピンポン押すのよ、と母がいつも怒っているのを忘れたか。バスタオルを取って渡す。
父の頭も、散髪に行ってさっぱりしていた。

二人でテレビを見ていると、母が仕事から帰ってきた。
クイズ番組で女優が「ち、ち、」と言うのを見ながら、二人同時に「チッチキチー！」と叫ぶと父が笑った。

今日も夕飯は弁当。王将のチャーハン。
母さんは働いてるから毎日弁当でいいんだよ、と言ったら、本当に毎日弁当になった。
美味しいから良いのだけど。チャーハン。

兄が下りてきて、「ゲームしてたらマジで肩凝るわー」と言って首を回した。
ごきごき鳴るので、「パソコンのゲームするからだよ」と言ったら、「オンラインじゃなきゃ意味ないし」と答えられた。
ふーん、そんなに面白いもんかね、と思っていたら大間違い。クリスマスに顔も知らないゲーム仲間と飲みに行くのだ、彼は。
意外と都会満喫してんな、と思う。一番満喫してる。

リビングの横の小部屋でミイラのように寝ていた弟がむっくり起き上がり、「タバコ」と母を突っつく。
「もう、おかえりとかないんか」と言いながら、母はタバコを手渡す。彼は受け取って、すぱすぱ吸い始めた。
ニコチン中毒で死ぬんじゃないだろうかこいつ、というほどタバコを愛する彼は、今年２５だが働こうとしない。
親の金で食っていく気だ。
かく言う私も家事手伝いだが。

来月辺り、引っ越すか。手狭になってきな、この家も。
そう父が言って、チンされた唐揚げを食べた。

夏が終わるころ、私たちはこの家にいない。
都会も案外楽しかったなぁ。そう思いながら犬にころりして、と言ったらころんと犬はお腹を見せた。

なんとはなしに書きました。