彼女は晴れのち、タイフーン

従妹が突然やってきた。

私にできること。

従妹が受験に失敗した。同時に、恋にも破れた。
一緒に同じ大学に行こうね、と言って約束していた相手に、新しい彼女ができたらしい。
ミスなんたらだとか。

私のところに、夜中の二時に急にやってきて、「泊めてよ」と言ってから、従妹は石仏のように私の部屋から動かない。
東京からこんなど田舎まで、どうやって一晩で来たんだ。金は。

第一、親が心配して探しているのに、「いないことにして」と伝えて、メダカにぱらぱらと餌をやる従妹を見て、「めだか殺されるかもしれない」と小さな危機感を覚え、隠している私も私なのだが、なぜに私のところに。

私はアルバイト先の掃除をしながら、はあ、とため息をついた。
今の家は祖母から受け継いだ持ち家で、病身の身の私にはこの田舎でののんびりとした日々が性にあっており、顔を見知った仲のおじさん達に交じって遊びに来るガテン系の友達に酒をふるまいながら、遊び暮らしているようなもんだった。

ただ、夜になると隣の家のやくざが喧しく、深夜二時ごろまで起きていたのが幸いしたらしい。
従妹を逃さずに済んだ。
ここに来なければ、どこへ行っていたかわかったもんじゃない。

私は、「たまこモラトリアム」というDVDを黙って借りてきて、従妹と一緒に夜中にみた。
顔をじろじろ見ながらジュースを飲んでいると、従妹が「ふーん」といってカルビーノをぽりぽりと齧った。
それだけ。

あんた、大学は?
これからどうすんの?

そう言うのを堪えながら、従妹の様子を見守っている。
私も久々に人といるので疲れるかな、と思ったが、従妹はただゲームをしているだけで、何も要求しない。
私は勝手にジュースやらお菓子やら買ってきては与えているが、それにも甘んじて受理しているという感じで、どうとも様子がわからない。

その日、魚をさばいていた。
すると、従妹が下りてきて、椅子に片足を上げて腰かけ、じっとその様子を見ている。
私は黙って、魚のうろこを落とし、三枚に下した。
従妹は、「ふーん」と言って、黙って二階へ上がっていった。

なんだったんだ。
その日は、刺身だった。従妹はまた「ふーん」と言って、私の皿にまで箸を伸ばし、綺麗に平らげた。
リビングでのんびり横になり、志村動物園を見ていると、傍で従妹がいつの間にか寝ていた。
そっとタオルケットを掛けて、風呂から上がると、寝ながら頬杖をついて、従妹は私を見て「ふーん」と言った。
何やら、感心しているな。
そう思いながら、炭酸水を取り出し、ぐいっと煽った。

次の日、家の横の畑のにら取りをしていた。
包丁を持ってぷつぷつ切っていると、従妹が出てきて、ジャージ姿でじっと網の外から私を見ている。
「にら取ってんの」
そう言うと、「ちょっとそれ貸して」と包丁を示した。
ん、と貸してにらを笊に移していると、後ろでバキッと音がした。
振り向くと、従妹がアイフォンに包丁を突き立てていた。

「何やってんの」

そう普通のテンションで聞くと、「へへへ」と従妹は笑い、包丁を返してきた。
アイフォンを畑に埋め、「アイフォンの墓」と石を置いた。
意味が分からない。

ある日、スクーターを奥から出していると、「それ、乗れんの」とまた従妹が出てきて、聞いた。
「乗れるよ」そう言うと、「auまで乗せて」と後ろに乗ってくる。
二人乗りは、ちょっと、と言いかけたが、ここから交番も張り込みも少ないし、まあいいか、と載せてやった。
風を浴びて、彼女の髪が後ろに流れた。
「いいねー」
彼女がここに来てから初めて笑った。

駐車場で待っていると、通報があったのか、お巡りが来た。
それとなくガラス越しに先に帰るとジェスチャーし、スーパーによってガリガリくんを箱で買って帰った。
家に従妹はもういた。早い。
「陸上やってたから」
だからって走るか。
はーはーと普段着で息をする従妹を、奇異なものを見る目で見つめると、従妹は「がりがりくんちょうだーい」と袋をさらって家へ入っていった。

その日は突然やってきた。
従妹が荷物を手にし、私のお古のTシャツを着て、すっかり日に焼けた姿で、「お暇します。ご迷惑おかけしました」と言った。
そして、そのまま東京に帰り、普通に大学に通い始めた。
三流の農大らしい。どうりで、行かないわけだ。
牛やらの世話をすることも魅力的だけどな、と思いながら、私はその日の昼食に買ったコンビニのカレーを手に、ガラガラと引き戸を開け、家に入った。
セールス除けのため、がちゃりと鍵を閉めた。

彼女は晴れのち、タイフーン

なんとなく書きました。

彼女は晴れのち、タイフーン

失恋した従妹が、突然夜中にやってきた。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-27

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